第5話(終) 君に伝えたいこと

「……」

 紙にしわが寄るくらい強く持つ重森。文字から視線を起こし、相手の目を見た。

「これに答えろと? 無理だ」

「そう? 私にはあなたが選ぶのは妹さんしかいないと思えた。だから、こんなことをしてるのであって」

「やっぱり、そんな理由から妹に――キミに嫉妬して、のかい?」

 重森が怒りの気持ちを抑制し、周囲と相手に気を遣って小さな声で言った。

 対する如月は、呆れたようなため息をつく。

「まずね、その呼び方が気に入らないのよ。本名が喜美恵ちゃんだからって、キミはないでしょ。紛らわしい」

「紛らわしいのは認める。この呼び方のおかげで、君に――如月さんに誤解させてしまったことが度々あるのも承知している。その点に関しては僕が悪かったです。――だけど、謝ったじゃないか。妹の呼び方、ニックネームは昔からで、もう変えられないんだとも言った。あのとき、如月さんは了承してくれたんじゃなかったの?」

 強い調子で言っていいものか、迷いのある重森は、段々と声に勢いがなくなっていく。口調も哀願するかのようになっている。

「とにかく、頼む。これ以上、大事おおごとにしたくない」

「嫌。まだまだ今日のデートは続くわよ。当然、あなたのお試しも続く」

「そんなこと言わずに、本当にお願いだ。心から頼む」

「だめよ。私の気持ちを嫉妬の一言で片付けようとしたあなたを、許したくないの。だからまだ解放してあげない」

「わ――悪かった。嫉妬と言ったことも含めて、謝罪します。解放したくないというのなら、せめて僕を身代わりにしてくれないか」

 テーブルに両手を突き、深く頭を下げた後、改めて面を起こして如月に訴える。すると、「僕を身代わりに」というフレーズが効いたのか、如月の頑なな態度にも、蟻の一穴が穿たれたようだ。

「身代わりに? それってつまり、あなたが来てくれるということかしら。私の隠れ家に」

「あ、ああ」

 重森は、を目の前にして、逡巡した。

 妹を帰してくれることが絶対条件だ――そう強く主張したいのは山々である。しかし、やっと譲歩する姿勢を覗かせた彼女を、いたずらに刺激しても逆効果に違いない。大人しくして、さらなる譲歩を引き出すのが得策だろう。隠れ家というのはどこにあるか分からないが、もしかしたら喜美恵がいるかもしれないんだし、まずは一目でいいから妹の姿をいせて欲しいと頼むのはどうか。

 様々な可能性を思い描く重森の脳内に、ちょっとした考えが浮かんだ。

「一つ、言っていいかな。如月さんの気を晴らすのに充分ではないかもしれないけれど、その助けにはなると思う」

「聞きましょ」

「妹の見ている前で、僕から君に改めて交際を申し込む、というのはどう……かな?」

 重森の提案を受け、如月は顎先に右手人差し指を当てると、やや斜め上を向いた。しばらく考えていたようだが、不意に視線を戻す。彼女が重森を見つめる目は細められ、笑っている。口元も笑う。にやりという擬態語が音になって聞こえた――そんな錯覚を重森は味わった。

「いいわ。その話に乗る」

 弾んだ口ぶりで応じた如月。

 果たして彼女が重森の真意に気付いているのかいないのか。それは容易なことでは判明しそうになかった。


 終

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キミへの思い:美人高校生に踊らされる 小石原淳 @koIshiara-Jun

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