※ある雪の日

 とある寒々とした冬の日、私、レラ・セーラは十歳にして初めて大雪を目の当たりにした。

 雪はこの十年で何回か見たことあるけど、本日のセーラ王国は記録的大雪で雪が降り積もっていた。

 夜中から降っていたのか、辺り一面は全部真っ白な雪へと変わっていた。


「わぁ…! 師匠ー! 大雪ですよ、大雪!」


 王宮図書館から借りた魔導書を静かに読んでいた師匠の腕をグイグイと引っ張って窓を指して雪が降っていることを報告する。


「…知っている。だからなんだ」

「こんな大雪初めて見ました。師匠は見たことありますか?」


 全然驚かない師匠をじっと見つめると、視線を感じた師匠が本から目を離して一度私を見た後、冷たくなっている窓を眺めた。


「…俺の故郷は寒村地域だからこれくらいの雪は普通に降っていた」

「そうなんですか!?」


 なんてことだ。今日の雪は靴なんか簡単に埋まるほど積もっているのにこれくらい普通だとは。


「どれくらい降っていたんですか?」


 ふと、気になって師匠に尋ねる。

 師匠は寒村地域出身だと以前聞いていたけど今まで師匠の故郷はあまり聞かなかったから。というか、聞きにくかった。


「…俺の故郷は雪がよく降る地域だからな。この程度の雪なんて序の口で、膝が埋もれるくらい降っていたこともある」

「そうなの!?」


 そんなに雪が降るなんて。一度見てみたい。あ、でも大変なんだろうなぁ。

 今日くらいの雪の量だって使用人たちや王宮を警備する近衛騎士たちは大変そうなのだから。


「大丈夫なの? そんなに降って生活できるの?」


 師匠の言葉に驚いてさらに尋ねてしまう。

 膝が埋もれるってすごくない? そんなところで生活して大丈夫なの?


「別に慣れたら平気さ。それに、毎回膝まで埋もれない。酷い時の話だ」

「そうなんだ…。じゃあ、寒いの強いんだ」

「お前よりはな」

「ふーん」


 その後しばらくの沈黙。しーんと静かだ。


「師匠」

「なんだ?」

「遊びましょうよ」

「面倒」

「えっー。せっかくの雪なんですよー。遊びましょうよぉ」

「面倒」

 

 再び師匠の腕をグイグイと引っ張るも、師匠は魔導書から目を離さずに私のお願いを断っていく。


「なんでなんでー!」

「わざわざなんで寒いのに外に出て遊びたがるんだ?」

「子どもは雪遊び好きだと思うんです!」

「それはお前が好きなだけだろう」


 うっ、即答。バレてる。


「遊びたいのなら母親と遊べばいいだろう?」

「母様はダメです。寒いのが苦手で今は寝込んでいるんです!」


 母様はセーラ王国でも南部出身だからか、地元より北側にある王都は寒く感じるらしい。

 生まれてずっと王宮育ちの私はさほど寒いと思わない日でも母様は寒く感じる時がある。

 だから雪の日に遊んでもらうなんてあり得ない。


「……寒いから外に出たくない」

「そんなぁ…」


 せっかくの雪の日なのに遊んでくれないとは。きっとこれが老師や大師匠様なら遊んでくれるのに。あ、老師は年齢的にダメかも。

 それにしても意地悪だ。少しくらい遊んでくれてもいいのに。


「……師匠のバーカっ!!」

「あっ?」

「ずっとずっーと本ばっかり読んで! もういい! ラムセスと遊ぶからあとから遊びたいって言っても許さないんだからねー!」


 師匠の「あっ?」に少しビビったけど早口で言ってのける。そして走って出ていった。こういうのは言ってさっさと出ていく方がいい。

 ちなみにラムセスとは私の飼っている犬の名前だ。飼った時はまだ生まれたばかりの仔犬ですごくかわいかったけど、今は成長して大きな大型犬になっている。

 明るいクリーム色の体毛につぶらな垂れ目の犬で、私のち…ち……えっと…そう、竹馬の友である。

 犬が竹馬の友なのかって? いいじゃないか。ともに小さい頃から一緒に育ってきたのだから。


「ラムセス!」

「ワン!」


 自分の部屋に戻ってカーペットに伏せていたラムセスの名前を呼ぶと、すぐに反応して尻尾を振って駆け寄ってきた。かわいい。大きくてもふもふして今日のような寒い日でもあったかい。


「ラムセス! 外で遊ぼうか!」

「ワン!」

「よし! じゃあ暖かくして遊ぶぞー!!」

「ワォーン!!」


 師匠なんかほっといてせっかくの雪の日だ。後悔なきよう遊んでやる!


 侍女たちに外で遊ぶと言うと心配されたが私は譲らなかった。今日を逃したら次はいつこんなに降るかわかったもんじゃない。

 折れてくれた侍女たちが風邪引かないようにと防寒着を着させてくれる。勿論、ラムセスの防寒も忘れない。

 そして防寒着を着て庭に出るとまだ大粒の雪は降っていて、息を吐くと白くなった。


「ラムセス! そぉーれ!」


 ボールを遠くに投げるとラムセスが楽しそうに走っては飛んでキャッチする。

 パチパチと拍手すると尻尾を振って駆け寄ってきてつぶらな瞳が見つめてくる。かわいい。なでなで。

 セーラ王国の妃たちはそれぞれ建物を与えられ、そこに自分の子どもたちと住む。

 なので自由に庭で遊ぶことができる。


「よしよし、いい子だね」

「ワン」


 大きくなってもラムセスはやっぱりかわいい。

 地面が雪のせいなのか、ふかふかしているようでラムセスもいつもより楽しそうに見える。

 今だって何度も雪に足跡をつけては楽しんでいる。


「よし、ラムセス。次は追いかけっこだ!」

「ワン!」


 自分に身体強化の魔法をかけて走っていく。するとラムセスも疾走してくる。


「捕まえられたら今日のおやつはラムセスの好きな物にしようか!」

「ワン!」


 すると余計にやる気が出たのか、ラムセスは全力疾走してきて、私も私で走ったのだった。




 ***




 細くて長い指が魔導書の端をパラリと捲っていく。

 珍しい青紫の瞳は文字を読んでいくが、時折、目を離しては雪が降る外を窓から眺める。

 今日は大雪だ。とは言ってもこの国では、だが。

 自分の故郷はこれくらい普通だったのであまり大雪だと感じないのだが。

 しかし、弟子にとっては大雪なようで、朝なのにも関わらず大はしゃぎだった。

 寒い日にわざわざ外に出ようとする考えがわからないが弟子は遊ぼう遊ぼう、としつこく腕を引っ張ってきた。

 頑固として断ると大声で怒っては出ていき、自身の飼っている犬とともに外で遊び始めた。


「……元気だな。最近の子どもは」


 頬杖をしながらぼそり、と独り言を呟く。

 寒い日に外に出て何が楽しいんだかディートハルトには全くわからない。わからないが。


『母様はダメです。寒いのが苦手で今は寝込んでいるんです!』


 レラの母親はどうやら寒いのが苦手らしい。どうりで自分に遊ぼうと言ってきたわけだとディートハルトは思う。

 そして、ふと、思う。そう言えば、声が聞こえない、と。

 もう帰っていたらいい。だが、あのはしゃぎっぷりを見ているとまだ帰っているとは考えにくい。


「何しているんだか…」


 魔導書をパタンと閉じて外套を着てスタスタと歩いていく。

 別に心配しているわけではない。ただ急に静かになったから気になっただけだ。そう己に暗示する。

 案の定、外は寒かった。普段より遥かに寒い。

 しかし、そのまま外を歩いていく。

 確かこっちの方から声が聞こえていた気がする。

 そう思って歩いていると、ディートハルトは立ち止まってしまった。

 レラが作っているものを凝視してしまって。


「……何をしているんだ?」

「あっ! 師匠!」


 呼ばれたレラはくるりと振り向いて笑った顔を見せる。どうやらお怒りは既に解けて、頬が寒さからか赤くなっている。


「何を作っているんだ?」


 レラが作っていたのは雪で作った何かだった。雪像でも作っていたのだろうかと考える。


「母様に雪で作ったウサギをプレゼントしたんです。そうしたら喜んでくれて。だから次はラムセスと同じ大きさの犬を作ろうと思って!」

「ワン」


 どうやら犬の雪像を作ろうとしていたようで、楽しそうにレラが報告してくる。ついでにラムセスも鳴く。

 だが上手にできていない。そもそも作れるものなのか。専門外なのでわからない。

 ディートハルトの視線に気付いたのか、目を伏せて話し始める。


「でも難しいんですよね。中々作れなくて」

「……手のひらサイズの雪兎なら時間がかからないだろう。だが、等身大の犬を作るのは仮にできても時間がかかるだろうな」

「やっぱりそうですか…。……くしゅん!」


 落ち込んだ声でレラが答えたと思えばくしゃみをして鼻を擦る。ぶるりと震えている。そろそろ戻った方がいいだろう。


「ううっ…。……はっ! こ、これは寒くてくしゃみしたわけじゃありませんからね! まだ遊びますよ! くしゅん!」


 くしゃみをしながら弁明しても全く説得力がない。

 はぁ、と溜め息を吐きながらディートハルトは柔らかそうな金茶髪にくっついている雪を取り払う。


「それは残念だな。遊んでやろうと思ったのにな」

「えっ!」

「寒いから部屋でチェスを考えていたが…仕方ない。俺は先に戻るな」


 建物の方へゆっくりと歩いていく。

 普段は遊ぶことは殆どしない。遊びは自分の領域外だからだ。

 だが、たまには遊んでやってもいいと思う。

 外で遊ぶ気にはなれないが、温かい部屋の中でなら少しくらい付き合ってやろうと思っていたが仕方ない、新しい魔導書を読むかと考える。


「ま…待ってください!」


 何を読もうかと考えていたら、レラの大きな声が聞こえ、ディートハルトはくるりと首だけ振り向いてレラをじっと見つめる。

 すると、白い息を吐きながらレラが走って近付いてくる。


「し、師匠が寒がりなら仕方ないですね。チェスで我慢します!」


 仕方なく諦めてやるというスタンスに内心子どもだな、と呆れるもまだ十歳の子どもだ。顔には出さずにそうか、と告げる。


「それは助かるな。ほら、戻るぞ」

「はい!」


 短くそう告げると元気そうに返事をして、レラとラムセスが隣に歩いてきたので一緒に戻った。

 そして冷えたレラとラムセスを侍女に預け、ディートハルトは手加減を考えながら、チェスの準備を始めたのだった。


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