第11話 日雇い斡旋所

 呆れながらもフィオナは丁寧に道順を教えてくれた。そして、何とかレミントンの西部 ―ウェグザム― に到着した。


 ・・・いや、マジで結構歩いたぞ。


 風属性魔法の「ヴォルフライト」を使おうかと考えたが、上空を飛んでいる人は誰もいなかった。もし、空を飛んで移動していたら、確実に目立ってしまうだろう。だから、徒歩でウェグザムまで来た。


 商人や冒険者の姿がちらほら見え、様々な店も所狭しと並んでいる。しかし、城門を通り抜けたあとに見た街並みよりも、少し落ち着いた印象を受ける。ウェグザムは、都会の中でも比較的静かな地域と言えるだろう。


 「日雇いの紹介所は確か、中央地区の巨大な噴水の正面にあるって言ってたな。」


 俺は、フィオナの言葉にあった「巨大な噴水」を探した。初めて来た街で、どこに何があるか分からないため、あちこち歩き回った。そして、数十分後、ようやく人々で賑わう大きな噴水を見つけた。フィオナの言う通り、観光スポットになっている感じだ。生前、テレビで見た「トレヴィの泉」に少し似ている。


 人々が密集している噴水の正面には、「都立日雇い斡旋所」と書かれた立派な建物があった。外観から察するに、2階建てだろう。


 「フィオナが言っていた日雇い専用の紹介所はここだな。」


 俺は早速、斡旋所の木製扉を開けた。都立の斡旋所というだけあって、建物の中は「THE お役所」の雰囲気が漂っていた。斡旋所に入ってすぐ右手側に、「受付」と記載された木板が天井から吊るされてあった。


 「あの~、すみません。」


 俺はスタスタとその場所に向かい、比較的大きな声で問いかけた。


 「はい、何でしょうか。」


 俺の声に反応したのは、童顔だが、スラッとした20代後半ぐらいの女性だった。目がパッチリした女性は俺に気づくと、小走りでやってきた。


 「あの~、日雇いの仕事を探しているんですけど、今からできるものってありますか?」

 「えっ、今からですか!?」


 若い女性 ―制服の胸につけた名札には「エルマ」と書かれてある― は、俺の言葉にかなり驚いた表情を見せた。まぁ当然、そうなりますよね。


 日雇いとは、そもそも1日単位の仕事である。太陽(?)の位置が低くなり、恐らく終業が近いこの時間帯に、今日の日雇いの仕事など、そうそうあるわけがない。やはり、冒険者になるしかないのか・・・。嫌だな・・・。


 「やっぱり、ないですよね。」

 「一応、あることにはありますが・・・」

 「ですよね、すみませんでし・・・えっ、今何と!?」


 ん?俺の聞き間違いか?今、エルマさんは「ある」と言ったような・・・。


 「はい、一応今からでも可能な日雇いの仕事はあります。」 


 マジか。この世界の「日雇い」の概念、絶対におかしいぞ。まぁ、そのおかげで、何とか今日中に、金が稼げそうだけど。というか、フィオナはこの時間帯でも、何らかの日雇いの仕事があると知っていたから、懇切丁寧に教えてくれたのか。フィオナにも、感謝だな。あいつ、マジで良い奴じゃん。


 「じゃあ、早速それを斡旋してください!」 


 俺は心の中でフィオナに深々とお辞儀し、日雇いの斡旋をお願いした。


 「はい、分かりました。ただ・・・。」

 「ただ?」

 「・・・この時間帯ですと、高難度の日雇いしか残っておりません。それでも、構いませんか?」


 エルマさんは、とても言いづらそうに伝えた。なるほど、この世界の日雇いは、冒険者のクエストのように、難易度で管理されているのか。難易度が高いほど、朝方や午前中に誰もやろうとしないから、この遅い時間帯まで余ってしまうという仕組みなのかもしれない。


 「はい、それで全然構いません。それに高難度ということは、報酬もそれなりに期待できるということですよね?」

 「その通りです。難易度が高ければ高いほど、報酬は跳ね上がっていきます。」

 

 衣食住の確保のために、今日中に何としてでも軍資金を手に入れないとな。背に腹は代えられない。高難度だろうが、俺にできることを精いっぱいやるだけだ。それに、身体強化もあるし、まぁ大丈夫だろう。


 「むしろ、その方が都合が良いので、高難度の日雇いでお願いします。」 

 「承知しました。ただいま、斡旋可能な依頼書を準備しますので、そのままお待ちください。」


 エルマさんはニコッと笑うと、受付から離れ、依頼関係の書類や契約書などを取りに行った。2~3分ぐらい待っていると、書類を片手に抱えたエルマさんが戻ってきた。 


 「お待たせしました。こちらが本日18時までの日雇い依頼となります。」


 そう言うと、エルマさんは受付机に1枚ずつ丁寧に紙を広げた。最終的に俺の前には、合計で7枚の依頼書が置かれた。


 「現時刻が17時18分ですので、距離や時間を考えると・・・こちらとこちらの依頼がオススメだと思います。」


 ・・・えっ、結構時間ヤバくないか!?全速力で片付けないといけないな。


 ちなみに、この世界の時間概念については検問の待ち時間の際に確認済みだ。具体的には、「1日は24時間、1週間は7日間、1か月は35日間、1年は13か月」らしい。生前の世界によく似ている。


 俺は、エルマさんがピックアップした2つの依頼に目を通した。 


 「えーと、一つ目がウェグザムの街外れにある金属製の廃墟の解体か。で、二つ目が・・・ウェグザムの東広場にある銅像の移動か。」


 ・・・ふむふむ、なるほど、なるほど。ひょっとすると、これは・・・。


 「あの、いくつか聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

 「はい、遠慮なくおっしゃってください。できる限り、お答えいたします。」 

 「この金属製の廃墟と東広場って、どのくらい離れていますか?」 

 「そうですね、約10㎞ほど離れています。」


 ・・・オッケー、想定内の距離だ。さすがに50㎞以上とかだとキツイからな。


 「分かりました。ありがとうございます。では、次の質問なんですが、ウェグザムの空を飛ぶことは、違法ですか?」


 これは非常に大事な質問だ。「飛行しない」と「飛行できない」では、全然意味合いが変わってくるからな。


 「えっ、空ですか!?・・・あぁ、浮遊系魔法ですね。高度100m未満であれば、浮遊系魔法を使った空中移動は違法ではありません。逆に、100m以上となると、リヴァディーア州が発効する許可証が必要になります。」


 ・・・ふむふむ、高度100m未満ね。念のために、半分の50mぐらいで飛ぼう。


 「了解しました。これが最後の質問です。この二つの依頼を同時に斡旋してもらうことは可能ですか?」 

 「えっ、二つ同時にですか!?」


 最後の質問は予想していなかったのだろう、エルマさんは大きい目をパチクリさせ、しばらく唖然としていた。まぁ、普通はそんなこと聞く奴なんていないわな。ましてや、この時間帯に。


 「もし無理そうなら、全然構いませんので。」

 「えっ、あ、ああ。可能は可能ですけど、本当に大丈夫ですか?残りあと、35分ぐらいですよ?それに、もし依頼に失敗すると、多額の違約金を払わないといけません。」


 エルマさんはハッと我に返り、説明を続けた。そして、遠回しに、残り時間で二つの依頼達成は不可能だと言った。まぁ、常識的に考えると、そうだろう。むしろ、無理だと正直に伝えてくれる時点で、エルマさんはまともな人と言える。だが・・・。


 「大丈夫です。残り時間で依頼を二つ達成させる作戦は、思いついているんで。」

 「そ、そうですか・・・。そこまでおっしゃるのでしたら、私はもう何も言いません。では、早速手続きに移ります。」


 エルマさんは動揺しながらも、テキパキと書類手続きを済ませた。契約に際しては、ステータスカードを提示する時間があったが、エルマさんは顔色一つ変えることなく、俺のステータスカードを丁寧に確認した。あの検問所の兵士たちとは大違いだ。やはり、良い人なのかもしれない。


 一通りの手続きが終わり、エルマさんは俺にステータスカードを返却した。そして、依頼書を2枚手渡した。


 「お待たせしました。これで、ユリウスさんは二つの依頼を契約したことになります。廃墟や東広場には、それぞれの依頼主が暇を持て余した状態で待機していると思いますので、詳しいことは彼らに聞いてください。依頼が達成されましたら、依頼主がその依頼書にサインしますので、それをこちらまで提出していただければ、正式に依頼完了となります。残り30分程度となりますが、両方の依頼達成をお祈りしております。」


 「はい、ありがとうございます。依頼を達成したら、すぐに戻ってきます。」


 俺はエルマさんにお辞儀し、斡旋所を出ようとしたが・・・。


 「あの・・・。」 


 すると、エルマさんが受付のところから前に出てきて、俺に話しかけて来た。


 「ユリウスさん、実は私も『モノ』なんです・・・。」

 「えっ・・・。」


 俺は、突然のカミングアウトにびっくりした。まさか、こんなにあっさりと秘密を打ち明けるとは・・・。


 「ですが、ユリウスさんは私と違い、スキルが1つであることを全く恥じていない、いや全く気にしていないと、お見受けしました・・・。むしろ、何か自信に満ちているような・・・。ユリウスさんが今回の二つの依頼を、残りわずかしかない時間で達成できれば・・・。何もできないクズと、生きている価値がないと、長年罵られてきた、私を含め多くの『モノ』たちの希望となると思います・・・。ですので、依頼達成を個人的にも・・・願っております。」


 エルマさんは両目から涙をボロボロと流しながら、鼻を赤くして、深々と頭を下げている。俺の足元の床は、エルマさんの涙で濡れていた・・・。恐らく、エルマさんもフィオナと同様の苦しい経験をしたのだろう。スキルが1つしかないだけで、ここまで辛い思いをする人々がいるとは・・・。この世界は、俺が思っている以上に差別意識が酷いのかもしれない。


 「顔をあげてください、エルマさん。」 


 俺の言葉に、エルマさんはゆっくりと涙を拭きながら頭をあげた。


 「今回の二つの依頼、5分で片付けてきます。」

 「えっ?」


 俺はそう言うと、バッと木製の扉を開け、斡旋所の外に出た。そう、まるでヒーローのように・・・。

 

 ・・・うん、カッコつけすぎたな、やべぇ~!!絶対に5分じゃ終わらねぇよ。15分ぐらいで片付けるつもりだったのに・・・。アホなこと言うんじゃなかった・・・。


 俺はめちゃくちゃ焦りながら、「ヴォルフライト」を使った。あまり目立ちたくはないが、食事代と宿泊代を稼ぐためだ、ここはグッと我慢しよう。それに、猛スピードで飛行すれば、俺を認識できる前に街の中を通過できると思うし。


 こうして、依頼書に書いてある地図を頼りに、全速力で金属製の廃墟に向かった。・・・・・・この日、ウェグザムでは、観測史上最大の突風を記録したと言われるが、俺は知る由もない。

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