2.その手をとって

「あのぉ……お尋ねしても、いいですかしら?」




「? なんだ?」






「こ……これが、花畑ですか!?!?!?」






長い廊下を通り抜け、玄関から出、クアラとルキアは花畑の前に立っていた。




「ああ、そうだが」




「ええええl!?!?」




視界いっぱいに広がる老廃した土地を見て、クアラは悲鳴のような声を上げた。


黒く荒んだひまわり(?)に、地面いっぱいに絡まり付いているたんぽぽ(?)に、ばさばさと黒い粉を吐いている桜(?)の木。植物の季節感がバグっているのは、この土地のおかげなのかせいなのか。




「こ、れは……」




「多少枯れてしまっているが……数日経てば戻るだろう」




(ルキア様……本気でしょうか?)




唖然として固まるクアラをよそ目に、ルキアはむんずとホースをつかんだ。そして、すぐそばに並んだ数十個程のレバーを押したり引いたりする。




「きっと、これが水の強度で……あれ、こっちか? いや、これが温度か?」




「……」




(……もしかして)




「よし、これか」




「ひっ!?」




ぶしゃあああああああぁぁぁあ、と水が盛大に飛び出し、滝のようにクアラに降りかかった。




「うわあああぁ!?」




「おっとすまない、濡れてしまったか?」




「あ……だ、大丈夫です、わ」




「そうか」




ぶっしゃああああああぁぁ、とさらに強い強度で水が発射される。




「ひゃああ!?」




「なんだ、濡れているではないか」




(そりゃそうでしょう……)




びしょ濡れになったクアラに、ルキアがタオルを貸してくれる。




「わあ……ありがとうございます」




「ああ」




「い、いい匂い……て、ちょちょっと待ってください!?」




さらに追い打ちをかけるように、水を発射させようとホースを構えたルキアを見て、クアラは慌てて止めた。






「なんだ?」




「いや、あの……非常に言い難いのですが……」




「?」




おびただしい効果音が付きそうな様子の花畑を前に、ルキアはきょとんとしてクアラを見た。




(この様子……気づいていないのでしょうか!?)




「あのですね……たぶん、この花畑、死んでいるんじゃないかなぁと……!!」




「ほ、本当か!?」




(ええぇ……)




どこからどう見ても枯れて死んでいる土地や花だというのに、ルキアはいま始めて気づいたというように真っ青になった。




「嘘だ! し、死んでなど……」




「……」




「真か……?」




「そ、そうですね……」




「ああ……」




思った以上にショックを受けているルキアを見て、クアラはおろおろしてしまった。




「……あの、何でそんなにショックを受けてるのですか?」




(この様子じゃ、この花畑、数年前からこの状態でしょうし)




「……っ」




ルキアの瞳に悲しみが浮かんだのを見て、クアラは動揺する。


そして、思わずルキアを抱きしめてしまった。




ーー『悪役令嬢』としての意地悪な心ではなく、一人の『クアラ』として。






「……この土地は、亡くなった母が愛した花畑だったのだ」








一瞬ビクッと震えたが、こわごわとクアラを受け止め、ルキアはそう語りだした。








ーーールキアは、幼い頃から天才児として讃えられた。


母は国の象徴である王女だった。市民の言葉に耳を傾け、立場関係なく優しく、人気もあった。もちろんルキアにも優しく、頑張ったあとに頭を撫でてくれるその手は温かく、大好きだった、


父も、王として威厳を持ち合わせた、ルキアにとっての憧れの存在だった。いつも的確な指示を出し、敵が攻めてきた時などは大大勝利という偉大な功績を残した。しかし、ルキアと話すときには優しい顔になり、優しく抱きしめてくれる、そんな大好きな父だった。


そんな二人の子として産まれたルキアは尚更注目を浴び、褒められ、讃えられ、称賛された。


「この子は神の子だ」「この子は王の座につくべきだ」そう、誰もが思った。




しかし、不幸は訪れる。




父が、尊敬していた大好きだった父が。


母を、殺したのだ。




その日のことは鮮明に覚えている。




「まま、今日もおけいこ、がんばってきたよ」




そう、母の部屋の前で言う。しかし、返事が無い。いつもなら、優しく「あら、できたの。いい子ね、いらっしゃい」と言って、扉を開けてくれるのに。




「まま……?」




なぜだか心がざわめき、届かないドアノブへ精一杯手を伸ばし、なんとか扉を開けることができた。




「うえっ……」




ゆっくりとドアがきしみ、うっすらと開いた先からむせ返るような血の匂いがした。






「う、ぎゃあああぁぁ!!」






ゆっくりと扉は開き、とうとう全貌が明らかになった瞬間、ルキアは悲鳴を上げた。


血だらけの、真っ赤に染まった部屋。ベッドの上で血に塗れて倒れる母。その上に乗っかるようにして、父がナイフを掲げていた。




「い、いやあああぁぁぁああ!!!!」




「……るきあ……?」




その父の目には生気が無く、焦点も定まっていない。




「っひ……」




「おいで……るきあ」




そう言い、血だらけのナイフを胸の前で揺らしながらも、父が迫ってくる。




「った、たす……」




「るきあ……」




「た、助けてええええええぇぇぇええぇ!!」






ルキアの絶叫に、心配して駆け付けたメイドが悲鳴を上げた。




「きゃあああ!! 人殺し!! さ、殺人鬼!!!」






完璧な王と女王から生まれた『神の子』だったルキアは、女王を殺した王から生まれた『殺人鬼の子』として呼ばれるようになった。


さらに、母が殺された理由は、母が父以外の男と関係を持っていたからだと判明した時には、ルキアの心にかろうじて残っていた温かさが消え失せた。




いつも優しかった母が。尊敬していた父が。


世界のだれよりも大好きだった二人が音を立てて崩れ去っていった。


その日からだ。ルキアが誰も信頼できなくなったのは。


笑わないし、話さないし、何もしない。それを周りは冷酷だと喚きたて、ルキアをますます孤独にさせた。


今になり、その事件のことは隠蔽され、その事件の全貌を知る者は島流しになったりし、この国でそれを知るのはルキアと身内、複数のメイドだけだ。


しかし、周りが知らないとしても、ルキアの心には大きな傷跡が残った。周りが知っていなくても、ルキアが痛いほど知っている。この国の王子となった今でも、冷酷だと言われ続ける原因を作っている。


ルキアは、孤独なのだ。








「……っ」




全てを聞いたクアラはしばらくものが言えなかった。


ルキアがこれまで感じていた気持ち。苦しさ。そんなもの、クアラとは比にならない。




「……なぜだか、出会ってたった数日なのに、クアラには言っておかなければならないと思った。初めて、父と母を除いて、俺のことを大好きだと言ってくれた人、だからな」




「……」




「しかし最近、この事件を知る者が城の中にいるという情報が出回っている。きっと、私は『殺人鬼の子』として殺されてしまうだろう。でも、これだけは伝えたかったんだ。ー--クアラに出会えて良かった、とな」




「……っっ」




少し赤くなりながらもそう告白するルキアがぼやける。


クアラの瞳から雫がこぼれ落ちた。何粒も何粒もこぼしながらも、クアラはルキアの頬を両手で挟み、口づけを交わした。




「……!?」




「愛しています」




そう言いながらも、涙と共にあふれ出す愛情を、ルキアに全て捧げる。




「愛しています……私、現実世界では、家族に虐げられているんです。しかし、比べ物にはならない程、つらい思いをされていたのですね……ルキア様」




そういい、クアラはまだ呆然としているルキアの額に自分の額を合わせた。




「一緒に、逃げましょう。……私の世界まで」




「……っどういう……」




「私は、ルキア様に救われたのです。私の名前を覚えてくださった。呼んでくださった。私は幸せだったのです。……そんなルキア様が殺されるなど……絶対に、嫌です!!」




「く、クアラ……」




「なので、一緒に逃げましょう。ルキア様」




そう言い切り、涙をふき取ると、クアラはルキアを見つめ、手を差し出した。ルキアは瞳を迷わせる。




「……私が、逃げてもいいのだろうか」




「ええ。私が、あなたを求めているんです」




「この、冷酷な私が、誰かに求められるなんて事があってもいいのだろうか」




「冷酷だと言う奴は、私がみんな吹っ飛ばしてやるのです。誰が何と言おうと、私はあなたが大好きです」




「私が……こんなに幸せでいいのだろうか……」




つう、と頬から涙を流しながらも、ルキアがクアラに手を伸ばそうとした瞬間。








「ー--あら、ようやく見つけました。……『殺人鬼の子』、ルキア」








そう言い、豪華なドレスのフリルを翻しながらも、一人の女性が降り立った。




ー--片手にナイフを握りしめて。




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