第32話 恐ろしい幼女

 俺の言葉を聞いたギオンは、すぐにフィオナに話題を振った。


 「フィオナ殿、どこで手に入れたのですか?」

 「そ、そうですね・・・。」


 フィオナは、俺の右足を思いっきりグリグリと踏みながら、どう答えようか必死に悩んでいる。一瞬、俺に殺意を孕んだ視線を送ってきたが、気にしない。あとで、ボコボコにされるのは確定だろうが、ここさえ乗り切れば、問題ないのだ。ダイジョウブ、コワクナイ、コワクナイヨ。


 「じ、実は、その魔力を奪うアイテムは・・・『白南風』の方からいただいたものでして・・・。」

 「ほう、『白南風』ですか。」


 フィオナが絞り出した答えは、「『白南風』に貰った。」というものだった。


 「『白南風』とは、反『黒南風』勢力のことで合っているか?」

 「はい、おっしゃる通りです。」


 オズヴァルドの確認に、フィオナは即座に肯定した。


 「その『白南風』と私には繋がりがありまして、今回のザハールたちの捕縛を彼らが支援してくださったのです。」

 「なるほど。フィオナ殿は、『白南風』から捕縛作戦に必要な道具として、魔力奪取のアイテムをいただいたのですね?」

 「はい、そういうことです。」


 ギオンはフィオナの応答に納得したのか、「理解いたしました。教えてくださり、誠にありがとうございます。」と言い、そのあとは一切質問しなかった。ただ、フィオナが答えた後、ギオンの口角が少し上がったように見えた。気のせいだろうか。


 それに、ギオンは俺の方をちらちらと、観察するように見えている気がする。ダンディな爺さんにモテても、全然嬉しくないんだが・・・。


 「吾輩も『白南風』の噂は知っている。フィオナ殿が彼らと知り合いとは、非常に心強い。これからも、『黒南風』たちを打倒し続けてほしい。」

 「はい、『黒南風』の壊滅が、私自身の大きな夢ですので。」


 国王ドロテオの激励に、フィオナは深々と頭を下げ、勇ましい声で応えた。フィオナの所作は洗練されており、どこか気品を感じる。


 「陛下、そろそろお時間でございます。」

 「おぉ、そうか。時が経つのが早いな。」


 ・・・宰相マリアーノの声、久しぶりに聞いたな。全然喋らないから、存在ごと忘れてたわ。ごめん。


 マリアーノに懐かしさを感じていると、国王ドロテオが玉座からゆっくりと立ち上がった。


 「ユリウス殿、フィオナ殿、吾輩は次の公務があるゆえ、ここで退出させてもらう。しばらく滞在できるよう、賓客の部屋を用意してある。そこで、存分に寛いでくれたまえ。」


 そう言うと、国王ドロテオはマリアーノを率いて、迎賓の間から出ていった。


 「すみません、では、私も執事業務があるため、ここで失礼いたします。」


 国王ドロテオが退出すると、すぐに執事長のギオンも俺たちに軽く礼をして、マリアーノのあとをついていった。よって、だだっ広い「迎賓の間」には、オズヴァルド財務卿と俺とフィオナの3人だけが残された。


 ・・・よっしゃー!賓客の部屋とか、最高すぎるだろ!全力で謳歌してやる!!


 俺は、最高級の部屋に滞在できることに、かつてないほど胸を躍らせた。きっと、オズヴァルドが案内してくれるのだろう。一刻も早く連れていってほしい。


 だがしかし、突然の来訪者に俺は思わぬ苦労を押しつけられることになる。


 ・・・というか、フィオナさん、そろそろ全体重を俺の右足にかけるのはやめてくれませんか。もう壊死してますよ。


 「失礼いたします!オズヴァルド様、緊急の用件がございます!」


 「迎賓の間」に突如、若い騎士が猛スピードでやってきて、オズヴァルドの前に跪いた。


 「何だ、騒々しい。」

 「そ、それが・・・。」


 若い騎士は、俺たちに聞こえないように、オズヴァルドの耳元で囁くように用件を伝えた。オズヴァルドは当初、普通に聞いていたが、徐々に顔が険しくなり、聞き終わったときには、額からナイアガラの滝のように、脂汗がどんどん溢れ出ていた。


 ・・・あの冷静沈着なオズヴァルドが、そこまで焦燥する内容なのか。余程のことだろうな。


 俺は、何か重大な事件や事故が起きたのかと思ってその様子を見ていたが、オズヴァルドは俺とフィオナの方に詰め寄ってきた。


 「ユリウス殿とフィオナ殿に客人が来たのだが・・・。い、一体、何をしたんだ?」


 オズヴァルドがハンカチで汗を拭きながら、聞いてきた。


 ・・・俺たちに客人?ん、誰だろ?


 身に覚えのないことなので、俺はフィオナの客人だと思い、彼女の方を見た。しかし、フィオナも全く心当たりがないようで、首を傾げていた。


 「自分たちに客人ですか?」

 「そうみたいだ。とりあえず、上級応接室に案内しているようだから、君たちも来てくれ。」


 オズヴァルドは焦りながら、俺とフィオナを上級応接室まで連れていってくれた。上級応接室の煌びやか扉の前には、警護の騎士が数名立っていたが、どこか浮足立っているように見える。


 「お、俺、あの人を生で見たの初めてです・・・!!か、感動しました・・・!!」

 「お、俺もだよ!オーラが半端なかったよな・・・。すげぇ~!!」


 一部の騎士は、まるでアイドルを見た男子高校生のように興奮している。


 ・・・えっ、そこまで盛り上がる人なの?全然思いつかないんだが・・・。


 俺は転生後、知り合った人全員を思い浮かべたが、騎士がここまで興奮する人物に心当たりはない。


 「で、では、入るぞ。」


 オズヴァルドを先頭に、俺たちは上級応接室に入室した。パッと見た感じ、広さは50畳ぐらいだろうか。そして、「上級」というだけあって、気品に満ち溢れる内装だ。部屋の真ん中には、黒革の見るからに高級そうなソファーが用意されている。そして、上座には躑躅色の髪をした可憐な幼女が両腕を組んで座っていた。


 「お待たせして、申し訳ございません、ナターシャ・キャンベル様。」


 ・・・ナターシャ?誰それ?というか、オズヴァルドがこの幼女に敬語?Why?


 国王ドロテオはともかく、ギオンは俺たちに敬語だったが、オズヴァルドは一貫して敬語を使わなかった。しかし、そのオズヴァルドがこの幼女に見たことないほど、遜っている。いや、また脂汗かいてるし。


 俺は、オズヴァルドが呼んだ名前やこの幼女に心当たりがないため、フィオナの方を一瞥した。すると、フィオナは口を大きく開けたまま、ワナワナと小刻みに震えている。


 ・・・なんだ、フィオナの知り合いか。


 フィオナの反応から、少なくとも俺の客人ではないと思った。まぁ、ナターシャとかいう眼前の変な幼女に会ったこともないから、当たり前と言えば、当たり前だが。


 「待たせ過ぎだぞ、オズヴァルド。儂の貴重な時間を奪うとは、良い度胸じゃな。」


 高飛車な言動のナターシャは、手に持っていた扇で、深く礼をしているオズヴァルドの頭頂をバシバシと叩いた。


 ・・・ちょっ、えっ、オズヴァルドにそんなことして大丈夫か!?即処刑コースだろ!


 俺は自分の目を疑い、軽くこすってみるが、確実にオズヴァルドは扇で頭をしばかれていた。ナターシャの恰好をよく見ると、白を基調としたスーツ姿で、ジャケットは腕を通さず、肩にかけている。幼女ながら、雰囲気も「大企業の女性社長」という感じで、オーラも半端ない。ただ、言葉遣いがかなり年上というか、ババア言葉に近い。それに、可憐な幼女がスーツを着ているなんて、どこからどう見てもおかしい。


 「す、すみません、ナターシャ様。ユリウス殿とフィオナ殿を連れてきましたので、なにとぞご容赦いただければ・・・。」


  ・・・おい、今、聞き捨てならない台詞が飛び出たんだが。


 オズヴァルドは間違いなく、「ユリウスとフィオナを連れて来た。」と言った。ということは、確実に俺にも用件があるということだ。ただ、ナターシャが何者か全く分からない。フィオナはナターシャが何者か知っている感じだが、さっきから硬直しており、話にならない。俺の呼び声に、一切反応してくれないのだ。


 「そうか、それは褒めてつかわす。」

 「あ、ありがたきお言葉。」


 ・・・いやもう、国王がナターシャって言われても全然違和感ないんだが。


 「なら、オズヴァルドにもう用はない。とっとと、儂の前から失せるがいい。」

 「か、かしこまりました!!」


 なぜか、オズヴァルドは「その言葉を待ってました!」と言わんばかりに、大きい声で返事をし、上級応接室をすぐに退出した。出ていく際、俺たちの方を見ながら、口パクで「粗相はするなよ。」と何度も言っていたが、どういうことだろう。そこまでヤバイ人が俺たちに一体、何の用事があるというのか。


 「貴様ら、さっさとそこに座るがよい。」


 ナターシャは俺たちに、対面のソファーに座るよう、扇で指図した。かなりムカついたが、オズヴァルドの立ち振る舞いから、絶対に怒らせてはいけない幼女だと実感したので、俺は素直に従った。


 「は、はい。失礼いたします。」

 「し、しちゅれいいたしましゅ!!」


 ・・・えっ、ちょ、フィオナさん!?めちゃくちゃ噛んでますよ!!


 緊張しているのか、フィオナはロボットのように動きながら、ソファーに座った。


 「久しぶりじゃのー、フィオナ。元気にしているようで、何よりじゃ。」

 「ご、ご無沙汰しております、ナターシャしゃま。」


 ・・・あっ、また、噛んだ。


 ナターシャの相手にして、未だ緊張が解けないのか、フィオナは超噛み噛みモードに入っているようだ。ただ、今の会話から、フィオナとナターシャはお互いに既知の間柄なのが分かった。


 ・・・どうして、こんな意味の分からない幼女に緊張する必要があるんだ?


 「小僧は、初めましてじゃな。」

 「あ、はい、そうですね。」


 急に話しかけられて驚いたが、俺は何とか噛まずに答えられた。


 「なら、自己紹介をせんとな。儂の名はナターシャ・キャンベル。セルスヴォルタ大陸のギルド本部統括長じゃ。よろしくな、小僧。」


 ナターシャは淡々と自己紹介をしたあと、「次は小僧が自己紹介せえ。」と目で訴えかけてきた。だが、俺はそれどころではない。オズヴァルドと同様に、脂汗が止まらなくなってきたからだ。


 ・・・えっ、ちょ、せ、セルスヴォルタ大陸の、ギ、ギルド本部統括長!?


 ギルドは各国にいくつも存在し、最低でも各町には1個あると言われている。そして、1つギルドには必ず1人のギルド長が常駐しているのが通例だ。ギルド長は頭脳明晰かつ、かなりの強者が務めており、高ランクの冒険者でも、ほとんど太刀打ちできないほどだ。しかし、ナターシャはセルスヴォルタ大陸のギルド本部統括長と言った。


 プロメシア連邦国、ルキフェール神聖国、クレプスルーナ皇国、レオンパルド剣王国の4か国で構成されている大陸が、セルスヴォルタ大陸である。この大陸、全てに存在するギルド及びギルド長の頂点に君臨するのが、ギルド本部統括長の彼女、ナターシャというわけだ。


 ・・・あ、もう、ヤバイ人すぎるわ。そりゃ、オズヴァルドも遜るよ。国家権力を凌駕しているもん。


 一瞬、ナターシャの冗談かと思ったが、オズヴァルドの言動から事実だと判断した。一国の財務卿が、幼女に扇で頭をバシバシ叩かれても何も言わず、国王と同じくらい丁寧な対応をしたのだ。絶対に間違いないだろう。


 「あははははは・・・・・。」

 「何を笑っておるか。小僧もさっさと、自己紹介せえ。それが礼儀じゃろーが。」

 「あ、す、すみません!!自分はユリウスと申します!!若輩者ですが、何卒よろしくお願いいたします!!」


 ナターシャの鋭い視線に圧倒され、俺は慌てて自己紹介をした。ナターシャは俺の自己紹介を聞くと、満足したように「うんうん。」と頷いた。そして、すぐに、可愛らしい幼女の顔からは想像できない言葉を発した。


 「自己紹介ごときで、儂を待たせたのは小僧が初めてじゃ。もう少し遅かったら、内臓を全部ぐちゃぐちゃにかき混ぜて殺すところじゃったぞ。」


 ・・・いやいや、可憐な幼女の笑顔で、その言葉はヤバイっすよ、ナターシャさん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る