第11話:彼女のヤキモチが嬉しいんだが


「嘘、あの女のニオイが……する」


「え!?」


「しかも……昼間……見ちゃった」


「え?」


「マックで……あの女と会ってた!」



 温和な藍子さんらしくないギリギリとした表情で俺を睨んでいる。やっぱり、浮気だと思われてしまったのだろうか。



「ごめんごめん! 違うんだ! 聞いてよ!」



 そう言い終わるよりも先に、藍子さんは、ぎゅーっと俺のクビに抱き着いた。



「橋本に会おうと思ったら、あいつ来なくてさ……」



 俺がいい訳を続けたのだけど、それは無駄だった。



「いったあっ!」



 彼女が俺の首筋に噛みついた。彼女が吸血鬼だったら血を吸っているような具合に、俺の首に噛みついたのだ。



「痛い痛い痛い! ごめんって! 本当にごめんって!」


「あっ、ごめんなさい」



 慌てて彼女が俺の首から離れた。その後、首を覗き込んで心配してくれる。 



「ごめんなさい。興奮して……あ、歯形が付いてる」



 どれだけ強くかまれたんだよ、俺。次々新しい一面を見せる藍子さん。俺は彼女に興味がありまくりだよ。


 ただ、珊瑚さんのことを「あの女」って呼んだな。知ってるってこと?



「藍子さん……いや、藍子。珊瑚さんのこと知ってるの?」


「ダメ! あの女はダメよ!」



 両肩をがっつり掴まれた。表情は真剣そのもの。鬼気迫るものもあるくらいだ。



「……それはどういう……?」


「あの女は、ストーカー! 隆志のストーカー! あの女のせいで隆志は大変なことになったんだから!」


「え⁈」



 また新しい事実が出て来たよ。平和で甘々した俺と藍子との間に障害があったとは。一つは俺がクズであること。大学も行くのをやめたヒモだし。


 そして、ストーカーに狙われてるの⁈ 俺の生活どうなってるの⁉



「それも教えてくれ。珊瑚さんが俺に何をしたのか」


「『珊瑚さん』とか言わないで! あの女はねっ……!」



 そこまで言って彼女は続きを言うのをやめた。


 今日の昼会った珊瑚さんは、若干馴れ馴れしい印象は受けたけど、以前の俺が高校の時の記憶の延長線上の人で、きれいな人だと思ったけどなぁ。少なくともそんなに危険な人には見えなかった。



「あの女は……ストーカーで、隆志を監禁して……無理やり隆志を……」


「もしかして、昨日言ってた『俺の初めての人』って……やつ?」



 コクリとすごく不満そうに藍子さんが頷いた。


 あんなきれいな人からストーカーされるって俺はどれだけモテ期をこじらしたんだよ!? 



「監禁されて、世の中と隔離されて……発見が遅くなったら殺されていたかも」



 そんな、大げさな。今日の昼間に会ったあの人がそんな凶暴なことをするようには思えないんだけど……


 翌日、俺は珊瑚さんが恐ろしくなるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る