第4話 魔獣の討伐

 少女が解き放ったファイアーボールは、『インペリアル・エイプ』の大きく太い腰に直撃した。しかし、『インペリアル・エイプ』の巨躯には、かすり傷一つもついていない。もしかしたら、あのゴワゴワした霞色の体毛が攻撃を防いでいるのかもしれない。


 「見た目以上に、かなり頑丈だな・・・。」


 『インペリアル・エイプ』の耐久力に驚いている俺とは対照的に、少女は表情一つ変えず、すぐさま次の攻撃に移行していた。『インペリアル・エイプ』から繰り出される強烈なパンチを華麗に躱しながら、少女はさっきとは異なる魔法を使用した。


 「ウォータースピア!!」


 少女が魔法名を叫ぶと同時に、水から構成される小さな笹穂槍が10本、『インペリアル・エイプ』を囲むように出現した。そして、少女が右手を『インペリアル・エイプ』に向けて突き出し、力強く握ると、一斉に10本の槍が『インペリアル・エイプ』のぶ厚い胸板めがけて一直線に進んだ。


 「おぉー!すげぇー!カッコイイ!!」


 俺は初めて見る水属性魔法に深く感動した。女神から貰った説明書には、水の初級魔法として「バブルショット」というものが載っていた。名前からして、強力な泡を生成して攻撃する魔法なのだろう。


 しかし、俺が今見たのは説明書に掲載されていない魔法だ。果たして、「ウォータースピア」は初級魔法なのだろうか。あの少女に聞くか、自分で調べてみようと。


 俺が水属性魔法について色々思案しているとき、少女と『インペリアル・エイプ』の戦闘は、いよいよ最終局面に突入していた。


 『インペリアル・エイプ』の破壊力抜群の攻撃に対して、当初涼しげな顔で回避していた少女だったが、徐々に体力が削られ、今は何とかギリギリ躱している状況だ。


 「う~ん、これはやばいな・・・。」


 荷車の近くで口論していた3人の男女はいつの間にか静かになり、各人が死を悟った目をしていた。痩身の眼鏡男については、ほぼ気絶している感じだ。おいおい、大丈夫か?


 俺は生い茂る草木の陰に隠れており、『インペリアル・エイプ』も含めて、誰も俺の存在に気づいていないはずだ。だから、たとえ俺が全速力でこの場から逃走しても、誰からも恨まれはしないと思う。


 だが、俺にその選択肢はない。困っている、苦しんでいる、助けを求めている。そんな人たちを見捨てるほど、性根は腐っていない。生前は教育学部に入って、一応は教師を志した人間だ。自分の手が届く範囲に辛い思いをしている人がいるのなら、積極的に手を差し伸べるのが倫理というものだろう。


 ガタガタと足の震えは止まらないが、俺は何とかあの化け物と戦う決心がついた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 『インペリアル・エイプ』との戦闘開始直後から、その美少女は死ぬ覚悟を決めていた。


 「私は今日、ここで死ぬ運命なんだ・・・。」


 物心ついたときから、少女はいつも一人で戦ってきた。その理由は、非常に単純明快である。少女が「モノ」だからだ。



 ある目的のために旅を続けている少女は、偶然この大森林で休息を取っていた。20分ほど腰を下ろし、そろそろ出発しようとしたそのとき、遠くから何かがバキバキバキと壊れる大きな音がした。


 「えっ、何の音!?」


 音の大きさから嫌な予感がした少女は、急いで破壊音が聞こえた方向に走った。破壊されていく音が近くなるにつれ、男女の喧騒のような声も聞こえてきた。


 鬱蒼とした森林に叢生している植物をかき分けながら進むと、少女は衝撃の光景を目の当たりにした。


 「ま、まさか・・・え、閻魔種!?それにあの見た目は・・・『インペリアル・エイプ』!?」


 そこには、大破した荷車と閻魔種の『インペリアル・エイプ』に対峙する男女3人の姿があった。男女3人はそれぞれ大きな怪我をしているが、致命傷には至っていないようだ。ただ、3人とも出血がひどく、早く止血しなければ、取り返しのつかないことになるのは明白だった。


 「どうして、閻魔種がこんなところに・・・。」


 閻魔種は魔獣の中でも「最凶」「最悪」と謳われているが、人魔戦争時代のダンジョンにしか生息しておらず、ダンジョンに潜ることができるのは、Aランク以上の冒険者か、「ウィザード」だけだ。つまり、普通に生きていて、閻魔種と遭遇することなど、まずない。


 しかし、今は閻魔種が森林に存在している理由を考えるよりも、男女3人の身の安全が最優先だ。



 「ねぇ、どうするの!?依頼の荷車が原形をとどめてないんだけど!」

 「そんなことより、『インペリアル・エイプ』だろ!!」

 「お、大きすぎますよ!!た、倒せるわけがありません!!む、無理です!!」


 男女3人は『インペリアル・エイプ』に各人の武器を向けながら、大声で言い争いをしている。見た目と会話から察するに、冒険者パーティーだろう。だが、3人のレベルはお世辞にも高いとは思えない。装備から察するに、恐らくDランクかEランクだろう。このままだと、閻魔種に一方的に蹂躙されるのがオチだ。


 もちろん、Bランクの私でも、閻魔種の『インペリアル・エイプ』を倒すことは不可能だ。複数のAランク冒険者が協力して、ようやく討伐できるモンスターに、私一人で太刀打ちできるわけがない。


 だから、その化け物と対峙している男女3人を見捨てても良かった。誰も文句は言わないだろう。けれど、私の足は、勝手に前に進んでいた。


 「私が引きつけておくから、あなたたちは早く手当を!!」


 私は勢いよく飛び出し、『インペリアル・エイプ』の正面に立った。少し足が竦んでいるが・・・。


 男女3人は突然の出来事に一瞬固まっていたが、状況を理解したのか、すぐに「ありがとう!!!」と口を揃えて、大破した荷車の近くに避難した。


 「さてと、ここからどうしようかな・・・・・・。」


 何の準備や作戦もなく、『インペリアル・エイプ』の前に飛び出した私は、自分の言動に心底驚いていた。私は、いったいどうしたのだろうか。紛れもない自分の言動だが、まるで何か、得体のしれない調整力が働いたような気もした。


 「私は今日、ここで死ぬ運命なんだ・・・。」


 一人で旅を続けてきた私が最期に、誰かのために死ぬとは。ある意味、私らしい死に方かもしれない。私は、死期を悟りながら、『インペリアル・エイプ』と対峙した。


 しかし、私が最期を迎えることはなかった。のちに、この世界を大きく変える「あの男」のせいで・・・。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺は少女と『インペリアル・エイプ』との戦闘を洞察し、一つの仮説を立てた。それは、「魔法は使用者の意思で、その威力や範囲をコントロールできる。」というものだ。


 少女が放った2つの魔法。特に、最初の「ファイアーボール」がその顕著な例だろう。俺が広大な草原で、「ファイアーボール」をぶっ放したとき、特に何も考えていなかった。しかし、少女の「ファイアーボール」は俺のよりも遥かに小さく、威力自体もそこまで大きくなかった。

 つまり、少女は森林の火の海にせず、また怪我をしている男女3人に危害を加えないように、あえて大きさや威力を絞ったのではないか。そして、俺も明確な意思をもって魔法を行使すれば、小さな「ファイアーボール」が放てるのではないか。大きさや威力をコントロールした「ファイアーボール」であれば、何とかあの少女に加勢できるだろう。


 正直、少女の「ファイアーボール」で無傷だった『インペリアル・エイプ』に俺の攻撃か効くとは到底思えないが・・・。まぁ、なるようになるか。


 仮説を整理した俺は、ついに『インペリアル・エイプ』の眼前に飛び出した。


 「お嬢さん、ただいま助太刀いたしま・・・・・あっぶ!!!!!!」


 俺はバッと飛び出し、まるで騎士のようにカッコ良く登場した(つもりだ)が、タイミングが悪く『インペリアル・エイプ』の頑強な拳が俺の左横をかすめた。


 ・・・え、い、い、いま、し、死にかけたよな・・・。うん、もう変な登場の仕方は金輪際やめよう・・・。

 


 俺の登場姿を視認すると、戦闘中、一切表情を変えなかった少女が初めてひどく驚いた表情を見せた。しかし、すぐにもとの表情に戻り、厳しい口調で俺を叱った。


 「あなた、死にたいの!?いいから早く逃げて!!」


 「いや、俺だって死にたくないですよ!だけど、1人より俺たち2人で戦った方が、生存確率は上がりますから!」


 俺の言葉に、少女は深くため息をついた。


 「はぁ~・・・。自分の身は、自分で守ってね、あなたを庇って戦えるほど、余裕はないから。」


 『インペリアル・エイプ』の猛攻を何とか紙一重で躱しながら、少女は俺の加勢を一応は認めてくれた。


 「もちろん、少しでもお役に立てるよう、頑張りますよ!」


 共闘を認めてくれた少女に感謝しつつ、俺は『インペリアル・エイプ』の破壊力抜群の攻撃を連続で回避した。


 ・・・あれ?おかしいな。さっきの茂みから見ていた時よりも、こいつの攻撃が遅く感じるぞ・・・。


 遅くなった(?)猛撃を避けながら、俺は『インペリアル・エイプ』の隙を探していた。そして、ついに隙と言えるタイミングを見つけた。


 その隙が再び来るまで回避し続け、『インペリアル・エイプ』の豪快な左ストレートを躱したそのとき、

 

 「ここだ!!ファイアーボール!!!!!」


 左ストレートをサッと避けた俺は、回避と同時に『インペリアル・エイプ』の左脇腹めがけて、渾身のファイアーボールをお見舞いした。今回は明確な意思をもって魔法名を叫び、威力をかなり抑えたテニスボールぐらいの光る火球を、ほぼゼロ距離でぶっ放した。


 ただ、ゼロ距離とは言え、あの少女の攻撃でさえ、かすり傷がつかなかったのだ。残念ながら大ダメージとは、いかないだろう。俺は次なる一手を考えるため、直撃した火球の黒煙で覆われている『インペリアル・エイプ』から一旦距離をとった。・・・ん?黒煙で覆われるほどって、案外威力が強かったのかもしれないな。


 「グィグ・・・ギャァァ・・・」


 だが、『インペリアル・エイプ』から予想外の呻き声が聞こえた。黒煙が徐々に消え、全貌が見えると、左脇腹に、ぽっかりと大きな空洞ができていた。そう、左脇腹を火球が周囲を抉りながら、貫通していたのだ。そして、『インペリアル・エイプ』はその巨体ごと前方にドーンと倒れ込み、内臓から血を流しながら、絶命した。


 「「「「「えっ?」」」」」


 男女3人、少女、俺の全員の声が重なった。


 ・・・えっ、なにこれ、どういうこと?

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