ディートハルト4

  レラの父親である国王が崩御した。

 レラが十六歳になって間もなくの頃だった。

 国王が崩御したことにより、次に即位したのはレラの異母兄で王妃の子である第一王子のアイザックだった。

 

「ディートハルト殿。妹、レラの教育はもう終わりましたか?」


 即位して間もない頃、ディートハルトはアイザックにそう尋ねられた。

 今まで一度もレラのことを気にした素振りがなかった男がだ。

 今さらレラを気にするとは面白いことだ、と思いながら貼り付けた笑みを浮かべる。


「いえ、まだかかります。それが何か?」


 嘘をつきながらディートハルトが逆に尋ね返すとアイザックも笑みを浮かべる。


「いえ、弟妹たちの様子が気になっただけです。妹も父が亡くなって落ち込んでいるでしょう。これからもよろしくお願いします」

「はい、勿論です」


 そしてディートハルトは礼をして、踵を返して歩いていく。

 弟妹が気がかり? レラをいつ始末しようかの間違いではないだろうか、とディートハルトは考える。

 レラの膨大な魔力を一番警戒していたのは王妃と第一王子のアイザックだった。

 異母妹のレラを恐れているのだろう。


 レラの母親は二年前に亡くなり、一番権力を持っていた国王も亡くなった。

 これからレラの立場は不安定になるだろう。

 自分が側にいて、レラを守るしかない。

 アイザックたちはレラを疎んでいるものの、自分には媚びている。

 自分がいる間はレラに手を出してこないだろう。

 なら、それを利用してレラを守るしかないか、とディートハルトは考える。


 空間転移をして、レラの部屋の前にたどり着く。


「レラ」


 硬質な低い声で弟子の名前を呼ぶと弟子のレラが顔を出してドアを開ける。


「師匠? どうしました?」

「暇だからな。会いに来た」

「私は時間潰しですかー? …いいですよ。話し相手になってあげます」


 そしてレラの部屋に入っていく。

 見慣れた部屋。もう九年、見続けた部屋だ。


「……父親、残念だったな」

「…そうですね。あまり会ったことはないですが、父親でしたから」


 他国からの使節団の歓迎の時、その他重要な時くらいしか会ったことがないのは知っている。

 道具のように娘を扱っていたが、それでも父親。多少、思うところがあるのだろう。

 

「…もう少し、ここに滞在する」

「師匠?」

「仕方ない、俺が守るさ」


 レラに教える内容は九割方終わっている。だが、レラを守るためだ。丁寧にゆっくりと指導してもう少しだけレラの側にいて守らないといけない。

 その間にレラを助ける方法を考えないといけない。

 レラが目を見開いて息を飲む。

 

「…すみません、師匠。…ご迷惑をおかけして」

「気にするな、乗り掛かった船だからな。どうしたらいいか、お前も考えろよ」

「はい。ありがとうございます」


 そして国王崩御のあと、できる限りレラの側にいるようにした。

 せっかく九年かけて育てた弟子だ。みすみす殺させる訳にはいかない。


 そして、国王が死んで半年が経った頃、レラが言ってきた。


「師匠。私、アイザック様に修道院に行きたいと伝えようと思います」

「…修道院?」


 突然のレラの発言に僅かに眉を上げる。なぜ修道院なのだろう。


「なぜ修道院なんだ?」

「修道院に行けば王族の籍はなくなり、俗世に戻ることができませんから。王位の心配しているならそれで問題は解決するのでアイザック様も安心してくれるかな、と」


 異母兄、アイザックたちがレラを疎んでいたのはその膨大な魔力を使って王位に就くのではないかと警戒していたからだ。

 勿論、レラはそんなつもりはない。王位なんて全く興味がないのは知っている。

 それは異母兄たちにも伝えているが、それでも圧倒的な力を持つ異母妹を警戒している。


「…それで大丈夫なのか?」

「わかりませんが、多分修道院行きは認められると思いますよ。修道院に入れば命は保証されると思います」

「…そうか」


 王族の籍を失い、俗世に戻ることがないのなら異母兄も安心するだろう。

 なら、自分がレラの側にいるのはそう長くないということだ。


「…社交デビューもせずに修道院か?」

「多分そうなると思います。…しょうがないですよ。自分を守るためですから」

「……」


 王宮から出たことないレラは、自分や母親から聞いた程度しか外の世界を知らない。


「別に悲しまないでくださいよ? 修道院でゆっくり穏やかに命狙われることなく過ごせたら満足ですから。どんな形であれ、外に出ることができると思うとわくわくしてるんですから! 母様が教えてくれたんです、笑顔でいたらいいことが起きるからね、と。だからへこたれずに頑張りますよ!」


 握りこぶしを作ってレラはそう力説する。

 この弟子は昔からそうだ。笑顔を忘れないようにしている。


「それに、私が行きたいって言っているところは隣に孤児院が併設されているんです。子どもが好きですから子どもたちの面倒見るの今から楽しみなんですよ?」


 明るく、努めて明るく発するレラをディートハルトは見つめる。

 子どもが好きなのは本当だからそれは楽しみなのだろう。

 だが、それで満足なのだろうか?


「修道女になっても手紙は出すことは可能なので、師匠と大師匠様に手紙を送りますね。師匠、ちゃんと返事くださいよ?」

「……ああ、出すよ」

「本当ですかー? 師匠、私たーくさん出しますからねー? 全部返事してくださいよ!」


 あはははっ、と笑うレラを見て、ディートハルトは防音魔法を展開する。


「? 師匠?」


 そして、疑問に思っていたことを口にする。


「…レラ、逃げ出したいとは思わないのか?」


 そう言うと、レラはぴくりっと動きを止めて自分を見る。

 異母兄の国王はレラを疎んでいる。ならば、逃げてもいいのではないだろうか。

 毛嫌いしている異母兄が治める国を、己の人生を捧げてまで守る必要はあるのだろうか、とディートハルトは考える。

 少なくとも、自分ならごめんだ。

 もし、レラが望むのなら叶えてやってもいい。自分にはそれが可能だから。

 レラの返答をじっと待つ。


「……それでも、ここは私の故郷ですから。王族に生まれたからには民を守らないと。贅沢ができたのも、彼らがいたからです。ならば、恩返しをしなければ。……結果的にはアイザック様も得しますがそれは割りきります」

「……そうか」


 本当に納得しているのか、そう思い込もうとしているのかはわからない。

 だが、それがレラの答えなら自分がどうこう言える筋合いはない、と思ってしまった。


 その後、レラは手紙で修道院に行きたいと異母兄に伝えた。

 結果は修道院行きが認められ、修道院側の準備もあるため、三ヶ月はかかるらしく、それまでは大人しく部屋で過ごすように命じられた。


「師匠と過ごすのもあと少しですね」

「そうだな」

「寂しいですか?」


 寂しい? 自分が?

 そこでディートハルトはこの九年間について振り返る。

 九年間ともに過ごし、魔法の座学に実技以外にもなんだかんだ結構過ごした。

 はじめは子どもでうんざりしながらも要領よく覚えていき、教えがいはあったな、と思う。

 寂しいという気持ちはない。どうせ、この弟子のことだ。頻繁に手紙が送ってきて数年に一度は会うはずだろうから。


「別に寂しくないな。お前のことだから頻繁に手紙送ってくるんだろう?」

「そりゃあそうですけど…」


 不満そうに発言するレラにディートハルトは疑問に思う。


「なんだ? 寂しいのか?」

「……寂しいですよ。九年間も一緒にいたんですよ?」


 不満そうな視線を送りながら己を言い分を主張するレラに、ふむ、と考える。

 九年。確かにまだ子どものレラにとっては長い時間だったのかもしれない。

 だが、そう不満にならなくともと思う。どうせなんだかんだ繋がり続けるのに。


「…手紙は送り返すさ」

「以前も言いましたがちゃんと返事してくださいよ?」

「…わかったわかった」

「絶対ですよー?」

「はいはい」


 適当に返事すると「適当ー」と返された。

 そうして穏やかに時間が過ぎていった。




 ***




 そんなある日のことだった。

 ディートハルトの元に師であるランヴァルドから手紙が届いた。

 なんでも禁忌魔法に関する急ぎの用で、賢者である師は度々それらの危険な魔法の対処の依頼を引き受けている。

 自分もそれを手伝っていて、来てほしいと書かれていた。


「……」


 修道院行きが決まってからレラの周りは静かである。

 だが、油断できないのは事実で。

 師の元へ行くべきだが、ディートハルトの中で迷いが生じていた。

 レラが修道院に行くまであと二ヶ月。一ヶ月近く離れていて大丈夫だろうか、と考えていた。


「師匠、どうしたの?」

「……レラ」


 レラにありのままを話していく。

 すると驚いた顔をしたのち、笑った。


「すごいね、大師匠様。…大丈夫だよ、師匠。一応全属性使えるんだから! だから行ってきてよ! ねっ?」


 笑顔で押してくるレラに多少不安はあったものの、確かにレラは全ての属性を使え、優秀な魔法使いだ。葛藤が生じたも、それも僅かだった。


「……はぁ、わかった。何かあれば連絡しろ」

「はーい!」


 能天気に笑う弟子を見てふっと笑ってしまう。自分の心配しすぎなのかもしれない、と。


「詫びとして何か叶えてやるから考えとけよ」


 あまり一緒にいてやれないのに、一人にさせてしまうことに対する詫びとしてそう言う。


「…じゃあ、一緒にダンスしてくれませんか?」

「……そんなのでいいのか?」


 もっと考えて言えばいいのに、と思ってしまう。


「いいんです。習うだけ習って踊らないのは勿体ないですから。私と踊ってくれますか?」

「……教えろよ」

「はい! じゃあ待ってます」


 楽しそうに返事するレラを見る。

 手を振るレラにディートハルトも振り返す。

 ダンスは以前も頼まれていたので叶えてやるか、とディートハルトは考えながら歩き出した。

 

 この時の自分の選択をずっと後悔することになるとは当時は思わなかった。

 気づくべきだった。まだレラは十六歳の少女だったと。その笑顔に不安があったことに。


 ──その願いが永遠に叶うことがないことを知らずに、ディートハルトは旅立った。


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