第13話 さあ、よろしくて? ゾンビ退治いたしましょう


 村まで数時間の距離に来たあたりで、わたくしたちは野営し、日が昇る前に出発しました。

 キャンプ道具と馬は残して、装備を付けて徒歩で進みます。

 身体にフィットした黒い革鎧、金属を縫い込んだショートパンツ、つま先を金属で覆ったロングブーツ、お店のかたがおまけしてくださった防刃サレットです。


 このサレットは後頭部と側頭部を守る構造で、目元から下は露出しております。息がしやすくてわたくしは好きです。

 明るい時間を最大限に使って、偵察にまいりましょう。

 村にほど近くなると風に臭気が混ざり始めました。吐き気を覚える腐敗臭ですわ。


 いかにも死霊術士ネクロマンサーさまが好みそうな香りですの。まだ村にいらっしゃるようですわ。


「うぅぅ~~~!」

「うなるのをおやめなさい。バレてしまいますの」

「防臭の実を使うですぅ」


 メルクルディさまが薄紫色の果実を取り出しました。

 4等分して、ひとつをわたくしに下さいます。真っ白な果実は口に含むと濃厚な甘さと、舌のしびれを感じます。

 しびれが鼻まで通り抜け、匂いがわからなくなりました。


「きゅぅん……」

「あなたは残ってもいいですわ。爪や牙で戦うのですから、もっと悲惨になりますわ」


 野生動物なら多少腐ったお肉でも食べてしまうでしょうが、ゾンビとなればまた違います。腐肉がお口に入ると病気をもらうかもしれませんわ。


「それに見ていてくださるかたもいらっしゃいます。ね、ライゼさま」

「……」


 ひどく汗をかいておられます。

 ライゼさまは村が見える距離になると、目に見えておびえはじめました。

 冷や汗で背中が濡れております。


 ご本人は気づいておいでか存じませんが、身体が小刻みに震えており、ふわふわとした白いウサギ耳はぺたりと垂れてはりついております。


「あとはわたくしたちでやりますので、ライゼさまは灰黒狐をつれて、ここでお待ちくださいませ」

「……」

「それともご家族の敵を討つために、死霊術士ネクロマンサーさまとお戦いになりますの?」

「あたしは……」

「無理に手伝わなくていいですよぉ。道案内だけで十分ですぅ」

「あたし、あたしは……」

「もし戦いたいのでしたら、予備の武器を置いておきますわ。聖水をかけましたのでゾンビ特攻です。ですが、どうなさるかはご自分でお決めください」

「殴るだけだから簡単ですよぉ」


 メルクルディさまがにこにこと、普段使いのメイスをライゼさまに差し出します。手をお取りになるか、それともお逃げなさるのか、手を出したり引っ込めたり迷っておいでです。武器をとれば気分がすっきり致しますのに。

 ここはひとつ背中を押して差し上げましょう。


「せっかくここまでいらしたのですから、一太刀あびせてゆきなさい。きっとご気分がよくなりますわ。恨みを晴らしてこそ、新しい人生が始まるのです。ライゼさまもご存じのはずですわ」


 ライゼさまは一度手を引っ込め、泣き出しそうな目でわたくしを見て、メイスに手を触れました。

 もう一押しですわ。


「さぁ、お掴みください。今こそ勇気をお示しになるときですわ。さあ」


 おそばによってゆるゆると手を伸ばし、ライゼさまの手をそっと覆います。そのまま手を重ねてメイスをつかませました。

 わたくしの手は払われずに、なすがまま。


 武器を手に取ってしまったライゼさまは、いまだにおびえていらっしゃいますが、目にお力がやどりました。


「……やる」

「まあ、素晴らしいご決断ですわ! 報復こそがあなたの名誉、ひいては尊厳を復活させますの! 共に血の代償を払わせて差し上げましょう」

「神様もほめてくれるですぅ!」

「こゃん!」


 もう手を放しても、メイスを握ったままでした。

 ライゼさまが戦う気になってよかったですわ。

 灰黒狐を見てくださるかたがいなくなりましたが、この子もやる気が満ち溢れておりますし、連れてゆきましょう。


 丘の向こうの開けた場所に、村はありました。畑になった丘の上から見下ろすと、広場を中心に家々が放射状に建ち並んでおります。

 中心までつながる道は東西南北に4つ。

 木の柵が周囲を囲っておりますが、ところどころ壊れて穴が開いております。


 通りには人間のゾンビが何人も、ふらふらと揺れて立ち尽くしておりました。ライゼさまのお話に出てきたミノタウロスゾンビや縫合ゾンビの姿は見えません。


「お知り合いのかたはいらっしゃいまして?」

「……いない」

「ではどこかの家のなかで素材になられて、新しいゾンビになっていらっしゃるのかもしれませんわ」

「くっ……」

「やっかいな相手は見えませんですぅ。突撃しますぅ?」

「いえ、計画通りに参りましょう……あなた、こちらにいらっしゃい」

「くあ?」


 足元に走り寄ってきた灰黒狐の側にしゃがんで、ごわごわした頭を撫でます。


「あなたがおとりになってゾンビを誘導して、ここに連れて来なさい。理解できまして?」

「くぁん!」

「危険ですが、獲物をおびき寄せる大切な役目ですわ。あなたが出来そうだからお頼みしましたの。わたくしの期待に応えなさい」

「くぁん!」


 良いお返事をしますが、本当にできるのかしら。不安ですわ。不安ですわ。


「精霊さま、どうかこの子をお守りください」

(闇の眼は常にお前とともにある)

(やれ! 殺せ! 闇に汚れた連中を、光で満たしてやれ!)


 また幻聴ですわ。

 ですが、わたくしの心の声も、灰黒狐を信じろと言っております。飼い主が信じなくては、誰も信じてあげられません。


「まずはあそこに見える5体を、ここに連れてきなさい」

「こぁぁ!」


 形容しがたい叫びをあげて、灰黒狐が駆けだしました。またたく間に丘を駆け下りて村に到着。

 家の陰に隠れて見えなくなりました。

 言葉は理解できるはずですが、どうして別の場所に行きますの?


 やきもきしながらしばらく待ちますと、灰黒狐が村の奥の建物から飛び出しました。

 後を追って、前のめりに走るゾンビが、5体、6体──合流して11体に増えました。数は増えましたが、無事にできましたわ。


 わたくしはクロスボウを構えました。

 魔法は大物と戦うときまで温存です。聖水で鍛えたボルトを射こんで差し上げましょう。

 かなり距離がありますが、体感では届きます。

 最も近いゾンビに向かって、狙いをつけ、息を止めて引き金を絞りました。


 まあ! たいそうな威力ですわ!


 ボルトはゾンビのおなかに命中いたしましたが、上半身と下半身が引きちぎれておしまいになりました。聖水付与は見事な威力ですの。

 これだけ派手に倒れますと、やる気も上がってきました。


 クロスボウの先端についた金属製のあぶみを踏んで固定し、弦をリロード、レールにボルトをつがえます。

 ああ、狙う時間があるって素敵ですわ。いつもはすぐさま接近戦になりましたので、ゆっくりと遠距離攻撃するお暇がありませんでしたもの。


 またはじけました。すばらしいですわ!


 近づいてくるまでに4体を倒せました。あとはいつもの接近戦です。

 短剣を引き抜きましす。わたくしのそばを灰黒狐が通り過ぎ、ほどなくしてゾンビたちがやってまいりました。


「とりゃー!」


 メルクルディさまが真っ先に迎え撃ち、メイスを一閃しましたの。


 ぼぎゅ!


 ひと振りで二体のゾンビの頭が破裂した果物のごとく砕け散りました。あごから上が消滅して、涸れかけた泉のように黒い血が何筋か立ち上りました。


 ううっ、スプラッターな光景ですわ。

 わたくしはあまり直視しないように、動く遺体に斬りかかります。

 掴みかかってくる腕をはらい──斬れすぎですわ。

 ゾンビの指がぽろぽろと落ちて、返す刃で腕さえも輪切りにしましたの。聖別された短剣の異様な切れ味は、わたくしの予想を超えております。


 そのまま胸を刺すと大穴が開いて、向こう側の景色が見えましたわ。


 ほどなくしてゾンビはのこりは数体。想像よりも簡単ですわ。余裕が出てきましたので、ライゼさまにもご参加していただきましょう。


 後ろにいらしたライゼさまは、腰が引けて、今にも逃げ出しそうです。せっかくですのでゾンビを一体回します。わたくしは苦戦するふりをして下がり、ゾンビをライゼさまに誘導いたしました。


「どうぞ! 仇をお倒しくださいませ!」

「ひいっ!」


 ライゼさまはつかみかかってくるゾンビからバックステップで逃げました。

 獣人特有の素晴らしい跳躍力で、一度に6メートルは離れました。ゾンビはバランスを崩して地面に倒れました。ゆっくりと起き上がろうとしております。


「ライゼさま、攻撃ですわ!」

「できっ、ないっ!」


 ライゼさまが躊躇しているあいだに、ゾンビが起き上がりました。再び追いかけ始めます。


「頑張ってくださいませ!」

「んっ、んんっ……!」


 ライゼさまは涙目で首をぶんぶんとお振りになっております。

 再びゾンビが攻撃を失敗して倒れました。


「さあ、今ですわ! 怒りの一撃をお与えください! ライゼさま、今ですわ!」

「ううっ、うぐううぅぅ~~~~! うああああ!」


 ボグン


 鈍い音をたてて、メイスがゾンビのお胸のなかほどまで潜り込みました。


「あー」


 ゾンビがうつろに叫びます。


「頭ですわ! 頭を殴るのですわ!」

「ひいいいっ!」


 両手でメイスを掲げたライゼさまが、鬼気迫る表情で、ゾンビの脳天に向けてメイスを振り下ろされました。

 頭蓋骨が陥没して、腐敗した血と組織が飛び散りました。

 返り血が飛び散って、おびえたお顔に凄惨せいさんなお化粧が施されました。

 ああ、お美しいですわ。


「素晴らしいですわ。仇の一匹を、ご立派に討ち果たされましたわ」

「はあ……はあ……やった……できた」

「ええ、もっともっとライゼさまはできますわ」

「そう、なのか……?」

「もちろんですわ。ね、メルクルディさま?」

「悪を倒す立派な戦士ですぅ!」


 ライゼさまが静かにお喜びになっております。怯えが減って、達成感が増えたお顔をしております。

 わたくしも嬉しいですわ。

 ライゼさまもにいらしてくださったのですから。


 お父様に連れられて行った、新兵教練を思い出しますわ。反乱を起こした農民兵の捕虜を、新兵の度胸付けのために処刑したとき、ちょうどライゼさまと同じ表情をしておりました。


 遠征が終わるまでに新兵のかたがたは、みな一人前の兵士の顔つきになっておりましたの。きっとライゼさまも、何人もゾンビをお倒しになったら、もう以前とは違った感性を持たれた、あたらしいライゼさまになられますわ。


「アテンノルンさま、ぼーっとしてどうしたんですぅ? じっーとライゼさんを見つめていますけど、何かあったのですぅ?」

「いえ、討伐を成し遂げられた雄姿を、こころのなかで喜んでおりましたの」

「ふーん。今は戦闘中なので、緊張感をもってほしいですぅ」

「わかりましたの……」


 急に怒られてしまいました。確かに、成長を眺めている場合ではありませんでしたわ。敵を倒し続けませんと。


「おゆきなさいませ」

「くぁん!」


 わたくしたちは釣り出し戦法を何度も繰り返し、村をうろついていた人間ゾンビを全滅させました。

 無礼に村の中を闊歩していたゾンビは外壁の外で死体の山に変わりました。

 そういえば、この村のかたは、ゾンビにつかまって山と積まれたのでしたわね。今は敵が同じ状態ですわ。


「ライゼさまがおっしゃられた、村人さまたちのご最期と同じ様相ですわね」

「どういう意味だ?」

「敵を同じ目に合わせたかったのではありませんこと?」

「それは……そうだけど」

「アテンノルンさま、おっきいのが来たですぅ」


 居住区から100メートルは離れた場所にある馬小屋のなかから、腐敗したトカゲのゾンビが這い出てまいりました。頭からしっぽまで6メートルはあります。

 灰黒狐をほぼ等速で追っております。鱗が剥げて赤黒い筋肉がむき出し、かわりに黒い瘴気を身体にまとって、いかにも有害ですわ。

 ひと当てしてみましょう。


 ──ダメですわね。ボルトが命中しましたのに、刺さっただけで肉がえぐれません。白い浄化のオーラと黒い瘴気が相殺しあって、威力が減衰しております。


「魔法を使いますわ」

「私も暗黒魔法で援護するですぅ?」

「メルクルディさまは温存していてくださいませ」


 現在のわたくしは14種類の精霊魔法を使えます。

 ゾンビに有効な魔法は火の精霊系統です。火弾ホットショット炎の槍ファイアランスは有効でしょう。ここは威力の高い炎の槍ファイアランスですわ。

 左手をまっすぐに伸ばし、目標を定めます。


炎の槍ファイアランス、えやっ!」


 橙色の軌跡を描いて飛んだ槍が、ゾンビリザードの背中に命中しました。そのまま地面まで貫通して燃えております。ですが──


「まあ……!」

「うわぁ」

「ひいぃ」

「くぉぉ」


 槍に縫い留められていたにもかかわらず、ゾンビはまっすぐ前進しました。

 数秒で炎の槍は消滅したのですが、その魔法的なくびきを意に介さず進みましたので、貫かれた傷口が余計に広がって裂けました。

 

 左足に近い下半身の側面から、黒くでろでろとした中身がこぼれました。

 裂けたお腹からまろび出た、パスタに似た帯状の内容物が、地面に黒い腐敗液をつけて、引きずられます。


「うっ、ひどいですわね」

「忌まわしい邪悪ですぅ」

「うっ、うええ!」


 ライゼさまが背中を向けられました。粘液質な音が聞こえましたが、見て見ぬふりをいたします。 


「もう一発……えいっ! 炎の槍ファイアランス


 今度は脳天に命中しました。額から入った炎の槍ファイアランスは後頭部から抜けて、背中にもぐり下腹のあたりから先端が出ました。奇妙な断末魔を上げてゾンビは横転、身体のあちらこちらが破裂してもげました。

 それでようやく、巨大なゾンビリザードは動かなくなりました。


「やったですぅ!」

「……死霊術でつくられたゾンビは、痛みを感じないと聞き及んでおりますが、これでは無謀すぎますわ。人間ゾンビもそうでしたが、急所を守りませんし、攻撃を避けません。皮膚も腐って防御の意味をなしておりませんの」


「う-ん、普通はもっと手ごわいですぅ。運よく魔力の根源に当たったから止まっただけで、あれだけ大きなゾンビリザードだったら苦戦しますぅ。やっぱりアテンノルンさまはすごいですぅ!」

「事前に知識を教えていただいたからですわ。本当に助かりますわ」


 アンデッドを動かす力のみなもとは、死体の脳か心臓にコアを埋め込み、使用者の魔力で使役するそうです。

 ですので魔力のつながりを経てば、もとの死体に戻ります。

 ゾンビリザードは脳にあったコアを破壊されて、巨体を維持できなくなりました。本当に運がよかったですわ。


「そろそろ死霊術士ネクロマンサーさまは、お気づきになったかしら?」

「反応がありませんねぇ。作業に熱中しているのかもしれないですぅ」

「残りの大物は、ミノタウロスゾンビと、馬に似た縫合ゾンビでしたわね。わたくしの風の声ウインドボイスで、別方向から挑発してみましょうか?」

「まっすぐ乗り込みましょう。私たちの裁きを小細工抜きで邪悪なネクロマンサーに教えてあげるですぅ!」


 メルクルディさまは血気盛んですわね。たしかに目につく路地や崩れた家屋に敵は見当たりませんし、おおむねお掃除は終わりました。


「わかりました。このまま広場までゆきましょう」

「前衛は任せてくださいですぅ!」


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