(3)

 状況を整理してみよう。横6列×縦7列の座席配置のうちのクラスで、くじ引きで席替えを行い、3組のカップルが隣同士になった。これはありうることなのだろうか。俺はポケットからスマホを取り出し、電卓アプリを起動した。


「確率を計算してみようか。6×7の42席から2つ席を選ぶとして、組み合わせは42×41÷2で861通り」


「うんうん」


「そのうち、隣同士になる組み合わせは、席の配置から考えて、5×7の35通り」


「え、なんで」


「だって、横方向に6つ席が並んでるとき、隣同士になる組み合わせは5組あるだろ。これが7列分あるから、5×7だ」


「あ、ホントだ」


 泉は指で数えながらそうつぶやいた。俺は電卓をたたいて話を続けた。


「前後で隣接する席になる組み合わせも入れておこう。これも席の配置から考えて6×6の36通り。だから前後左右で隣接する席になる組み合わせは35+36で71通りになる。だから、1回の席替えで隣接する席になる確率は71÷861=0.08246……まあ、だいたい、12分の1よりちょっと小さいくらいか」


「12回席替えしたら、1回は左右か前後で隣になれるってこと?」


「まあ、そんな感じだな。これが3組同時に起きるとなると、確率はもっと小さくなる。概算すると、0.0824の3乗で0.00055、えーっと……おおよそ1800回近く席替えをやれば1回起きるな」


「すごい確率だね……ってかよくそんなんすぐ計算できるね。キノコって頭良かったんだ」


「数学だけは得意なんだよ」


 褒められたので嬉しい。だが俺は、取り立てて勉強ができるわけではないし、頭が良いわけでもない。数学はそこそこできるが、他はからっきし駄目だ。特に暗記しないといけないことが多い科目が無理。だから俺からすると、人の名前と顔と交友関係を全部覚えている泉のほうが頭が良いと思う。それはさておき。


「約1/1800の確率を小さいと見るべきか大きいと見るべきかはわからないけど、1つのクラスで1年間にやる席替えの回数から考えると、まあ普通は起きないと想定して良いことだな」


「そうだよね。誰かが工作したんじゃないかなと思ったんだけど、どう思う」


 泉はワクワクした声でそう言った。いや、そんなこと言われましても。


「ラブコメ漫画とかアニメだと、カップルはなぜか隣の席になりがちだよな」


「まあ、主人公とヒロインが絡む理由がないと話が進まないからね」


「ご都合主義ってやつだな」


 だけど、そんな都合の良い展開は、現実には簡単に起きない。しかも3組のカップルが同時に起こるなんてありえない。確かに、何か作為的な何かを感じる。


 だが、くじ引きでやってる席替えで、任意の人物を狙った席にすることなんて可能なのだろうか。俺は手に持っていたスマホをポケットの中に戻し、腕を組んだ。


「仮に工作だったとすると、容疑者はこの3組のカップルの中の誰かになるか」


「容疑者か……探偵みたいになってきたね」


 泉がニヤっと笑って茶化すようなことを言ったので、俺は若干気まずい気持ちになった。お前が振ってきた話題に乗ってやっただけだって言うのに。俺は探偵なんて大それたものになるつもりはない。俺は咳払いをして言葉を続けた。


「ま、工作したい直接的な動機がありそうなのは、その6人ってだけか。でもこれは他の人が犯人じゃないことを意味するわけじゃない」


「どういうこと?」


「いや、例えば、親切心か、イタズラで、この3組のカップルを隣にしようと思ったやつもいるかもしれないだろ」


「確かに。でもそれじゃ、クラス全員容疑者になっちゃうね」


 そうなんだよな。俺がもう少しクラスメイトの性格や人間関係に詳しければ、誰がこういうことをやりそうなのかということから推論できるかもしれないが、それは無理だ。泉だったら想像がつくのかもしれないが、わかるならこうやって聞いてきてないはずだよな。


 席替えの場にいた2年6組の42人と担任の池川もいれて43人。ここから犯人をどうやって絞り込むか……ちょっと考える角度を変えてみるべきだな。


「いったん誰がやったかは置いておいて、どうやってやったかから考えてみるか。今日の席替えしてたときにやってた手順を言ってみるから、間違ってないかどうか聞いてくれ」


「うん」


「まず、上村が黒板に6×7の座席表を書いて、そこにランダムに数字を書き込んだ。池川先生が用意したくじの入った紙袋を、大田が持っていた。他の人は大田の持ってる袋からくじを引いて、大田に渡す。大田がそれを開いて読み上げ、上村が黒板に書く。そうやって続けていって、日直は最後に残ったものを引く、って流れだったよな」


「手順を覚えようと思ってしっかり見てたわけじゃないからわからないけど、私の記憶の限りではあってると思う」


「よかった。あと、池川先生は紙袋を渡しただけで、やり方を指示してたわけじゃなかったから、2人の日直がくじを引かせる手順について、何をどうやるのかは明確に決まってるわけじゃないよな」


「なるほど。じゃあこのやり方は今日の日直が敢えてそうやったってことね」


「そういうことだな」


 さて、このやり方に、工作を許すような穴があるだろうか。一見すると、座席にふる番号とくじ引きで2回シャッフルをかけているので、工作する余地なんかないように見えるけどな。まずは物から確認していくか。


「くじ引きに使った紙ってどんなんだっけ」


「確か、紙を小さめに切って、数字を書いて、四つ折りにしてたよね」


「なるほど。つまり、紙さえあれば、誰でも捏造できるような作りだな」


「うーん、あ」


 泉は拳で手のひらを叩き、何か思いついたような動きをした。


「3組のカップルのうちの誰かが、捏造したくじを用意して、袋の中に手を入れる時に手に握っておいて、それを引いたふりをすれば……」


「いや、それはないんじゃないか」


「なんで」


「だって、そのやり方だと同じ番号の札が複数枚出てくるから、くじ引きが進んで番号がかち合った時点で工作がバレるだろ。運良く出ないこともありうるけど、最後に被った番号のくじが袋の中に残るからその時点でバレる」


「た、確かに」


「それに、どの番号がどの席になるのかは、日直が席替え開始直前にランダムに決めるから、紙はその場で用意しなきゃいけない。席替え中はみんな黒板の方を向かずに喋ってたし、誰かに見られないようにしながら作るのは難しいんじゃないか」


 そう言うと泉は顔をしかめて黙った。そうだとすると3組のカップルのうち誰かが捏造した線はなくなる。自分で言ったことなんだけど、話がややこしくなってきたな。他に捏造する手は……。


「そうか……」


「何かわかったの」


「くじを引く時、引いた人は自分で紙を開かずに、大田に渡して読み上げさせてたよな。俺もそうやった記憶があるんだけど」


「言われてみたらそうだったかも。自分で開いた人もいるかも知れないけど、太田が読み上げて上村ちゃんが書くって流れになってたし、わざわざ開く必要ないしね」


「そうだとしたら、工作したのは大田なんじゃないか」


「ほう、どうして」


 泉が目を丸くしてこちらをみる。


「今から言うやり方なら、上手くやれば不審がられずに工作できるんだけど、それは太田しかできない」


「ほう」


「まず初めに、大田は席替えが始まる前にさり気なく袋の中から1枚取り出してそれを手に握っておいた。あいつは手が大きいから隠しやすいだろ」


「確かに、私も手でかいなって思ったことあるな」


「ま、紙は小さく折り畳まれてるから、誰でも出来るとは思うけど。それから、上村に、黒板に名前を書く役だけやってくれ、とか言って始める」


「上村ちゃん、声出すの苦手そうだしね。太田もそういうイケメンっぽいこと言いそう」


「太田は、目的のカップル以外はルール通りに番号を読み上げていく。くじ引きを続けていくと、隣り合わせにしたいカップルの1人めがくじを引くので、それはそのまま読み上げる。この時点でカップルのもう1人が引くべき隣の席の番号が決まる。そうだな、最初に引く方をX、次に引く方をYとしておこうか」


「XとYか……なんだか本格的な推理みたいになってきたね」


 また泉が茶化したので、俺は咳払いをした。


「いいか、ちょっとややこしくなるけど、ここからが大事だ。Xがくじを引いた後、普通にくじ引きを進めていく。次にYがくじを引いたら、それを読み上げるふりをしてしれっとXの隣の席の番号を読み上げればいい。Yが引いたくじはまた手の中に隠す」


「なるほど……でも、それだと、Xの周囲が既に埋まっちゃうこともありうるんじゃ」


「そこで手の中に隠したくじを使うんだ。もし、Xが引いた席の前後左右の席が埋まりそうになったら、手に持っていたくじとすり替えて読み上げれば良い。次にYが来たら、すり替えたXの隣の席の番号のものとすり替えればいい」


「なるほど……で、それを3組分やればいいってことか。だいぶ難しいね。数字覚えないといけないし」


「そうだな。まあでも忘れたら黒板見ればいいだけだ。あと、太田って頭いいって噂聞いたことがあるから、それくらいできるんじゃないかな」


「ああ、なんか駅前の塾の全国模試1位になったことあるらしいね」


 マジか。友達がいなくてクラスメイトのことをほぼ知らない俺が知ってるぐらい騒がれているわけだから相当に凄い成績なんだろうなだと思っていたけど、まさか全国模試1位だったとは。俺とあまりにスペックが違いすぎてクラクラしてくるな。閑話休題。


「話を戻すけど、日直は最後にくじを引くだろ。太田は、手元にくじが余っていたら、自分がくじを引くついでにそれを紙袋の中に戻せばいい。これで帳尻があう」


「なるほど、じゃ、犯人は太田か」


「犯人、なのかな」


 泉が使った「犯人」という言葉に引っかかってしまった。仮にこれが太田のやったことだったとしても、そこまで罪があると思えない。好きな人同士が隣になっただけで、誰も不幸になっていない。いや、俺が知らないだけで、実は隣同士になりたくなかった奴が、ほんとは隣にならなかったはずなのに、工作のせいで隣同士になってる、みたいなことはあるかもしれないけど。俺が「犯人」という言葉に引っかかって黙っていると、泉は微笑んだ。


「いやでも、キノコのおかげですっきりしたよ」


「何が?」


「この座席がもし工作されたものだとしたら、それをやった人って、付き合い初めてすぐのバスケ部の前島と村上ちゃんが付き合ってることを知ってたことになるでしょ」


「まあ、そうなるな」


「前島も村上ちゃんもシャイだからさ、私以外で誰に教えたんだろって思ってたんだ。私だって聞き出すの苦労したのに、って思って」


「なるほど、前島と太田はバスケ部だから、仲良いのか」


「そうそう。前島も太田にだったら言ってそう」


 泉は悔しそうに顔を膨らませた。自分しか知らないと思っていたカップルの情報を他にも掴んでいた奴がいたと知って、情報屋としてのプライドが傷つけられたのかもしれない。知らんけど。

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