第20話 遭遇戦

再び街の西側を抜けて平伏の黄原へやってきた。

相変わらず雷が落ちているが、今日は雨も降っていた。


「これじゃあトカゲは溺れてしまっているのではないかしら」


トカゲを沢山捕まえる気満々だったレイアは、そんなことを心配していた。


「いやいや、今日は奥地まで進んでみるんだからな」


現地の生物や植物の調査は粗方終わったため、今日はハルキに言われたとおり、平伏の黄原の先には何があるのかを調査しにいくことになる。

そこまで遠出するつもりはないので、2日ほど進んで、終わりが見えなければ引き返すつもりだ。

そのために、寝袋などのキャンプ用品や食料を買い込んだ。おかげでブーギーメーシィ姉弟から貰ったお金は全て消えてしまった。まあ、これだけ調査に貢献しているのだ、ハルキからのボーナスを期待しよう。


雷の耐性も上がり、草原自体にも慣れてきていた俺たちは、昨日よりもスムーズに進んでいく。

途中でハシリウニやホウセキアナトカゲを捕まえるチャンスがあれば、忘れず胃袋に詰めていく。貴重な収入源だ。


ちなみにホウセキアナトカゲは、当然雨に溺れるなんてことはなく、穴に横穴えを掘って浸水から逃れていたようだ。相変わらず腕を突っ込むと噛みつくので非常に捕まえやすい。

雨による問題とすれば、電気が流れやすくなることだった。

この草原ではタダでさえ足下の草が帯電するのに、それに加えて水が溜まるので電気が留まり続ける。


「折角慣れてきたってのに、振り出しに戻った感じだ」


流石に最初の頃のように痛みに悶絶するまでではないが、かなり痛いし、身体がうまく動かないこともある。


「厚底のゴムブーツでも履いてくるべきだったわね」


「そうだなあ。今日はある程度進んだら一旦帰ろうか。奥まで行くのは、晴れてるとき…はないから、雨が降ってないときにしよう」


「賛成だわ。視界も悪いもの」


霧なのか、それとも雷で雨水が蒸発しているのか、白く靄がかかったようで前が見えにくい。

こんな状態なのに、トカゲの住処でポコポコ穴が開いているのだから、危険極まりない。


「まあ、雨の日の状況が知れたんだから、これも成果だろ…って、なんだあれ」


あまり遠くは見えないが、遠方に大きな陰が見える。

やや遠いため定かではないが、2~3mほどはあるのではないか。


「岩…か?」


この草原では、ハルキが名付けたとおり、平伏していない者には容赦なく雷が襲いかかる。

だが、俺の気のせいで無ければ、あの陰は動いている。


「私が確認するわ」


「勘弁してくれ、レイアに離れられたら普通に死んでしまう」


「あら…そうよね。ごめんなさい」


結局、俺たちは息を潜めてゆっくりと近づくことにした。

雨が足音を消してくれるため、気づかれにくいとは思うが…。

悪い予感は的中する。

突然影が動き、こちらに向かってきた。


「ベエエエエエエエエエ!!」


近づいてくればその姿はハッキリと視認できる。

何らかの手段で俺たちの存在を把握した獣は、3mほどの巨体をもって、俺たちに突撃してきた。

鳴き声と見た目から判断するに、


「羊か!!」


ねじ曲がった角に、ゴワゴワと膨らんだ毛。普通の羊と違うのは、その毛がバチバチと激しく帯電しているということだろうか。また、サイズもどう考えても普通の羊ではない。

突撃に対して、咄嗟に左側に飛んで避ける。

レイアは、一瞬遅れて、俺が飛んだ方向を確認してから、避雷針を持って、同じ方向に飛ぶ。


「ベエェェ…」


攻撃が不発に終わったことを理解した羊は、クルリと方向を変えて、再び俺たちを視界に捕らえる。

そのとき、雷が羊に落ちた。


「膨らんだぞ!!」


落雷により、羊毛はさらに膨らみ、帯電は激しくなる。


「紳弥、貴方はあの岩の影へ。私はあの羊を片付けるわ」


レイアが俺が屈めば身を隠せそうな高さの岩を指し、そう言った。

俺は素直にその指示に従い、雷が落ちないタイミングを見て、岩のもとに滑り込んだ。

何があってもいいように、ブーギーから買ったスライムの手袋を着ける。

その間に、レイアは避雷針もとい槍を構える。


「来なさい」


羊の突進に合わせて、正面からやりを一気に突き出す。

身長差により、羊の羊毛に覆われた喉元から貫くような形になる。

尖った穂先は巨大な羊に吸い込まれていく。


「ベエ!」


しかし、その身体に届く前に、羊が咆哮したと思うと、その体が光に包まれた。

それは放電攻撃とでも名付ければ良いだろうか。

羊を中心に半径1mほどが光に包まれ、槍とともにレイアが光に包まれた。


「レイア!」


俺は思わず叫んでしまうが、光の中からすぐにレイアは飛び出してきた。


「無事よ。でも槍が溶けてしまったわ」


見れば、レイアの手元には真っ赤に赤熱した液体が付着している。あれが元は槍だったものだろう。

避雷針として使っていたときは耐えられていたのだ。つまりあの羊の放電の電圧が自然の雷よりも高いことになる。


「電気を溜めて放電するのか」


見れば羊は、一回り小さくなったように見える。

モソモソと自分の放電により激しく帯電した足下の草を食んでいた。


「小さくなったなら好都合だわ!」


レイアがすぐに飛びかかり、腕を顕現させながら、横っ面から殴りつけた。

必殺の威力を持つレイアの拳。

しかし、羊にはダメージは一切なかった。

殴ったところの羊毛に衝撃を吸収されたように見えた。


「!?」


全力で力を使ったレイアは、そのまま腕を羊毛に包まれたまま、驚き、硬直していた。

弱体化しているとはいえ、かなりの威力であると自負していた一撃だ。驚くのも無理はないだろう。


「きゃあっ」


硬直してしまっている間に、そのまま暴れた羊に振り払われ、はじき飛ばされてしまった。

そして羊は今度は俺に視線を向ける。


「勘弁してくれ!」


俺はイカソードを抜き、突進してくる羊に備える。

先程のレイアの攻撃は羊毛に阻まれた。であれば、むき出しの顔を狙えば、あるいは。

徐々に彼我の距離は縮まっていく。構えた剣はいつでも突き出せるように切っ先を相手に向けて構えていた。

距離が2mほどになり、あと1秒もしないうちに衝突するだろう。

剣を突き出すのっは、今ーーー!


「駄目よ避けなさい!!」


「ッ!」


レイアの声に反射的に反応した俺は、剣ではなく手袋をした左手を突き出した。

羊の勢いにはじかれた俺は、遅れて敵が放電するところを見る。

あと一瞬遅かったら、放電を受けて消し炭になっていただろう。

吹き飛ばされた俺は受け身を取り、羊が再度突進してきても避けられるように、構える。


「あ」


しかしそんな暇はなかったのだ。

吹き飛ばされた俺の周りには岩も、レイアも、羊もいない。

つまり、この草原における絶対のルールである、平伏しない者への裁きが下る。


「ァ…!」


落雷に打たれた俺は、声を出す暇もなく、地面に倒れた。

全身を瞬時に駆け巡る高電圧は、一気に俺の細胞を焼き切った。


「紳弥ァ!!」


慌ててレイアが駆け寄ってきてくれるのが見える。

俺の身体は一切動かず、激しい痛みで意識を保つことすら難しい。

羊が俺とレイアの間に立ちふさがる。


「邪魔よ、お!!」


突き出したレイアの拳は先ほど同様、羊毛に包まれて本体までは届いていなかったが、レイアはさらに両腕を突っ込んだ。殴るのではなく、掴んでいる。


「ベエェェ!」


ブチブチと羊毛が音を立てながら、羊は宙を舞い、背中から地面に激突した。

見た目からしてかなりの重量があるだろう、すさまじい音を立てながら墜落した羊への衝撃はかなり大きいだろう。


「無事よね!?」


俺に駆け寄ったレイアは、姿勢を低くしながら、岩の側まで運んでくれた。


「ぅぅ…」


相変わらず身体は動かないが、わずかにダメージは回復してきている。少なくとも、意識は保てるレベルだ。

ふとレイアの後ろを見ると、モタモタと体制を整えた羊が、逃げていく様子が見えた。なんとか撃退できたようだった。

しかし、もしまた襲われたら、間違いなく俺は死ぬ。

早く動けるようにならなくては…。


§


雷に打たれたダメージはかなり深かったようで、未だに動けるようにはなっていない。

恐らく最低限命の危機からは脱したものの、相変わらず重傷だ。


「身体を休めるところが必要ね」


いつ羊が戻ってくるか分からない以上、少なくとも奴と遭遇したこの場所からは移動しておきたかった。

とはいえ、雷が落ち続ける都合上、レイアが俺を運ぶこともできないので、移動も困難だ。

避雷針は溶けてなくなってしまった。ここまできた時のような愉快な避雷針作戦も使えない。


今は岩陰にいるから電撃を受けずに済むが、その岩も徐々に落雷で小さくなってきている。

ただ、このままここにいては何も変わらない。

俺はなんとか声を振り絞る。


「…ぁ、ら……って…」


「何?どうしたの?」


うまく発音できなかったため、聞き取ることができなかったレイアが俺の口元に耳を近づける。

今度は気合いをいれて、なんとか言葉になるように発音する。


「このままでは…時間の問題だから…俺は大丈夫だから…」


言いたいことは伝わっただろうか。

レイアは俺の手を握りしめて黙っている。


「…行って…くれ……」


もう一度伝える。

しかしレイアは動かなかった。


「駄目よ。死別したって追いかけるって言ったじゃない。貴方がここで死ぬなら、私もここで死ぬのよ」


違う、そうじゃないんだ。置いていけというわけじゃない、周りになにか使えるものがないか探してきて欲しいんだ。

しかしそう伝えるだけの力は残っていなかった。


彼女は今、ある意味心が折れている。

俺が負傷したところを見て、普通の人間ならば助からない状態になってしまったことでパニックになっているのだ。

だが俺には、転生者から押しつけられた異能がある。時間さえあれば、恐らく助かる。


また、岩に雷が落ちた。もう高さは1mもない。

一度休んで、少しでも体力を回復させたら今度こそレイアに伝えよう。そうするしかない。

俺は目を閉じた。

彼女がそれに反応して強く手を握りしめてくる。


これは賭けだ。一度意識を手放したあと、生きている間に目を覚ますことができるか、そもそも目を覚ましたところで探索してもらう時間が残っているか。

祈りながら眠りにつこうとしたとき、その声は響いた。


「君、何をしている。紳弥くんを殺す気か?」


「…?」


一瞬、誰が発言したのか分からなかった。

それはレイアも同様だったようで、辺りを見渡して声の主を探している。


「普段クールぶっているくせに、肝心なところで冷静になれないなんて、呆れるの一言に尽きるね」


それは、俺のポーチから聞こえてきている声だった。

そういえば、ハルキは端末と感覚を共有していると言っていた。今まで起こったことも、おおよそ把握しているのだろう。


「見てはいなかったが話は聞いていたよ。レイアくん。君は今すぐにここを離れて、周囲に何か使えるものがないか、助けてくれそうな存在はいないか、探したまえ」


「自分だけ安全なところにいるくせに、良いご身分ね」


声の主が、端末を通したハルキだと気づいたレイアはそう言い返した。その言葉には、本部でふざけていたときとは違う、本気の怒りが滲んでいた。しかしハルキはそれでも冷静に、もう一度繰り返した。


「繰り返す。時間が無い。早く行きたまえ」


「ッ…!」


レイアは思い切り地面を殴りつけた。雨でぬかるんでいる地面は、バシャリと泥を激しく散らし、俺たちを汚した。

立ち上がったレイアは深呼吸を繰り返す。


「紳弥、すぐに戻るから」


そう言って彼女は、凄まじい早さで駆けていく。

辺りが白い靄に包まれていて、視界が悪いこともあり、レイアの姿はすぐに見えなくなる。


「彼女には困ったね。君と再会する前は、あんなに弱くなかったと思うが」


端末から聞こえてくるは苦笑混じりだった。先程までの刺すような声ではない。


「たす……っ…」


「おっと、無理して話さず、君も身体を休めてくれ。もし何かあったら起こすから…っと、失敗したな、僕の端末を外に出して貰えば良かった。これじゃあ何も見えない」


残念ながら俺は動けないので、端末はポーチの中のままだ。


「精一杯、聞き耳立てさせて貰うよ。だから休むといい」


心強い司令官様だ。

俺はハルキの声に従って、安心して意識を手放した。


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