第17話 街にいるだけで怒られが発生しますわ!



「女か。女ごときでは話にならん。お前らはどんな冒険者を雇っておるのだ! わが名代リアンさま、ひいては伯爵さまの依頼を受けるにふさわしい冒険者を、きさまらは選ぶことすらできんのか!」


 名代の使者を名乗るかたは、開口一番にそうおっしゃいました。

 いきなり怒鳴っております。

 会話不能です。

 死霊術士ネクロマンサーさま討伐の報告をあらためて行う予定でしたが、お話がはじまるまえに、会話が終わってしまいましたの。


 ギルドに呼ばれたわたくしたちは、会議室で名代の使者さまをお待ちしておりました。1時間以上前に、お部屋に入って待つのが礼儀だとか。

 わたくしの領地では、このような形式張ったお作法は行っておりませんでした。

 やはり領地によって慣習が違いますわね。


 談笑しながら待っていますと、お供を引き連れた白髪交じりの男のかたがお入りになりました。そして、わたくしが立ちあがって挨拶する前に、開口一番怒鳴られました。

 そこから先は、まだ口をはさむ隙さえありません。ワンマンショーですわ! ワンマンショーですわ!


「不愉快だ! どうなっている!」

「申し訳ありません。どうか、報告だけでも聞いてください」

「女だと先に聞いて居れば、来なかったものを……ええい、わしの時間を無駄にしてなんとする!」

「申し訳ありません。どうか、どうか、お気をお鎮めください。どうか!」


 ギルド職員さまが頭を何度も下げて、とりなしております。

 お気の毒になってまいりました。

 お助けしたいですが、少しだけけんに回ります。使者のかたが交渉を有利に進めるために、わざと怒鳴っていらっしゃる可能性がありますもの。


 ただ、演技でないとすれば、初対面の相手を恫喝されるかたに、まともなお話が通じるか不明ですの。

 メルクルディさまも引きつったご表情で、視線を何度もわたくしに送っております。やばいやつが来た、というお顔をですわ。


 使者のかたは延々と文句をおっしゃっていますし、わざとではなく素の可能性大です。

 ああ、出会うかたの半分以上は粗野で粗雑なご性格ですわ。冒険者の社会的階層に対応した人々がそうなのでしょうが、悲しくなってしまいます……。

 使者のかたが怒鳴りすぎて、疲れていらっしゃいます。


 もう一度、挨拶を試みましょう。圧倒されていてはいけません。

 どんなお相手でも、報酬をいただくまではお味方です。


「ご挨拶が遅れました! わたくしたちが死霊術士ネクロマンサーさまを討伐いたしましたパーティのリーダー、アテンノルンです! どうぞお見知りおきを! 証拠の死体はギルドに納品しておりますわ!」

「ッ急に大声を出しおって……それがどうした!」


 言葉が通じましたわ。面食らって、語気も弱まっております。

 やっとお話ができますわ。


「依頼を達成した報酬を、いただきたく存じます」

「女、偉ぶった物言いをするな。身の程をわきまえろ。女ごときに村を任せられるか」

「まあ、ひどいおっしゃりようですわ」

「生意気な口をきくな! ふん、討伐したと言うのも嘘であろう。どうせ、たまたま他の冒険者が討伐した死体を、拾ってきたのだろうが。私の目はごまかせないぞ」


 あんまりな物言いに、鼻白んでしまいました。かなり独自の解釈をなさって、わたくしたちを嘘つきだと決めつけております。


「──だが、報酬はくれてやる。おい」


 使者のかたはにやにやと笑いながら、ギルド職員さまを顎でしゃくります。

 受付嬢のかたが、すっと前に出ました。

 申し訳なさそうに目をしばたたせなながら、わずかな硬貨の乗ったトレイを、おずおずと差し出してきました。


「ぎ、銀貨5枚が今回の依頼の報酬になります……」

「死体拾いには過ぎた値段だろう。ありがたく受け取るがよい」


 ずいぶんお安く見られましたわ。

 明確な侮辱に、頭に血が昇ってまいります。

 今すぐ八つ裂きにしたいと存じますが、表は涼しい表情で受け流します。負の感情を表に表した時点で、貴族社会では負けですわ。


 しかしこのかたはあらゆる点で、わたくしたちを信頼しておりませんわ。子供の使い扱いをなさっている点からも読み取れます。


 ああ、腹が立ってきました、おさえなくては……わたくしは宝石、わたくしは感情のない海、わたくしは無機物ですの。怒ってはいけませんわ。


 うう、ですが、わたくし、不当に報酬をかすめ取られるやりかたは嫌いですの。

このやりかたはお仕えなさっているかたのお顔をつぶすと存じますが、気づいておいでなのでしょうか。


 そうですわ! 善意の教訓のために、少々意趣返しをしてもいいでしょう。気づきを差し上げるだけです。


「つまり、銀貨5枚程度のお仕事に、名代リアンさまは手こずっていらっしゃったと、あなたはお言いでして?」

「なっ……無礼者が! 身の程をわきまえろ!」


 まあ、お怒りになりましたの。不思議ですわ。


「あなたさまが言い出したお話ではありませんか。わたくしは本来の報酬をいただきたいだけです。それが簡単な依頼ではない証明になると存じます」

「それ以上の侮辱は許さぬぞ」

「名代さまを侮辱なさっているのはあなたさまです。それだけはお間違えなきよう、お願いいたしますわ」

「おのれ……」


 使者のかたがサーベルの柄に手をかけました。背後に控えていた護衛のかたも、武器に手を伸ばしております。

 冒険者ギルドで抜くおつもりなのでしょうか。

 いいえ、わたくしの見立てでは、このかたにそんな度胸はありません。


「よろしいのですか。自力救済をお求めでしたら、受けて立ちます。ですが、あなたさまが敗北いたしますと、ますます名代リアンさまのお顔に、さらに泥を塗る結果になりますわ」

「くっ……」


 思った通り、手をかけたまま動きません。わたくしの手に魔法の力が宿り始めると、目に見えて狼狽なさっております。

 柄から指を離し、視線をさまよわせて仲裁を待っております。

 

 ギルド職員さまが「どうか、どうか」とお声をかけられましたので、仕方ないというしぐさで、矛を収められました。

 ここで追撃の嘲笑をすれば、引き返せなくなりますが我慢いたします。


「まあいい、許してやる」

「ありがとう存じます。それで、お約束通り、報酬はいただけますの?」

「生意気な女め。……名代さまからは存分に治めろとのお達しである。謹んで受け取るがよい」


 使者のかたの背後にいた護衛が、黒い箱を差し出してきました。中には蜜ろうで封をされた巻物がはいっております。

 使者のかたはもったいぶってそれを開き、読み上げました。


「チアン伯ウージーより権威をいただくベイジーシン市の名代リアンが、伯ウージーに変わりてそなたを村の騎士に任ずる」


 わたくしは頭を下げて、巻物を受け取りました。

 報酬を支払う気がありましたのね。このかたの個人的な感情で邪魔していただけですの。巻物には魔法印が押されて村の支配を認める文章が書かれておりました。

 仰々しく手渡されましたが、たかが村ひとつで大げさすぎますの。


「借金をしてでも軍役の義務を果たせ。村に管理について、一切の援助は行わない」

「土地のほかに金銭はいただけませんの?」

「以上である」


 まあ、贅沢がお嫌いなかたですわ。

 普通はお金もいただけるものですが、よほど余裕がおありでないのでしょう。 

 ここの伯爵さはま西で蛮族と戦っていらっしゃると聞き及んでおりますが、街道を寸断され、ご領地を占領されているのでしたら、軍事的才能はおありでないのですわ。

 

 この街の税も重く感じましたし、慢性的な財政難なのかもしれません。


「──女、覚えておけよ」


 怖いお顔をなさった使者のかたが、去り際にそうおっしゃいました。お言葉に反して、一刻も早く忘れたいですわ。

 このかたの個人的な信条で、報酬を隠匿しようとなさいましたので、明確な敵です。今すぐ始末したいくらいです。


「今度はわたくしがご挨拶にうかがいますわ」

「なんだと……!」


 わたくしの所領でも酷吏こくりのかたがいらっしゃいましたが、わいろを取って犯罪を見逃し、逆にわいろを払わないと、無実のかたを犯罪者に仕立て上げておりました。

 そのかたは街道で行方不明になり、死体も見つかっておりません。

 恨みを買いすぎますと、命を狙う敵の数が増えます。


 増えすぎた敵に、恨みを晴らす機会をつねに監視されますので、護衛を付けても無意味ですわ。

 使者のかたは肩を怒らせて去って行かれました。いつかあのかたのご家族と、お食事でもご一緒したいですわね。


「二度と来んなよ……」


 ギルド職員さまも、悪態をついて廊下に戻ってゆかれました。嫌われておりますわ。そう遠くない未来に、惨劇が起こる予感がいたします。


「すごい人だったですぅ」


 メルクルディさまが疲弊されたお声をだされました。ライゼさまもうんざりしたお顔をなさっております。


「お声の大きなかたでしたわ」

「あんなのでお仕事が務まるのですぅ」

「使者であれですもの。この都市の人材はお察しいたしますわ。──だからこそ、困っているかたをお助けいたしましょう」

「はいですぅ!」


 ともかく、権利書は受け取りました。村の支配権が認められましたので、安全な避難場所ができましたわ。

 あとは村人と、領地の経営者を探さないといけません。

 人材を探すため、パーティ募集をしましょう。

 ギルドにゆき、わたくしの専属になりつつある受付嬢さまにお頼みします。


「強さは不問で、性別も不問。条件はただひとつ、暗黒神フィリーエリさまの信徒です」

「ねえ、そんなに回復役がほしいなら、都合のいいやつを紹介してやるけど?」

「この条件の遵守したかたでお願いいたしますわ」

「何か理由でもあるの?」

「パーティメンバーの好みの問題ですの」

「ふーん。これで張り出しておくから、希望者がきたら伝える。たまに顔を出して」

「お願いいたします」


 ギルドからでたわたくしたちは、手近な酒場に入りました。休養にもどりましょう。不快感をアルコールで押し流す必要がありますわ。

 わたくしたちは香草を添えた大エビの蒸し料理とワインを頼んで、酩酊に浸ります。

 カップを持つ左手は、まだ骨に疼きがあります。


 肉体の疲労と筋肉の痛みは数日で消えたのですが、腕を貫通した矢傷は、内部にしつこく残り続けました。 

 腕を動かすたびに骨の内側から痛みが走り、反応が少々遅れます。

 大きな怪我をいたしますと、回復魔法で表面上は治っても、身体の深い部分が傷ついたままになっているそうです。


 ですので身体を動かしつつ、回復魔法をかけていただくと、治りがはやくなると、メルクルディさまに教えていただきました。


「まだ痛みますぅ?」

「ええ、ほんの少しですが、腕の中に引きつった感覚がありますの」

「それじゃ、飲み終わったら宿でマッサージするですぅ」

「放置していても治るのではなくって?」

「時間がかかるですぅ」

「そうですわね。言ってみただけですの」


 治りきらないあいだに、次の怪我が増える可能性もありますものね。 

 実を申しますと、マッサージをしていただくと、眠くなってしまうので、はしたない姿を見せたくなかっただけです。

 メルクルディさまはわたくしの考えをお見通しで、完治するまでは絶対に逃してくれません。

 

 お酒を飲み終わった後、わたくしの宿にいらして、ベッドの上でマッサージしてくださいました。


「今日は特別に、足の裏から始めるですぅ」

「ふぅうぅぅぅ……はぁ……んくっ……はぁぁ……痛いですの……痛いですの……うぅぅぅ、う、う、うぅぅ……」

「お酒の飲み過ぎですぅ」

「痛っ……うぅぅう……ほんとうに、痛いっ、ですの……! これ……ほんとうに治療に必要ですの?」

「椅子で寝るからですぅ」

「……っ……っ!!!」

「はい、足の裏はおわりですぅ。つぎは手ですぅ」

「ふぅ……ふぅ……」

「頑張って起きててくださいですぅ」

「ふあい……」

「はい、おわりですぅ。アテンノルンさま? おわったですぅ」

「ありがとう……存じます」

「傷跡も消えてきたし、あと少しで完治ですぅ」


 ぺたぺたと腕を触って怪我の具合を確認してくださるメルクルディさま。真剣な目つきは施療院のかたに似ておりますわ。

 メルクルディさまには毎日、回復魔法をかけてくださいます。

 ……戦いもせずに回復魔法をかけていただくと、徒歩の距離で馬車を呼ぶのに似た罪悪感があります。


 ですが、メルクルディさまの魔法を受けると、身体の中にすがすがしい浮遊感と、清水で浄めたような爽快感が駆け抜けます。 

 老廃物が一掃されて、新しい身体に生まれ変わった心地よさ──常習性のある心地よさですわ。


 そういえば、知り合いのかたが魔力のこもった森に別荘をお建てになって、森林浴でデトックスとおっしゃっておりました。

 あのかたもこの魔力が身体を循環する心地よさを、味わっていたのかもしれませんわ。


「次は全身マッサージですぅ」

「お願いいたします」


 メルクルディさま曰く、魔法の治療だけでなく、身体を適応させてこそ、意識と肉体のバランスが取れるのだとおっしゃいました。

 その補助の一環として、マッサージをして筋肉をなじませるのだとか。


 さすが回復魔法の使い手さまは、いろんな知識を持っていらっしゃいますわ。

 マッサージは最初は痛かったのですが、凝りがほぐされると気持ちよくなります。

 失礼だとは存じますが、あまりに心地よくて何度か眠ってしまいました。


 目を覚ましたあとに謝りますと、メルクルディさまは苦笑しながら、反応が見れなかったとおっしゃいました。患者の反応も、マッサージを行うときにこめる力の強弱に関係するのだとか。

 奥が深いですわね。


 ああ、それにしても休養は素晴らしいです。

 休養をはじめて7日目ですが、一日中お酒を呑んで過ごしております。

 まずは朝起きると隣のベッドで丸まっているライゼさまを起こし、狐はお留守番をさせて、朝市に繰り出します。


 朝から屋台が出ておりますので、気になったお料理をいくつか買って宿に戻ります。

 お部屋に戻る途中、一階の酒場からお酒をいくつか見繕って、朝からお酒をいただきます。

 屋台のお料理は色々ありますが、未熟な果物を細切りにして他の野菜と混ぜたサラダが、あっさりとした酸味としゃきしゃきした食感が良くて好みです。

 

 川魚のフライも柔らかくて、骨まで食べられておいしいですわね。香料をたっぷり使った腸詰なども、渋みのすくない葡萄酒とよく合います。


 ライゼさまとお話しつつお酒をいただいて、気分がよくなると灰黒狐のごわごわの毛皮をなでつけます。

 ブラシで何度もすいてやわらかくなるか試しているのですが、少しも変わりません。

 狐に構っているとライザさまも寂しそうにわたくしを見ますので、頭皮マッサージもできるブラシで撫でつけますと、白いお耳を震わせます。


 気持ちよさそうに目を細められますので、やはり獣人は撫でられるのを好むのでしょう。

 

 お昼になると、集合礼拝堂でお祈りをすませたメルクルディさまが合流しますので、1階の酒場、もしくは気になったお食事処でお酒と昼食をいただきます。

 かなり酔っておりますが動けますので、食後はお買い物や街の観光に遊びに行きます。たびたび礼拝堂に誘われますが、そこはスルーさせて頂きました。


 夜になると公衆浴場で疲れをとって、気になったお店にはいります。

 最後は宿に戻って、寝酒を楽しみながら狐と遊びます。

 休養ですので朝から晩まで酩酊して、身体を休めなくてはならないのですわ。


 酩酊と言えばライゼさまは、今までお酒をほとんどたしなんでいらっしゃらなかったので、すぐに酔ってベッドの住人になられます。

 今までは路上生活者でしたので、さすがに酔ったまま路地に放置できず、わたくしのお部屋にお泊まりいただいております。


 最初の数日は、朝からお酒をいただくと、夜までベッドで丸まって、夜に再び飲むと、翌朝までお眠りになっておりました。

 初日は特にひどく、わたくしの手を握って離してくださいませんでした。

 無理やり引きはがそうとすると、低くうなってさらにしがみつかれます。


 仕方ありませんので、わたくしはイスとテーブルをベッドの近くに持ってきて、片手でお酒を注いで飲んでおりました。


 5日も経つとお慣れになって、すぐにお眠りにならなくなりました。相変わらずおくちには閂がかかっておりますが、頬を赤らめてわたくしやメルクルディさまに寄添う行為が増えますので、きっと酔いが精神の奥底にある人恋しさを浮上させるのでしょう。


 家族を失った悲しみを、寄添って埋めているのです。傷を癒すためにも、そして心の中の整理を付けるためにも、やはり休養は必要ですわね。


 わたくしたちは最低限のつつしみをもって、危険な場所は避けましたが、それでもすべてのトラブルは避けられませんでした。

 ある夜、酒場でご同業と思わしき男のかたが、絡んでまいりました。


「おい、おい! おれの仲間を殺しやがってよ! ひでえやつらだ!」


 ぶしつけに席に来られて、テーブルに肘をつき、わたくしたちに怒鳴ります。


「失礼ですが、どなたさまでしょうか?」

「あー! よーく聞け!」


 大声をお出しになったので、酒場のみなさまが会話を止め、このかたを注目なさいました。


「こいつらは裏切り者だ! 同じ冒険者を襲って殺した卑怯者だ! 魔物の仲間に違いねえ!」


 酒場で演説をぶつかたは初めて拝見しましたの。


 このかたはわたくしたちを、仲間を殺した鬼だ、卑怯な冒険者殺しだ、魔物に味方する裏切り者だと、何度も繰り返しております。

 わたくしにはわかりかねないお話です。

 長々としたお話を要約しますと、街から出てゆけ、ですわね。


 わたくしは酒瓶つかんだライゼさまを手をおさえ、ご不安になって視線をさまよわせているメルクルディさまに手を重ね、笑顔で落ちついていただき、そのかたに呼びかけました。


「何のお話かわかりませんが、どこからそのようなお噂をお聞きになりましたの?」

「てめえらがエルたちを殺したんだろうが!」

「そのようなお話は存じませんわ」

「しらばっくれやがって、ギルドの連中はみーんな知ってるぞ。お前たちがエルたちを襲って、殺したんだってな!」


 おかしいですわ。

 ギルド職員さまにしか、襲撃されたお話はしておりません。規約には守秘義務が書かれておりましたので、お広めにならないはずです。

 背骨の折れた赤毛のかたが街に帰りつけたとも考えられませんし、あるいはそうだとしても、やってきますのはこのおかたではなく、取り調べを行う官憲でしょう。

 不思議ですわね。


「気分を害されたら申し訳ございません。あなたさまのお気持ちをお鎮めするには、どう償えばよろしくて? できるかぎりの償いはさせていただきますわ」

「あぁ!? なかなか素直じゃねえか。まずはよぉ、はいつくばって謝れや!」


「それは……お金をお支払いいたしますので、どうかお許しくださいませ」

「カネだとぉ!? てめえカネで解決しようってのか! ええ!」

「申し訳ございません。わたくしたちにはそれくらいしかできません。ですが、あなたさまが満足するお金をお支払いいたしますわ」


 わたくしはテーブルの上にお財布を置き、なかにある金貨を見せました。懇願するように上目遣いで見つめます。わたくしと、たっぷり詰まった金貨を見た男のかたは、ににたにたとお笑いになりました。


「へっ、へへへへへ、そうかよ。今日のところは、カネで許してやってもいいな」

「もっとご入り用でしたら、宿まで取りにいらしてくださいましたら、差し上げます」

「宿だと? そうかよ、へっへっへ行ってやるよ」


 嬉しそうに唇をつりあげていらっしゃいます。お金以外も期待している下卑た表情ですの。単純でわかりやすいかたですわ。

 殺気立つライゼさまをとどめて、席を立とうとしたとき、どこかで見覚えのある若い男のかたが、テーブルにいらっしゃいました。


「あんた、その辺にしておけよ」

「ああ? なんだてめぇは、でしゃばるんじゃねーよ!」

「もうやめろ。あんたが危険だから言ってるんだ」

「てめー誰だよ。このメスの仲間か? ああ?」

「違う。なあ、聞いてくれ。──聞け! あんたの仲間はこのひとたちを襲って、返り討ちにされたんだろ。そんなのに絡むなんて、どうかしてるぞ」


「なんだと! おれのナメやがると許さねえぞ! 仲間を殺したやつらに償いをさせんだよ!」

「俺も殺すのはやりすぎだと思ってる。でも、あんたがそのお嬢さんたちと戦ったら、無事でいられないだろ」

「何言ってやがる。現におれさまにカネを払うと言って、宿まで来てくれと頼んでいやがるんだぞ」

「あんたひとりで、三人に囲まれていくのか? あんたの仲間を殺したやつの場所に、ひとりで? どこで襲われるかもしれないのに、一人で行くってのかよ」

「……そうだ」

「あんたとちゅうで殺されるぞ」

「なにい」


 仲裁に入られた冒険者のかたは、わたくしの意図を察しておりました。

 宿までの帰り道には、いくつか暗がりに通じる路地がありますので、そこで喧嘩が起こっても、誰も咎めません。

 暴行された酔っ払いが溝に落ちて亡くなる事件も、時々ありますわ。


「てめえ……まさか、てめえら……おれを殺そうってのか!」

「実のところそう考えておりました」

「てめっ、てめえっ……!」

「もういいだろ。事を荒立てるな。今日はやめとけよ」

「くそっ。許さねえからな!」 


 冒険者のかたは酔いが醒められたのか、青いお顔でそのまま店を出ていかれました。

 仲裁をしてくださった青年のかたは、わたくしを見てちいさくため息をつきます。

 呆れたお顔に見覚えがあります。純朴そうなお顔をなさった──ああ、思い出しましたの。


 このかたはダンジョンの入り口まで、わたくしを案内してくださったグローニーさまです。冒険者になって1年の先輩冒険者さまですわ。


「助けていただいたのは、二度目ですわね。ありがとう存じます」

「礼はいいから、もう少し思慮深く行動してくれ。あまりいい噂を聞かないぞ」

「そうですのね。噂の出処が気になりますが、パブリックイメージをもっと大切にいたしますわ」

「パブ……? なんだかわからないが、頼むぞ」

「承りましたの」

「アテンノルンさま、このひとはどなたですかぁ? 私にも紹介してほしいですぅ」

「申し訳ございません。こちらはグローニーさま。わたくしが道に迷ってた時に、助けてくださいましたの」

「よろしくですぅ」

「ああ、よろしくな。おれはグローニー。あっちがおれの仲間だ」


 グローニーさまが指さしたテーブルを見ると、お仲間さまたちがお酒を呑んでおりました。わたくしと目が合ったパーティのかたが「よっ」と手をあげてました。みな、わたくしと同じくらいのご年齢です。


「エルたちをやったんだろ。話を聞かせてくれよ」

「あいつら威張り散らすし、カネはせびってくるし、ざまぁみろ」

「こっちで一緒に飲もうぜ」


 わたくしもお頼みしたい要件がありましたので、テーブルを移りました。

 ですがメルクルディさまのご機嫌が急降下して、ライゼさまもそわそわとされて、無言でグラスを見つめていらっしゃいます。

 これは短時間でお話を済ませないと、仲間に不快な思いをさせてしまいますわ。


「グローニーさま、近々、あなたさまのパーティを指名した依頼を、お頼みしたいと存じますが、受けてくださいますか?」

「どんな依頼だ」

「まだ期間は決まっておりませんが、30日か40日程度、村の警護をしていただきたいのです」

「あんたたちが死霊術士ネクロマンサーから奪った村か。死体をギルドで晒しものにしたやつだろ」


「そんなつもりはありませんでしたの」

「どうだか」

「お話を続けますが、わたくしたちは所用があってしばらく村にゆけませんので、不在のあいだに、村人を守る役目をしていただきたいのです。おひとりあたり、一日金貨一枚をお支払いしますわ」

「おぉ、金貨一枚だってよ! いいじゃねーか」

「ああ、悪くはないが……なんで自分たちでやらないんだ?」


 村がほしいのではなく、わたくしたちの安全地帯を作りたいだけ、とは言えません。何もかもが失敗したとき、受け入れてくださる場所がほしいだけですの。

 場所さえあれば経営なんて二の次ですわ。ですがグローニーさまは正義を重んじるタイプのおかたですし、へたな言い訳は逆効果ですわね。


「村に貧しいかたや、ご自分でご自分を養えないかたをお招きするためにも、わたくしたちはもっと鍛えなければいけませんの。パーティメンバーを増やして、村を守る人数を増やすつもりです。パーティを鍛錬する期間がほしいのですわ」

「そうか。村の住人はもう募集しているのか?」

「そちらもまだですわ」

「まだまだ先の話だな。悪い話じゃないが、具体的に決まったら教えてくれ。そのときは受けてもいい」

「ありがとう存じます。その時が来ましたら、お願いいたしますわ。それともうひとつ」


 テーブルに置かれたグローニーさまの手に手を重ねてお頼みします。ごく簡単な色仕掛けですが、グローニーさまは困惑なさっておいででした。

 手をつかまれ、元のテーブルの位置に戻されました。

 あら、これは照れているのではなくて、お年の離れた妹を見るような目線ですわ。


 そう年齢は変わらないはずですのに、私を何だとお思いなのかしら。


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