第3話 ダイブ

「到着しました」


車に揺られること数時間。

やっと車が止まって、車内から開放された俺を待っていたのは、やはり俺が待望した施設だった。

山間に空いた穴を研究するための施設。

当初あった木は伐採され、様々な建物が並ぶ。

穴があるであろう部分はひときわ目立つドームのような建物が鎮座していた。


「こちらへ」


キョロキョロしていた俺を先導して男は1つの施設へと入っていった。

中に入った俺は思わず驚きの声を漏らした。


「おいおい…日本だよなココ…」


それもそのはず、施設内では様々な国籍の人間が格闘訓練やら射撃訓練を行っていた。軍事訓練場とでも名付けようか、中を見渡すと、ちらほらと素人らしき人間が指導を受けている様子も見受けられる。


「上島紳弥さんには、ここで1年間訓練を受けていただきます。そして、実力を付けていただいた後に、望み通り穴の調査に向かってもらうことになるでしょう」


恐らく最初にこの施設を見せたのは、逃げられないぞ、もしくは逃げたら殺すという意味もあるのだろうか。

しかし、最初から逃げるつもりのない俺からすると疑問が浮かんだ。いや、疑問というよりも、確信だろうか。この質問の答えは、俺が疑問を抱きながら過ごしてきた4年間に対しての回答となるだろう。

緊張で口内が乾くのを実感しながら、俺は訊ねた。


「ただ穴の調査をするだけなら戦闘訓練なんて必要ありませんよね。訓練をするということは…穴の向こうには何かがあるんですね?例えば、異世界とか」


「私には分かりかねます。行ったことがないので。ただ…そのような報告は受けているみたいですよ」


やはり異世界はある!

この4年間の頑張りは無駄ではなかった!

まだ異世界に行けたわけでもないのに、俺は感動してしまっていた。


「答えてくださってありがとうございます。優しいですね」


「別にこのくらい大したことではありませんよ。貴方があちらに行きたがっているのは知っていましたから。それでモチベーションが上がるのであれば、こちらとしてもメリットですので」


男は相変わらず事務的に返すと、訓練場の担当へと俺を引き継いで去っていった。


「よし、今日から1年間、全力でやってやるぞ」


俺は目標が目の前に迫ったことを実感しつつ、決意を新たにするのであった。



かくして1年間が経過した。

本当に訓練漬けの毎日で、当然のように外出は許されなかった。半ば囚人のような扱いだ。


情報についても徹底的に秘匿され、この組織が、機関と呼ばれていること以外は何も分からなかった。


個人でも訓練ばかりで、クラスメイトや同期のようなものも、できなかった。複数人での脱走を企てられないようにだと思う。

唯一、組み手やサバイバル訓練のときは複数の生徒たちで訓練を行ったが。


なので、穴に向かうときも1人だった。

カリキュラムを修了した者から穴に向かうのだろうか。

そして遂に、一度も直接は見たことはない、大穴と俺は対面する。


ドーム上の施設の扉の前で待たされていると、1年前に俺を誘拐した男がやってきた。

急にやってきて何を言われるのか。最初の時以来、この1年間でまともに話したことなどないというのに。


「カリキュラム修了おめでとうございます。反抗的な態度も見せずに、1年間弱音も吐かなかった精神には尊敬を覚えます」


「あ、ありがとうございます…」


予想していた言葉と違いすぎて思わずどもってしまった。


「説明はあったかと思いますが、あちらに向かった人間で、生きて帰ってきた者はいません。ただ…」


いつもテキパキと話す男は珍しく言葉尻を濁す。

そして、サングラスを外して、こちらの目を見ると、こう続けた。


「なぜか貴方なら、と思ってしまいました。頑張ってください」


それだけ言うと、男は再びサングラスをかけて、こちらの返事を待たずに去っていった。

その場に残された俺。


「なんでそんな好感度高いの…?」


俺は思わず呟いた。

そして時間となり、ついに大穴の前に案内される。

恐らく1番偉いのだろう、これまたスーツを着た男が口を開く。


「上島紳弥くん。これから君は大穴に飛び込んでもらう」


大穴の周りには誤って落ちないように手すりが付いている。その手すりの奥に、置かれているパイプ椅子に座りながら男は続ける。


「この大穴の向こうは、所謂異世界が広がっている。そして異世界には危険な原生生物などが沢山いるとの報告を受けている」


口を開く雰囲気でもないので、俺は黙って話を聞いている。

俺の後ろには銃を持った兵士が控えている。万が一穴に飛び込む前に暴れる者が出ても対処できるようにだろう。


「そのための1年間の訓練で、装備だ。特に君は優秀だったと聞いている。期待しているよ」


どこまで本気か分からない男の話を聞きながら俺は背負っている自動小銃に意識を向けた。

今の俺の装備は、自動小銃、ナイフ、拳銃にボディアーマーだ。さながら軍隊だが、これから行くのは戦場ではなく異世界だ。

男は何やら話し続けているが、流石に無視して穴に飛び込むわけにもいかないだろう。


「あちらの情報は少ない。なにせやりとりには確実に最低1名の尊い犠牲が必要となるからだ。だが恐れることはない。異世界には我々の先遣隊が築いた調査拠点があり、我々の街ができている」


話が長いと聞き流していたが、初めて聞く情報が聞けた。


「あちらには我々の拠点があるんですか?」


「む…」


気持ちよく喋っていたところで疑問を投げかけられ、少しむっとしたようだが、男は教えてくれた。


「そうだ。穴が出現してからのこの5年間で我々は度々人員を送り込んでいる。特に最初期には大勢の人間を送り込んだものだ。彼らは今も向こうで生きていて、街を作っている。これから穴に飛び込む君が最初に目にするのはその街だろう」


つまり、穴に飛び込んで、向こうの世界に出たら砂漠だったり、ジャングルだったりして遭難する危険はないわけだ。


「安心しました。ありがとうございます」


「構わないよ。フロンティアへ向かう戦士への、我々ができるせめてもの贈り物だ。ぜひ活用してくれたまえ。そして…」


まだ話し続けようとする男の脇に控えていた女が時刻を確認して何かささやく。男は気がついたように自分の腕時計を見て、咳払いをしてから話を締めくくった。


「まぁ、そういうことだ。我々は君に期待しているよ。直接私が見送ることなんて滅多にないんだ。光栄に思いたまえ。では、そろそろ時間だ」


その言葉を合図に、俺の後ろに控えていた兵士たちが俺を穴に追いやるように一歩前に出る。


「行きたまえ」


「はい」


男の声を聞きながら、俺は穴に飛び込んだ。

穴というからには落下するものかと思っていたが、そうではなかった。

少し落下したのち、身体を包んだのは浮遊感だった。まるで宇宙にいるような無重力感。だが何かに身体が吸われている感覚はある。


ふと後ろを振り向くと、どんどんと光が遠ざかっていく。

周囲は光が届かなくなっていき、真っ暗だ。

しかし、闇は広い。てっきり俺は穴のサイズにあわせて半径3mの円柱状のトンネルが広がっているのかと思えば、そうではない。


無重力感にふさわしく、穴の中はどこまでも広がる宇宙空間のようだった。

こんなのが地球の地下に広がるわけもなく、明らかに物理法則に反した空間に俺は胸の高鳴りを覚えた。


ついに礼亜に会いに行ける。

これは最初の一歩目だ。

入り口の光が完全に消え、暗闇に包まれたとき、急に目の前に光が満ちる。


「ついに…!」

俺は期待に胸を膨らませながら、光に包まれていった。


§


少女は待ち焦がれていた。

暗い古城の中、最愛の幼馴染が迎えに来ることを。


「待っていました。このときをずっと…」


ずっと待ち続けていた。

来る日も来る日も元の世界から人間が送られてくる。

ただ、その中に彼女の待ちわびる男はいない。

しかし、信じていた。


「彼は必ず私を迎えに来ます」


盲目的に信じている。

古城とは言うが比較的綺麗な窓。

その窓際で彼女は空を見上げる。


何もない空に穴が開くのが見えた。

それはこちらの世界へ誰かやってくる合図。

幾度も繰り返される光景だったが、今日は違う。


「ほら、迎えに来てくれました」


遂に彼がやってきた。

最愛の幼馴染に会いにやってくる彼、私の最愛の幼馴染。

彼女は窓を開け放ち、空に手を向ける。


「私はここです。ここにいます」


穴から光るものが飛び出してくるのが見える。

本来であれば、重力に従ってすぐ下の街で受け止められるはずの光。

それがどういうわけか、その軌道を急激に変え、少女の方に真っ直ぐ吸い寄せられてくる。


「もう、待つのは嫌なんです。だから私が迎えます」


凄まじい速度で古城に向かって飛んできているのは若い男だった。

そのまま速度を落とさずに少女に吸い寄せられ、開け放たれた窓から城の中で腕を広げる彼女に突っ込んだ彼は、少女を巻き込みながら当然受け身も取れずに激しく壁に打ち付けられた。


「会えて嬉しいです」


常人であれば気を失ってもおかしくない衝撃を受けたはずの少女はなんともないように、血まみれで気絶する彼を優しく抱きしめた。

少女自身もかなりの出血をしているようだった。


「………」


少女は男の顔をまじまじと眺める。少し不思議そうな顔をして、その後なにかに納得したかのような顔で彼を抱いて立ち上がった。

そしてそのまま彼を抱いたままどこかの部屋へ消えていく…。

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