第8話 春夏秋冬
「では、いつまでたっても平行線なお話は麻雀で決着をつけるという事でいいわね?」
そうやって聞いてくるのは、いつもの部屋着姿アバターの会長だ。
今俺の本体と言うか生身は自分の部屋で過ごしていて、ここは裏世界の俺の謎空間なので皆アバターだ。
ちなみにアバターの恰好はその謎空間に入る時の恰好のままがデフォルト設定になっていて、一度不思議空間に入ってしまえばその後で本体が風呂とかに行ってもアバターの恰好が変わる事は……本人が着替える設定をしないかぎりない。
「うーん平行線も何も会長だけが主張しているだけなんですけどね」
「そうですよねジャン先輩、所でこの春夏秋冬牌ってどうやって使うか知っていますか?」
「ん? どうした連ちゃん、あーこれな、三麻の北と同じ扱いでいいんじゃね? 春夏秋冬がドラ表示に来た場合、抜きドラが二倍扱いになるローカルルールがあるとかなんとか?」
「へー、私は四麻メインでやってて、今まで三麻ってやった事ないんですけど……教えてくれますか? ジャン先輩」
「おう、まかせとけ連ちゃん」
ここは同盟機能を使った謎空間で、俺の部屋を模した場所だ。
会長が勧めてくるから自分のポイントを使って作成したんだよね。
同盟が違う二人だけども、俺と言う共通の同盟相手がいて、そして俺の謎空間にある部屋に同時に誘う事なら出来るみたいだ。
俺の部屋は会長の部屋より狭くて、ベッドと小さなテーブルとパソコン台でいっぱいいっぱい、まぁここにパソコン台は必要ないのでリアル世界よりちょこっと広くなっている。
細かく設定をした部屋も作れるんだけどさ、現実を投影させた方が安く済むからさ。
まぁ部屋が狭いので俺はベッドの端に座り、テーブルを挟んだ対面に二人が座布団を敷いて座っていたのだけど。
連ちゃんが俺に質問するために、ベッドに座っている俺の横にきた。
ちなみに連ちゃんの今日の部屋着は、ショートパンツとだぶっとしたTシャツという大変ラフなものだ。
会長といい連ちゃんといい、女子の部屋着ってちょっと目に毒だよね。
メニュー画面を一緒に見るために横にきた連ちゃんは、俺より背が低いのでダブダブのTシャツの襟から中のインナーが見えちゃうんだよな……。
おっけー俺よ、紳士たれ、紳士たれ。
そうして俺は視線をそちらに向けないように唱えながら、連ちゃんに三人麻雀のルールを懇切丁寧に教えて――
ドカッ!
俺を挟むように、連ちゃんと反対側に座ってきた会長。
「だ! か! ら! 仲が良すぎなのよ貴方達!」
俺の右手を掴んで引っ張る会長だった。
ちょっと今連ちゃんと麻雀の話をしているので待っててくれませんか?
「麻雀仲間と話をしているだけですよ、ねぇ連ちゃん?」
「そうですよねぇ? ジャン先輩」
「そんな訳ないでしょー!? レンちゃん貴方ってば裏世界でもジャン君と遊んでるのに、表世界でもジャン君の教室に尋ねていって一緒にご飯を食べたって聞いたわよ?」
「いや会長、それはですね、同盟を組んだけど連ちゃんと携帯端末の連絡先を交換するのを忘れてたんですよ、だから連ちゃんが尋ねて来ただけですよ?」
「そうだよお姉ちゃん、同盟機能ではいつでも会えるけど、表でも連絡先が必要になるかもでしょう? ご飯はまぁ……どうせなら一緒に食べちゃおうかなって思っただけで」
うんうんそうそう、でも連ちゃんが持って来たお弁当のおかず美味しかったなぁ……。
「いや、ジャン君の教室の席で周りに見せつけるように一緒にお弁当を食べる必要なくない? おかげで私は友達や知り合いから『彼氏を寝取られたの?』って何度も何度も何度も聞かれるはめになったんだからね?」
会長のお知り合いってみんな良い人なんだなぁ……。
俺の周りでは、何故か俺がハーレムを築き始めたって噂になってたんだが……。
俺の教室はまだ4月末って事もあり男女別で名前順の縦列が交互にくる席順なんだ。
そんで俺の席は窓際の一番後ろなんだけど、ナナメ前の女子が俺から十数センチ机の距離を離したんだよな……。
そして真横の女子の席が微妙に俺に近づいているのが……すごく怖い。
「そもそも会長は俺の彼氏じゃないので、デマが飛び交っているという事ですね」
「ジャン先輩に聞いたよお姉ちゃん、同盟の仲間ってだけなんだってね?」
「違うのよレンちゃん! 私はジャン君と映画デートに行って、ラブなホテルの前でずぶ濡れになる関係なの!」
うーむ、デートという言葉以外は間違っていない説明なのだが……。
「ええ! ……ジャン先輩? お姉ちゃんはこう言っていますけど……本当の所はどうなんです?」
「デートではないけれども映画を一緒に見に行って、水精霊と戦ったせいでずぶ濡れになって、服を乾かすのにホテルに誘われたけど、結局カラオケボックスで服を乾かしてから帰りました」
ふぅ、これなら勘違いもされないだろう。
「ホッ……もうお姉ちゃんってば、勘違いするような言い方しちゃ駄目じゃない、もしかしてジャン先輩の噂ってお姉ちゃんのせいじゃ?」
おおー、実は連ちゃんって常識派か?
「ぬぐぐ、でもジャン君は私が腕を組んでも嫌がらないし……ペッタン好きだし……どうせすぐ彼氏になるもん」
そう言って会長は俺の右腕に腕を絡めてきた。
俺は別にペッタン好きではないんですけどねぇ……勘違いをそのままにしている罪悪感で会長を拒否し切れないというか……けど今更それを言って会長が悲しむのも見たくないしな……。
「……ジャン先輩失礼します」
むぎゅぅ。
なぜか連ちゃんまでもが俺の左腕に組み付いてきた。
会長が腕を組んできたからそうしたのは分かるんだけど、理由までは……あ、ほのかなポヨポヨが感じられてこれは中々。
ムギューーーー!!!
俺の右腕がすごく痛い、板に挟まれたごとくの痛さだ。
「イタタ、会長ヘルプ、まいりました! やめてください!」
「閉め技じゃないわよ! 私も負けずに押し付けてるの!」
何をですか?
「……お姉ちゃん、勝負って言ってたよね? 具体的な決着はどうするつもりなの?」
連ちゃんが少し声質を下げて会長へと問いかけている。
しかしまぁ左腕は天国で右腕が地獄って……あ、いや、右腕も天国ですはい!
俺の表情を微妙に読んでいるのか会長の閉め技が一瞬強くなったからな。
ワー両手にハナダー。
ムギュー。
「そうね……勝ったらレンちゃんは私の彼氏であるジャン君と適切な距離を置いてください、例え従妹といえど他の女がジャン君と触れ合える距離にいるのは嫌なの」
むぎゅぅ。
「……分かりましたお姉ちゃん、では私が勝ったら……プロ雀士のやっている一日麻雀教室にジャン先輩と二人で遊びにいきます、そして帰りに二人でご飯を食べたりカラオケボックスに行きます、いいですよね?」
えっと……何故か俺の意思は一切確認をされてないのですがそれは?
「あの俺は――」
「ジャン君は黙ってて」
「ジャン先輩は黙っていてください」
ムギュー。
むぎゅう。
「あ、はい」
「レンちゃん……男を見る目はあると認めるけど……あげないわよ?」
「お姉ちゃん……こういうのは早い者勝ちって事はないと思うの」
二人の視線が交差する間に火花が散っているように思える。
えーと……連ちゃんも俺の事を彼氏にしたがっているって事?
それともせっかく出来た麻雀友達を引き離されそうになって怒っている感じ?
「三麻ルールに春夏秋冬牌を入れましょう、レンちゃん」
「時間も持ち点も基本のままで、ただし飛びなしでいこうか、お姉ちゃん」
抜きドラが増えると点数高くなりそうだよな……それで飛びなしってやばくないか?
「私にいつも負けているのに強気なのねレンちゃん」
「いつもは本気を出していないだけです、今日は絶対に勝ちます」
「いいわ、じゃぁジャン君」
「ジャン先輩」
「「練習モードに招待して」ください」
えっと……俺は意見を言えないみたいです。
腕が動かせない状況なので、メニューを思考で操作する。
ルールはさっき二人が言っていた感じで……おっけ、じゃぁ招待してっと。
俺達三人は麻雀をやる空間へと移動する。
そして……。
……。
……。
――
「うふふ、あら夏もきちゃった抜きドラするわね」
会長はめっちゃ調子いいなぁ……しかもオーラスで抜きドラの北が三枚にさらに春と夏まで会長に行っちゃった。
そして俺は連ちゃんを見る……。
「ぅぅぅぅ……」
連ちゃんは泣きそうな顔をして2ピンを切っている。
そりゃなぁ……オーラスの親が連ちゃんとはいえ、彼女の点数がすでにマイナス二万点以上なんだよね……。
俺の点数が三千点と少し。
会長は9万点以上あるダントツのトップだ、もう後は千点をあがればいいのだが、抜きドラの殆どが会長に行っていてしかもドラ表示が冬という……今回のルールだとそれは抜きドラが全部倍扱いになる。
連ちゃんという名前のごとくに、何度も親で連荘しないとトップをまくる事は不可能だと思われるのにこれはきつい。
まぁ俺も牌を切るか、まだ5巡目とはいえ手が悪いなぁ……ここは連ちゃんを助けるか……俺は会長が切っている8ピンを切る、これで会長に鳴かれる事はないだろう。
そして会長が牌をツモって……笑顔を見せた。
「あらあらまた来ちゃった、秋」
そう言って秋牌を抜いてきた会長、こりゃきつい、ドラ12かよ。
そして9ピンを切る会長。
「ロンッ」
お、連ちゃんがあがったっぽい、なんでリーチしなかったのかは分からないけど、まず一回あがって連荘を頑張れば……なんて思っていた俺の目の前で開かれた連ちゃんの手配は……。
「国士十三面待ち……まじか……」
「ダブル役満、9万6千点ですお姉ちゃん」
「……え?」
……。
……。
――
「早く、早く行きましょうジャン先輩!」
「ああ、急がないでも予約時間には間に合うから、落ち着いて連ちゃん」
「……」
「すっごく楽しみですね? やっぱりプロはすごい上手いんでしょうか?」
「今日の先生達の中には過去にタイトルを取ったプロもいるはずだよ」
「……」
「わー楽しみです! ふふ、行きましょうジャン先輩」
「……」
そう言って俺の右手を握ってくる連ちゃん、彼女の私服は麻雀を打つからか体に沿った感じの服だね。
春先の高校生って感じで可愛いと思う。
今日は例の会長との勝負の結果を受けて週末に、プロが教える麻雀教室というのに行く予定だ。
「そんなに急がないでも大丈夫だって連ちゃん」
「だってジャン先輩、すっごく楽しみなんですよ!」
「……」
そう言って俺を引っ張る連ちゃん、しかし俺には重しがついているために歩く以上の速さにはならない。
俺はチラリと左側を見る、そこには……。
バッテン刺繍がされたマスクをしている会長がいた。
ちなみに会長は俺の左腕にガッチリと自分の腕を絡ませている。
……。
そう、あの時親のダブル役満を振り込んだ会長なのだが、連ちゃんにやり直しを要求したりしたのだが受け入れられず。
それでも諦めの悪い会長が、どうにかこうにか連ちゃんに通した要求が……。
一切声を出す事を禁止でいいなら許可する、という物だった。
会長はそれでもいいからと同行している。
ちなみに俺は、このお出かけに行くとも何とも言っていないのに参加が決定していた。
まぁ麻雀教室楽しみなんで誘われていたら受けていたとは思うけどね……ほら、興味はあったけど一人で行くのってちょっと怖いじゃん?
さーて、今日は麻雀教室にカラオケボックスにファミレスご飯だっけ?
会長は声を出せないのにカラオケってどうするんだろ……横でずっとマラカスを振る係かな?
まだ始まってすらいない麻雀教室へのお出かけなのだが。
すでにゴールデンウイークの俺の予定を賭けた三麻リベンジマッチが決定している。
何故か俺の予定なんかは、本人に一切聞かれずに決定するらしい……解せぬ。
つーかその三麻で俺が勝ったらどうするんだろ?
そうして暖かくなってきた4月の末、両脇を美少女二人に挟まれて、彼女達と手を繋いだり腕を組んだ状態でお出かけをする俺が……学校の生徒の数人に目撃されてしまうのだった。
◇◇◇
後書き
また☆が増えたのか、週間の現代ファンタジーの400位台に入ってました。
麻雀好きがまた一人現れた。
という事で一話追加です。
◇◇◇
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