第9話 運が良すぎると裏を考えてしまいます


 2時間近く続けて戦いますと鞄が花びらでいっぱいになりました。

 枚数は数えておりませんがおそらく3桁はあります。努力の成果が目に見えるのはいいですわ。

 

 これは新たな発見ですが、動き続けていると戦闘中に急に眠気が襲ってきました。

 頭の中がぼんやりとして、まぶたが下がってまいりました。特に疲労はありませんのに、意識だけが取り残されるのです。


 いえ、この感覚はどこかで経験した記憶があります。

 そう、10歳のときに火吹き山に旅行に行ったとき、登山中に突然身体が動かなくなりましたの。わたくしだけ断崖に刻まれた崩れ桟橋ルートを進まされましたが、4時間くらい歩き続けていると頭がズキズキと痛み、身体が動かなくなりました。


 道幅が狭いので、岩に手をついていないと落下の恐怖で進めないくらいの道なのですが、突然握力が消えてうまく保持できませんでした。

 

 あの時と同じですわ。

 その時のわたくしは、道に座り込んで動けなくなってしまいました。

 原因をいろいろ考えましたが、おそらく空腹だろうとあたりを付けて、こっそり持ってきていたお砂糖のお菓子を食べ、お水を飲み、それでも不安でしたので、崖のふちにあった荒崖食火鶏マウンテンキャソウェリの巣から卵をいただきました。


 ご飯を食べて待っていますと、そのうち気分がよくなり、ちからが戻りました。

 それとそっくりな状況がいまのわたくしです。食事をするべきなのですわ。

 視界内に敵はおりませんので、今のうちにいただきましょう。


「くぅぅ、くぅぅ」


 そういえば灰黒狐にも食べ物を差し上げないといけませんわね。


 ……わたくし、お弁当を持ってきておりませんでした。 

 朝からギルドに行って、そのままダンジョンに入りましたので、鞄の中にはおさいふとお薬とドロップアイテムしかありません。

 しばらく黙って地面を見つめましたが、特にいいアイデアは浮かんできませんでした。


 恥を忍んで、メルクルディさまに分けていただくしかありません。

 東側ではメルクルディさまが麻催眼草アイウィードを倒しておりました。うねる触手をメイスで潰し、根でできた胴体を何度も殴りつけて攻撃能力を奪い、最後に頭部の花弁を破壊しました。


 非常に時間がかかりますが、危なげない戦法です。


「メルクルディさま、ご相談がありますの」

「はいですぅ! なんでしょうか?」

「実はわたくし、お昼を忘れてしまいましたの。食べ物をわけてくださいませんか? この子の分も、わけていただけるとありがたく存じます」

「いいですよぉ。ちょうどいいので休憩にするですぅ」

「このお礼は必ずいたしますわ」

「協力しあうのが冒険者ですよぉ」

「……はい」


 メルクルディさまの優しさが身にしみます。深く頭を下げてお辞儀をしました。

 わたくしたちは壁を背にして立ったまま、簡単な食事をいただきました。


 ライ麦のパンに、燻製したお肉を挟んだシンプルなお料理ですが、香辛料の効いた味わいで、たいそう柔らかくて口の中で崩れます。


「美味しいですの」

「はいですぅ。私の泊まっている宿のひとが作ってくれたお弁当ですぅ。前の日に注文しておけば、宿を出るときに受け取れますぅ」


 便利なシステムですわ。わたくしの泊っている宿にもあったのかしら? 今度お尋ねしてみましょう。


「デザートもあるので、一緒に食べましょう!」

「何から何まで、ありがとう存じます」

「いいえ、アテンノルンさまはここに連れてきてくれましたし、お役に立ててうれしいですよぅ」

「恐れ入ります。わたしくも、メルクルディさまのおかげで立っていられますわ」 

「えへへ」

「ふふふ」


 デザートはドーナツでした。砂糖衣のうえにベーコンが乗っており、生地にはシロップがしみこんでおりました。

 なぜか罪悪感を覚えるお味でしたが、不思議と身体に適応して、倦怠感が消えてゆきました。


 頭痛と握力の低下はまだ残っておりますので、今のうちにいっぱいになった鞄の中身を移し替えておきましょう。

 可搬用の麻袋にふわふわした花びらをすくって入れます。


「ふわぁ……たくさん倒したのですねぇ」


 わたくしはうっすらとほほえんで応えます。こまめに移し替えていたのですが、麻袋もいっぱいになりつつありますわ。


「そういえばこのような宝石を拾いましたの」


 わたくしは麻袋におもむろに入れようとしていた手を止めました。

 手のひらに収まるサイズの、透明な水晶をお見せします。


 円柱型の宝石のなかには、小さな麻催眼草アイウィードが閉じ込められております。わたくしが促すと、メルクルディさまは手に持ってしげしげと眺めていらっしゃいます。


「こ、これはソウルクリスタルですぅ。ほとんどに拾えない宝物ですよぉ!」

「ソウルクリスタル?」


 復唱して首をかしげます。


「魔物がごくまれに落とす魂のかけらですぅ。これがあれば出来の悪い召喚士でも魔物と契約できますし、生まれたての魔物使いでも魔物をパートナーにできますぅ」

「はじめて見ました」

「ドロップ率が低いのでほとんど出回らないアイテムですぅ。暗黒神殿の本部に飾ってましたけど、低級の魔物でも金貨5000枚はしましたぁ」

「そんなに!?」


 高価ですわ! 高価ですわ!

 メルクルディさまがおずおずとソウルクリスタルを両手でお戻しくださいました。

 わたくしは麻袋にそれをそっと入れます。ぞんざいに扱っておりましたが、貴重品でしたの。


「このような品物が拾えるのでしたら、駆け出しの冒険者さまでも一攫千金を狙えますわ」

「ううん、そうでもないですぅ。普通は拾えないですぅ」

「そうですの?」

「ソウルクリスタルは十万匹、ううん百万匹にひとつくらいのドロップ率ですぅ。狩りの目標にしたら笑われますぅ。ほしいなら別の仕事でお金を稼いで買ったほうが楽に手に入れられますぅ」

「20年近く働くほうが見込みがありますのね」

「はいですぅ。だからこれはとっても運がいいですよ! ギルドに納品したら扱いも上がりますぅ」


 これだけ高価な品物でしたら、精霊さまへの捧げものにしたかったですが、借金を背負った身ではできません。

 それに今はメルクルディさまと2人でパーティを組んでおりますので、儲けは折半ですわ。

 精霊さま、必ず供物を御供えいたします。今しばらくお待ちくださいませ。


(闇の中を歩く道標を拾い集めるがよい)

(もっと光を持ってこい。もっと信仰しろ!)


 また幻聴ですわ。それも二重に聞こえました。

 わたくしの心がソウルクリスタルで動揺している証ですわね。確かに度を超えて喜んでしまいました。気を引き締めて、事に当たりましょう。


「どうしましたぁ?」


 メルクルディさまが首をかしげていらっしゃいます。


「お気になさらないでください。お食事、誠にありがとう存じます。さあ、もうひと頑張りいたしましょう」

「うーん、もう戻ったほうがいいですぅ。食べ物がないですぅ」

「そうですの? わたくしはまだ戦えますが──いえ、メルクルディさまのおっしゃる通りですわ」


 もしわたくしが二度目の行動不能に陥ったとき、治す手段がありません。

 メルクルディさまはそれを危惧されていらっしゃいます。

 帰り道にも魔物はおりますし、平坦な道のりではありません。


「余裕のある時に帰り支度を始めると、安全に戻れますぅ」

「おっしゃる通りですわ」


 さすがは先輩冒険者さまです。余裕のない行動は極力なさらないのですね。勉強になりますわ。わたくしも見習わなくてはなりません。


「あなたもしっかり覚えておきなさい」

「くぁぁ」


 灰黒狐はあくびでお返事しましたわ。



   ###



 わたくしたちはダンジョンの入り口で立ち尽くしておりました。

 お金を稼いだ満足感は消え失せて、重苦しい沈黙があたりを支配しておりました。


 わたくしは貝のごとく押し黙り、メルクルディさまは所在なさげに視線を周囲にやっております。

 心情的には、罪悪感にさいなまれる犯罪者が近いでしょう。

 戦利品のつまった麻袋は羽毛のように軽いのですが、心情的には鉛がつまった重さです。


「困りましたわ……」

「はいですぅ……」

「やはり何かの呪いですの?」

「そんな気配はなかったですぅ。私が判らないだけかもしれないですけどぉ……武器も防具も異常なしですぅ……」

「そうですのね……」

「はいですぅ……」


 わたしくたちが街にも戻らず、寺院の入り口で無為に過ごしている理由は、麻袋の中にあるソウルクリスタルが原因です。


 帰り道、わたくしたちは歩きながら、金貨5000枚の使い道を話し合っておりました。


 わたくしはドレスに代わりるまともな防具の新調と、ヴィッラッゾさまのパーティの礼金。

 メルクルディさまは生活費以外を、すべて投資につぎこむとおっしゃいました。 


 わたくしはもう一度、慎重にお考えくださいと説得しましたが、メルクルディさま意志は固く、聞き入れてくださいませんでした。

 そのようなお話をしながら、敵を倒しつつ入り口に戻りました。

 その、帰り道に倒した敵のドロップアイテム問題でした。


 手元にはソウルクリスタルが3つ輝いております。

 ひとつなら偶然で喜べました。たいそう運が良ければ人生で一度は拾えるかもしれませんもの。

 二つ目もなんとか受け入れられました。

 次のソウルクリスタルを拾える確率が最も高いのは、拾った直後ですし、わたくしたちは2人いますものね。わたくしたちは無邪気に喜びました。

 

 ですが三つ目ともなると、わたくしもメルクルディさまも笑えませんでした。

 運がよすぎます。

 麻催眼草アイウィード赤窒霧レッドミスト爆弾蛙ボマーフロッグのソウルクリスタルが、麻袋のなかで輝いております。


「こちらは灰黒狐のドロップ分かしら? 獣にも運がありますのね」

「そういう問題じゃないと思いますぅ……」

「ギルドは3つも買い取ってくださるでしょうか?」

「盗品を疑われるかもですぅ」

「まあ! やましい行為は何もしておりませんのに! ですが疑いを持つお心はわたくしにも理解できますの」

「どうしますかぁ?」

「そうですわね……」


 正直にお話して信じてくださる可能性は五分五分でしょう。メルクルディさまはともかく、わたくしごときの新人冒険者が、登録したその日に高価な品物を3つも持って帰るなんて、あまりにも不自然です。


 よその地域から来た換金目的の盗賊に疑われかねません。

 そしてソウルクリスタルを蒐集している人物は、お金を持った貴族さまや裕福な商人さま、研究に使う魔法や軍事の関係者さまらしいですの。


 いずれにしても権力に近いかたがたですわ。そのような場所から盗み出されたかもしれない品物を、ギルドが買い取ってしまうと、後々のトラブルに発展する可能性があります。

 それだけではなく出どころを調べる過程で権力者のかたが欲を出し、盗まれてもいないのに盗まれたと主張する可能性がございます。


 そうなると面倒ごとが増えるだけですわ。

 もちろんわたくしの想像にすぎませんが、不当な手段で宝石を手に入れた姉さまの行為を存じておりますので、一概に妄想と切り捨てられません。

 上から2番目の姉さまは、さる魔法研究者の家族に異端の疑いをかけて、便宜を図る代わりに財産を没収しましたの。控えめに言って人間のクズですわ。


「メルクルディさま、換金するのはひとつだけにいたしましょう。あとの二つは現物のままわたくしたちで分けあって、もし換金する場合は別の町でいたしましょう」

「わかりましたぁ」


「ではこちらの爆弾蛙ボマーフロッグのソウルクリスタルを換金したく存じます。1階に出てくる魔物ですし、わたくしたちが持っていても違和感がありませんわ。メルクルディさまはどうお考えでして?」

「あうう……私にはわからないですぅ。ぜんぶアテンノルンさまにお任せするですぅ……」

「ゆっくりお考えくださいませ。結論を急ぐ必要はありませんわ」

「ううっ」


 目を閉じてうつむいてしまわれました。かなりお心に負荷がかかっていらっしゃいます。行き過ぎた幸運は不幸と同じレベルで心を乱しますのね。


「そうですわ。せっかくお知り合いになれたのですし、一緒にお食事いたしませんか? 今から戻ってもギルドは閉まっているでしょうし、今日はゆっくりお食事して、明日考えましょう」

「……はいですぅ!」

「わたくしの連れ合いは入れる場所が限られておりますので、お手数をおかけしますが、わたくしの宿においでください。お食事は悪くありませんでしたし、お酒もそれなりの品数が置いておりましたわ」

「あのぅ、どこに泊まっているのですか?」


「ラック・シクロの渓流亭ですの」

「あっ私の宿のすぐ近くですぅ。大きな馬屋のある宿ですねぇ」

「ええ。それでは今から1時間後に、ラック・シクロの入り口で待ち合わせいたしましょう」

「はいですぅ!」


 わたくしたちが街に戻ると、太陽が傾いて地平線の向こうに沈んでいくお時間でした。メルクルディさまと一旦別れたわたくしは、宿に荷物を置くと灰黒狐にお留守番を頼みました。


「いいですかあなた、ここでおとなしく待っていなさい」

「くぁぁ……」

「お料理とお酒を持ってきてあげますから」

「くぁん!」


 宿の1階はレストラン兼酒場になっており、日が落ちるとかなりの人でにぎわっております。

 わたくしはカウンターで生の鶏肉を1羽分と、芯がからっぽの葉野菜の束、麦で作った蒸留酒を一瓶用意していただきました。


 乾燥した樹皮に包んでいただいた食物と、お酒の瓶と、木のマグカップをもってお部屋に戻り、足元にまとわりついてせわしなく動いている毛玉に与えました。


「ゆっくりお食べなさい。お酒は一気に飲んではいけませんよ」


 どくどくと蒸留酒の中身をマグカップに注いで、樹皮の隣においてあげます。


「こゃーん!」

「……あと、もうすこしお静かになさい」

 

 灰黒狐は鼻先をマグカップに近づけて、猛烈な勢いでお酒をなめております。鶏肉は骨ごとばりばりと食べてしまうところは、野性味を感じさせますわね。


「それではわたくしは出かけて参りますから、お留守番していてくださいな」

「……!」


 食べ物に夢中で聞いておりませんわね。まぁいいでしょう。

 わたくしもお食事の前に、服を買ってまいりましょう。

 一張羅が戦闘で破れたドレスだけではメルクルディさまに失礼ですし、下着の替えもありません。

 

 お屋敷にいたころは御用商人がいらして、わたくしに合いそうな衣服を持ってきてくださったものですが、今では自分で買いそろえなくてはなりませんわ。

 カウンターのお姉さんに教えていただきましょう。


「普段使いできる服のお店を教えていただけまして?」

「時計塔の通りに衣料店がいくつかあるよ。でももう閉まってるな」

「ありがとう存じます」


 駄目でしたの。

 自分の服を眺めまわしてみます。肩や裾が引き裂かれておりますが、衣服としての体裁はまだ保っております。腕や脚が不必要に見えてしまっておりますが、1日だけですので見て見ぬふりをいたしましょう。仕方ありませんわ。

 そういえば宿でお弁当を注文できると、メルクルディさまに教えていただきましたわ。


「こちらでは冒険者用のお弁当を作るサービスをやっておりますの?」

「はいはい、やってるよ。銅貨8枚で内容はこちらのお任せになるけど、それでもよければ注文してね」

「ええ。それでは2人前をお願いいたします。もしありましたら水筒も一つお願いいたします」

「水筒ね。これはリザード革製だから金貨2枚だよ」

「かまいませんわ」

「それじゃこれが引換券。朝ごろにはできているので出かけるときに弁当と交換してね。水筒はその時でいいね?」

「ええ。それではお願いいたします。ああ、もうひとつお尋ねしたいのですが、お風呂屋さんはありまして?」


 ああ、お金があると贅沢してしまいます……。

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