第12話 獣人に……何の権利がありますの!?


 獣人のお話を聞きつつ、道程の7割を進んだところで暗くなりましたので、わたくしたちは野営地を作りました。

 石を囲んでかまどを作り、薪を燃やして魔物の忌避剤を投げ込みます。聖なるハーブの芳香剤は強いアルコールに似た香りがして素敵ですわ。


 獣人がこれまでの経緯を話し終えたとき、兎耳がくたりと垂れ下がり、真っ青になった唇が小刻みに震えておりました。

 事故で家族を亡くし、次にできた家族をゾンビに襲われて失くすなんて、お気の毒ですわ。

 焚火の炎から遠ざかって大きな体を丸めている姿は、心に深い傷を負った動物を連想させます。


 獣人の辛さと引き換えに、敵の状態が分かりました。

 ゾンビを使役する死霊術士ネクロマンサーさまの軍勢は、少なくとも40体以上のゾンビがおります。

 2人と1匹でお相手するには、少々戦力が心もとないですわ。獣人に手伝う気があるのならば、2人と2匹になりますが。


「ひどい経験をしたのですねぇ。フィリーエリさまに祈ればつらい記憶も忘れられますぅ。私と一緒に祈ってみますかぁ?」

「──いや、いい」

「2度も家族を失くすなんて、酷いお話ですこと」


 大切なご家族を見捨てて逃げたときの気分は、さぞ無念だったでしょう。わたくしもひとりで逃げ出したのでお気持ちはわかります。


 それにしてもゾンビに占領された村はどうなるのでしょう。


 まだ距離がありますがおぞましい死の気配を感じます。わたくしは魔よけの香木片をたき火の中に投げ込みました。

 一瞬、火柱が高くなり、透明な煙が立ち上りました。灰黒狐が驚いて立ち上がり、わたくしの膝に座りました。


「かわいそうですぅ。助けてあげたかったですぅ」

「ええ。ですが何のために、死霊術士さまは村を占領したのでしょう。どなたかに雇われて村を襲ったのかしら?」

「村に居座ってますし、略奪だったらもう逃げていると思いますぅ」

「確かに正体をばらして賞金首になるリスクと釣り合いませんわ」

「……あいつらは死体から、強いゾンビをつくるんだ。まちのひとが言ってた」

「まあ、村人さまを材料にしますの?」

「くそっ……縫い合わせて、形をつくって、しもべにするんだ! 悪魔めっ!」


「おおきなゾンビをひきつれている死霊術士ネクロマンサーを前に見たですぅ。腕が6本も生えてて、それぞれの手に違う武器をもってて、強そうでしたぁ」

「そのような怪物とできれば戦いたくありませんわ。死霊術士ネクロマンサーさまはみなさま独創的な死体を作られますの?」


 獣人のお話ではヒトで作ったミノタウロスやクモの形をしたゾンビがいるらしいですの。極めて冒涜的だと存じますが、死にほど近い職業ですと、わたくしたちとは倫理観が違うのかもしれません。


「はいですぅ。肉をつなぎ合わせて強くしますぅ。骨を組み合わせて腕をたくさん生やしたりもしますぅ。すごい怪物をつくるときはたくさん材料が必要だから、墓荒らしをするので死霊術士ネクロマンサーは好かれてないですぅ」

「お話しだけをお聞きしますと、社会の敵ですわね」

「……あたりまえだ! あんなやつはみんなから嫌われて死ねばいいんだ!」


 獣人が強い口調で言い捨てました。怒っていますわ。やる気があって素敵ですの。


「では、あなたも戦い敵討ちに参加しますの?」

「──ハッ、はっ……はぁ……」


 まあ、怒りの表情が消えました。かわりに唇をかんで我慢する表情にかわりました。

 無言のままわたくしをにらみ、そのうち目をそらし、小刻みに震えて頭を抱えました。


「しませんの?」

「うぅぅ……」


 わずかに頭を上げてこちらを見た表情は、目尻になみだを浮かべて泣きそうなお顔でにらんでおります。

 恐怖と屈辱をたっぷり思い出していますわ。庇護欲と同時に、嗜虐心を煽る表情です。

 お可愛いので後者で触れて刺し合上げましょう。


「敵討ちをすればご家族も喜ばれますわ」

「ッ……しないっ! あたしは、あたしはっ……み、道案内、だから……」

「そう。獣人ですもの、出来なくても仕方ありませんわ」

「なんだって?」

「ところでメルクルディさまご相談がありますの」

「はい。何ですぅ?」

「おい」

「村に到着したときには、村人さまの素材で作られた敵の数・・・が増えているかもしれませんわ。わたくしたち2人で一度に相手にするには危険ですし、少しずつおびき出して倒したいと存じますが、いかがでしょうか?」

 

「直接操られていないゾンビは、頭がよくないですぅ。遠くから攻撃すれば、上手に釣れるかもしれませんねぇ」

「正面からでは無謀ですものね。それともうひとつ。わたくしギルド職員さまにうかがうのをすっかり忘れていたのですが、もし村に到着したときにゾンビがいるだけで死霊術士ネクロマンサーさまがいらっしゃらない場合は、居場所を突き止めて倒すまで、お仕事は終わりませんの?」


 メルクルディさまは首をかしげました。


「うーん。例えば村の中で見つからなくて、森に向かって足跡が続いていたら、追いかけて倒しますぅ。でも何のてがかりもなければ一度ギルドに報告に戻ったほうがいいですぅ」

「そうですのね」


「私たちが受けた依頼は、村を占領した死霊術士ネクロマンサーの討伐ですけど、あてもなく追いかけられないですぅ。いなくなった証拠があればいいですぅ」

「おい……しっかりしろよ。それでも冒険者なの?」

「時間は無限ではありませんの。そうですわ。もし村にいなかった場合は、あなたにも捜索を手伝ってもらいます。獣人でしたら村の地理には詳しいでしょう?」

「……無理だよ」


 獣人はふたたび頭を抱えて、耳を抱えて震えはじめました。生意気なわりには、臆病ですわ。


「せめて役に立ちなさいな」

「あの、アテンノルンさま? さっきからライゼさんに冷たくないですか? いじめたらかわいそうですよぉ」

「いじめ……? いえ、わたくしはそんなつもりは……」


 もしかして温情をかけすぎているのでしょうか。

 わたくしは相手が獣人でも暴力的な躾は好みませんが、肉体に罰を与えて命令しない生ぬるさが、逆に不敬と不自由を作り出していると、メルクルディさまはおっしゃりたいのかもしれません。


「メルクルディさま申し訳ございません。わたくしの思い違いで不愉快な思いをさせてしまいましたの。お詫び申し上げます。ほら、あなたも謝りなさい。何をぼさっとしていますの!?」

「し、知らない! なんでだよ!」


「獣人は人間に迷惑をかけてはいけないと躾けられたでしょう。そんな調子では調教師さまに厳しく折檻されますわ! 早く謝りなさい!」

「いやだ! 何を言ってるんだ!」


「聞き分けのない獣人ですわね。今まで誰にも躾けをされませんでしたの? メルクルディさまにお叱りをうけるまえに頭を下げなさい!」

「いやだ! 知らない!」

「強情な獣人ですわね!」

「あ、あ、あの、アテンノルンさま? 躾とか折檻って──あっ、もしかしてアテンノルンさまは、獣人の権利が認められていない場所からこの国に来たのですかぁ?」

「権利……ですの? 獣人に……権利?」

「やっぱりですぅ。この国では獣人と人間は同じなんですよぉ。だからやさしくしてあげてほしいですぅ」


 まあ! 同じ権利!? わたくし初めてそのような概念を知りましたわ! 

 獣人が喋る家具ではなくて、同じ人間あつかい……なるほど、それでメルクルディさまは、わたくしの態度をご不快に思われたのですわ。


「そのような概念があるとは存じ上げませんでしたの。わたくしの無知をどうかお許しくださいませ」


 どうりで首輪もつけずに、獣人がひとりで往来を歩いているわけです。

 開放的なお国柄だと存じておりましたが、そもそも人間と同じ扱いだったのです。

 さすがはセカイの反対側ですわ。ああ、もしかしてわたくしは無意識のまま、今まで獣人たちに失礼なふるまいをしていたのかしら。反省しなければいけません。


 それもこの国がわたくしの故郷から遠いのがいけません。 

 ギルドで見せていただいた地図が古ぼけていたのが原因ですわ。

 ああ、獣人に頭を下げるのが嫌で、現実逃避してしまいました。

 なぜこのわたくしが、獣人ごときに謝らなければいけませんの? ただの家具ではなかったなんて……不思議ですわ! 不思議ですわ!


「あの……」


 ですがよく考えましたら、耳としっぽが生えているだけで、人間扱いされない法律こそが妙なのかもしれませんわね。

 「火龍ファイアドラゴンも雪山に住めば鱗の色を白く変える」と言われておりますし、その地方の法律に合わせましょう。

 そう、価値観を合わせる。価値観のアップデートですわ!


「ラ、ラ、ライゼさま。無礼を、謝罪いたしますわ。う、う、うぉ許し、くださいませっ……!」

「いいよもう……」

「お許しいただきありがとう存じます」

「謝らなくていいから、敵を倒して……」


 物わかりの良い獣人で、いえライゼさんでよかったですわ。

 ああ、まだ意識が悪い方向にあります。これから家具扱いをしないよう、注意しなければいけませんわ。 


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