後日談 三百年越しに叶えよう2

 夕方、セーラ共和国の港町・トレドという町へたどり着いた。


「人がいっぱいいる…」

「ここは貿易も担う港町でもあるんだな」


 夕方だというのに港町はわいわいと騒いでいて、人がたくさんいる。

 人だけじゃない。私たち旅行客を乗せる客船の他に漁業用の船がたくさんある。

 それに、他国の国旗が立てられた貿易船もある。


「お客さん、降りて降りて! 次が控えているんだ!」

「えっ? あっ、はい!」


 船員さんに急がされて慌てて荷物を持って船から降りる。ちなみにシロちゃんは今はバッグの中に入っている。


「すごいたくさん船がありますね」

「ここは共和国最大の貿易港だからね。しかも貿易船だけじゃなくて客船に漁業船などもたくさん停まるんだよ。なんたって、首都に最も近い港町だからね」

「そうなんですか」


 私の質問に中年の船員さんが丁寧に教えてくれる。ここが首都に一番近いんだ。


「この港町は昔からあったんですか?」


 すると不思議そうな顔を浮かばれた。


「どういうことだい?」

「えっと…セーラ王国時代からあったのかな、っと思いまして…」


 少しつまりながら私が尋ねてみると、船員さんはあぁそういうことね、と声を出した。


「そうだよ。ここは昔から島国とかとの重要な交易拠点だ。王国時代にもあったらしい」

「そうなんですね…」


 それすら知らなかった。

 港町トレド。

 名前も知らなければ、どんな町並みも知らない。こんな人がいて賑やかな場所だったとは。

 しかも、王国の時代からあったなんて。

 私は本当に国のこと知らなかったんだな、っと改めて思い知らされる。


「二人はどこからだったっけ?」

「私たちはキエフ王国からです」

「あっー、王国からか。ならセーラ共和国うちは珍しく見えるかもね。でもまぁ、楽しんで過ごしてくれや」

「ありがとうございます」


 船員さんに会釈をして港町の雰囲気を感じながらゆっくりと歩いていく。

 

「もうすぐお祭りなんだよね? だからかな。明かりもたくさんついて賑やかで明るい町だね」

「そうだな。俺はこの港には立ち寄らなかったはずだからな。驚いている」

「そのわりには驚いた雰囲気してないけど?」


 師匠はいつも通りの表情でとてもそう見えない。元々、喜怒哀楽がはっきりしない人だけど。


「……お前なぁ、昔から本当生意気なところがあるな」


 師匠がはぁっ、と溜め息を吐きながら文句を言ってくる。生意気。確かに幼い頃は結構生意気だったかもしれない。


「すみません、では直しましょうか?」


 敬語でじっ、と師匠を見上げて尋ねてみる。師匠は背が高いから首がもげそうだ。私ももう少し身長高ければよかった。


「………別に」

「そうですか」


 短く、小さな声でそう言うと師匠は荷物を持ってスタスタと先に歩いていった。


「……ふふ」


 師匠、気付いていますか?

 師匠が「別に」と言う時はだいたい照れている時か素直になれない時って知っているんですよ。


「……早く、行くぞ」

「はーい!」


 そして私は素直じゃない師匠の横に行くため歩いたのだった。

 

 まずは宿を探そうと言うことになって、私たちは宿屋が多く集まっている空間へ足を運んだ。

 値段を聞いて泊まることになったのは三階建ての宿屋だ。


 庶民的で二階三階が客室、一階は食堂となっているので、シロちゃんには部屋でご飯を食べてもらい、私たちは食堂へ向かった。

 空いている席に座るとメニュー表を手に取る。

 ズラリと色んな料理名が並んでいて豊富だなと思う。


「すみません、ここのオススメはなんですか?」


 宿屋の女将さんに声をかける。


「オススメ? ウチのはどれもオススメよ。でもまぁ、特にいいのはサーモンのムニエルかしら。港町だからね。その恩恵を最大限に使ってとれたて新鮮な魚を使っているのよ」

「サーモンですか」


 キエフ王国でもとれる魚だけど、ムニエルというのは聞いたことがない。オススメなら注文しようかな。


「じゃあそれを。あとはサラダとジャガイモのポタージュにパンでお願いします」

「了解ね。お兄さんはどうする?」

「俺は──」


 私たちの注文を聞き届けた女将さんはそのまま厨房へ行ってしまった。


「ムニエルって料理食べたことないなぁ。ディートハルトは食べたことある?」

「ない。料理はいつも作り慣れたものしか作らないからな」

「じゃあ楽しみだね」


 私も師匠も女将さんオススメのサーモンのムニエルを注文した。味付けだけは異なるけどどんな料理なんだろう。


「ディートハルトはどこ知ってる?」

「旧王都くらいしか知らない。俺も基本に王宮あそこに引きこもっていたからな」

「そう言えばいつも決まった場所にいた気がする」


 私の部屋以外だと王宮図書館に自分の部屋くらいだったっけ? 

 王宮に来た当初は老師の元へ度々訪れていたけど、老師が引退してからはだいたいその三ヵ所にいたと思う。今思えば師匠の活動範囲狭すぎない?


「そうだったな。だが大きく変わってなければ旧王都くらいなら案内できるだろう」

「じゃあ頼りにしようかな」


 今日はこのトレドという町に泊まるけど明日は首都へ旅立つ。

 お祭りは数日後だからそれまでは料理や工芸品、民族衣装とか雑貨に市場とか色々と見ていきたいな、と思う。


「はーい、お待ちどうさま! お姉さんにはこっちね。で、お兄さんはこっちね」


 手早い動きで女将さんがテーブルに料理を並べてくれる。どれもおいしそう。

 おいしそうな匂いにつられてぐぅっ、とお腹の音が出そう。


「そうだ、二人は王都へ行くの?」


 女将さんが料理を並び終えると私たちに尋ねてきた。


「はい、豊穣祈願祭があるんですよね」


 もうすぐ首都で開催されるお祭りは秋の豊穣を祈るもので、レラの時代からあったものだ。

 って言っても、行ったこともなければ名前しか知らないんだけど。

 秋の収穫を前に大規模な祈りを担う祭りをするらしい。


「そうなのよ! 結構大きいお祭りだからきっと楽しめるわ。お祭り当日は若い女の子は民族衣装を来てる子が多いのよ。お姉さんも着てみたら?」

「民族衣装ですか」


 どうやら目前と迫っている豊穣祈願祭では民族衣装を着る子が多いらしい。


「上はみんな同じだけど、下は色んな色合いのスカートがあってね。模様も豊富なのよ」

「へぇ…」


 つまりスカートがかわいいってことか。

 レラの時はいつもドレスだったから、民族衣装なんて着たことない。明日お店で探してみよう。


「わかりました、探してみます。ありがとうございます、女将さん」

「いいえ。じゃあ、ごゆっくり」


 そして女将さんが厨房へ戻ったので、私も料理を食べる。

 

「いただきます」


 ジャガイモのポタージュを早速飲んでみる。おいしい、体が温まる。

 初めて食べたサーモンのムニエルはバターが効いていてレモンのソースがおいしい。

 この旅行で買う買い物リストにレシピ集を買うことが追加された。




 ***




 翌朝。宿を出て私と師匠はかつての王都──首都へ向かった。

 

「わぁっ、港町よりすごい…!!」

「ニャッー!」


 人で溢れかえっている。さすが首都。

 シロちゃんも私の肩に乗りながら叫んでいる。

 シロちゃんには一時的魔法をかけて小さくなってもらって一緒に散策する予定だ。


「トレドより人が多い…!」

「もうすぐ祭りだからだろうな、ん」


 すると師匠が手を差し出してきた。え、何これ。


「えっとこれは?」

「ニャッ?」

「はぐれたらいけないだろう」


 私とシロちゃんの疑問に師匠が切り返す。なるほど。要は手を繋ごうということですか。

 ディーン君の時に手を繋いでお出かけしたのを思い出して小さく笑ってしまう。


「ふふ、そうだね」


 そう言って師匠の大きな手と繋ぐ。ディーン君の時は小さかったのに。

 手を繋いで散策なんてまるでデートだ。


「何を見たい?」

「まずはガラス細工店見たいな。きれいなんだって」

「ふぅん」


 セーラ共和国はガラス細工が有名なようで、見てみたいと思う。

 それにせっかく来たんだから何か買いたい。シロちゃんにも何か買ってあげたいし、イヴリンに大師匠様のお土産も買いたいし。

 そのあとは女将さんが言ってた民族衣装を一着買いたいな。どうせならそれでお祭り参加したいし。


「ディートハルトはどこか行きたいところある?」

「いいや、今日はシルヴィアの行きたいところへ行こう。初めての旧王都歩きだろう? 行きたいところへ行こう」

「……ありがとう、ディートハルト」


 繋いだ手を少し強く握り返すと、師匠も同じように握り返してくれた。

 そして私たちは一緒にガラス細工を始めとしたあっちこっちお店を見て回った。

 興味あるお店を見つけたら入って買うか吟味してちょっとした小物とかを買って首都を散策しているとあっという間にお昼近くになった。


「どうする? もうすぐ昼になるが宿に戻って昼食を摂るか?」

「そうだねー…」


 正午まであと四十分ほど。早めのお昼でもいいけど、午前中に一通り買い物を終わらせたい。


「あと民族衣装だけ見てもいい? 私一人で見るよ」

「そうか?」

「うん。ディートハルト、女性の服わかるの?」

「……」


 無言は肯定と考える。むしろ知ってたら気になってしまう。


「正午になったら宿に帰るから。だからディートハルトだけ先に戻ってもいいよ」


 荷物はそう多くないけど、それなら持って帰ってもらおう。


「……いや、俺が店の前に迎えに行く」

「ディートハルト?」

「知らない奴に声かけられるかもしれないだろう。俺が迎えに行くから店の入り口付近で待っていろ」


 念押しして告げてくる。これは迷子という意味ではなくナンパらしい。

 大丈夫なのだが師匠が気になるなら仕方ない。


「わかったよ。じゃ、お願い」

「ああ」


 師匠が店の前まで一緒に来たため、ついでに荷物も渡しておいて師匠とは別れた。


 民族衣装。どんなのだろう、楽しみだ。

 そしてお店に入った。

 大きな服屋さんで、トップスにボトムどちらも豊富にあってつい目が動いてしまう。


「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

「あの、もうすぐお祭りがあるんですよね? そこで女性は民族衣装を着ている方が多いと聞いて」

「ああ、豊穣祈願祭ですね。それならこちらですね」


 女性の店員さんに案内されて向かうとそこには白いブラウスと色とりどりのスカートとエプロンが飾られていた。


「種類が豊富ですね」

「はい。昔はここまで種類が豊富じゃなかったんですよ」

「そうなんですか?」

「はい。昔は祈りを捧げる意味が強かったのですが、時代の流れから半分は娯楽の意味を持つようになったんですよ」

「へぇ…」


 時代の流れか…。レラの時代はどうだったんだろう。


「ブラウスは白で決まってますが、代わりにスカートとエプロンは色も模様もこだわっています。なので、色んな組み合わせができますよ」

「そうですね」


 思っていたよりも種類がたくさんあった。これはすぐには決められなさそう。


「チェック柄に花模様、水玉模様と色々ありますね」

「はい、ですのでオリジナル性ができやすいですよ。スカートはどのような色にしますか? もし初めてなら助言しますが」


 なんと。アドバイスくれるとは。

 スカートの色に模様に丈の長さ、そしてエプロンの色を考えると時間がかかりそう。


「じゃあ、お願いします」

「お任せください。色や模様を紹介するので、気に入ったものを選んでくださいね」

「はい」


 そして私は店員さんに見せてもらいながら選んでいった。




 ***




「ディートハルト」


 お店の入り口付近に行くと師匠が既に待っていて、こちらを振り向いた。


「シルヴィア。終わったのか?」

「うん。店員の方がアドバイスくれたおかげで」

「ならよかったな」


 そう言うと師匠がひょいっ、と私の手から荷物を奪う。


「ディートハルト?」

「持つ。宿に戻って昼食にするか」

「わかったけど、荷物持つよ」

「いいから。行くぞ」


 師匠のやや強引な行動に驚くも、師匠なりの優しさを知っているため、つい笑ってしまった。

 見られなくてよかった。笑っているの見たら多分師匠ちょっと不機嫌になるから。

 そして私は師匠の後ろをついていった。

 

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