異世界にいきなり飛ばされた私、キャラ選択で悪役令嬢が当たりました~通称冷酷王子様は、私を悪役令嬢だと思ってくれません~

未(ひつじ)ぺあ

1.あ、悪役令嬢ですか!?



『キャラクターを選択してください』




(……はい??)




目の前に突如現れた文面に、クアラは目を見開いた。さっきまで、私はー-ー。




『キャラクターを選択してください』




(だ、だからキャラクターって、何ですか!?)




いきなりの展開。クアラに何かできるはずはなく、ただ時間が流れる。




『残り三秒で、キャラクターが自動選択されます。3,2,1』




「え、えええ!?」




『キャラクター、「悪役令嬢」が選択されました』




「な、何事ー!?」




訳が分からないまま、クアラは異世界に飛ばされた。










====================================










ー-どすん!!!






「痛たたたっ」




急に地面に叩きつけられ、クアラは腰をさすりながらも立ち上がった。長く伸びた茶色い髪がふわりと場違いなほどに揺らめく。その髪がクアラの唯一の自慢である。そう、唯一の。




「な、なにが起こったのでしょうか……」




辺りを見回し、先程までいた自宅ではない事を把握した。どうやら、クアラは豪華な宮殿の中にいるようだった。垂れ下がるシャンデリアがクアラを照らしている。


クアラは小さな王家出身で、そこそこいい暮らしをしていた。しかし、それとは比べ物にならないほどの大きさの宮殿だった。




(きっと、大金持ちの方の家なのでしょう……)




そこまで把握した瞬間、クアラは自分の状況をようやく飲み込んだ。




「……私、きっとイセカイとやらに転移したのですね! キャラクターは……悪役令嬢、と選択されたような気が……。悪役令嬢って、悪役の令嬢ですよね、よし」




クアラはそうつぶやき、辺りを見回した。辺りには誰もいないことが分かる。




「とは言っても、な、何をすればいいんでしょうか……とにかく、悪役になればいいんですよね? そうしたら、少しは事態が変わるのでしょう。と、とにかく、やってみます」




クアラは全く何も分からないまま、




「お、おほほほ!! わ、わたくし、悪役令嬢なのですわーっ!!」




と大声で叫んでみた。




(こ、これでいいんですよね? きっと、悪役令嬢になりきれば、現実世界に変えれるのでしょう……)






現実世界のことを思い出し、クアラの胸がちくりと痛んだ。



「あんたなんて、いらないのよ! この、役立たずっ!!!」


「邪魔なのよ、さっさと出ていきなさいよ、このゴミ」


「死ねば」


「死ねばいいのに」




クアラは、現実世界ー-アルガ一家の名誉汚しとして、ゴミのように扱われてきた。


理由は、クアラが無知で、いくら時間を重ね勉強をしても、全く成長できなかったからだ。


一方、クアラの姉上は優秀で、何でも知っている秀才だ。さらに、容姿は輝かんばかりに美しく、ピアノだってヴァイオリンだって、なんだって姉上の方が上手かった。もちろん比較対象は姉上だった。


そのせいで何度も何度も否定され、蹴られ、のけ者にされた。




(……や、やめましょう。今はこの現実に向き合わないと)




無理やり思考を断ち切り、クアラはもう一度辺りを見回す。



しーんとした廊下。ふいに、足音が響いた。




「誰だ!!」


「っ!? ふわ、わ、私です、わたくしですわ!! 悪役令嬢のー--」


「悪役令嬢? 悪役令嬢は自分のことをそう言わないと思うが」






そうクールに言い切った男の人は、手入れされた金髪に淡い水色の瞳をしていた。バランス良く整った顔面。こういう人を『いけ麺』というらしい、と聞いたことがあり、クアラは納得する。




「確かに、いけ麺です……」


「何の話だ」




冷たい目でこちらを見る男の人。クアラは恐怖で一歩後ずさる。


その瞬間、いきなり、


ビーッ!!


とブザー音が鳴った。




「な、なんですか!?」


「……?」



男の人は首を傾げ、ますます怪しそうにクアラを眺める。



(あれ、今の音、男の人には聞こえてない……?)



すると、視界にうっすらと文字が現れているのに気が付いた。




ー-----------------------------






悪役令嬢ミッション:第17聖王子に悪役令嬢として認めてもらう



報酬:現実に送還され、願いが一つ叶えられる




ー------------------------------




(えええええ!?)


クアラは目をむき、何度も目を通す。



「つまり、ミッションをクリアしたら帰れるってことですよね……?」



なぜだか胸が痛み、クアラは慌てて首を振った。



「何だか知らないが、お前、何者だ」


「だから、私は悪役令じょ……っ」




怪訝な顔をした男の人が目に殺気を浮かばせたため、クアラは息をのんで固まった。




「どうやってここに入った」


「あの、わーぷしてきたんです!」


「何の話だ」




男の人は緊張が絶えない瞳で容赦なくクアラを睨む。




「あの、とにかくインボーシャとか、シンニューシャとかじゃないいんです! か、帰れと言われたらすぐに出ていきますから! 私はただ、第17聖王子に会わないとダメなだけで!」



そう、男の人に詰め寄りながらもクアラは熱弁した。跳ねた髪が、ルキアに触れる。


男の人の目が揺らぎ緊張感が途絶えるのを見て、クアラは息をつめて男の人を見つめた。



(お願い……拷問はやめてください……)



「訳が分からないが……まあ、いい。これからお前に部屋を与える。そこで過ごすように」


「!?!? い、いいんですか?」


「……ああ。ただ隔離のためだ。誤解するんじゃない」




まだ冷たい光を目に灯らせながらも、男の人はぶっきらぼうに言い放った。




「あ、ありがとうですわ!! ……というか、なんでそんなに優しくしてくださるのですか?」


「……何でもいいだろう。……私は第17聖王子、ルキアだ」


「だ、だいじゅうななっ!!」




いきなりのミッション達成要員に、クアラは色めき立った。




「よ、よろしくですわ!! 悪役令嬢として、この宮殿の者をみんなめっちゃくっちゃにしてやりますからー!」


「……ふ」




(あ……笑った)



なんとか悪役令嬢感を出そうとはりきると、ルキアの冷たかった顔がうっすらと色づき、クアラは嬉しくなる。



「笑った方がいいですよ」



そういい、クアラはルキアの頬をつねってみた。



「……っ!!」



即真っ赤になるルキア。そして、



「さ、触るな!!」



そう、勢いよくクアラの手を払い、ルキアは足早に去っていった。



「……あれ、怒らせちゃいましたか……でも、その方が悪役令嬢っぽいですし!」


そう、その頃ルキアが耳まで赤くしていることも知らずに、クアラはほほ笑んだ。




================================




ー--次の日。



「おい、朝だ」


「んあ、もうちょっとだけ……って、ふああああぁっ!?」



目覚めた瞬間、すぐ近くにルキアの顔があり、クアラは飛び起きた。


「えっ、まっ、なんでぇ!?」


「今日からお前は私の世話役になった」


「ふえええぇ!?」



いきなりの世話役宣言に、クアラは面食らう。


「ただの命令だ。誤解するな。……だから、今日からお前は私の部屋で過ごす」


「えええ……嘘お!? 出会って二日目なのに!?」


「なんだ、嫌か。しかしお前に断る権利はない。それとも出ていくか?」



身を引きかけ、クアラははっとする。



(もし一緒にいる時間が増えたら、悪役令嬢だと思ってもらいやすくなったりします!?)


「え、ええ、いいわです! 私は悪役ですから! ルキア様、私、悪役令嬢としてその身、体、心まで盗んでやります!」


「……っ!?」


昨日と同じく赤い顔をするルキアに、クアラはきょとんとする。



「あっれ……私、おかしい事言いましたか?」


「い、いや……」




ますます頬を赤らめるルキア。




(もしかしてこの反応は、悪役だと思ってくれているのでしょうか!?)




「よ、よかったですー!」


「……本当に面白いな、お前」



こらえ切れないとでも言うように、ルキアは笑い出した。



(あれ……誰かがこうやって、私の話に笑ってくれた事、いつぶりでしょうか)



何かを言うたび疎まれ、睨まれていた。しかし、ルキアは笑ってくれた。


「あ……」


「んなっ、なんで泣いている!?」



涙がぼろぼろとこぼれ落ち、クアラは自分でも驚いた。




(あれ、なんででしょう……)




「あ、あのだな……」



そういい、ルキアはこわごわとクアラを胸に抱いた。


「あの、しばらくこのままでも、いいんだから、な……」


「……あ、ありがとうございます」


冷徹だと思っていた王子様。



でも、優しいところもあるのだと、クアラは涙をこぼしながらも思ったのだった。




================================





ー-数分後。




「さて、落ち着いたか」


「っは、はい! ありがとうございます!!」



涙が収まった頃、クアラは顔をふきふきしながらも立ち上がった。


「あの……な、なにかすべきことはありますかしら!? 私、悪役……」


「令嬢、か? 何回聞いたか……」



ルキアはため息をつく。



「どうして自分をそう名乗る?」


「あの、いえ……ですわ」



(というか、この調子だと現実に戻れるか不安になってきました……。ミッション達成に細かな条件などないのでしょうか?)



そう思い、視界に映るうっすらと見えている文字を見直した。


(なにか、細かい条件……)



そう思い、何気なくミッションに指を向けた瞬間、文字が切り替わった。



ー----------------------




ミッションクリア条件




・「悪魔」「泥棒」「悪」など、悪役令嬢に関連する言葉を言われること。




ー----------------------





(な、なるほど……つまり私を虐げるための言葉ですね!)



「なんだ、そっちには何もないが。なにかいるのか?」


「い、いえ、ないです! あ、ありませんわ!!」


クアラは文字から目を離し、ルキアに向かい合った。



「まあ良い、お前がすべき事、だったな。……では花やりを手伝ってほしいのだが、いいか? 今日、たまたま水やりのメイドが休みでな。お前は下っ端だから、私が見張ってやる」


「も、もちろんですわっ! 花をめっちゃくちゃにしてやりますから!」


そう勢いよく言い、クアラはルキアの手に自分の手を絡ませた。



(ふっふっふ、これでルキア様に「触るな」と言われ、嫌われるのです!)



そうほくそ笑み、しばらく待つが、何も言われない。



「……ルキア様?」



おかしいと思い、ルキアの顔を見ようと顔を上げた瞬間。



「み、見るな……っ」



ルキアが赤い頬を必死に顔を隠そうとしていた。



「ね、熱でもおありなんですか!?」



「お、お前……っ」



すると、ルキアは勢いよくクアラに背を向け、早足で歩き出した。


手を繋いだままで。



「い、急ぐぞ……お、お前の名前は?」



「私……わたくしは、悪役令嬢のクアラと申します」


「……クアラ、行くぞ」


「は、はいっ!!!」



現実世界では絶対に呼んでもらえなかった、本当の名前。ルキアに呼んでもらえて、クアラは胸が温まるのを感じた。







=====================================



「ルキア様が……」




「冷酷な……」




「あの冷たい……」




「あの人が見知らぬ女と……」




「……手を繋いで……」




「……何者?」



長い廊下を歩いていると廊下に屯していた、ドレスを着た貴婦人がジロジロとクアラ達を見てくるのを感じ、クアラは眉をひそめた。



(冷酷……ですか)



何か口にしようとするたびに痛みつけてくる、クアラの母親。


『お前はゴミ以下だ』とクアラの顔を見るたび口癖のように言う父親。


『あら、こんな事もできないんですの?』と嘲笑う姉上。



そんな存在以上に冷酷で意地悪な人はいないとクアラは確信している。


「ルキア様……私は、ルキア様の味方です! 全然、冷酷だとは思いませんよ!!」


思わず大声を張り上げ、クアラはルキアの前に立った。



「……なんだ、いきなり」


「あの! 周りの人がどういうとかは気にしないでください! 私は、冷酷だと評されるルキア様を、冷酷だとは……」




そこまで言い、はっとしてクアラは固まる。ルキアの瞳に鋭い怒りと悲哀がにじんだからだ。


辺りがしんと静まり返り、辺りからの視線がビシビシと刺さる。




「あ、あの……」


「もういい」



ルキアは顔をクアラから背け、結んでいた手を解き、駆けるようにして歩調を進めた。



「……!」



ルキアを必死に追いかけながらも、クアラはひどく後悔する。



(なぜ……いえ、冷酷なんて言葉、絶対に使ってはならなかった)


自分が現実世界で、訳もなく冷酷だと呼ばれたことは、何度だってある。だからこそ、人にそう言われる苦しみは、誰よりも知っている自身があった。罵られる痛みは、どんなケガよりも痛い。


きっと、ルキアは『冷酷』という言葉に傷つけられ、虐げられてきたのではないだろうか。その言葉を聞くだけで苦しいのではないだろうか。


(ルキア様は、そんな悪い人じゃないです! よそ者の私に部屋を与えてくれたし、名前だって覚えてくれました……! このままじゃ、だめです)

必死に伸ばした手に絡んだルキアの肩。立ち止まりながらも、肩越しにルキアが振り返る。


その瞳には、揺らぐような悲しみが浮かんでいた。




「……あ」


「……なんだ」


「私は……ルキア様のことを日は浅いですがお慕いしていて……っ、優しさなども、知っていて……あの……」


「……」


目に惑うような色が浮かぶ。クアラが何を口にしようとしているか図ろうとするように、ルキアは黙ったままだ。



「あの……その……だ」


「?」


「だ、だだだ大好きですからっ!!」


「ー---っ!」


思わず口に出してしまった愛の告白に、クアラは慌てる。



「あ! えっと今のは! その、違くて! 出会って数日の人に言うことじゃな……っ!?」


唖然としていたルキアが、急に崩れるようにクアラに寄りかかった。肩に触れると、その広く大きな背中は細かく震えていた。


「……大好きだと言われたのは、生まれて初めてかもしれない……」



呻くようにしてそう告げるルキアに、クアラは目を見開いた。



(私も、大好きなんて、言われたことない……)



「分かります……あの、あなたの初めてを頂いてしまってごめんなさい」


「あ、あのだな、誤解を招くような言い方はしないでもらいたいのだが」



その背中に、僅かに温かさが戻った気がして、クアラはほっとする。



「では、花に水でもやりに行きますか、ですわ……?」


「……そうだな」


私は、今度こそしっかりとルキアの手に自分の手を重ね、しっかりと握った。


ルキアも、不器用ながらも握り返してくれた。



「私が、ルキア様を幸せにしてみせます」




そう小さくつぶやきながらも、クアラとルキアは一歩を踏み出した。

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