第24話 ザハールとの対峙

 慎重に階段を降りると、奥の方から人の声らしき音が聞こえた。俺たちは忍び足で、声の聞こえる方に進んでいった。数十メートルほど進むと、まさに「アジト」と呼ぶに相応しい、隠れ家のような空間に着いた。


 部屋の中央には、黒革のソファーに深く腰掛けたスキンヘッドの男が、ワイングラスを片手に寛いでいた。男の前には、「幸福亭」を襲撃した奴らとは別の「黒南風」の7人が跪いている。


 「そろそろ、『幸福亭』が消滅した頃だろう。報告はまだか?」

 「それが・・・。」

 「どうした?」

 「・・・まだ来ていません。」

 「何だと?」


 スキンヘッドの男は、構成員の言葉に、目をカッと見開いた。


 「どういうことだ?・・・まさか、失敗したのか?」


 スキンヘッドの男の冷酷な口調に慄いたのか、構成員たちは小刻みに震えている。


 「そ、それは、わ、わかりません・・・。」

 「も、もうすぐ、ザハール様のもとに、参上するとは、お、思います。」」

 「そ、そうです、い、今向かっているはずです。きっと。」


 スキンヘッドの男は、ザハールという名前らしい。明らかに、このウェグザムに潜伏している「黒南風」たちのボスだろう。醸し出しているオーラが明らかに別格だ。


 ザハールは構成員たちの言葉を聞きながら、ワイングラスをゆっくり回していた。しかし、突然そのグラスを握り潰した。砕かれた衝撃で、グラス破片が一気に四方に飛び散った。


 「明らかに遅すぎるだろうが!!!!!貴様ら、死にたくなかったら、すぐに確認してこい!!」

 「「「「「「「はっ!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」


 激怒したザハールの怒声が部屋中に大きく響いた。構成員たちはビシッと立ち上がり、勢いよく返事をした。


 ・・・さて、いよいよ「イルシオン作戦」の最終段階に入ろうか。


 俺とフィオナはお互いに目を見合わせ、「イルシオン作戦」の最終フェーズに移行することを確かめた。


 ・・・さぁ、「黒南風」ども。覚悟は良いだろうな。



 「ウォータースピア!!」

 「「「「「グァッーー!!!!!!」」」」」

 「おい、どうした!?」

 「な、何事だ!?」


 フィオナが「黒南風」たちの背後から唐突に、初級魔法をお見舞いした。この奇襲攻撃で、ザハールと7人の構成員のうち、構成員の5人を倒すことに成功した。もちろん、殺してはいない。フィオナの「ウォータースピア」が蟀谷や顎に直撃し、一時的に意識を失っているだけだ。俺が、麻痺魔法「エタンセルパラリシス」を使っても良かったのだが、フィオナがここは任せてほしいと言ったため、譲った形だ。


 何もない背後からの急襲に、生き残った構成員の2人は、一体何が起きたのか分からず、周章狼狽している。


 「おい、狼狽えるな。俺たち『黒南風』も、奇襲作戦のときによく使う方法だろうが。」


 一方、ザハールは、先程の怒りがまるで嘘のように冷静だった。戦闘に突入するなり、落ち着きを取り戻すのは、さすが「ボス」と言うべきだろう。なかなか厄介な相手になりそうだ。


 「ま、まさか、『インビジブルザラーム』ですか!?」

 「そのまさかだ。おい、聞こえてるんだろ?コソコソと隠れてないで、姿を見せたらどうだ。それとも、ビビっているのか?」


 ザハールは冷静沈着に分析し、俺たちの出方を窺っているようだ。「イルシオン作戦」自体は最終段階に入ったので、姿を見せても特に支障はないが、一つ気になることがある。


 フィオナは最終段階の奇襲攻撃において、ザハールを含む「黒南風」全員に「ウォータースピア」を当てたはずだ。しかし、ザハールとその部下2人は無傷に見える。このトリックを明らかにしなければ、万が一のことがある。ここは、実験してみるか。俺は、倒しきれなかったことに驚いているフィオナに目配せし、ザハールたちに再度攻撃を仕掛けた。


 「エタンセルパラリシス!」


 俺はザハールの問いかけを黙殺し、もともと奇襲攻撃で使おうと思っていた麻痺魔法「エタンセルパラリシス」を詠唱した。しかし、ザハールたちは、一切痺れることなく、またも無傷で立っていた。


 ・・・マジかよ、超級魔法でもダメなのか。


 究極魔法を使用するべきかどうか考えていると、ザハールは勝ち誇ったように笑いながら、見えていない俺たちに話しかけた。


 「ガハハハッ!!お得意の魔法が通用しなくて、焦っているのか?残念だったな、俺のレジェンドスキル【閻魔障壁】の前には、あの『ウィザード』クラスでも無力なんだよ!」


 ・・・転生後初めて出会うレジェンドスキルの持ち主が「黒南風」とは。


 「黒南風」は持っているスキル数が多い、またはスキルの質が高い人々で組織されている。そして、ザハールは恐らく、その組織の幹部クラスだろう。レジェンドスキルを持っていても、何ら不思議ではない。


 ・・・これで、スキルを3つ以上持っているとかだったら結構ヤバイ相手だな。


 「どうした?もう終わりか?なら、さっさと姿を現すんだな!まぁ、姿が見えなくても、全方向に超級魔法をぶっ放せばいい話なんだが。」


 ザハールは完全に勝ったつもりでいるようだ。部下の2人もザハールを煽てて、機嫌をとっている。


 ・・・やれやれ。そこまで挑発されたら、多少は本気を出すしかないな。


 俺はまだ、負けたとは微塵も思っていない。いや、勝負すら始まっていないと考えているぐらいだ。今から真剣に、ザハールの実力を見定めていくか。


 フィオナにアイコンタクトし、俺だけが「インビジブルザラーム」を解除することにした。フィオナが心配そうに見てきたので、俺は親指をグッと立てて、「I’ll be back.」と口パクで言った。・・・うん、まぁそんな顔になりますよね。すみません。


 「全方向攻撃とか、考えることが幼稚なんだよな。」


 俺は不可視魔法を解き、ザハールたちの眼前に登場した。


 「ようやく姿を現したか、このクソガキが。奇襲のときは女の声が聞こえたが、まだ隠れているのか?」

 「さぁ、どうだろ?でもまぁ、お前たちの相手なんて、俺一人で十分ってことだな。」


 俺の軽い挑発文句に、少し間をおいて、ザハールは大笑いした。


 「ガハハハッ!!『俺一人で十分』だと?貴様、俺たちが『黒南風』だと知っての発言か?」

 「もちろん。」

 「ハッ、ここまでの身の程知らずがいたとはな。まぁいい。どうせ、すぐに死ぬんだ。最期の台詞ぐらいは、カッコつけさせてやるよ。」

 「それはどうも。まぁ、死ぬつもりは全くないけど。」


 ザハールは俺が姿を見せても、あまり驚いていない様子だ。俺の見た目が20歳ぐらいなので、見下しているのだろう。それとも、レジェンドスキル【閻魔障壁】に絶対的な自信があるのか。


 「フンッ、口だけは達者だな。」


 嘲笑したザハールに合わせるように、部下2人も俺に対して「身の程を知れ、このザコが!」と声を揃えて罵倒してきた。


 「殺す前に、貴様にいくつか聞きたいことがある。」

 「奇遇だな、俺も聞きたいことがあるんだ。俺から先で良いだろ?」

 「ハッ、どうして俺が貴様の質問に答える必要があるんだ。」

 「お前が答えてくれたら、俺もお前の質問には答えるよ。約束する。それに・・・。」


 俺はたっぷりと間をあけ、ニヤッと笑いながら続きを言った。


 「『幸福亭』襲撃作戦が大失敗に終わった理由、知りたくないのか?」


 俺の言葉に、ザハールたちは一瞬驚いた表情を見せた。そして、ザハールがおもむろに口を開いた。


 「襲撃部隊がいつまで経っても帰ってこない状況で、貴様が現れた。そして、今の言葉。ここまでくれば、馬鹿でも分かる。・・・貴様が襲撃部隊を撃退したのか?」

 「その通り、一瞬で倒したよ。アジトへの侵入方法も彼らが教えてくれたしね。」

 「ハッ、貴様のようなクソガキが、俺の襲撃部隊を返り討ちにするなど、到底考えられない。それに、『黒南風』の構成員が敵に情報を流すなど、あり得るわけがない。」


 ザハールは俺の言葉を、鵜呑みにはできないという感じだ。幹部クラスになれば、「黒南風」という矜持は確固たるものに違いない。それを考慮すると、当然の反応だろう。


 「・・・が、先程から貴様の態度・言葉遣いに、一切の揺らぎがない。目の前にいるのが『黒南風』だと知っていながら、その立ち振る舞いができるのは、余程の実力者か、ただの馬鹿だけだ。貴様が前者であると期待し、質問に1つだけ答えてやろう。」


 少し間をあけ、俺を品定めするような目で言った。これが恐らく、ザハールから引き出せる最大の譲歩だろう。交渉は、とりあえず及第点と言える。


 「それはどうも。では早速。お前はスキルをいくつ持っているんだ?」


 ザハールのレジェンドスキル【閻魔障壁】は、手加減なしに究極魔法をぶっ放せば、恐らく攻略できる。だが、その他のスキルがいくつあるのか、その内容は何なのかが気がかりだ。まぁ、「黒南風」の連中は、自らのスキル内容をわざわざ敵に教えるようなアホではないだろう。ここは、スキルの数に絞らせてもらう。


 「ハッ、しょうもないことを聞くもんだな。」


 ザハールは俺の質問を聞くなり、鼻で笑った。


 「まぁいい、それぐらいは答えてやる。俺は『トリ』だ。」


 ・・・マジかよ、最悪の展開じゃん。


 「説明書」によると、この世界では、スキルを3つ持つ人を「トリ」、4つ持つ人を「テトラ」、5つ持つ人を「ペンタ」と呼ぶ。つまり、ザハールはスキルを3つ所持していることになる。その一つが【閻魔障壁】というわけだ。


 ・・・少なくとも、ザハールだけは今ここで倒さないとな。


 「なるほど、理解した。」

 「では、次は俺が質問する番だ。『幸福亭』襲撃作戦が失敗に終わった理由を教えろ。」


 案の定の質問に、俺は躊躇なく答えた。「ルミナスバリア」・「デウスプロテクシオン」・「エタンセルパラリシス」までの流れを簡潔に説明した。俺の言葉にザハールたちはしばらく沈黙していたが、部下の1人が口火を切った。


 「冗談じゃない!!そんなこと、あり得るわけがないだろう!!!」


 そいつは俺の話を全く信用していないようだ。事実を淡々と伝えただけだが、何とも悲しい。


 「落ち着け、ファルター。」


 ザハールが部下の1人 ―ファルター― を宥めた。


 「だが、ファルターが言うように、貴様の話は荒唐無稽すぎて信じる気にならない。ロイ・アダムズであれば、多少信じられるが・・・。貴様、ふざけているのか?」


 ザハールも俺が冗談を言ったと勘違いしているようだ。スキンヘッドに血管が少し浮き出ており、顔色も赤いので、怒りモードに入りかけなのかもしれない。


 「えっ、真面目だけど?」

 「そうか・・・。貴様はここに来て、嘘をつくんだな!!!!!」


 あっけらかんと答える俺に見て、ザハールはついに怒りが沸点に達したようだ。


 「もういい!!貴様は俺の手で跡形もなく消滅させてやる!!『黒南風』に喧嘩を売ったこと、あの世で後悔するが良い!!」


 俺への殺意が剥き出しになったザハールは、完全な戦闘態勢に入ったようだ。同じく、その部下のファルターたちも俺に魔法をぶつけようと、右手を前に突き出している。


 いよいよ、転生後初の対人戦闘だ。俺の実力が「黒南風」に通用するのか、ここでしっかりと確認しておかないとな。

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