死んだ幼馴染に逢うまでは

愛夢 永歩

第1章 幼馴染と異世界

第1話 絶望と希望


「今日は唐揚げよ。ありがたく召し上がりなさいな」


俺の目の前にとても美味しそうな、揚げたての唐揚げが並べられた。食欲をそそる香りが席に座っている俺まで届き、食べる前から素晴らしい味を予感させる。


「いつもありがとう、助かってるよ」


俺は目の前の美少女にお礼を言う。

すると彼女は満更でもなさそうに、鼻を鳴らした。

両親が幼い頃に他界した俺が家族と呼べるのは幼馴染である竹中礼亜だけだった。彼女は今日だけでなく、甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれている。


礼亜も幼い頃に母親を事故で亡くしていて、父親は仕事でいつも家にいなかった。隣近所に住んでいて、似た境遇の俺たちはすぐに仲良くなり、今ではお互いがお互いにとって欠かせない存在となっている。


腰まで伸びた綺麗な黒髪、ミステリアスな雰囲気、そして頭も良い。

そんな黒髪美少女と半同棲のうえ、お世話してもらえるなんてことで、学校ではよく普通に仲間外れにされていた。だから礼亜以外に友達はいない。


礼亜もどこか不思議なところがあって、口調が演技がかっていたり、本気で天使や神様の存在を信じていたりして、その独特な雰囲気からクラスの女子の集まりからは仲間外れにされているようだった。まぁ本人は気にしていなそうだったが、あの人堕天使だから近寄らないほうがいいわ、なんて言われればそりゃビビる。

そんなわけでお互い学校では浮いていたわけだが、俺には礼亜がいれば良かったし、彼女もそう思っていてくれていると感じていた。


だからこそ夕飯のあと、彼女からこう言われたとき少し驚いた。


「来月、友達と一緒に東京に遊びにいってくるわ」


なんと、俺以外に仲が良い友達がいたのか。

流石に口には出さなかったがそう思わざるを得なかった。

少しショックを受けながら、努めて平然と返事をする。


「そうか、気をつけてな」


すると彼女は、なにか考えるように少し間を開けてから、


「そうね、気をつけるわ」


と答えた。

その様子に何故か不安を覚えた俺は、当たり前のことを念押ししてしまう。


「ちゃんと帰ってくるんだぞ」


俺の不安げな気持ちが伝わったのか、彼女は俺の手を握りながら笑う。


「ふふ、もし…帰ってこなかったら、紳弥、私のこと、迎えに来てくれる?」


「かわいい幼馴染のお願いなら、よろこんで」


その手を握り返しながら、俺は確かにそう答えた。

可愛く微笑む礼亜。

少し違和感を残しつつも、これで旅行の話は終わった。

あとはいつもどおりの他愛もない会話をして、夜も遅くなったということで礼亜は隣に並ぶ自分の家へ帰っていった。


そしてその数日後、旅行の日が来て、礼亜は旅立った

俺は空港まで見送りに行って、その後は家に帰宅し、いつもどおりの休日を過ごす。

ゲームや読書をしながら過ごし、何事もなく日常が続いていくはずだった。


しかし、その日の深夜、礼亜の父親が沈痛な表情で俺の家に訪れる。

俺は、嫌な予感を感じずにはいられなかった。

礼亜と仲が良いため、当然その父親とも面識はあるが、一対一で話すことなんてほぼなかった。

だから、何かあったことは察した。


「こんな夜遅くにごめんな、でも紳弥にはすぐに伝えなければと…」


「大丈夫ですよ、どうぞ上がってください」


玄関先で話をするのも、と続けようとした俺を遮るように、礼亜の父親はボソリと項垂れながら言った。


「礼亜の乗った飛行機が墜ちた。乗客は…全員死亡して…礼亜も…」


「…は?」


何を言っているか理解できなかった。

今日だって、朝、普通に挨拶をして、朝ごはんを作ると言われて、でも今日は10時の飛行機に乗るんだから、今日くらいは作らなくて大丈夫だと言って…。

そんな普通の日常を過ごしていたのだ、俺たちは。

それなのに…礼亜が死んだ…?


「身元確認が済んだ遺体から家族の元へ帰してもらえるらしい。礼亜はすぐに身元が分かったらしい。明後日、帰ってくる…」


礼亜の父親は他人事のように語る。恐らく実感がないのだろう。俺だってそうだ。


「そうですか」


なんとか返事をすることはできた。

目の前の男性が死にそうな様子を見て、少しだけ冷静になれていたのかもしれない。


「今日は、これで失礼する…」


そう言って、彼は去っていった。

妻を失い、悲しむ暇もなく、娘のために働いて、今度は唯一残された娘を失った。その絶望は計り知れないだろう。

その一方で俺も、唯一無二の存在を失ったことで、しばらくその場から動けずにいた。


玄関の扉がゆっくりと音を立てて閉まる。

もうこの扉を開けて、帰ったわよ。なんて彼女が来ることはないのだ。

そう、二度とない。



それから礼亜の葬儀まではあっという間だった。

この数日間どのように過ごしていたか覚えていなかったが、俺はなんとか生きている。


礼亜の遺体は損壊は激しいものの、頭部は比較的無事だったようで、最期の挨拶をすることができた。

艷やかな黒髪、長いまつ毛、そして生気のない白い唇。

綺麗な死に顔だった。今にも起きて来そうな、とは思わなかった。ひと目見ただけで分かる異様な雰囲気。

間違いなく…死んでいた。

見ているのが辛かった。

愛嬌のあった顔が、冷たく固まっているのを見ると、死への忌避感が湧き上がってくるようで。

それ以上に、このまま見ていると、死に引き込まれてしまうような感じがした。


「さようなら、礼亜」


だから俺は一言だけ告げて、葬儀場を後にした。

葬式は遺された人たちが心の区切りを付けるためのものとよく言うが、そのとおりなのかもしれない。

帰宅した俺は、なんとなく気が向いてテレビをつけた。


ニュースは飛行機事故の話題で持ちきりだった。

久しぶりに国内で飛行機事故が起こったのだ。それは話題になるに違いない。

飛行機には有名人も何人かいたようで、チャンネルによっては追悼番組なんてものをやっている。

しかし、どのチャンネルでも必ず話題になっていることがあった。


ーーー事故現場に正体不明の大穴が空いた。


埋めようとしても埋まらず、どんなに中を照らしても何も見えない。物を落としても落下音は聞こえないし、ドローンなんかも通信が途絶えるらしい。

異次元への入り口だ、空へ繋がるゴミ箱だ、なんて面白おかしく報道されていたが、俺にとってはどうでもいいことだった。


俺はどうしようもなく全てにおいて投げやりになっているのが自分でも分かった。

自分が生きているのが奇跡なくらいだった。

だが死ぬわけには行かなかった。


俺はあれから礼亜の家に定期的に通っていた。礼亜に関係するもので俺に遺されたのは礼亜の父親くらいだったし、日に日に弱っていく礼亜の父親を見ていられなかった。多分あちらからすれば、俺のことも同じく思っているのだろうが。

俺が死ねば、礼亜の父親も死ぬだろう。いつしか俺たちは、いわば共依存の関係になっていた。


礼亜はあれでも父親を大事にしていた。仕事でいつも家にいない父親ではあったが、父の日には必ず贈り物をしていたし、そんな父親の貴重な休暇のときには一日父親と一緒にいた。

そんな父親が死ぬのは礼亜は望まないだろう。

ただ、礼亜の父親は家に帰るときは深夜に帰ってくるため、それに合わせて生活していると、自然と夜型の生活になる。


高校にはいかなくなった。

どうせ仲の良かった友達もいなかったし、問題ない。

そんな日々がしばらく続いたとき、再び世間を大騒ぎさせるニュースがテレビで発表された。

不思議な大穴への有人調査が終了したらしい。

俺は、ぼーっとそのニュースを眺めていた。


「穴から帰還した調査員は残念ながら命を落としてしまっていましたが、貴重な資料を持ち帰りました」


アナウンサーは言う。

いつの間にそんな調査が行われていたのかも知らなかったが、俺はアナウンサーが話した次の一言に頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

画面には一冊のメモのようなものが写っている。

アナウンサーはこう言った。


「これは、あの飛行機事故で亡くなった作家の作品の、続編だそうです。サインも書かれており、直筆の可能性が非常に高いそうです」


つまりはこういうことだ。飛行機事故で死んだ作家が穴の中で新作を書いていたというわけだ。

しかしあの飛行機事故は、搭乗者全員が身元が確認された死体として発見されている。

それはつまり、死者が小説を書いていたことになる。


「さらに、巻末にはこのような一文が記されています」


俺の思考を遮るようにアナウンサーは続ける。

俺はすぐさまそちらに向き直り、テレビの音量を上げた。

すると、テレビからは信じられない一言が飛び出した。


「私はこちらの世界で生きている。そのような一文が記載されており、その真偽を確かめる必要がありそうです」


「は…?」


思わず固まってしまった。

その間にも番組は進行していく。


「流石にそんなのはフィクションの中だけでしょう。誰かのいたずらじゃないんですか?」


「ですが遺族の方からは、間違いなく本人の字だと言うコントが出ておりますが」


「そりゃあ遺族の方は、まだ心のどこかで無事を願っているでしょうしねぇ。いくら例の穴が正体不明だからといって、流石に死者の国につながっているなんて話はないでしょう」


「いやいや長谷川さん。この穴は本当に未知の存在で、今までの常識を覆すような存在なんです。もしかしたらそういう可能性だってありますよ」


「流石にオカルト過ぎやしませんかねぇ〜」


「そもそも、調査員が亡くなったことのほうが問題ではありませんか?」


コメンテーターやゲストの芸能人たちがワイワイと話している。

普通に考えればあり得ない。

だが、もし本当にあの穴が死者の国に繋がっているとしたら?


「ッ!!!」


気がついたら俺は走り出していた。

まだ明るい時間帯だ、礼亜の父親は帰っていない。

全力で駆ける俺を通行人たちは怪訝な目で見ていた。

しばらくまともに食事もしていなかった身体はすぐに悲鳴を上げるが、足は止まってくれない。

更に言うなら、どこかに向かっているわけでもなさそうだった。

ただ、そう、居ても立っても居られなかったのだ。

息を切らしながら叫ぶ。


「奇跡だッ!あの穴はあの世に繋がっているかもしれない!!」


いや違う。あのメモには、『こちらの世界で生きている』と書かれていたのだ。

つまり、つまりは。


「礼亜はあの穴の向こうで生きているんじゃないか!?」


冷静に考えればそんな筈はない。俺は確かに礼亜の遺体を見ているし、この世はそんなファンタジーがまかり通る世の中だっただろうか。

だがしかし、俺はそのとき何故か確信していた。

…礼亜は向こう側の世界で生きていると。

ふと、礼亜が旅行に行く前にしていた会話を思い出す。


「ふふ、もし…帰ってこなかったら、紳弥、私のこと、迎えに来てくれる?」


彼女はそう言っていた。

約束を果たすときが来たのだ。


「約束通り迎えに行くよ、礼亜」

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