第12話:不法侵入なんだが

 翌日も藍子さんはバイトに出た。何のバイトをしているのだろうか。聞けばよかったけれど、目の前に色々と情報が多すぎて細かなところまで気持ちが行き届かない。


 俺は気持ち的にダメなのか、身体がダメなのか、なんだかだるい。普通に歩く程度ならば問題ないけど、労働は難しそうだ。


 部屋にいてスマホで2022年について調べている時だった。



(ガチャガチャ)あれ?まだ昼前だというのに、藍子さんが帰ってきたみたい?


 彼女は、大学に行って、その後バイトに行くはず。そうなると、夕方以降にしか帰ってこないと思っていた。



「隆志! 大丈夫!?」



 聞こえてきた声は、俺が期待した声ではなかった。



「珊瑚さん?」


「よかった。逃げよう!」



 珊瑚さんは、昨日と違って、頭に包帯を巻き、片腕を吊っていた。なに!? 車にでも跳ねられてきたの⁉ 一瞬、異世界転生が頭をよぎった俺はラノベ脳だろう。



「どうしたの⁉ それ!? 大丈夫!?」


「あの女にやられた。隆志もやられる前に助けに来た」


「え、ちょっと。『あの女』って? それにうちのカギをどうやって……」


「何言ってるの。隆志がくれたんでしょ」



 珊瑚さんが、俺の手を引く。彼女は包帯まみれ。不法侵入。情報が多すぎて頭が追い付かない。


 藍子さんが言うように、本当に珊瑚さんは俺のストーカーだった!? 現実的に俺の家に入ってきている。既にこれは犯罪行為。



「ちょっと、落ち着いてよ、珊瑚さん。」



 俺は彼女が落ち着くように両掌を彼女に向けるジェスチャーで落ち着くように促した。



「隆志、あなたは洗脳されてる。今すぐここを出ないと、出られなくなる!」



 美人でキラキラした珊瑚さんだけど、こんなに焦っているのは昨日と全然印象が違う。しかも、言っていることは常軌を逸している。


 貴行はどうしたんだよ! お前の姉ちゃんが暴走しとるぞ!



「貴行に連絡しますから、迎えに来てもらいましょう」


「何言ってるの! 貴行はあの女に病院送りにされたわよ!」


「え?」


「今も昏睡状態で目を覚まさない。隆志を助けようとしたときに!」



 貴行にはつい先日LINEを送って、返事がきたばかりだ。



「貴行にはメッセしたし」


「それは私! ほら!」



 珊瑚さんが、ポケットからスマホを2台取り出した。



「隆志はずっと、あの女の家に隠されていたの! 場所が分からなくて! このメッセでやっと場所が分かって、迎えに来たの!」



 俺と珊瑚さんは、俺の家のキッチンと部屋の境のような場所で押し問答状態になってしまった。



(ガチャ)再び玄関のドアが開く音。今度は何!?



「隆志! 大丈夫!?」



 今度こそ、藍子さんだった。



「なっ! 何であんたがっ!」


「嫌な予感がしたから帰ってきたのよ!」



 藍子さんは、キッチンに入ると包丁を取り出し、珊瑚さんと対峙した。


 いやいやいやいや、危ない危ない! 俺の日常に刃物が!



「隆志! こっち来て!」



 藍子さんが俺を呼び寄せる。珊瑚さんの動きを確認しながら藍子さんの方に回り込む。


 一方、珊瑚さんはじりじりと玄関の方に下がる。藍子さんは包丁の柄を両手で握り、震えながら珊瑚さんに包丁を向けていた。ちょっとした間違いで大ケガ人が出る勢い。


 そして、隙を見て、珊瑚さんは家を出て走って逃げて行った。



「待ちなさい!」



 藍子さんが追いかけようとしたので、慌てて抱きしめて止めた。その後、二人とも力が抜けて、その場に座りこんだのだった。

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