第2話 気になる噂話

伊上の通学ルートは決まっている。

自宅から左に曲がって、緩やかな坂の一本道を自転車で真っすぐ上るだけだ。

海静高校は、住宅街から1km弱離れた丘の上にある。

この街は海にも山にも近いのだが、それだけに津波や土砂崩れの影響を受けたことが多々あると聞いた。

そんな土地に古くからある海静高校は、一度も損傷したことがないらしい。

丘が守られているのか、校舎が守られているのかと思わせるくらいだとか。

校舎が建てられたのは1927年。前身は青空学校だったと近所の老婆が言っていた。

誰かに聞かれた訳でもない。気にかけたこともない情報が、今日は何故か頭の中に突如浮かんできた。

朝刊を読んだせいだ、と小型音楽プレーヤーでお気に入りである某有名ゲームのサントラを聞いていた伊上はなんとなく邪魔された気になってモヤモヤした。

これから阿呆の集う教室に入らなければならないのに、今から悶々としていては精神がすり減る。

音量を上げて、伊上は坂を爆走していった。


通学時間、およそ15分。

体力があるとは言えない伊上はゼーハーと肩で息をし、駐輪場に自転車を止めた。

まだ肌寒い時期だというのに、湯気が出そうになっている。

袖で額の汗を拭い、下駄箱のある中央玄関へ向かうまばらな学生の足並に紛れていくと、なにやらコソコソとした声が聞こえる。

伊上への悪口ではないことは確かなのだが、何やらその話をしている学生たちは不安な顔と好奇心…悪乗りをしているような顔で分かれている。

『…ここでも、でたみたいだよ。A組の男子が帰ってないって』

『嘘、この学校にもできたの?でもこの学校、歴史だけはあるから噂話だけでも二十不思議くらいあるし。その類じゃなくて?』

『なのかなあ。噂は噂だし、信じなくていいよねえ』

『面白いじゃん。本当にアレが出来てたら行ってみたいよな!』

『どうせたいしたことないのがオチだよね、そういう話。脚色だよ』

…聞き取れない部分もあったが、どうやら朝刊に乗っていた異空間の話題のようだ。

4人組の男女だが、同期ではない。女子生徒の制服は去年変更になった新しいデザインだったから、後輩なのだろう。

4人とも態度がいい学生とは思えないような、やや明るめの茶髪と両耳に複数のピアス、学校カバンにはプリクラがそこかしこに貼ってあった。

あまり好ましい人種ではないが、そんな彼らでもあの話題は気になるらしい。

まあいい、と伊上はスッとその4人を追い越し、靴箱を開ける。

靴の上に、いかにも女子が織ったような手紙が置かれている。『キモイ』と書かれていた。靴を掃うと、中からいくつか画鋲が出てくるのだ。

相変わらず低レベルな行為だ、と伊上はクラスメイトを心の中で蔑む。

こんな行為は小学生までに卒業しろと呆れてしまう。

念のため靴の奥を弄ると、セロテープで固定された画鋲も確認できた。

もう何もない。安心して上履きを履いて教室に入っていくと、先に登校していたいじめ(伊上は全く気にしていないが)の主犯と取り巻きが不快そうにそれとなく舌打ちをした。

そんな反応もどうでもいいと、伊上は自分の席に近づいた。

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