第37話「漆黒、そして純白の槍」

〈ウォッチ〉からの着信音が鳴る。


 光一は黒乃くろのが見ているにも構わず、〈ウォッチ〉を起動した。ヨルワタリのAIの立体映像が浮かび上がり、『完了したわ』と告げてきた。


『いつでも行けるわ。スーツも用意してあるの』

「スーツ? 俺のか?」

『ええ。これから行く場所は、それがないと危険なの』

「そうか、ありがとう」


 光一は白衣を脱ぎ、デスクに放り投げた。


 ベッドから立ち上がった黒乃と目が合う。光一が〈ウォッチ〉に目をやっていた間に、彼女は真っ白なパイロットスーツに身を包んでいた。


 ヘルメットを抱え、冷徹れいてつな目つきで口を開く。


「行かせると思いますか、先生?」

「止められると思うか、黒乃?」


 光一は保健室を見回し——「ここじゃ狭いな」


「グラウンドに行こう。そこでやり合ってやる」

「いいでしょう。ここは私にとっても、お気に入りの場所ですから」


 光一は保健室と隣接しているグラウンドに出た。


 歩きながら〈ウォッチ〉を操作。何条もの光の筋が光一の体に放射され、スーツとして形を伴っていく。最後にヘルメットが転送され、光一は迷うことなくそれをかぶった。


 紅蓮ぐれんのスーツ。黒のラインが神経のごとくスーツの各所を駆け巡っている。ヘルメットも同様に赤と黒で彩られていたが、先端と後端が尖っていた。胸の中心には青い、太陽に似た意匠が施されている。燃え盛る闘志と殺意と怒りの中にあっても、決して見失うことのない、冷えた意志を具現化しているかのように。


 グラウンドは無人だった。


 光一はまっすぐ中央へと向かい——遅れて黒乃がついてくる。向かい合う形になり、黒乃はバイザーを上げて、「無謀だと思いませんか?」


「このまま何もしなければ、あなたは平穏を手に入れられるのに」

「あの子のいない未来に平穏などない。取り戻せるなら取り戻す。ただ、それだけの話だ」

「……もう、説得は無駄のようですね」


 光一は答えなかった。


 代わりに、頭上に手を掲げた。


 黒乃もバイザーを下ろし、時計回りに腕を動かし——最後に天に向かって、光一と同じく手を突き出す。


「——来い」

「——来なさい」

「ヨルワタリッ!」

「オウマ!」


 二人の背後の空間に、縦状の亀裂が走った。


 亀裂が広がり、その中からヨルワタリが、光一の真後ろに着地する。


 そしてオウマも姿を現す。両者とも同時に両翼と、放熱板を左右に大きく展開した。


 タラップを用い、光一はヨルワタリのコクピットに上がっていく。


 黒乃がふわりと浮かび、オウマのコアに吸い込まれていく。


 コクピットに乗り込んだ光一は、すぐさま機体の状態が万全の状態であることを確認。モニターに目を向けると、オウマは綺麗に揃えた両足が地から離れ——ヨルワタリを見下ろすように、上昇しているところだった。


(ここでは学校を巻き込むか——)


 そう判断した光一はヨルワタリの翼を広げ、すぐさま飛び上がった。校舎がもはや住宅街の一部にしか見えない高さで——オウマが先手を切った。


 おうぎ状に広がっている放熱板の内、両端からひとつずつ外れ、飛んでくる。


 光一は腰部の、中型の槍でそれを弾いた。しかし、すぐに三つ目——いや、四つ目が襲い来る。そのことごとくを叩き落すが、四つの放熱板は軌道を変え、先端を組み合わせた。


 そして、その先端から太いレーザー光が発射された。


「——ッ!」


 かろうじて二つの槍で受け止める。その威力の重さに、光一は歯を食いしばった。まともに喰らい続ければ、槍が破損してしまう。


 またしても放熱板が飛んでくる。


 今度は八つ。ヨルワタリを取り囲むように、一分の乱れのない陣形を組んでいる。ひとつひとつの先端からレーザー光が放たれ、とっさに上空に逃げるもの、すべてが猟犬のごとく追いかけてくる。


「ヨルワタリ、ブーステッドシステムⅢの発動は?」

『まだ、一分三十秒かかるわ!』

「それまでにこれをかいくぐれってわけか……上等」


 正確無比の射撃。しかも、逃げ道を塞ぐように回り込んできた。レーザー光を回避し、すれ違いざまに貫き、破壊。


 オウマはその場から動かず、両腕を指揮者のごとく動かしている。


『どうするの? 光一様』

「ひとつひとつ、叩き落していくしかない。時間を稼げればそれでいい」


 再び、レーザー光が襲い来る。


 その隙間から、数枚の放熱板も飛んでくる。レーザー光による遠隔攻撃と、放熱板自体の近接攻撃とのコンビネーション。右へ、左へ回避するも、放熱板のひとつが脚部をかすめ、危うくバランスを崩しかけた。


(問題ない。人間でいえば、擦り傷程度だ——)


 執拗しつように追いかけてくる放熱板の間をくぐり抜け、両手の槍で四枚叩き落とす。急転換してきた残る三枚は、〈ヤリダマ〉ですべて破壊。


 だが——これで安心できるわけがない。


 オウマの背中を見れば、すでにもう放熱板が再生され、こちらに向かって放たれる。今度は八枚の放熱板が組み合わさり、巨大かつ、白い槍と化す。


「挑発のつもりかッ!」


 背部から黒い、大槍をスライド。手に持ち、突っ込んでくる白い槍とぶつけ合う。スラスターを全開にすることで、どうにか放熱板をばらけさせることに成功した。


『光一様! 開きましたわ!』


 ばっと、さらに上空を見上げる。ヨルワタリが通れる、ギリギリの大きさの穴が開かれていく。その先には、得体の知れない空間が続いていた。


「ブーステッドシステムⅠを使う!」

『承知!』


 機体自体が黒い槍と化し、そのまま穴目がけて飛んでいく。


 光一は下部モニターをちらと見た。オウマは未だ、動く気配を見せていない。先ほどと変わらず、ただこちらを見上げているだけ。それが逆に不気味に思えた。


 しかし、止まっている場合ではない。


「飛び込むぞ!」

『承知ですわ!』


 ブーステッドシステムⅢによって開けられた穴に、雲を貫いて突っ込んでいく。穴が閉じかけたのを見——ペダルを全力で踏み込む。強烈な重圧が全身にのしかかってきたが、構わず飛び込んだ。

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