ディートハルト3

「ではディートハルト殿。レラの魔法指導は順調であると?」

「はい。座学については理解が早く、実技では半分の魔法は詠唱を省略して使用することが可能になっています。術式も、正確にどの魔法か判別できるようになっています」

「半分も省略で可能とは。それに術式もか。さすが我が娘。ディートハルト殿、これからも娘、レラの指導をよろしく頼む」


 豪奢な椅子に座る目の前の存在にディートハルトは普段なら見せない微笑みを浮かべる。

 この数年、滞在先で覚えた愛想笑いだ。使うのはこうした謁見の時にしか使用しない。


「勿論です、陛下。レラは優秀です、これからも指導していきます」


 そして挨拶をしてディートハルトは国王──レラの父親がいる謁見の間から出ていった。


「……」


 同じ魔力マナの愛し子であるレラを弟子にして六年が経った。

 やはり愛し子ゆえ、実技はすぐに覚えていった。

 上級魔法や複合魔法は魔力の調整が難しいため、数回失敗して建物を半壊したが、魔法で建物を修復して、基礎として魔力の調整を指導していった。

 すると数日もしたら調整に慣れていき、今ではどの魔法も失敗せずに成功するようになった。

 属性を使わない高度で複雑な術式が必要な魔法も教えるようになり、今では術式を見てどの術式か理解できるようになり、また、レラ自身も術式を作れるようになった。


 術式の使用は本来は十五歳を過ぎて学ぶものだが、愛し子のレラにとったら十三歳でも理解さえしたら簡単に使えるようになっていた。


 このように、本来なら努力して使えるようになるのを魔力マナの愛し子はなんの努力もせずに操作可能にする。

 それは自身も同じで、だからこそ、他人から見たらこの力は恐ろしく感じるのだろう、とディートハルトは理解する。


 王宮の建物に付属する大きな時計台を見る。

 そろそろレラと会う時間だ、とディートハルトは考える。

 王宮に一室を設けられ、国の中でも最高峰の待遇を受けているディートハルトだが、他人とはあまり接しない。

 師であるランヴァルドに一通りの家事については教わっているため、食事だけ提供してもらい、他は魔法で身の回りのことをし、使用人はいない。

 セーラ王国ここに来た当初はレラの魔法の教師であった老師と多少交流していたものの、もともと年齢も重なっていたため、間もなく引退してその数年後、亡くなった。


 侍女たちには遠目から見られてるが、話しかけられることは滅多にないため、基本無視しており、レラの母親は顔は知っているものの、話すことは殆どない。

 そのため、ディートハルトの話し相手は基本的にレラと愛し子に理解のある数人の魔導師くらいだ。

 そう、基本は。


「ディートハルト様っ!」

「……」


 甲高い声で自身を呼ぶ人間にディートハルトは溜め息を押し殺して立ち止まって振り向く。


「…こんにちは、アンジェリーヌ殿下」

「こんにちは! お久しぶりですわね、ディートハルト様!」


 甲高い声で笑って近づいてくるのはアンジェリーヌ・セーラ。セーラ王国の第三王女で、レラの異母姉の一人である。

 確か、この女は王妃の子どもであるとディートハルトは思い出す。


「何用でしょうか」

「ディートハルト様を見かけたので声をかけてしまいましたわ。隣国の高級なお茶が届いたのです。せっかくなのでご一緒しませんか? ディートハルト様の魔法にはわたくし、とても興味あるのです。ぜひお話を伺いたくて!」


 上目遣いで話しかける王女に対し、ディートハルトは声をあげる。


「申し訳ございません、このあと急ぎとりかかる仕事がございまして。残念ですが、遠慮致します」


 早口でそう言うや否や頭を下げておく。

 勿論、嘘である。このあと仕事は特になく、レラと話をするくらいである。


「……そうなのですか、わかりましたわ。では、またお声がけしますわ」

「ありがとうございます。では、失礼します」


 アンジェリーヌの不満そうな声を無視し、それだけ言うとディートハルトは少し歩いて空間転移をして、その場を離れる。


「…急ぐか」


 どうやら自分はアンジェリーヌあの王女に気に入られているらしい。

 確か十八歳になる王女だが、数年前から何かと積極的に自分に話しかけてくる。


 だがその一方で、弟子であるレラに強く当たっていることは知っている。

 王妃の娘であるあの女はどうやら平民の血を引く異母妹をひどく毛嫌いしている。

 選民意識が高いというべきなのか、同じ腹違いの兄妹より、レラの扱いはきついと感じる。

 なら自分が貧しい農民の出で、スラムに住んでいたと知ったらあの女はどんな顔をするのだろう、と考える。

 それを言ってもいいが、レラは言う必要はないと言う。

 だから言っていないが面倒だと感じる。

 第三王女だけではなく、第七王女も最近自分によく話しかけてきてわずわらしい。

 弟子のレラにはみな冷たく接するのに、自分には媚びるような目が不愉快極まりない。


 正直、レラの指導が終了したらすぐに師の元に帰ってやるつもりである。


「あっ! 師匠!」


 明るい声で自分を呼ぶのは弟子の声である。


「レラ」


 弟子を呼ぶと弟子であるレラはニコッと笑う。


「お父様のお話は終わったんですか?」

「ああ、遅くなって悪かったな。第三王女に捕まってな」

「あー、アンジェリーヌ様ですか。アンジェリーヌ様は師匠のこと好いてますからね」


 レラは兄姉たちを名前で呼ぶ。どうやら相手が兄、姉と呼ばれるのを嫌がるらしい。

 にしても、自分はレラによると第三王女に好意を持たれているらしい。

 第三王女に興味もないため、全く嬉しくないが。


「王女がか?」

「師匠は美人ですからね。侍女たちにも人気なのは知っているでしょう?」

「ただ単に愛し子であるから興味があるだけじゃないのか?」

「違いますよ、師匠って鈍感ですね」


 この弟子は少し師に対して辛辣なことを吐き出す。

 だが、不愉快でないのはそこに媚がないからだろうか。


「師匠は本当は二十五歳ですけど、見た目は十八歳くらいに見えますからね。美人だし、アンジェリーヌ様も見惚れてしまいますよ」


 美人だと強調するレラにディートハルトは興味もなさそうにソファーに座る。


「お前もそう思うのか?」

「そうですね。師匠、きれいですよ」

「ふぅん」


 あまり容姿には興味がないため適当な返事になってしまう。

 その返事にレラは「適当ですねー」と呟く。


「それで、それはどうしたんだ?」


 いつものと違い、今日の服は些か豪華な白と淡い黄色のドレスである。


「似合ってますか?」

「似合ってるんじゃないか?」

「えへへ。実はダンスの練習を見てほしくて! このクッキーも作ったんです。食べながら見てください!」


 そう言ってニコッと笑うレラにディートハルトは口を出す。


「俺はダンスなんかの知識はないぞ」

「いいんです。ただこけていないか、足がおかしくないか、失敗してないか見てほしいんです。今度ダンスのテストなんです」

「ふぅん」


 そして、いきます、と言うとくるくると音楽もなく踊り出すレラ。

 正直、早いのか、キレがあるのかもよくわからない。恐らく師ならわかるのだろうが、とディートハルトは考えながらレラが作ったクッキーを食べながら見る。

 だが、蝶のように軽やかに踊り出す姿は美しく見える。

 これはなんと言うのだろう、と考える。


「はいっ! どう? 失敗せずに踊りきりました!」

「おかしくなかったよ」

「やった! これで次のテストは大丈夫!」


 ころころと笑顔を転がすレラに思わずディートハルトも顔が緩んでしまう。

 素直そう、以前師がそう言っていたが確かにその通りだ。

 そうだ、たった今見た蝶のように軽やかに踊る姿はまるで──。


「まるで妖精のようだったな」

「…えっ!?」


 思った感想を口にしたらなぜかレラは顔を赤らめた。なぜ?


「? どうかしたか?」

「い、いえ…。……師匠はこんな人ですから。意味はないんですから…」

「?」


 ぼそぼそ独り言を発しているレラに違和感を持つもほっておく。


「これうまいな」

「本当ですか? 甘さ控えめにしたんですよ」

「道理で食べやすいな」

「それならよかったです」


 そう言いながらレラも自身が作ったクッキーを口にする。


「……師匠って、どんな女の人が好きなんですか?」


 隣に座ってきたレラが自分に問いかけてくる。


「……さぁな。興味もないから考えたこともない」


 年頃のせいらしく、たまにレラはこういうことを尋ねてくる。レラの母親はすみませんと言うが、ディートハルト自身、全く気にしていない。


「年上ですか? 年下ですか? かわいい系? 美人系? どんなのが好きなんですか~?」


 からかい交じりに聞いてくる弟子にディートハルトは欠伸をしながら適当に返事する。


「少なくともガキは嫌いだ。うるさいからな」

「適当ー」


 文句を言う弟子を無視して、ディートハルトは先ほどのダンスを思い出す。


「成人したら夜会でダンスを踊るのか?」


 この国は十七歳で成人である。そうしたらレラも社交界に顔を出すのだろうかと考える。


「一応、そのつもりです。まだ四年も先ですけど。……師匠、その時はダンスの練習相手なってくれますか?」

「……俺がか?」


 レラの発言にディートハルトは瞠目する。なぜ自分なのだろうか、と。


「まだ私は子どもで師匠と全然身長もはなれているけど、きっともうちょっとは伸びてます。だから踊ってみたくて!」


 ニコニコしながらお願いしてくるレラにディートハルトは顔を歪ませてげぇっ、と声を出す。


「俺にダンスを覚えろと?」

「私が教えますよ! 私が先生になります! えへへ、立場逆転です!」


 胸を叩いて宣言する弟子に面倒だと思いながらも断るのもかわいそうに見え、頷く。


「わかったわかった。その時はな」

「! や、約束ですよ! 師匠! ぜっーたいですからね!!」

「はいはい」


 なぜか嬉しそうに笑う弟子を見て、ディートハルトの目元は僅かながらも無意識に柔らかくなる。

 面倒だが仕方ない。それくらい叶えてやろう、そう思ったのだった。


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