青葉の冒険者たち

黒猫館長

「はた迷惑な客人の話」

 ピンポーン


 その日ブラッドリー邸にチャイムが鳴った。今日は来客の予定などなかったはずだがこのまま放置するわけにはいかない。各部屋の掃除にいそしんでいたジュリー・ブラッドリーは玄関に行き戸を開けた。


「ごきげんよう。今日はどのような御用…事で…。」


 相手の姿を見てジュリーは目を丸くした。そこにいたのはジュリーほどではないが小柄で…金髪碧眼な女性であればよかったのだが、残念ながら男性が笑顔で立っていた。


「ヘイ!遊びに来たぜ。」


「そうか帰れ。」


 ジュリーの目はすぐにジト目になり心底嫌そうにそう言った。彼の名はブレイク・ウォード。ロンドン警視庁巡査部長である。ブレイクはそんなジュリーの不遜な態度に気にする様子もなく話を続ける。


「そんなこと言うなよジュリー。昨日嫁のプリン食べちゃったらさー。けんかになって実家に帰っちゃったんだよお。寂しいから構ってちょ。」


「気持ち悪いわ。ならさっさと奥さん追いかけて土下座して謝って来い。」


「なら一緒に来てくれよ気まずいんだよおおお!」


「知るかぼけなす!一人でやれ!」


 抱きつこうとする変質者を足でけん制しながら扉を閉めようとするも抵抗されてしまうジュリー。運が悪いことにそこに同僚のメイド、モモセヒカリが来てしまう。


「あら、ブレイクさんお久しぶりやね。」


「どうもどうも。」


「大丈夫ですモモセさん。もう帰るそうなので。さっさと帰るそうなので!」


「そんな冷たいこと言うなよおおお。」


 足蹴にして追い出そうとするジュリーだったが、モモセに止められてしまった。


「もージュリー君。お友達は大切にしなきゃつまらんよ。」


「友達じゃないです。迷惑千万な不審者です。」


「ひどい!」


「そんなこと言って。ブレイクさん、どうぞ入ってください。お茶でも出すばい。」


「ありがとうございまっす!いいだろジュリー?」


「…全くモモセさんは人が良すぎますよ。」


 仕方がないのでおとなしく扉を開けることにしたジュリーだった。


 客間に通されたブレイクはテーブルの席に着く。モモセに促されジュリーはその反対側に座った。その後モモセは二人に紅茶とバウムクーヘンを出す。


「なにこれうま!」


「本場ドイツから届いた一級品だからな。味わって食べろよ。」


「わかったわかった。お代わりもらっていいですか!?」


「話聞いてた!?」


 貴族の屋敷内での行為とは思えないほどあっという間にバウムクーヘンを平らげるブレイク。その様子に突っ込みを入れるジュリーであったが、モモセは楽しそうにくすくす笑いながらもう一切れ出してくれた。


「そういえば二人はいつの間にか仲良うなっとったけど、最初はどういう出会いだッたと?」


「仲良くないです。これが勝手についてくるんですよ。今も昔もそうです。」


「嘘つくなって。お前だって追い掛け回したじゃんかよ。…そうですね、最初にあったのは二年前の夏だったかな。いきなり上司に呼び出されて…。」



二年前ロンドン警視庁


「ってことでお前に出張命令だ。カナダのノースウェストへ行って来い。」


「いやあ僕最近娘が生まれたばっかりなんですよねー。ほら、育児の手伝いとかしないとなあー。」


 当時の上司ジョージ警部補に呼び出された僕は一方的に理不尽な出張命令が出された。その内容はカナダに向かうジュリー・ブラッドリーの追跡と調査だ。もちろん全力で拒否した。当時僕は結婚一年目にして念願の娘を授かり、育児手伝いと仕事の両立に四苦八苦していた時だ。こんな時に出張だなんて奥さんに嫌われてしまう。しかしあのジョージの頑固爺はそんな部下の意をくもうなんて毛ほども考えていないのだ。


「これを断ればお前クビだからな。」


「なんでですか!?僕はいつも真面目にしっかり仕事してるじゃないですか。」


「確かにお前は仕事は早い。しかしだからといって仕事時間に当然のようにティータイムやらチェスやら遊び惚けておるだろうが!こっちが上に目を付けられないようにどれだけ…どれだけ心身を削ってると思ってる!?」


 そういって警部補は恨めしそうに僕をにらみつける。なにを言っているのかわからない。ただ僕は仕事が早く終わったら少し休憩してまた仕事をする。人間として当たり前な行動をしているにすぎないのだ。


「とにかく首になりたくなかったら実績を残して来い!お前がただの遊び人ではないという実績をな。そのためにジュリー・ブラッドリーを徹底的に調べ上げるのだ!」


 そんな方便を使わなければならないほど追い詰められているのだろうか。おいたわしや警部補。しかしジュリー・ブラッドリーを調べろとはなかなか大胆なことをすると僕は内心驚いていた。彼は警視庁内では割と有名人だ。正確には彼の義姉で上司に当たるエリザベート・ゼクス・ブラッドリーが我々の上層部から目をつけられていたわけだが。


「ジュリアス・ブラッドリー年齢21歳、身長167cm体重…103キロ!?いやどう考えても70あるかないかぐらいだろ。」


 警部補にたたきつけられた資料に目を通す。ブラッドリー家はこの国の軍備を陰ながら支援している有力な貴族だという。二十年前エリーゼ・ゼクス・ブラッドリーが当主であったが、突然叔母に当たるミーカ・フュンフ・ブラッドリーに代替わりし、数年前エリーゼの娘であり現当主エリザベート・ゼクス・ブラッドリーに全権が渡されたらしい。ブラッドリーの当主は長い間その姿も国の要人すら知らないほどであったが、エリザベートが当主になってから急に表舞台に立ち始めた。


「アンノウンとの関係性が高いと推測される…。完全に憶測じゃんかあ。」


 アンノウンというのは近年になって現れ始めた人知を超えた怪物たちの総称である。高い身体能力を備えた神話の生物とも思われる様々な姿をした怪物で、銃火器では歯が立たないといわれている。アンノウンを倒すには少なくとも中型爆弾以上の破壊力が必要らしい。その出現数は今のところごく少数で軍が派遣されれば駆逐できるものではあるが個体数が増えればどうなるか想像に難くない。そんな中ブラッドリー家は先んじて対アンノウン用の兵器の開発を行っているらしい。実用化のめども立ちつつあるという噂だ。これはブラッドリー家が影響力を強めるためのマッチポンプなのではないかと疑うものも多くいる。


「一貴族が怪物を作ってそれをネタに武器を売りさばいてるって?そんなんもう勝ちようないじゃん。」


 人間の最新の科学でも説明できない怪物だからアンノウン。少しずつ民衆にも広がりつつあるその恐怖をどうにか解消したいという暗黙の願いが透けて見える気がした。そんなエリザベートの義理の弟だというジュリーは時折他国へ出張している。以前はアメリカそして今回はカナダ。その理由を上層部は知りたいらしい。ブラッドリー家が行っているであろう犯罪的計画を洗い出そうと必死なのだ。


「それで俺に捨て駒しろとー畜生上のクソ爺どもめーえええ。」


 同僚に愚痴を吐いたがお前以上の適任はいないとかなんとか適当に流されてしまった。僕に味方はいないのか。しかしクビになるわけにはいかない。かわいい嫁と娘を養うことが何よりも優先だ。仕方なく妻に出張のことを話したら「もう知らないバーカ」と実家に行かれてしまった。恨めしやあのクソ上司共め。いつかお前たちの黒い噂の真偽も確かめてやろうと心でぼやきつつ、僕はカナダへ行く準備を始めたのだった。



数日後__カナダ・ノースウェスト準州


「カナダ…初めて来たな。」


 カナダの北側は人口が少ない。これは経度が高いことにより冬は気温がとても低くなるなど人が住む環境にあまり適していないかららしい。そのおかげか広大な盆地に広がる森と山のコントラストは自分がどれだけ狭い世界しか見ていなかったのか自覚させられる気がした。秘密情報部(SIS)からの情報によるとジュリー・ブラッドリーはこのノースウェストをさらに北上しそこでブラッドリー家に協力している研究者たちと合流する予定らしい。どこからそんな情報を入手しているのだろうか。それは僕にもわからなかった。


「あ、いたいた。」


 双眼鏡を使って高台から見渡すと、ジュリー・ブラッドリーを見つけることができた。灰色の少し癖のある髪と真っ赤な瞳が印象的な小柄な男。東洋系の顔立ちからして彼がブラッドリー家の養子であるのは明らかだろう。彼は感慨深そうにカナダの景色を堪能している。その姿は少々幼げだ。僕としてはもう白と判断して帰ってもよかったのだが、確たる証拠がないと上は納得してくれないだろう。仕方がないので不本意ではあったのだが、僕は彼に気づかれないように追跡することにした。


「おっとやべやべほっと。」


 ジュリーが乗り込んだ車に遠距離から小型発信機を発射し設置する。こういうことをミスらずできる僕はやはり優秀だと思う。特に気づかれもしていないようなので、発信機の電波が伝わるギリギリを攻めながら僕は追跡を続けた。すると、反応はある地点で止まる。どうやらそこが目的地らしい。地図を見ると樹海のほぼ中心あたりまで来ている。歩いていけそうな距離まで近づいたのち、車を停車させその場所に向かった。


「それではよろしくお願いします。」


「承知いたしました。何か異変がありましたら、すぐに撤退を。」


「はい。しかしこちらも何が起こるか未知数ですから、いざという時はご自分の安全を優先してください。」


 ジュリーと複数の男性が話をしている。聞き取れたのはこの程度だったが、どうやらジュリーは彼らの前にある洞窟に入るつもりらしい。ほかの男たちは洞窟の外から彼を支援するということだろう。ジュリーは迷彩色のプロテクターの上から何やら大きく重そうな箱を背負い、その両脇には刀のようなものをさしている。まるでこれから洞窟内で戦闘でも行うかのようだ。僕の装備は拳銃が一丁とその弾、そして調達してもらった手りゅう弾が三つ。心もとない気もするが、これ以上は用意できなかったのだ。ジュリーが洞窟内に入っていく。その後男たちは何人かが車に乗り込み、残りは洞窟の入り口の警備に入った。


「仕方ない。行くっきゃないなあ。」


 心に不安を抱えつつ。僕は警備する男たちを洞窟へと入った。


 洞窟内は寒いくらいに冷えていた。岩壁の隙間で水が滝のように流れる音がする。しかし道はきれいで整備されている印象がある。僕は音をたてないように注意を払いつつ。ジュリーの追跡を続けた。歩いているうち、この洞窟は何かおかしいと気づく。それは見た目というより、雰囲気のような話だ。後ろに誰もいないはずなのにいるような、長い間放置されていたようでつい最近まで生活があったような同時に存在しえない事象が同時に起きているような不思議な感覚に陥るのだ。僕は自然と足を速めた。もちろんジュリーに気づかれないように細心の注意を払っている。しかし心の奥で一人でいたくない、追いついてしまいたいと思っていた。ホラー映画も大好きな僕が見えない恐怖に首をつかまれている気がしたのだ。


 そんな時、ジュリーの気配が消えた。僕は驚き足を止め、状況を確認する。暗視ゴーグルで洞窟の奥を見ても誰も見えない。それは当然なのだが、人の気配をつかむことが特技の僕はその突然の出来事に内心動揺していた。


「動かないでください。首を切られたくはないでしょう?」


 気づけば首に刃がぴったりとむけられていた。青く光を発するその刀はまるで輝くサファイヤのようだった。後ろから聞こえる声は間違いない。ジュリー・ブラッドリーの声だ。


「よ、よかったあああ。」


「何がです?」


 思わず人間の声に安心してしまう。ジュリーは警戒を緩める気配もないが、そんなことはこの際どうでもよかった。僕は両手を上げ、降参のポーズをとる。ジュリーは怪訝そうにロープで僕の腕を拘束すると、話を聞いてくれた。


「貴方、空港でこちらを監視していた方ですよね?入口は警備員がいたはずですが、どうやって入ってきたんです?」


「それは…忍者的なちょっとした特技を使ったというか。」


「…ちょっと何言ってるかわからないです。あと所属と目的を教えていただきたい。もちろん拒否権は認めませんが。」


「それはねえ。」


「…なんでこんなうれしそうなんだ?気味わりぃ…。」


 僕は観念して洗いざらい事情を話した。なんせ僕は上の人間の命令で仕方なく動いていただけで、こんなことするのは反対であったのだ。もう見つかってしまったのだし、遅かれ早かればれてしまうことだろう。その説明を聞いてジュリーはため息をつく。


「嘘は言っていないようですね。はてさてどうするべきか。…とりあえずさっさと入り口に戻って保護されてください。警視庁への対応はこちらで考えますが、貴方はしばらく拘束させていただくことをご了承願います。」


「マジで?僕いま小さい娘とかわいい嫁がいるから長時間は困るなあ。」


「なら引き受けんなよこんな仕事。」

 

「上司がやらなきゃ首だっていうんだよー。本当は嫌だったし、だからこうして洗いざらい話したんだって。」


「貴方みたいな方を任命した上司の自業自得ではありますが、それでいいのか警視庁…。」


 なぜか軽蔑のまなざしを受けている気がするが、気にしない。しかしこのまま返されてしまうと任務が達成できなくなってしまう。すると僕は首が飛ぶ可能性がある。その考えが頭をよぎり青ざめた。このまま失業すれば、新婚ほやほやでいきなり離婚なんてこともあるかもしれない。それは困る。本当に困る。


「あの、ジュリー君!」


 僕は縄を手首に隠していたナイフで切り落とすと、彼の肩に手を置こうと両手を伸ばした。しかしその瞬間ジュリーは僕の首をつかみそのまま体を岩壁にたたきつける。


「ぐえっ!」


「何してるんですか?謀反ですか?」


 彼の動きは素人ではない。僕の首をつかむ手も相当に鍛え上げていることがわかる。そんなつもりは毛頭なかったが、隙をついて逃げたり彼を制圧することは難しそうだ。


「あぐ…僕は…このままだと首になる…。だからせめて君の仕事が真っ当だと確かめて報告しなきゃいけないんだ。…できれば君と一緒についていきたいんだけど、駄目?」


 その言葉にジュリーは目を丸くすると少し考え込んだ。僕の首から手を離すと、左手の人差し指で自らの頬を二度軽くたたいた。


「ここまで誰にも気づかれず侵入した貴方を警備の方々に任せるのは確かに不安です。それなら僕が監視していた方がいいやもしれません。しかしこのまま進めば、貴方死にますよ?もちろん僕は助ける義理もつもりもありません。おとなしく拘束されて、保護を受けるのが聡明な判断ではないでしょうか?」


「そこを何とかおねげえだよー。ほら僕結構有能だぜ?こうして警備員を簡単に潜り抜けて、鮮やかに縄抜けしたしさ。ほらできる限り手伝うから!頼む後生だ!」


「…そうですか。では好きにしてください。どうなっても自己責任ですからね。あと、すでにあなたのことは連絡済みですのでそれをお忘れなく。警視庁のブレイク・ウォードさん。」


「ありがとう!」


 僕の必死のお願いに心を打たれたらしいジュリーは快く許してくれた。彼は無線で連絡を終えると、僕のことなどお構いなしに洞窟の奥へと進んだ。僕はやっとこそこそせず、それについていくのだった。


 ライトで照らした洞窟内を進んでゆく。ジュリーは無線で何やら定期的に連絡を取っているが、僕はものすごく手持無沙汰だ。今はそれほど危険はなさそうなので彼との会話を試みる。


「それでジュリーはどうしてこんなところに来たんだ?俺のもらった資料によると職業はエリザベート様の秘書って書いてあったけど…。」


「逆に秘書って話を聞いて驚きなんですが、どこの情報です?俺はただの雑用係ですよ。上からの命令なら事務作業だろうと、肉体労働だろうと家事だろうとやらないといけないんです。」


「それは大変だな。」


「ええ。そしてここへ来た目的ですが、考古学者に頼まれてここにある遺物を探索しに来たんですよ。」


「そんな仕事もあるのかよー。別にほかの人がやってもよくない?」


「話によると、ここをアンノウンが住処としているようです。それを退治して探索も行うとなると、対アンノウン兵器の開発をしているうちに話が来たというわけです。」


「なるほど。」


 意外や意外。渋って話してくれないかと思ったが、すんなりと目的をしゃべってくれた。これは案外友好的な関係が築けるかもしれない。


「ですので、貴方がアンノウンに殺されても自業自得ですね。」


 ジュリーは僕に向かって少し悪意のある笑みを浮かべてきた。たしかに僕はアンノウンについては何も知らない。対処法もない。しかしそう簡単に殺されてあげるほど親切じゃないつもりだ。大丈夫大丈夫と彼に手を振るとそうですかとそっけなく言われてしまった。やはりまだ友達になるのには時間がかかりそうだ。そうしてしばらく歩くと、洞窟の岩壁が人工的に作られたレンガのような形に変わってきた。インカの遺跡のようなどこか神秘的な屋内へと変わっていく。ジュリーは右へ左へふらふらと横に動きながらさらに奥へ進んでいく。僕は彼の踏んだ地面と同じ場所を歩くように気を付ける。


「さていましたね。」


 宝物子の入り口のような草原とした意志でできた門の奥をジュリーはのぞき込む。僕も彼に引っ付きながらそれを見ようとするが、肘打ちを食らってしまった。みぞに入った痛みをこらえながら見てみるとおおよそ僕の常識に反した存在が堂々とそこにいた。


「なにあれクトゥルフ神話?」


「アンノウンでしょうね。僕もあんなに巨大な奴は初めて見ました。」


 門の奥は地面が数十メートル下にあり、広大な部屋が広がっていた。そしてどの大部分に青紫色に発行する無数の触手の生えたスライムのような怪物がいた。それは僕が以前ちょくちょく遊んでいたクトゥルフ神話に出てくる神話生物にとても良く似ている。そしてそのスライムの中心、その部屋の中心でもあるのだがそこは特に強い光が存在していた。


「あれがブラッドリー家にわざわざ依頼が来た理由だそうです。このまま降りようとするとあれの触手にズタボロに切り刻まれて吸収されるそうですが、先行きます?」


「いやいやいやいや無理無理無理無理!」


 とんでもない提案をしてくるので僕は必死に拒否した。いまだ彼の言葉が冗談かどうかもわからないのだ。平常運転でふざけてやりますなんて言ったら最後、後ろから蹴られて下に真っ逆さまなんて笑い話にもなりはしない。あっそうですかとジュリーは無線でまた連絡をする。そんなに何をやっているのかと思えば、後ろから大勢の足音がした。


「ジュリー様。すべて準備完了しました。」


 ジュリーの1.5倍は大きい気がする戦闘服の大男たちが彼に敬礼する。そして巨大なコードのついた槍とジュリーの背負っている箱のようなものが人数分そこに置かれる。


「お手数おかけしました。起動実験ののち、皆さんは洞窟の外で待機をお願いします。」


「はっ!しかしジュリー様、本当におひとりで?」


「ええ。こればかりは皆さんでも危険が大きいので。ご心配ありがとうございます。」


「…ご武運を。」


「はい。」


 ジュリーの対応は彼より屈強であろう彼らであるのに、まるで女子供に接するかのようなものだった。その理由は今の僕には推測もできないが、そんな中ジュリーは僕に話しかけてくる。


「それであなたはどうしますか?これが最後の忠告ですが、エドワードさんたちとともに帰って保護される方がいいと思いますよ?もちろんここに残れば命の補償はしません。」


 その答えはもう決まっている。


「死ぬつもりはないさ。でも僕は君の仕事を見届けるよ。仕事以上に僕の興味としてさ。」


「そうですか。では好きにしてください。」


 ジュリーはエドワードら大男たちの退避が完了するまでまち、彼らが持ってきた巨大な槍と箱を何やら操作していた。そして連絡を受けその後こういった。


「了解しました。それでは作戦を開始します。アトミックアクセルエンジンを全開にしてください。チャージ開始10%…20%…。」


 すると巨大な槍の先端が彼の持っていた刀と同じように青く輝き始め、その光は直視できないほどまで膨れ上がる。


「超電磁機雷槍発射迄5,4,3,2,1発射!」


 そう言ってジュリーは大男三人がかりで持ってきた超巨大な槍を思いっきりぶん投げた。まるで戦車が砲弾を発射するように飛び出したその槍は下にいるスライムに命中する。瞬間槍は爆発しスライムを内部から吹き飛ばした。爆発音でかき消されるが、スライムの悲鳴がかすかに聞こえる気がする。僕はその強い光に目を細めて腕で光を軽減するほかなかったが、ジュリーは平然と次の槍を用意していた。


「第二槍チャージ完了。発射します。5.4.3.2.1発射!」


 またジュリーは青く輝く大槍を投擲する。僕は本当にただ見ていることすらできなかった。その単純作業はあまりに僕の認知許容量を超えている。っていうかこの光浴びて大丈夫な奴なのかと本気で心配になってきた。被ばく検査あとでやった方がいいだろうか。残った槍を投げ終われば終わりかと思ったのだが、ジュリーが四つ目の槍を投げようとしたところで突然門が崩壊する。そして自分の後ろの岩壁にも爪で引き裂いたかのような破壊痕ができていた。あのスライムが触手でこちらを攻撃したのだ。


「やっぱやられた。まあそう来るよな。」


 ジュリーの持っていた槍は破壊されつながれていたコードも切断される。なおも触手はこちらに攻撃を仕掛けた。次は僕でも少し見えたが、早すぎて避けることもできない。そのうちの一本は僕の顔をぎりぎりでかすめそのほかはジュリーが切り替えた輝く双剣で切り伏せられる。もう心臓が破裂しそうだった。あと少しで死ぬところだったからだ。


「損傷率7割…いってる気がするけどまあ万々歳か。できればこれで仕留めたかったんだけど…あそこがコアじゃない?」


 ジュリーは当然のように走ってスライムのいる部屋へ飛び降りた。


「あ、おい!!」


 彼が下りると触手の攻撃は彼に集中した。まるで僕のことなんて見えていないようだ。彼が下りると同時にひものようなものでつながれていたのか、それにつられて近くに置いてあったいくつかの箱が引っ張られて落ちていった。僕はそれに引っかからないように避けてから下を観察する。


「超高電圧集束爆弾。起爆します。」


 ジュリーは落ちてきた箱をたたきつけるように投げると同時に空中で跳躍した。一瞬ですべては理解できないが、どうやら靴に仕込まれていた特殊な装置で磁石が反発するように飛び上がったのだ。そして箱がスライムに着弾し、爆発する。一つ一つは先ほどの大槍ほどの威力ではないが、その爆発は確実にスライムの体をえぐり取った。そして青紫色のスライムの体からオレンジ色に発光する球体のようなものが露出した。それを見たジュリーが笑みを浮かべる。


「コアを発見しました。破壊します。」


 ジュリーは左手からワイヤーを発射し、弧を描きながらスライムの元迄急接近した。スライムの体は今までの攻撃で大半が消し飛び、しかし絶え間なくジュリーに攻撃を仕掛けた。それを右手の刃で当然のように防ぎながら彼はオレンジ色の球体めがけて刃を振り下ろした。はずだった。


「な、何やってるんだ!?」


 しかしジュリーの刃は球体に命中しなかった。スライムが避けたわけではない。ジュリーがあらぬ方向へ刀を振ったのだ。


「いやそっちじゃないってこっちこっち!」


 おそらく聞こえないだろうが、僕は一生懸命指をさしながらそれを伝えようとした。そして違和感に気づく。なぜ僕は左腕を前に差し出したのか。僕は右手で球体を指そうとしたのだ。その違和感に気づいたとき、ジュリーはより大変な状況になってしまった。先ほどまで難なく防いでいた触手の攻撃をほとんど受けてしまっている。すぐに対応しようとして軽傷で済んでいるが、プロテクターはボロボロになり、いまも攻撃を食らい続けている。これはどういうことかと僕は観察再開した。


「もしやあれのせいか?」


 スライムの一部に先ほどまでなかった黄色い発光器官が生成されていた。あれができてから何かがおかしくなったのだ。洞窟に入ってしばらくした時の感覚が狂う感覚によく似ている。このままではやばいと瞬時に理解した。


「右手を出そうとしたら左手が出る。指を曲げようとしてもなんだこれ変な方向に行くぞ…。クソ単純に逆に動くわけじゃないのか。」


 おそらく人間の運動神経系に作用し、脳の信号が正しく体に伝わっていないのだろう。呼吸などは問題ない。おそらく四肢の運動神経にのみ影響が出ているのだろう。こんななかジュリーがあれだけ動けていることがむしろ不思議なのだ。しかし長くはもたないだろう。


「これは…僕がやるしかないなあ。」


 あの黄色い器官を破壊出来れば勝機はあるはずだ。パターンを理解しろ、どうすればいつものように体が動かせるのか。僕に今危険はない。しかし急がなければならない。その危機意識がすさまじい集中力を呼び覚ました。


「ここでやらなきゃ男じゃない!」


 僕は手りゅう弾の栓を抜き投擲した。ソフトボールはからきし下手だった僕だが、この時ばかりは神が味方をしてくれたとしか思えない。絶妙な放物線を描き、スライムの黄色い器官の前で爆発した。


「よっし!」


 瞬間、スライムの体が崩壊を始めた。ジュリーが球体を破壊して倒したのだ。実質僕が倒したってことでいい気もしてきた。


「やったあああ!」


 体の自由も戻り、僕は歓喜しながら下へと降りて行った。


 スライムの体は光の粒子に変わって跡形もなく霧散していた。ジュリーはその中心にある台座らしきものから、何かを手に取っていた。


「これだよな。…石?いやでも形はブレスレットだし、腕に着けんのか?」


「なんだそれ見せて見せてーっと。」


「あ、ちょっと。」


 ジュリーが持っていた石でできたブレスレットのようなものに触れると、瞬間それは青く光り石のようだった表面は美しい金属質の青のブレスレットへと変化した。


「貴方なにしたんですか?」


「え、えーっとただ触っただけなんだけど。」


「…なんか怖いんでこれ以上触らないでください。」


「え、うんめんごめんご。」


 なんだかすごそうなブレスレットだ。先ほど彼が言っていたいびつとはこれのことなのだろう。確かにいきなり触るのは軽率だった。反省反省。ジュリーはブレスレットをポーチにしまうとまたため息をついた。


「はあ、さてあとやることは一つですか。」


「おお帰るのか。ってあれ登んのか。いやー降りるのも大変だったのに上るなんてさらに…。」


 僕がそうしゃべっていた途中でジュリーが刀を僕に思いっきり振り下ろした。それをとっさに避ける。


「えっちょどしたん!?」


「あと始末ですよ。あなたを気絶させて持ち帰れば仕事コンプリートです。」


「いやいやいや!普通についていくって!抵抗しないから!」


「そうもいきません。信用は難しいですし、何より散々騒がしくてうっぷんがたまっていたので。」


「私怨!?」


 ジュリーは無表情で僕に刀を向ける。確かに峰の部分を向けてくれてはいるが


「心配しないでください。痛みも感じないで気絶させて見せます。」


「そうだとしてもよ!それまだ光ってんじゃん絶対やばいじゃん。」


「もう電源は切ってますよ。ちょっと火傷するかもですけど。」


「絶対それより大変なことになるううう!」


 僕は地面に落ちていた、ジュリーのものであろうコードの切れた刀を拾い防御する。一撃を受け流すが、あまりの衝撃に手がしびれる。ニ撃目はよけ距離を取ろうとするがすぐに追いつかれて三撃目がやってくる。それも何とか避けるが服が切れた。みねうちなのに切れた。もう嫌だと僕は逃げるように走り出すが、追ってくる。僕の数倍速い気がする。


「もう嫌だあああなんでこんな目にいいいい!?」


「なるほど理解しました。視点の誘導ですか。あなたは腕や目を特殊に動かし相手の無意識な反射を利用して誘導している。だから当たらなかった。僕みたいに脊髄反射で動くタイプにはなかなかつらいですね。これを実現するには高い観察力と技術が必要だ。ならば警備を難なく潜り抜けてもおかしくはない…ってことですかね。」


「すっごい分析されてる!?なあもうやめようぜ。いいジャン折れ頑張って支援したんだからいいじゃん。ある意味僕命の恩人よ?」


「何の話か分かりませんが、いいですよ。」


「なんでそうまでして僕を…っていいの!?」


 ジュリーは足を止め刀を収めた。僕もやっと一息つき、少し気が抜ける。先ほどまで殺気のようなものがものすごく突き刺さってきた気がしていたのに、今の彼からは全くそれを感じなかった。それがむしろ怖い。


「いえ貴方がどうやって警備を潜り抜けていたのかだけものすごく気になっていたので、一応わかってよかったです。僕は完全に理解できるほどの頭はありませんのであとは得意な方に任せるとします。」


「も、もーやだなあジュリーくーん。脅かして―。」


「うっぜえ。」


 そのげんなりとした顔を見て、初めて本当の彼と接した気がした。なんだろうものすごく泣きたくなってきた。涙を拭こうとハンカチを取り出そうとしたのだが、その時クビに知らない腕が巻き付いていた。


「まあ、気絶はしてもらうんですけどね。」


「え、えー。マジで?」


「心配しないでください。苦しいのは10秒だけですから。」


 こうやってすぐ油断するのが僕の悪い癖らしい。その後彼の華麗な裸締めで僕の意識は遠のいていった。



「ってな感じなんですよー。そのあとブラッドリーの人におかしなこと報告しないように誓約とか僕の身体検査とかいろいろされて大変だったんです。それからは警視庁の二重スパイ的な感じになってるといいますか~。」


「大変だったんやねー。」


「っていうかジュリーさ。さすがに裸締めはひどいだろ?この通り僕命の恩人よ?もっといたわってくれてもいいだろ?」


「いっておくが、俺はあの時爆発がする前にコアは破壊していたんだよ。命の恩人も何もあるか。」


「うっそでー!僕の観察眼を甘く見るなよ。絶対僕の手りゅう弾のほうが速かったですー。」


「やかましい。紅茶飲み終わったんだからさっさと帰れ。」


「えー。」


「えーじゃない。ほれ、これバウムクーヘンのカタログ。やるからこれ買って奥さんの機嫌とって来い。」


「マジでいいの!?ありがとう!こんな感じでツンデレなんすよこいつ。ちょっとひねくれてるけどこれからもよくしてやってください。」


「どこ目線だ!さっさと行けダメ男!」


 ジュリーは強制的にブレイクを追い出す。手を振る彼を無視して扉を閉めるまで、モモセは楽しそうに笑っていた。


「はあ、疲れた。」


「ええお友達ができてよかったねえ。」


「だから友達じゃないですって。」


「そんななかとよ。ジュリー君にはああいう引っ張ってくれる子が必要ばい。」


「ジューンさんとエリザベート様で十分ですよそんなの。」


 ジュリーがソファーにドカッと座ると、続いてモモセもその隣に座った。彼の頭をなでながら、モモセは疑問に思っていたことを聞く。


「でもどうしてブレイクさんは記憶を消さずに引き込んだと?確かあったはずばい。なんだっけ、あの記憶を簡単に消せる機械。」


「確かにありますが、そこはエリザベート様たちの判断に任せたのでよくわかりません。まあおそらくですが、最近知った知識から推測するにあいつはあれなんですよ。適合者。」


「えーっと神器んことかな?」


「ええ。あのブレスレットいまはサリム兄さまが保管しているらしいですが、あれはあいつが触れたときだけ起動しました。アンノウンがあれだけ巨大化したのも神器の影響だったと勝手に思っていますが、そうであれば貴重な適合者は引き込んでおきたいと思うのは当然かと思います。」


「だとしたらますます大事なお友達やね。」


「そうであってもあいつの力は極力借りたくないですね。あとで絶対ウザがらみされますから。」


「あはは。まあまあ。」


 ブレイク・ウォード。どこまでも軽薄で、ふざけていて、割と優秀な男である。どれだけジュリーが嫌がっても、これからも彼との腐れ縁は切れそうにない。また奥さんと喧嘩した時は今回の味をしめてここにお茶を飲みに来そうで少しげんなりするジュリーであった。

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