第20話 フィオナの目標

 「私の人生の目標は、『モノ』に対する差別・偏見をなくすこと。もちろん、ゼロにすることは難しいかもしれない。だけど、現状を少しでも変えていきたいと思っている。『モノ』に生まれたことを恥じない世の中にしたい。その目標を達成するために、私は何としてでも、『黒南風』を壊滅させたい。」


 俺は、フィオナの真っすぐな主張に心惹かれた。嘘偽りのない、純粋な意志。そこに、ある種の「美しさ」を感じた。また、それと同時に、俺とフィオナが見ている未来が一緒だということに、とても驚いた。


 「それに、実は・・・私の家族は、『黒南風』に殺されたの・・・。」


 そう言ったとき、一粒の涙がフィオナの頬を伝った。そして、堰を切ったように、美しい水色の瞳から、どんどん涙が溢れた。きっと、その時の感情を思い出したのだろう。しかし、フィオナはすぐに手の甲で涙を拭い、真剣な眼差しで言った。


 「だから、『黒南風』は私の仇敵でもある。絶対に許さない。」

 「・・・なるほどな。フィオナは『黒南風』を自分自身の手で滅ぼすために、各地を旅しているのか。そして、最終的には、『モノ』への差別を解消したいと。」

 「そう。私は、物心ついた頃からずっと一人で頑張ってきた。『モノ』っていうだけで、色んな理不尽を受けてきた。でも、スキル【魔力感知】は、全然戦闘向きじゃない。魔力量も少ないから、初級魔法しか連続で使えないし。目標を達成するために必要な能力が、私には全然ないの。」


 乾いた笑いを見せるフィオナだが、その本心は物凄く悔しいに違いない。俺が計り知れないほどに。


 俺は、フィオナの「本当の強さ」は、その心にあると感じた。たくましい精神力に釣り合うように、フィオナがもっと力をつけられる方法を何とか探したいな。


 「だから、ユリウス、私と一緒に『黒南風』を倒すために、力を貸してほしい。」


 ・・・なるほど、「私と一緒に戦ってほしい」っていうのは、そういう意味だったのか。


 フィオナは珍しく、というか、初めて俺に頭を下げてお願いした。ただ、断られるのが怖いのか、少しだけ肩を震わせている。


 ・・・やれやれ。変に目立つのは避けたいんだけど。まぁ、美少女にここまで頼まれたら、仕方ないか。



 「いいよ、俺も一緒に戦う。」

 「もちろん、ユリウスにも様々な事情があると思うし、そうやって断るのは当然の権利だ・・・えっ、今なんて!?」


 フィオナは、俺が確実に断ると思っていたのだろう。俺の言葉を聞いて、かつてないほどの驚愕の表情を浮かべている。


 「俺には、フィオナの提案を断る理由がない。そして、初めて言うけど、俺の旅の目的も、『モノ』に対する偏見や差別をなくすことなんだよ。だから、むしろ『黒南風』に殴り込みに行ける機会をくれて、嬉しいよ。」


 フィオナを苦しめている元凶であり、モノスキラーへの差別を助長する裏組織、「黒南風」。この組織の壊滅が、モノスキラーの社会的地位を向上させる大きな一歩になるだろう。手始めに、ウェグザムに潜伏している構成員たちをボコボコにするか。


 「え、ほ、本当にいいの!?」

 「もちろん、俺で良ければ。」

 「ありがとう、ユリウス!」


 フィオナは頬を少し赤らめながら、満面の笑みを浮かべて、俺に握手を求めた。余程嬉しかったのか、握手する力が異常に強かった。


 ・・・いや、嬉しいとか関係なく、フィオナの握力が『インペリアル・エイプ』レベルなんじゃ・・・。


 「ヘグッ!!!!!

 「ちょっと今、失礼なこと思わなかった?」


 目が笑っていない笑顔でフィオナは、俺のみぞおちにエルボーをぶち込んだ。


 ・・・嘘だろ、心の声まで聞こえるのかよ。やっぱり、化け物じゃねーか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 エルマさんは仕事に戻り、斡旋所2階のロビーで俺とフィオナは作戦会議をしている。


 「ウェグザムに潜伏している『黒南風』の構成員の所在は、分かっているのか?」


 これまでの説明を聞くと、「黒南風」は比較的規模の大きい裏組織だろう。そう簡単に潜伏先が見つかるとは思えないが、情報収集能力の高いフィオナなら・・・。


 「もちろん・・・・・・・・・・・・分からない。」


 ・・・分からへんのかーい!!「完全に潜伏先まで突き止めたぞ。」っていう流れだったのでは!?


 「マジかよ。じゃあ、どうするんだ?」


 探知魔法があるにはあるが、捜索対象のイメージが明確でないと、検索に引っ掛からない。「漆黒の仮面」と言われても、どんな仮面なのか、言葉だけでははっきりと認識できないから、今回は使えそうにないな。


 「大丈夫、潜伏場所は分からないけど、次に『黒南風』が襲撃する可能性が高いところがあるから。」

 「へぇ~、その場所は?」

 「ユリウスが知っているか分からないけど、宿屋『幸福亭』。」


 俺は、フィオナの口から「幸福亭」という言葉が発せられた瞬間、モルガンさんとトゥーリの顔が脳裏に浮かんだ。確かに、あの2人は「モノ」で、ウェグザムの住人もそれを知っている。ただ・・・。


 「『幸福亭』なら知ってるよ。ちょうど今、俺が泊っている宿だからな。」

 「えっ、そうなの!?」

 「ただ、この前の火災事件は裕福な『モノ』たちが狙われたんだろ?こう言ってはなんだが、『幸福亭』の人たちは、決して裕福じゃないぞ。差別や偏見のせいで、経済的にかなり苦しい感じだ。」


 「幸福亭」の外装・内装、来客数、父娘の会話などから察するに、モルガンさんたちは、お金持ちという存在から、むしろ遠いはずだ。お金持ちの「モノ」を狙うのであれば、「黒南風」は犯行に及ばないだろう。


 「確かに、この前の事件では、裕福な『モノ』たちがターゲットになっていたわ。でも、『黒南風』がお金持ちの『モノ』しか狙わないというわけではないの。『黒南風』の目的は、『モノ』それ自体の殲滅だから。」


 ・・・なるほど。となると、もしかしたら、同時多発火災事件は、私有財産が比較的多い『モノ』しか狙わないと思わせるための、偽装的犯行かもしれないな。


 「一理あるな。でも、どうして次は『幸福亭』が襲撃されるって分かったんだ?」

 「私には、色々と情報網があるから。」

 「情報網?」


 やはり、フィオナはどこかの諜報組織のメンバーなのか?


 「『黒南風』は、スキルを2つもっている人でも、両方ともが弱いスキル、具体的にはクラウン以下なら、排除の対象としているの。だから、『モノ』じゃなくても、『黒南風』に恨みをもっている人たちは大勢いる。」

 「なるほど。」

 「それで、『モノ』も含めて、『黒南風』に憎悪や怨恨を抱いている人たちが中心になって組織したのが、『白南風』よ。」


 ・・・「黒南風」の次は、「白南風」ですか。まぁ、「黒」に対抗するとなれば、「白」になるか。


 「『白南風』は、『黒南風』の行動を秘密裏に監視して、犯行を阻止したり、潜伏先を見つけて壊滅させたりしているの。この前の火災事件は、同時多発的に起きてしまったから、完全に阻止できなかったけど・・・。それでも、いくつかの家屋の炎上は事前に防ぐことができたって。」

 「へぇ~、それはすごいな。ってことは、フィオナも『白南風』のメンバーなのか?」

 「いや、私は『白南風』に加入してなくて、協力関係にあるって感じ。」


 ・・・いや、「白南風」違うんか~い!もうそこまで言ったら、確実に所属していると思うやん。


 「私が、色々と個人的に手に入れた情報を無償で『白南風』に提供する代わりに、私が要求した情報も無償で提供してもらってる。」


 なるほど。フィオナには、単独で『黒南風』を追っているからこそ、手に入る情報がある。一方、『白南風』には、組織的に活動するからこそ、獲得できる情報がある。つまり、フィオナと『白南風』の利害が一致することで、良好な協力体制を構築できているのか。


 「なるほどな。じゃあ、『幸福亭』が次に狙われるって情報の出処は、その『白南風』というわけか。」

 「そういうこと。だから、信憑性は高いと思う。」


 大森林(説明書によると、あの鬱蒼とした森林は「アルゲンティム」と呼ばれているそうだ)で出会って以降、俺はフィオナを信頼している。そのフィオナが、信用している組織の情報なのだ。信じないわけがない。


 「分かった、その情報を信じるよ。でも、『幸福亭』が襲撃されることが判明しても、『黒南風』の潜伏先を特定することには、繋がらないんじゃないか?」


 俺の疑問を聞くや否や、フィオナはニヤッと笑った。俺はこの含み笑いを、何度か見たことがある。だいたい、俺が大変な目に遭うんだよな・・・。


 「この前の火災事件のとき、『奇跡』と呼ばれるほどの魔法を使用したにもかかわらず、誰もユリウスのことを認識していなかった。不思議だと思わない?」

 「・・・・・・・」

 「ユリウスって、闇属性の超級魔法『インビジブルザラーム』が使えるでしょ?」

 「チョト、ナニヲ、イテイルノカ・・・。」

 「じゃあ、エルマを呼んで、もう一度スキルを使ってもら・・・。」

 「はい、ガッツリ使えます!火災事件のときも、使ってました!」

 「うん、素直でよろしい。」


 ・・・コイツ、マジで恐ろしいわ!やり口が、裏社会の人間なんだよな・・・。


 その後、フィオナは「幸福亭」への襲撃阻止と「黒南風」の潜伏先特定作戦(以下、イルシオン作戦)を、丁寧に説明してくれた。イルシオン作戦を必ず成功させると、フィオナがしつこく懇願したため、今回「白南風」は信用できるフィオナに、「黒南風」の犯行阻止を委任したらしい。だが、その作戦は完全に俺が協力する前提のものだった。というか、俺にしかできないことが多いんだが・・・。


 「なぁ、もし俺が、フィオナの手助けをしないって言ってたら、どうするつもりだったんだ?」

 「えっ?そ、それは、ユリウスなら、押せば絶対に協力してくれるって、信じてたし。」


 フィオナは、屈託のない笑顔で答えた。少し目が泳いでいたように見えたが、まぁ気のせいだろう。


 ・・・ちょっとフィオナさん、俺に対する信用度、高すぎませんかね。まぁ、そこまで信頼されて悪い気はしませんけど。フィオナの期待に応えられるよう、いっちょ頑張りますか。


 「それはどうも。で、最後に一つだけ聞きたいんだが、『幸福亭』が襲撃されるのは、いつ頃なんだ?」

 「え、それは、その・・・・・・あ・・の・る・・・。」

 「えっ、なんて?」


 フィオナの声が急に小さくなり、ほとんど聞き取れなかった。なぜ、突然声のボリュームを下げたのか。


 「・・・あし・・・る・・。」

 「えっ?なに?もっと大きな声で言ってくれ。」

 「・・・明日の夜。」

 「・・・・・・」

 「さぁ、早速『幸福亭』へ行きましょう!」

 「おい。」


 俺は右手で、フィオナの左肩を強く掴んだ。


 「あーーーー!何も聞こえなーい!」

 「お前、俺が断れないように、わざわざ前日に来たんだろ!!!!!」

 「痛っ!!」 


 両耳を手で覆いながら、スタスタと階段を降りていこうとするフィオナに、俺は後ろから、肩を掴んでいた右手で、美しいチョップを頭頂部にお見舞いした。


 ・・・コイツ!信じているとか言いながら、ちゃっかり保険を用意してやがった!最悪、俺に断られても、「襲撃予定日の前日だから、もう時間がない。」とか言って、無理やり協力をとりつけるつもりだったんだな!!本当に、良い性格してるわ!!俺の感動を返せ!!


 頭を押さえながら、涙目で文句を言ってくるフィオナを無視し、俺たちは『幸福亭』へと足早に向かった。

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