考え事と決意 [side 沙織]

[side 沙織]


 7月も半ばを過ぎた頃。私はいつものように職場に行き、仕事をしていた。

 黙々と作業をこなしていると、同僚が話しかけてきた。


「ねぇ、姫井さん。最近、何かあったの?」


「えっ?」


「だって、いつもより頑張ってる気がするから……」


 彼女に言われて、私は首をかしげた。


「そう……なのかしら?」


 私がそう答えると、彼女は心配そうな顔をして言った。


「自覚ないの?……まぁ、いいけどさ。無理だけはしない方がいいわよ?」


「わかっているわ。ありがとう」


 そう返すと、彼女は微笑みながら自分のデスクに戻っていった。

 そんな彼女の後ろ姿を見ながら、私は考え事をしていた。


(私はいつも通りにしているつもりだったけど……。そんな風に思われていたなんて……)


 ……正直なところを言うと、あまり実感はなかった。でも、周りの人たちから心配されてしまうということは、やはり疲れが出ているということかもしれないと思った。

 私は小さくため息をつく。そして昼休みは、気分転換のために外へ出かけることにした。



***

 10分ほど歩いて、近くの公園にやってきた。ここは私のお気に入りの場所であり、『Bar 天の川』から近い場所でもあるのだ。

 そのためかはわからないけれど……ここへ来ると心が落ち着く気がした。ベンチに座ってぼんやりとしていると、誰かに声をかけられた。


「おや?姫井さんではありませんか」


 振り向くと、そこにはカササギさんの姿があった。


「あっ、カササギさん。こんにちは。お買い物帰りですか?」


「えぇ。そうですよ。姫井さんは……休憩中ですか?」


「はい。そんなところです」


 私たちはお互いに挨拶を交わした後、しばらく雑談をしていた。

 そしてふと、カササギさんが思い出したように言った。


「そういえば、最近はお店に来られていないようでしたが……。お忙しいんですか?」


「えっと……そうですね……。前ほどではないですが、それなりには……」


「そうだったんですか……。大変ですね……」


 カササギさんは同情するように言った。


「いえいえ。それほどでもないですから」


「……でも、あまり根を詰め過ぎないようにしてくださいね。……もし良かったら、今日の帰りにでもお店に来てください。美味しいカクテルを用意しておきますから」


「本当ですか……?嬉しいです!ぜひ行かせてもらいますね!」


「えぇ。お待ちしています」


 そう言って、私たちは別れた。その後、私は会社に戻り、午後の仕事に取り掛かったのだった。



***

 その日の夕方。仕事を終えた後、私は『Bar 天の川』へと向かった。


「こんばんは〜」


 店内に入ると、カササギさんが出迎えてくれた。


「姫井さん。来てくれて、ありがとうございます。さぁ、どうぞこちらへ」


 そう言って、彼はカウンター席へと案内してくれた。

 しばらくして、私の前にグラスが置かれた。


「これは……何というカクテルなんでしょうか……?」


「『ジン・トニック』というカクテルです。まぁ、飲んでみて下さい」


「はい……」


 言われるままに口をつける。すると、爽やかな甘さが口に広がった。


「とても飲みやすくて……おいしいですね……」


「そうですか。気に入って頂けたなら、何よりです……」


 彼は満足げに笑いながら言った。それからしばらくの間、私たちの間に沈黙が流れた。

 すると、彼がおもむろに話し始めた。


「……姫井さんは、やはり星野さんと会いたいと……そう思っていらっしゃるのですか?」


「えっと……その……」


 いきなり核心を突かれてしまい、戸惑ってしまった。そして、彼の問いに答えようと必死に言葉を探した。


「……やっぱり、寂しさはありますね……。もう1ヶ月以上会っていませんし……。電話越しでは……物足りなくて……」


「そうですか……。……星野さんも同じ気持ちだと思いますよ?」


「えっ……?」


 彼の意外な一言に、思わず聞き返してしまった。


「星野さんは姫井さんのことを愛していて、姫井さんに会いたいと思っているはずです。……ですから、姫井さんが会いに行くことで、星野さんも喜ぶでしょう」


「でも……私にも仕事が……」


「それなら、星野さんのいる街で、新しく仕事を探せばいいのではありませんか?」


 彼の提案に、私はハッとした。

 確かにそうだ。何もかも捨てて、星野さんの元へ行ってしまえばいいんだ。そうしたら、彼と一緒にいられる。

 それに……もしかしたら……私も星野さんも、もっと幸せな日々を過ごせるようになるかもしれない。


「……カササギさん」


「はい?」


「……私、星野さんの元へ行きます!」


「えぇ。……それがよろしいかと」


 彼は優しく微笑んでくれた。その笑顔を見て、私は決意を新たにしたのだった───。

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