第25話 ザハールの本気

 「ピュレトスメテオ!!」

 「フォルゴレカムイ!!」


 ザハールの部下2人はそれぞれ、火属性と雷属性の超級魔法を詠唱した。繰り出された流星の如く輝く大きな火球と、轟音を響かせる巨大な稲妻が俺に向かって一直線に進んでくる。


 「デウスプロテクシオン。」


 毎回、こいつらの魔法攻撃を回避するのは面倒なので、俺は躊躇なく、最強の防御魔法を展開した。魔法の常時発動は、魔力量を多く消費する、特に上位魔法はそれが顕著だ。ただ、俺の魔力量ならば、全く問題ない。よって、「デウスプロテクシオン」を常に展開しておくことにした。


 「「何っ!?」」

 「さっき説明しただろ、『デウスプロテクシオン』で襲撃部隊の攻撃を防いだって。人の話は、しっかり聞いておくべきだと思うけどな。」

 「クソが!!なら、これはどうだ!!エクリプススキル【一刀両断】!」

 「エクリプススキル【四肢粉砕】!」


 部下2人は、魔法攻撃が効かないと分かると、すぐにスキルでの攻撃に切り替えた。ただ、俺の『デウスプロテクシオン』は、その膨大な魔力量によって、エクリプススキル以下のスキル攻撃を無効化する。


 「残念、それも無駄だって。」

 「な、なんだと!?」

 「『デウスプロテクシオン』が、エクリプススキルを防ぐなんて、聞いたことがないぞ!」


 部下2人の驚嘆をよそに、俺はザハールのレジェンドスキル【閻魔障壁】を攻略できるかもしれない方法を試すことにした。


 ・・・よし、魔力量は問題ないな。一発、ぶっ放してみるか。


 「インフェルノケルカ!」


 ザハールのレジェンドスキル【閻魔障壁】は恐らく、究極魔法には耐えられないはずだ。そこで、俺は火属性の究極魔法「インフェルノケルカ」を遠慮なくザハールにぶつけた。全力で詠唱したかったが、このアジトごと、吹き飛ぶ可能性があったので、少しだけ本気でぶっ放すことにした。


 俺が唱えた魔法名を聞いた瞬間、ザハールはすぐに驚愕の表情を浮かべた。そして、「インフェルノケルカ」を回避しようと動き出した。しかし、俺が少しだけ本気を出してぶっ放した究極魔法だ、そんな簡単に逃れるわけがない。


 「クソが!」

 「えっ、ザハール様!?一体、何を!?」


 渦巻き状になった、青黒く禍々しい業火がザハールに直撃した。しかし、直撃後の黒煙が消えたとき、ザハールは無傷で立っていた。


 「おいおい、マジかよ・・・。」


 俺は二つの意味で吃驚した。一つ目は、ザハールが無傷で立っていたことである。ただそれよりも、二つ目の方が非常に驚きあきれた。その二つ目は、ザハールが無傷であった理由それ自体だ。


 「お前、人間のクズだな。最低だよ。」


 ザハールの右手が俺の方に突き出されていた。そして、その手にはファルターではない、もう一人の部下が黒焦げになった状態で掴まれていた。


 「部下を盾にするとか、外道にも程があるだろ。」


 そう、ザハールは部下の1人を肉壁にして、「インフェルノケルカ」から自分の身を守ったのだ。


 「ハッ、この俺を守ることができたんだ。コイツも本望だろう。」


 全身が真っ黒に焦げ、肉の焼けた臭いがする部下をゴミのように投げ捨てたザハールを、俺は心の底から軽蔑した。何が何でも、コイツをぶっ飛ばさないと俺の気が済まない。


 そういえば、今、自分は結果的に「黒南風」の人間を一人殺してしまった。しかし、罪悪感があまりない。意図していなかったとは言え、俺の魔法で人が死んだ。だが、不思議とザハールへの怒り以外、何も感じない。


 ・・・この世界にファンタジー要素が多いから、フルダイブ型のVRの感覚になっているのかもしれないな。


 だが、当然ながら、人を殺めるのはできるだけ避けたい。今後は最小限の被害で抑えることを意識しよう。


 「やっぱり、レジェンドスキル【閻魔障壁】は、究極魔法までは防ぐことができないんだな。」

 「ハッ、全くその通りだ。だが、貴様は現時点で『デウスプロテクシオン』と『インフェルノケルカ』という2つの究極魔法を使用した。すでに、貴様の魔力量は底を尽いただろう。貴様の負けだ。それに、俺にはまだ強力なスキルが2つ残っている。貴様に勝ち目など、あるはずがない。」


 常識的に考えれば、魔力消費量が膨大な究極魔法を何度も使えることはできない。しかし、俺の人外の魔力量は、まだまだ余裕がある。ただ、それを敵であるザハールに漏らすべきではない。ここは、ザハールが持っている残りのスキルを暴いてみるか。


 「じゃあ、そのスキル見せてみろよ。まさか、ハッタリじゃないんだろ?」

 「ハッ、調子に乗るのもそこまでだな!!」


 俺の挑発に、ザハールはまんまと乗った。【閻魔障壁】を打ち破られて、少し苛立っていたのかもしれない。


 「あの世で後悔するがいい!!エクリプススキル【瞬間加速】!!」


 スキル名を言うや否や、ザハールは俺の眼前から姿を消した。そして、突然背後から殺気を帯びた蹴りを感じ、咄嗟に腕でガードした。しかし、あまりにも強烈な足蹴に、部屋の壁まで勢いよく吹き飛ばされた。俺は壁にめり込む形となった。


 「ガハハハッ!!いい気味だ!!『黒南風』の幹部候補であるこの俺を侮ったこと、あの世で悔やむんだな!!」


 ザハールは渾身の力を込めた一撃がクリーンヒットしたことで、完全に勝ちを確信した。だが、その確信はいとも簡単に打ち砕かれることになる。


「な、なんだと・・・!?」


 ザハールは、眼前の衝撃的な光景に言葉を失った。


「おぉー、マジか。めっちゃ威力強くてビックリしたけど、意外に痛くないな。」


 そう、完全に殺したと思った敵が、無傷で、なおかつ余裕の表情で立っているのだ。



 俺はザハールの凄まじい蹴りをくらい、部屋の頑丈な壁に激突した。しかし、衝撃は体中に響いたが、特にダメージを負ったわけではなかった。これは間違いなく、転生特典の身体強化のおかげだろう。


 ・・・フィオナの一発の方がまだ痛いんだが。



 「貴様、なぜ無傷なのだ!!」

 「さぁ、運が良かっただけじゃない?」


 ザハールが一瞬で消えたことから、エクリプススキル【瞬間加速】は、瞬間的に移動速度を向上させ、事実上の瞬間移動を起こせるスキルと分かった。他方で、傷一つない俺に、ザハールの怒りは頂点に達したようだ。小麦色の肌が真っ赤になり、スキンヘッドの頭にも血管が数多く浮き上がっている。


 「もういい!!!!!貴様には、特別に俺の最強のスキルで消し炭にしてやる!!!!!」

 「ま、まさか!!あのスキルの使うのですか!?」


 ザハールの言葉に、ファルターがひどく動揺している。


 ・・・3つ目のスキルは、部下も狼狽するほど危険なのか。よし、本気で覚悟しておこう。


 「うるさい!!巻き込まれたくなかったら、貴様は黙って、そこで見ていろ!!!レジェンドスキル【浄暗龍化】!!!!!」


 ザハールは怒り狂った声でレジェンドスキルを唱えた。すると、ザハールの全身が漆黒の霧に包まれ、徐々に巨大な影が形成されていった。


 「ハハハハハ・・・!!!!!」


 呂色の霧が晴れると、その巨大な影の正体が明らかになった。蛇の様に長い胴体、鋭い爪をもった手足、太い角、ゴツゴツした黒鱗、そして巨大な躰。俺の眼前には、まさに「黒龍」と呼ぶべき、ドラゴンが姿を現した。


 「ガハハハッ!!どうだ、俺のレジェンドスキル【浄暗龍化】は!!地上最強の生物と謳われた『ドラゴン』に変身した俺にとって、貴様など取るに足らんわ!!」


 黒龍になったザハールの重低音の声が部屋中に響いた。


 ・・・もはや、龍の咆哮だな。


 ちなみに、「説明書」によると、「ドラゴン」は人魔戦争時代から存在している。ただ、人類とも魔族とも対立せず、永世中立を保っていたらしい。数千年生きるため、人魔戦争時代のドラゴンはすでに死亡しているが、その子孫たちが現在もどこかで暮らしていると言われている。


 「死ね!!『ヘイロンフィアト』!!」


 黒龍もとい、ザハールは大きな口を開け、黒炎のブレスを吐いた。渦巻く龍の息吹が一直線に俺の方へと向かっている。


 ・・・避けるのは無理そうだな。


 『デウスプロテクシオン』は、さすがにレジェンドスキルまで防ぐことはできない。ブレスの大きさと速度から、回避するのは不可能と考えた俺は、究極魔法で相殺することにした。


 「グラキエースカノーネ!」


 火属性に対する優位性をもつ、水属性の究極魔法を詠唱し、「ヘイロンフィアト」にぶつけた。双方が衝突した際、凄まじい爆発とともに、大量の水蒸気が発生した。


 「ハッ、俺のブレスを相殺させるとは思わなかったが、さすがにもう魔力は残っていないだろう!!次で確実に、貴様をこの世から葬り去ってやるわ!!」


 ・・・う~ん、これはまずいな。結構、ピンチかもしれない。


 俺の魔力量は、まだまだ残っている。つまり、究極魔法であれば、あと何百発は使用することができる。ただ、ザハールはスキルで「黒龍」になっているため、自分の魔力量に左右されない。つまり、ザハールのレジェンドスキル【浄暗龍化】をどうにかしない限り、ザハールはほぼ無限にブレスを放つことができるのだ。


 ・・・このまま長期戦になれば、間違いなく俺が負けるな。


 「さて、どうするかな。」


 正直、勝つ道筋が何も浮かばない。最初は余裕だと思っていたが、さすが「黒南風」の幹部候補といったところか。この状況では、全く歯が立たないな。


 ・・・まぁ、ドラゴンに変身できるのは想定外すぎて、笑うしかないんだが。


 色々と悩んだ末、俺は一縷の望みに賭けることにした。転生してからまだ一度も使っていない、どんな内容かも分からない。そもそも、俺が要求したものでもない。これら全てを満たす、俺しか持っていない「切り札」。


 「はぁ~・・・。最期に、アルカナスキル【神奪】を使ってみるか。」


 俺はあのアホ女神から与えられた、名前的にチートっぽいスキルをここで初めて使用することに決めた。

 ・・・アルカナスキル【神奪】で形勢逆転できなかったら、死後の世界であのアホ女神を呪ってやろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る