アットホーム・マダム

@wizard-T

第1話 お正月の私

 お正月。


 私たちの家に飛び込む家族以外の第一声は、あけましておめでとうございますではなかった。



「どうも、スーパーです」


 近所のスーパーで注文した、おせち料理。

 六人分のはずのそれは、一月一日も二日もこれで終わるぐらいの量があった。

 おせち料理ってのは縁起担ぎの上に日持ちする物を作って女性たちを休ませるって意図もあるって話だ。なるほど、筋が通っている。


「それじゃ改めて、あけましておめでとうございます!」

「おめでとうございます!」



 家族6人で、一斉に挨拶をする。そして、お年玉だ。

「一朗!」

「はい!」

 うちではお年玉は、いつもの小遣いと同じだ。つまり、小遣いを2倍にして与えていると言う事になる。一朗は3000円の倍、6000円。

「次は萌!」

「はーい」

「そして雄三とかなた!」

 妹の萌は2000円、その下の雄三とかなたは1000円。言うまでもなく、普段の小遣いの倍である。

「大事に使えよ」

 夫のその言葉に呼応するかのように、4人はうなずく。そして

「ではおててを合わせてね、せーの」

「いただきまーす!!」


 私のあいさつと共に、二つのお重が開かれる。

 片方は明らかに子供向けの外観をした、とてもお重には見えないような外観であり、もう一方の重厚そうなお重と比べると違いは明らかである。

 

「お母さんはたくさん食べなきゃダメだよ~」

「もうお兄ちゃんったら」

「お父さん、そうだよね。お母さんはさ」

「まあな」


 一朗は私の方を見ながら、おせち料理の趣旨に沿っているのかいないのかわからない物を口に運ぶ。実に愛らしい。

 ひいき目だとわかっていても、たどたどしく箸を使って口に物を運ぶ姿は魅かれる物がある。そして今日はやけにうやうやしい。お年玉のおかげさまと言うには、どうにも出来過ぎている。


 年末、クリスマスプレゼントをケーキとお洋服とゲームソフト1本でごまかしたのに、それでも一朗は笑っていた。萌からはママが苦しそうにしてるのにって怒られたけど、それでも一朗自らの説明で納得した。

 それにしてもこんな知識をどこで身に付けたのか、別にとくに口にしたわけでもないのにとも思う。あるいは、スープの冷めない距離にいる義父母から来た知識だろうか。いずれにせよ、そういう風に相手をおもんぱかってくれるようになるのはありがたい話だ。


「おにいちゃんになるんだよねぼくたち」

「ぼくたちじゃないでしょ、一朗おにいちゃんはもうおにいちゃんになってるんだから!わたしはおねえちゃんになれるんだよね」


 雄三とかなたはお互いにふざけ合いながら私の腹を見つめる。

 そう、この中にはまだ確認はしていないがおそらく五人目の子どもがいる。名前の方はすでに決めている、男でも女でも「ひろみ」と。とにかくいずれにせよ、元気に生まれて元気に育ってくれればそれに越した事はない。



「ごちそうさまでした!」

「悪いけど今日の夕飯も明日もまだまだこれだからな」


 夫の言う通りだ。もともとそのために作られたものだから、六人前どころか十人前は下らない量を片付けるにはいくら食べ盛り四人と初期妊婦でもかなりの時間がかかる。

 寝正月をやった上に遅れた朝ごはんとして食べたのだからそれなりに減ってはいるが、それでもまだまだ残ってはいる。


「明日の朝までは我慢してね、でもお昼や夜は」

「お前な」

「子どもたちにはそれでいいじゃない、あなたも何か」

「僕も三が日まではそれでいいよ」


 でもこの年になってようやくその味に慣れて来た私はともかく、子どもにとってはもう飽きてしまっているのだろう。いくら子ども向けに味付けされた所で、しょせんは薄味。十歳にもならない子どもの味覚に堪えられる物かどうか正直あやしい。

 大人には大人のごちそうがあるように、子どもには子どものごちそうがあるのだ。


「あなただってする事はあるんでしょ」

「まあな、でも最近は結構減ったけどそれでもなくならないからな」


 それに、正月だからと言ってだらけてはいられない。


 たくさん届いた年賀状の精査をしなければならなかった。それでも義父母が私の年齢だった時ぐらいからするとだいぶ減ったらしいが、それにしても多い。パソコンもプリンターもない家に住み、夫の仕事用のスマホで撮った集合写真をデパート(雄三とかなたが生まれる頃までは近所の写真屋に頼んでいたが)に頼んで年賀状のデザインにしてもらっている。

 それを公私両方のデザインに使い、去年は確か百五十枚ほど送った。夫が職場関係で四十枚、私用で十幾枚。私が一朗と萌のクラスの同級生と担任の先生に合計六十枚ぐらい、雄三とかなたの通う幼稚園の担当の先生と仲良くしてもらっている十人ほどの子どもの保護者に送り、そして私の学生時代の友人用に数枚。後は親類。残る数枚は予備。これだけで一万数千円の出費になる。


「そういえば今年で、僕たちのおじいさんは」

「いやまだ違うんじゃないの?」

「これこれ、何の話をしているんだ」

「六十歳になったらお祝いするんでしょ?」


 そして父の還暦祝いである。去年父よりひとつ上の母が還暦祝いを迎えた時はちょうど一朗の誕生日祝いの時期にぶち当たってしまい、出費をどうしたらいいかえらく迷った物である。

 この時は義父が資金を援助してくれたから何とかなったが、今度はそうもいくまい。


「ああそっちか、でもおじいさんはまだ働いてるからなあ」

「何が違うの?」

「その事を考えてお礼をしなきゃいけないって事だよ。もう一人のおじいさんとはいろいろ違うだろ?」

 同じ還暦祝いと言う類でも、男と女、労働者と専業主婦ではかなり違いがある。祖母に送った物の受けが良かったとしても、祖父に受けるとは限らない。

 さらに言えば、義父母と実父母の違いもある。立場ではなく、年齢と家族の違いだ。義父母は既に今年六十六歳、実父母より年上である。そして義父母には、夫しか子どもはいない。三児の母である実父母とは大違いだ。


「それにしてもお兄ちゃんはせっかちなんだから!おじいさんの誕生日って十月でしょ」

「二月じゃなかったっけ?」

「それはお父さんのおじいさんでしょ」

「お父さんのおじいさんって、それはひいじいさんの事だろ!」


 いずれにせよ、こちらが何とかして懐を開けなければならないだろう。楽な話ではない。

 でもまあ、この他愛ない兄妹のケンカを見れば少しは気も紛れる。多分、この兄妹はずっとケンカをし続けるのだろう。止めるべき時は止めなければならないが、そうでない限りは小さな爆発を起こさせ続けていた方がいいのかもしれない。


「ちょっと!お正月そうそうもめるんじゃないの!」

「萌だってせっかちだな、母さんが動いてないんだぞ」

「雄三、私だって動くべきだなって思ったら動くわよ。さていったんお片付けしてと」


 夜もおせち料理とは言え、このままテーブルに置きっぱなしにする訳にも行かない。適当に台所に片づけて、箸だけでもきちんと洗わねばならない。

 それから正月と言えば雑煮だ、夕飯はそれも足そう。大根ニンジン鶏肉にすまし汁、でも子どもたちには少し味を濃くして…と。もっともその雑煮の材料はあったが、その次までは用意していない。




 とにかく正月でも平日でも、やる事はそんなに変わらない。新春セールと称して適当な安売りをやっているのでこれから何か買いに行くか。

 とりあえずは子どもたちの為にピザトーストでも作ってやりたい、それから夫と義父母のためにお酒でも買おうか。

「今年もよろしくお願いいたします」

 正月から駆り出されている店員にわずかな慈悲を、駆り出しているスーパーにわずかな嫌悪を抱きながら店を出ると、唐突に義父母の事が浮かんできた。

 いくら徒歩十数分の距離に住んでいたとしても、その存在を忘れるような真似をするのは利口じゃない


「あけましておめでとうございます」

「あらまあ、あけましておめでとうございます。にしてもずいぶんと律義ねえ」

「いいえ」


 買い物を冷蔵庫にしまい込み、改めて着替えて義父母の実家に出向いた。夫を置き去りにしたのは、第一にまだ年賀状の仕分けに追われていたし、第二にこれは自分の責任だと思ったからだ。

「お義母さんには本年もいろいろと教えていただきたく思います」

「本当に私はツイてるわね、あなたみたいな子が嫁に来てくれて」

 私の義母からの評判は、何故か知らないがすこぶる良い。決してそう言われるような事はしていないはずなのにだ。

「まったくもう、また出来たんでしょ」

「そうです」

「私だってまだまだ頼られてもいい年よ」

「ですからお料理にお掃除、お洗濯とかいろいろ教えていただき」

「教えて欲しいんですが」

 いつまでもあると思うな親と金だ、三十二歳の私と六十六歳の義母に六十歳の実母。やってもらってばかりでは技は身に付かない。

 だからこそ、身重だろうとなんだろうと私は暇ができるとこのお姑さんの指導を受けて来た。全ては立派な主婦になり、立派に子供を育てたいがために。


「息子はどうしてるの」

「ああ今年賀状の仕分けと子どもたちの面倒を」

「そう、何か困った事があるんならどんどん言いなさいね。まだ若いとは言えいろいろ疲れる事もあるでしょう」

「たまにはありますけどね」

「そういう時はどんどん頼りなさい。そのためにいるんだから、ねえあなた」

「ああ、何なら明日横浜にでも行くか」

「いや結構です」


 夫と義父は同じ大学を出ており、正月二・三日になるとその大学の応援に行くほど熱心である。でも、私自身あまり関心はなく夫にくっついて適当に応援しているだけだ。義母から二・三日はあまり使い物にならない息子だけどよろしくねと言われて最初の一年だけ戸惑い、そして二年目以降はすっかり慣れた。

 私は義母からもらった日本茶を喉に流し込みながら二人の家を後にし、夕飯の雑煮の事を考えながら家へと戻った。

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