虚流区域

西川東

虚流区域

虚流区域きょりゅうくいき-その1-


 今回は夢にまつわる話なのだが、これは私の体験談でなく、よわい四十ほどになる会社員のGさんから聞いた話。



 


「昔の自分が昔暮らしていた場所で何かをする夢ってありますよね。自分の場合ね、夢の中の舞台がきまってかつての実家周りなんですよ」


 現在、Gさんは東京在住だが、かつては山奥の田舎で暮らしていたらしい。

  その夢は毎回同じ内容で、


 ①母親に面と向かって「いってきます」と声をかけて実家を飛び出す。


 ②実家周りの場所を毎回ランダムに支離滅裂な順番で歩き回る(※)。


 ③いつまでたっても行先にたどり着かずに目が覚める。


(※たとえば公園のなかを通り過ぎると、つぎは小学校の体育館の壇上を歩いている)

 といったものだ。



  私も奇妙な夢をみたり、時折ほかの方の夢の話を聞く機会がある。しかし、Gさんのように同じストーリーの夢を三十年近くもみ続けるという話は聞いたことすらない。


 そしてこの夢の大きな特徴は、絶対に『母親』が出てきて、『行先』にたどり着かないということだ。

 そのことになにか心当たりはあるのですかと私が問うと、Gさんは顔中の皺をゆるませ、なにかを懐かしむ様子で思い出話を始めた。




  Gさんが田舎のことでよく思い出すのは、近所の川にあった中州、小学生の頃に当時の友達らとよく遊んでいたその場所だという。


「どうでもいいことまでよく覚えているんですよ。暑い夏の日、みんなでダンボールの船を作って川を渡ろうとしてたんですね。『そこ持っとけよ』、『ここ穴空いてるぞ』なんて声をかけたり、途中で通る畦道あぜみちの青臭いにおいも、その直前に読んだ漫画の内容も、もっと遡るとダンボール片手に『いってきます』と母親に声をかけて家を出たのも覚えている。でも・・・」



 いよいよダンボールの船で出航だというときになにかを踏んだ。




 そこから先をGさんは全く覚えていない。 なにか丸いものを踏んだ感覚だけが残っている。



「故郷のことで最後に覚えているのはそれだけなんですよ」




 気づけば東京の今の実家で目を覚まして夏休みが終わっていた。

 夏休みからその日までの記憶がなく、いつのまにか引っ越していた。

 なぜ引っ越したのか聞いても「父親の転勤で・・・」の一言で片づけられてしまう。 それからはずーっと東京暮らしで今に至り、いつの日にか以前の実家の地名や、友達らの名前なども忘れてしまったという。






  「もう何年も行ってないのに、あのときの自分が、あの頃に住んでいた家からダンボール片手に『いってきます』と母親にいって飛び出す。よくみた家並みだとかを走り抜ける。なにか急いでいるんだけど、行先には一向につかないまま目が覚める」


「そうなんですよ。なぜか行先の、あの〝中州のある川〟だけが絶対に夢には出てこないんですよ」





  ・・・という話を数年前に聞いていた。 ここまでだと単に気味の悪い話で終わりである。が、最近になってGさんから「話が変わった」というメールが来た。



             【つづく】

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虚流区域 西川東 @tosen_nishimoto

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