第44話 おおきな蛇の分際で立ち向かわないでくださいまし
暴れ狂う
すでに14時間は戦っております。
吐き出す硫黄炎に気を付ければ、即死はしませんの。
ただ遠距離から魔法で攻撃してもかき消されてしまいます。
炎の槍を投げて命中する直前、竜の身体を流れる魔力がきらめき、見えない壁にぶつかってはじき飛ばされました。
あの魔力の
妖精がわたくしの身体から魔力を抜き取るときの感覚が、可視化されたオーラとなって魔法をはじいているのです。
2本の短剣。
メイス。
爪と牙。
妖精の応援。
これだけで小山のような
身体を傷つけても、わずかな血が流れるだけで、ほどなく再生して元に戻ってしまいます。
肉はふさがり、かけた鱗も新しく生えそろいます。
初めて闘いを挑んたときは、あまりの無理さ加減にすぐに逃げました。
ここに至るまでの道中で疲弊していたため、わたくしたちの体力が尽きる前に、削り切れるビジョンがみえなかったのです。
わたくしたちが撤退するそぶりを見せても、
羽虫を小うるさく思っても、いなくなれば秒で忘れるように、ゆっくりと木の根元に何本もの首を横たえ、根を噛み始めました。
わたくしたちなど取るに足らない存在だと、魔物ごときに言われていると感じました。
いえ、間違いなく考えていたでしょう。
3階の最後の玄室にはセーフルームがあります。そこに戻り、体調を万全にしました。
手足についた細かな傷を消していただき、兎のお肉と、巨人のキモと、2階の池の小島に擬態していた
そして迷宮に入ってから29日目の今、
わたくしたちの作戦は、失われた血液は戻らないと想定して、失血死をさせるために攻撃を続けております。
9本の首から繰り出される攻撃は、わたくしたちの敏捷性がうまわまっておりますが、長時間続けるとなると話は別です。
即死の噛みつきを避け続けておりますと、メルクルディさまは20分で精神の限界になられました。
戦闘中に徐々に遠ざかり、泣きそうなお顔で
何かよくない事態が起こったのかと、わたくしたちも戻りましたが、メルクルディさまは過呼吸になってとめどなく涙を流していらっしゃいました。
「どうなさいまして?」
「はっ、はっ、はっ、はっ、こわっ、こわいですぅっ……ひっ、ひっ、ひっ、ひぅぅ……!」
「ゆっくりと深呼吸なさってください」
「……んぐ……」
「落ち着かれまして? いったい何を恐ろしく感じましたの?」
「
「落ち着いてくださいませ。今までもそうだったではありませんか」
「限度を超えてますぅ! がんばってもほとんど攻撃できないし、ひとりで3本以上の首を分担なんてできるほうがおかしいですぅ! いい加減にしてくださいですぅ!」
メルクルディさまがかなり頭にきていらっしゃいますわ。積み重なった恐怖が怒りに変換されております。
ですが、いったい何が怖かったのでしょう。
避けられない攻撃ではありませんので、避け続けて攻撃すればいいだけだと存じますが?
「んんんんん~~~~~!」
痛いですわ! 痛いですわ! 首をかしげていたら、ぽかぽかと殴られてしまいました。ガントレットをはめていらっしゃるので、普通に重いですわ!
「シットニンゲンがおかしくなった! おもしろーい!」
「何も面白くありません。メルクルディさま落ち着いてくださいませ。戻って休憩すれば、きっとよくなりますわ」
「うううう! うーーーー!」
子供のように拗ねてしまったメルクルディさまの手を引いて、安全地帯に戻りました。
このダンジョンに挑んでから、メルクルディさまのご様子が妙ですが、それほど危機感を覚えるほどの恐怖を感じられているのでしょうか。
それこそ幼児退行するほどの。わたくしとしても普段よりは少し危険に感じますが、逃げ出したいほどではありません。
ですがこの感じかたも、個人によって差異があるのでしょう。
メルクルディさまにとっては、わずかなミスも許されない有害な緊張感だったのです。
引き返す直前、古木に戻った
何かの力──おそらく魔力を吸い取って身体を癒しております。
戦闘中には引き返すそぶりを見せませんでしたので、もしかしたら戦い続けていれば、回復しないのかもしれません。
「あなた、メルクルディさまを護衛してセーフルームが戻りなさい」
「わたしがー? なんで!」
「ここで確かめることがありますの。あなたの強くなった魔法ならば、敵に出会っても蹴散らせるでしょう」
「まあね。シットニンゲンをつれ帰ってあげる」
妖精も強くなるとは存じませんでしたが、ここで戦いはじめてから魔法の威力があがりました。
特に親和性のある風の魔法は、わたくしよりも強力です。
「メルクルディさま、一足お先にお戻りになってください。わたくしも確かめてから向かいますわ」
「……一緒にきてくれないですぅ?」
「妖精がゆきますわ。では、また後ほどお会いしましょう」
強引に話を打ち切って非礼だと存じますが、完全に回復する前に戦いたかったのです。
足元にいる灰黒狐とともに、再び
「わたしたちだけでは心もとないですが、やりますわよ」
「くぁん!」
戦いはじめてから1時間、
さしもの巨体も動きが鈍くなって、9本の首の動きもぎこちないです。
もしかして、このまま勝利を勝ち取れるかも? わたくしの頭をよぎった希望的な観測は、古木まで下がった
幹にそってからだを巻き付け、木の根に一本の首でかじりつきました。あれは回復行動ですわ。
即座に止めなければなりません。
ですが残りの8本の首が火を吹くノズルとなって、ひたすら迎撃する行動に出たのです。
長い首の可動域は死角のない火炎放射を行います。
さらに棘の生えた尻尾が丸太のように地面を薙ぎ払います。
こうなってはどうしようもありませんわ。わたくしたちはまだ戦えましたが、死の危険が高すぎます。
撤退ですわ。
セーフルームに戻りますと、メルクルディさまが妖精をつかんだまま走り寄ってこられました。
仲よくなられてなによりですわ。
「無事でよかったですぅ。怖くてここから動けませんでしたぁ……」
「もうはなしてよ。ふぅ、シットニンゲンがふるえてわたしをはなしてくれなかったの」
「まあ」
「なかなか帰ってこなくて、心配で、でも身体が動かなくて、でも、でも心配してましたぁ」
「ご不安にさせてお詫び申し上げます。実は再び戦いを挑んだのですが──」
戦闘パターンが変化して押し切れなかった旨を報告いたしました。
「というわけで、ああなっては手が出せませんでしたの。回復を始める前に倒す力か、炎を防ぐ手段が必要ですわ」
「ひっ、ひっ……私は……何もできないですぅ……」
メルクルディさまが恐怖を思い出されたのか、呼吸がお早くなりました。
手を握って落ち落ち着いて頂きます。
「わたしもブキなんてつかえなーい。魔法がないと無理ね」
非力な妖精に武器は持たせられませんし、わたくしと灰黒狐が試みた短剣と爪と牙の殺傷深度では、回復速度に間に合わず致命傷を与えられません。
もうあきらめて戻ってもいいのではないでしょうか。
メルクルディさまの調子がお悪いですし、借金を返済できる量の素材はたまっております。
「あのように回復されては倒せませんし、このまま引き返しても良いと存じます」
「それがいいですぅ! 挑戦をやめる勇気も必要ですしぜんぜん不名誉じゃないですし神さまも認めてくれますぅ!」
実を申しますと……メルクルディさまのお気持ちも理解できますが、わたくしとしてはまだ挑み足りないですわ。
「どうせならば、下の階にいらっしゃるパーティの皆さまにご助力を──いえ、失言でしたわ」
「そうですねぇ。無謀ですぅ」
「ええ」
お頼みしても手伝ってくださるとは限りませんし、無傷でここまで来れるかもわかりません。
それに戦力が必要だから手を貸せだなんて、あのかたたちの考えと同じですわ。
「ねぇー魔法が使えないとつまらないから、魔法でたたかいましょ? 見てるだけなんてたいくつだもん」
「かき消されてしまったではありませんか」
「一番強い魔法でも無理でしたぁ……」
「何度も使ったら通るかもしれないでしょ」
「……」
何度も? 確かにそれは試しておりません。
魔力障壁があるから魔法は通らないと単純に考えておりましたが、障壁が無限に続くとは限りませんし、もし突破できれば得意な戦法に持ち込めます。
「妖精のお話も一理ありますわ。今度は得意分野で挑んでみましょう。それで無理でしたら、諦めて帰ります。敗北し続けてまで固執する必要もありません。メルクルディさま、もう一度だけ挑んでくださいませんか? あと一度だけ、どうかお願いいたします」
「あの……そのぉ……」
説得にはお時間がかかりましたが、最終的には血契を新たにすれば勇気が
「もう少しだけ深く入れていいですかぁ?」
「うぅ……どうぞ」
メルクルディさまがわたくしの指と指のあいだに針を刺していらっしゃいます。
新しい場所に新鮮な血を針に塗り付ければ、呪詛が更新されて気力も沸くのだとか。
針が身体のなかで蠢いております。
背中をじわじわと痒みが駆け登り、指先が細かくしびれます。
「行き止まりに当たりましたぁ」
「うぅぅ……」
「もうすこしだけ我慢してくださいですぅ、もう、もうすこしですぅ……」
「うーわ、シットニンゲンって、うーわ……」
骨に当たった針が振動しますと、まったく無関係なお腹が暖かくなりました。
離れているのに不思議ですわ。
小さな
たっぷりと血にぬれた針が抜かれたのは、数分後でした。そっと布に包まれて、胸元にしまわれました。
メルクルディさまはこくりと頷かれました。
恐怖が消えて、いつもの毅然としたメルクルディさまがお戻りになりました。
気迫は十分、敵に挑んでもお逃げにならない決意が見えます。
「もう無様なすがたは見せません!」
「その心意気ですわ!」
わたくしたちは再び準備を整えました。お食事をとり、瞑想し、景気づけにお酒を少々いただきました。
最後に精霊さまにソウルクリスタルをささげ、お祈ります。
精霊さま、強大な敵に挑むわたくしたちを、どうかお見守りください。
(
(かがり火を消したいなら私の力を使え! 今すぐ呼べ! 光で浄化し尽くしてやる!)
また幻聴ですわ。
ですが精霊さまのお力を信じて挑むべきであると、確信が持てました。
「ゆきましょう!」
「はいですぅ!」
古木の根元に座り込んでいる
わたくしたちの修練を仕上げる相手にはちょうど良い指針です。
強大な竜を打倒できるなら、わたくしの敵に力で対抗できる確信が持てます。
竜に向けてわたくしが覚えた精霊魔法のなかで、最新で最強の暗黒を練り上げました。
練り上げると同時に、闇の副作用で心がどす黒い殺意で満たされます。
敵に向けてまっすぐにかざした手のひらの先──
「
すべてを吸い込み消し去る闇の精霊魔法が、魔法障壁とぶつかって放電に似た干渉が発生しました。
まぶしい光と橙色の欠片が飛び散ります。
苔むしたダンジョンの床がはがれ、古木に茂った葉が吸い込まれ、地面から根がめくれあがって土が吸い込まれます。
しかし
「つぎわたし! それ!」
暗黒が消えると同時に、妖精が魔法が着弾しました。
わたくしの身長よりも高い、曲刀の刃のようなカマイタチが連続で発生して、次々とぶつかり砕けてゆきます。
お耳が痛いですわ!
ステンドグラスが崩落したときに似た干渉音です。
連続で干渉して砕け散っているため、耳元で破壊されていると錯覚するほどうるさいですわ! 戦闘中でなかったら、耳を塞いでおりました。
障壁のかけらの飛び散りかたが身体に近づいております。
「それ! それ! あはははは!」
妖精がくるくると回転しながらクジラを両断できそうな風のやいばを飛ばし続けております。
「私もいきますぅ!」
メルクルディさまが透明な球体を抱くポーズをされました。
中空に出現した白骨化した半透明の手が、そっと相手を包み込む仕草で、
今度は干渉音は聞こえませんわ。
ただ一層激しく欠片が飛び散り、首がもだえております。
「これはどのような魔法でして?」
「私の目の届くところにいる相手の魔法を打ち消しますぅ」
「打ち消しの打ち消しですわ」
「もうすこしですぅ!」
竜の身体を覆う障壁は身体のほど近くまで後退して、あと一息で貫通できそうな予感がいたします。
もう一撃、威力の高い一撃を──。
火山の内部のさらに地下深く、炎の川に潜まれている炎の精霊さまのお力をお借りします。
「
強烈な光がはじけた瞬間、わたくしをのぞくひとりと2匹が目を閉じました。
ほぼ同時にやってきた爆発音で耳が聞こえなくなり、衝撃の風圧を受けました。
「くっ……」
「わあああ!」
「くやぁぁ……」
「うるさーい! うるさいうるさい!」
わたくしたちの近くに石や木の破片が高速で飛んできます。
破片の威力は設置して使う大型のバリスタから撃ちだされる矢に匹敵しております。
地面をえぐり、床石を吹き飛ばし、古木の破片が当たり構わず飛び散ります。
「魔法をかけておかなければ即死ですわ!」
「ひぇぇぇぇ! 魔法がないと死んじゃいますぅ!」
「当たらないって言ったでしょ!」
耳がおかしくてみなさま何をおっしゃっているのかわかりませんが、おそらくわたくしと同じ内容を話していると推察できます。
戦闘が始まる前にかけておいた、矢弾を防ぐ
破片の嵐が去ったあと、玄室が煙で満たされました。
一呼吸おいて聴力が戻ってきます。
バチバチと何かがはぜる音と、何かが這いずる音。
古木が燃えておりました。
危険な物質を含んでいそうな黄土色の煙が吹きあがっております。その中で、首が数本ちぎれた
「障壁が──壊れましたわ!」
「うおおおやるですぅ!」
「ころせ! ころせ!」
全力で魔法を撃ちこみます。
炎の槍が何本も胴体を貫通し、かまいたちが尻尾を水平に分割、闇の顎が頭をひとつかじり取りました。
濁流のような炎が反撃でやってきます。
「
たおやかな霧の壁が炎の熱さを軽減します。
わたくしたちの素早さがあれば避けられますわ。
魔法が飛び交い、防御手段を失った竜の身体がいいように刻まれます。
首の数が減ると、メルクルディさまと灰黒狐が近接攻撃を挑み、人間離れした腕力で首を殴り殺しました。
首のひとつを脳天からへこませる力なんてはじめて拝見しましたし、竜の喉を噛み破る狐なんて存じませんでした。
最後の一本を破壊し終わったとき、
やりましたわ! やりましたわ!
ああ、多幸感で身体が満たされてゆきます。
口角があがります。
うれしさを言葉にできず、メルクルディさまに頷きますと、ぺたりと座り込まれました。
「わたくしたちの勝利ですわ」
「やりましたぁ……! やりましたぁ! わーい! やりましたぁ!」
「くぁぁぁぁ!」
「おおきなまとにうちまくるの、おもしろかった!」
燃え盛る古木の音を背景に、わたくしたちはしばらく勝利の喜びを噛みしめました。
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