(4)

 席替えから数日後。クラスメイトたちは新しい座席で過ごすことにすっかり慣れているようだった。俺もときどき泉に話しかけられること以外は、これまでどおりの日常を送っていた。


 だが、泉に教えてもらってからというものの、どうもクラス内のカップルが目につくようになってしまった。泉の言っていた通り、梶谷と松村はところかまわずイチャイチャしている。1年生のときからこのテンションだったなんて驚異的だ。中学生の恋愛なんて熱しやすく冷めやすいものだろうと思っていたが、こいつらに関してはそうでもないらしい。藤田と滝川は、教室にいる時の様子を見る限り仲が良い感じはなく付き合っているようには見えないが、昼休みに片方が1人で教室を出ていった時にしばらく時間を開けてからもう一方も出ていく姿を観測した。まあ、俺の見えないところでよろしくやっているんだろう。前島と村上は、教室で話している姿を時折見かけるようになった。この2人はとても初々しい感じがして、見ていて不快感が無い。いずれにせよ俺には全く関係がない。なんだか俺の中学生活に決定的に欠けているものを見せつけられているような気がして、イライラしてしまう。


 放課後の教室で、そんなことをうだうだと考えながら、俺は箒で床を掃いていた。掃除当番は名簿順で回ってくるので、件の梶谷と一緒になっている。梶谷を待つためか松村も教室に残って掃除を手伝ってくれている。人手が増えるのは嬉しいのだが、時々お互いに脇腹を突きあったりしているので、作業効率はプラマイゼロって感じだな。


 俺が梶谷・松村カップルを眺めていると、同じく掃除当番だった太田が近寄ってきた。太田はちりとりを持ってきてくれたので、俺はそこに自分の集めたゴミを掃き入れた。ちりとりを持っていてもイケメンはイケメンだ。俺が黙っていると、太田は世間話というトーンで話しかけてきた。


「梶谷たち、仲良いよな。見てただろ」


「あ、ああ。うん。羨ましいなと思って見てた」


「キノコ、彼女いないの」


「いるように見えるか?」


 俺がそう言うと、太田は苦笑いを浮かべた。無言で肯定するのが一番精神に響くからやめてほしい。ってか俺、太田と話すの初めてなんだけど。初手で恋人の有無なんてセンシティブな話題を振るなよ。俺は咳払いをしてから話を続けた。


「彼女とは言わないまでも、気の合う女子の友達がいたら楽しいだろうなとは思う」


「泉と仲良いんじゃないか。美化委員も一緒だし」


「いや、美化委員はくじ引きでなっただけだし、話すようになったのは隣の席になったからだけど」


「ああ、うん。そうか。泉と凄い仲良いのかと思ってたんだけど」


 太田は歯に何か引っかかったような言い方をした。俺と泉って、そんなに仲良さそうにみえるだろうか。向こうがどう思っているかはさておき、俺としてはまだ慣れ親しんだとは言い難いのだが。


 そういや、こないだの泉と俺の推理では、このクラスのカップルが隣の席になるよう操作したのは太田だって話になってたよな。今ちょっとつついてみたら、何か面白いことがわかるかもしれない。何気ない風を装ってこの話題を振ってみるか。


「そういや今回の席替えで、カップルが3組も隣の席になっただろ」


「ああ……うん、そういや、そうだな。なんで、そんなことを?」


「俺はこの学年で誰が誰のこと好きだとか、誰と誰が付き合ってるとかは知らなかったんだけど、泉に教えてもらってさ」


「な、なるほど」


「そんなこと起きうるんだろうかと思ってさ、試しに計算してみたんだけど、だいたい1/1800くらいの確率だった。普通は起こりえないと考えて良さそうな確率だから、誰かが工作したんじゃないかなと思ってたんだ」


「誰がそんなことしたっていうんだよ」


「いや、わからないから、大田にも意見を聞いてみたくて」


「しらねーよ」


 太田は明らかに動揺したような声を出した。やっぱり太田が仕組んでいたのだろうか。それにしてはちょっとリアクションがおかしい気もするが。そんなに席替えの工作について触れられるのが気に食わないのだろうか。じゃあ一旦話をそらすか。


「太田は彼女いたんだっけ」


「まあ、うん。泉から聞いてるかもしれないけど、2組で吹奏楽部の森下楓子もりしたふうこと」


「ああ、あの可愛い子ね。去年同じクラスだったし、何回か話したことあるからわかるわ」


「そうか。直接の知り合いだったか」


「お似合いだと思うぞ」


 そう言うと、太田はなぜか俺を強く睨んだ。なんで今の発言で怒るんだよ。森下は、確か小柄で目がパッチリしていて、地毛で髪が茶色く、舌足らずの喋り方をする女子だった。スクールカースト下位の俺にも別け隔てなく接してくれたからよく覚えている。太田と森下ならかなりお似合いだと思う。


「どれくらい付き合ってんの」


「半年前くらいから」


「へえ、1年生のときから。割と長いな」


「そうかな」


「中学生の恋愛って半年続いたら良いほうだってイメージがあるからな」


「何が言いたいんだ」


 太田は明らかに不快と敵意を滲ませた声でそう言った。こいつ、なんでこんなに怒ってるんだ。ここまでの俺の発言で、太田を攻撃するようなこと言ったか。急いで自分の言ったことを反芻したが思いつかない。何か、俺の知らない情報が隠れている気がする。


 俺が黙って考えていると、太田は更に怒気を込めた声で続けた。


「お前、泉から聞いたんだろ?」


「な……何を?」


「しらばっくれるなよ!」


 太田は声を荒げ、大きな手で俺の胸ぐらを掴んだ。周囲の奴らが振り返ってこちらを見ている。太田は慌てふためいていたが、俺は逆に冷静になって頭が冴えてきた。今の太田の発言でようやく状況がぼんやり見えてきた。


 何事かという顔で心配そうにこちらを見ていた梶谷や松村に目配せしてから、太田の目を真っ直ぐ見ながら言った。


「ここで言わないほうが、お前にとっては良いことだと思うんだけど、どう?」


「そ、そうか、そうだな。すまん。乱暴して悪かった」


 太田が襟から手を離したので、俺は襟を引っ張って整えた。太田が怯えきった顔でこちらを見ていたので、俺はなるべく安心させるために笑った。


「ま、俺はお前のことについて、誰かに言いふらしても得はない」


「ああ、そうか」


「そもそも話す相手もいないから安心しろ」


「ああ……うん」


「森下によろしくな」


 俺はなるべく笑顔のままそう言ったのだが、そう言うと太田は更に怯えた様子を見せた。


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