星降りの夜、少年は虹の輝きを得て。

アリクイ

超星

 時刻は午前2時。通学路の踏切前に僕は立っている。望遠鏡を担いではいるが、見えないものを見ようとしてオーイェーアハーンとかそういうのじゃ決してない。ウン百年に一度の大規模流星群が今夜訪れるれるという噂を聞いて、幼馴染の直哉と夜中に家を抜け出して見に行ってみようという話になったのだ。


「ごめん正樹、遅くなった。今日に限って家族が全然寝なくてさ。」


 少し経って、線路の向こう側から直哉が駆けてきた。たった2分かそこらの遅刻で謝るとは真面目なヤツだ。気にするな、と僕は手を振って返事をする。


「本当にそれ持ってきたんだ」

「まぁ、一応な」


 学校の裏山は景色がいいし肉眼でも十分だとは思ったが、万が一ということもある。それに折角使える物があるのに使わないのは勿体ないからな。親父にバレたらこっぴどく叱られるだろうが、その時はその時だ。

 湿気を帯びたまとわりつく暑さと周囲の田畑から響くカエルの大合唱に耐えつつ、僕らは裏山に向かって足を進めていく。最近出たゲームの攻略法とか、嫌いな教師の悪口とか、同級生の家で生まれた子牛のこととか……ふだん学校でするのと特に変わらないような話をしていると、道中はあっという間だった。


「この辺でよさそう……か?」

「多分ね」


 生い茂る木々の間を抜けて開けた場所に出ると、近隣の街頭や自販機の明かりが視界に入った。目をこらせば近くに住んでいる友達の家もわかるだろうか。そんなことを考えながら近くにあった手頃な切り株に腰を下ろした瞬間、足に疲労感が押し寄せる。お喋りに夢中になっていて気付かなかったけど、望遠鏡を担いで歩いたのが効いたらしい。流星群が見えるまでここで少し休むとしよう、と気を緩めているうちに瞼はどんどん重くなって、俺の意識は薄れていった……



「……て!起きて正樹!!ほら、起きろ!!!!」



 直哉に体を揺さぶられ、ハッと目が覚める。そうだ、流星群は?目をこすりながら聞くと、直哉は興奮した様子で空を指差す。見上げてみると、真っ暗な夜空に小さな星々がいくつも降り注いでいる。理科の授業で見せられたビデオなんかよりも鮮明に、たくさんの星が。


「すげえ……本当に見えた……」

「あぁ!そうだよ!僕ら凄いものを見てるんだ!!」


 正直なところ、僕は星空に限らず自然の風景にそこまで興味のある方じゃない。それでも感動を覚えるくらいだから、天文学者を夢見る直哉がここまでハイテンションになるのも当然だ。普段は大人しい幼馴染の笑顔を見ていると、なんだかこっちも嬉しくなる。それから暫くの間、僕たちの視線は空に釘付けになっていた。



 星の流れる間隔が長くなり、そろそろ流星群も終わりといった頃合いになった頃。それまで見えていた、白みがかった星の光とはなんだか違うものが浮いていることに気が付いた。遠くてよくわからないけれど、月の黄色をもっと濃くしたような、そんな色をしているように見える。直哉も同じだったようで、同時に目を見合わせる。


「なぁ直哉、アレも星か?」

「多分そうだとは思うけど……そうだ正樹、望遠鏡出して」


 促されるまま、僕は切り株の脇に置いたままにしていた望遠鏡をセッティングする。直哉は望遠鏡を覗いて数秒なにか考え込むような素振りを見せた後、なんともいえない表情でこちらに視線を送った。


「その……とりあえず正樹も見てみなよ」

「お、おう」


 直哉と入れ替わるようにしてレンズに目を近づける。アップになった夜空のど真ん中に見えたそれは、間違いなく星だった、だったのだが……


「星……というか……星形?」


 その辺の子供に「星を描いて」と言ったら10人が10人同じものを描くであろう、少し丸みを帯びた黄色の星形。夜空に浮かべるには恐ろしく違和感のあるそれは、自らが周囲の星々となんら変わらないものであるかのように優しい光を放っている。いったい何なんだこれは。異質すぎる星?を凝視しているうちに、僕はあることに気付く。


「あれ、なんかこっちに近づいてね?」

「えっ」


 望遠鏡が捉えた例の星が、視界の中で徐々に大きくなっている気がするのだ。再び直哉と交代すると、やはり近づいているように見えると言う。そういえば、人が隕石に当たって死ぬ確率は160万分の1だなんて話を前にどこかで聞いた気がする。ははっ、まさかそんな……


「やばい!なんか加速してるっぽい!!どうしよう!!」


 直哉が半分悲鳴のような大声をあげた。気が付くと、例の星は既に肉眼でもはっきり見える大きさにまで近づいている。さっき見たときはもっと遅かったはずなのに。とにかくこの場を離れないとヤバい。そう本能的に悟った僕らはダッシュで来た道を戻ろうとした……が、足元の石に躓いて顔から思い切りコケてしまった。


「正樹!!」

「う、うぅ……」


 痛みに耐えながらなんとか立ち上がろうと顔を上げると、星は地上から数メートルのところまで近づいていた。真っ白になった脳内にはまるでスクリーンのように物心ついた頃から今までの思い出が断片的にスロー再生される。あぁ、これが走馬灯ってやつなのか。長くて短い一瞬の後、眼前に迫った星が視界を多いつくし……




テンテンテテンテンテンテテンテン♪テンテンテテンテンテンテテンテン♪



 

――体が、虹色に光った。


 


 落下の勢いのまま僕を押し潰すはずだった星は衝突の瞬間、それがいかにも最初から存在していなかったかのように消えた。その代わり、と言ってよいものなのかわからないが、僕の体の内側からは七色の光と奇妙な音が漏れ出している。いったいこれはどういうことなんだ。さっきから意味のわからない事が起きすぎていて何一つ理解が追い付かない。

 直撃を逃れて少し離れた場所にいた直哉は異質すぎる光景に一瞬フリーズしていたが、すぐに心配そうな顔をしてこちらに駆けよってきた。


「ちょっと正樹!?大丈夫!?」

「特に怪我はないみたいだ。とりあえず手貸してくれ」


 自分が死ぬかもしれないという恐怖ですっかり腰が抜けてしまった。バクバクの心臓と混乱したままの脳を無理やり落ち着けて、立ち上がろうとして手を伸ばす。ふたりの指先が触れ合ったその時のことだ。


ポコッ


 間の抜けた音が発せられると同時に直哉の体が後ろに吹き飛び、放物線を描いて落下したと思った次の瞬間にはそのまま地面に吸い込まれていった。


「うっ……うわああああああああああああああああああ!!!!」

 

 なんで、どうして、僕達はただ流星が見たかっただけなのになんでなんでなんでなんで…………今までギリギリ保たれていた理性は完全に崩壊し、僕は何の意味も持たない叫びをまき散らしながらその場から逃げ出した。走る、走る。避けきれずにぶつかった木が直哉と同じようにポコポコと変な音を立てながらなぎ倒されていったが、もうそんな事を気にしている余裕もなかった。自分が何から逃げようとしているのかも、何処に向かっているのかもわからないまま、ただまっすぐ走る。


 裏山から降りきって少し経つと、徐々にものを考える余地が生まれてきた。今この状態で自分がすべきことはなんだ?一度足を止め、必死で思考を整理する。結果、とにかく家族に、そうでなくとも誰か頼れそうな大人に起きたことを説明して警察なりを呼んでもらうのが一番だと、そう思った。目的地を自宅に定めて再び歩を進める。       

 家が視界に入るところまで来た頃、母さんがちょうど玄関から外に出ているのが見えた。僕が家を抜け出したことに気が付いたのか、心配そうな顔をしている。こんな事になってしまって、一体どう説明すればいいだろう?


「母さん」

「……っ!!正樹、あんた正樹なの!?」


 ひと目でわかる息子の異常に驚いた母さんがこちらに駆けてくる。もしかしてこの展開はさっきと同じことになってしまうのでは……なんだか嫌な予感がした僕は、母さんを制止した。したのだが。


「もうなに訳の分からないこと言ってるの!!というかなんなのそれh……」


テンテンテテンテンテンテテンテン♪テンテンテテンテンテンテテンテン♪


ポコッ


「母さあああああああああああああああああん!!!!」


 直哉の時と同じように母さんも吹き飛び、そして地面を貫通したままどこかへ落下していった。こうなることは分かり切っていたはずなのに、なんで僕は対策もせずに声をかけてしまったのか。自分の浅はかさに対する苛立ちと後悔、そして今起きている現象に対して再び湧き上がる恐怖。それらに打ちのめされるような感覚になったのも束の間。僕の叫び声を聞きつけた他の家族や近所の人たちがいったい何事かと外集まってきてしまった……!!

 これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。そう思った僕は全力でダッシュして人々から距離を取る。危ないからこっちに来ちゃダメだと警告しながら。しかしその行為はどうやら逆効果だったようで、よくわからない音を体から発して大声をあげながら走る僕とそれを追いかける群衆という異質で騒がしい群れはあちこちで寝ている人の目を覚まし、移動した距離が長くなればなる程にその規模を増していった。


ポコッ、ポコッ、ポコッ


 後ろだけでなく前から、右から、左から……僕を追いかける人の数が増えていくうち、とうとう完全には逃げ切れなくなり、運悪く接触した者から吹き飛んでいく。それだけじゃない。車も、自販機も、電柱も、果ては住宅さえも。うっかり触れた全てが変な音と共に弾き飛ばされていく。


ポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコ


 無我夢中で走り続けてもうどれくらいの時間が経っただろうか。星とぶつかったことと何か関係があるのか、いくら走っても不思議と疲れは感じない。最初は何かを、あるいは誰かを吹き飛ばす度に恐怖に震えていたのに、それすらもう自分の中では当たり前のことのようになってしまって、今ではむしろ率先して視界に入ったものにぶつかりに行っている節さえある。これだけ大きな騒ぎになったので警察や自衛隊、マスコミの車両なんかも当然やってくる。しかしそのいずれも僕を止めることはできない。体当たりで全部吹き飛ばす。



……………



 気が付けばあたり一面はすっかり更地になって、吹き飛ばすモノはどこにもない。それでも僕は変わらず走り続けている。もはやそれ以外にどうしていいのかわからなくなっていた。聞こえるのはずっと体からなり続けている謎の音とそれに混じって聞こえる風の音、そして僕が地面を蹴る音だけ。街灯も民家の明かりも全て消え去り完全な暗闇に包まれた街には、虹色の軌跡だけが輝いている。そう、流星のように。

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星降りの夜、少年は虹の輝きを得て。 アリクイ @black_arikui

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