第3話 今日は料理とあーんで魂を貢いじゃう

 部屋に入って、彼女はただただ疲れたため息を吐く。

 なぜなのか。それは目の前に広がる光景によってだ。


「あなたは…どうやったらそこまで自分を追い詰められるの。命のギリギリ選手権の世界チャンピオンでも目指しているわけ?」


 床で寝落ちているところや魂の灯火が相変わらず貧弱なのは前回のままだが、以前と違うところをあげるとすると、彼は身体に包帯が巻かれている。


「なんで骨折までしてるのよ! この前までは過労で精神が満身創痍ってだけだったのに、今度は肉体も満身創痍じゃない! 心身ともに死にかけですってね!」


 彼はヨタヨタと起き上がって冷蔵庫からビニール袋を取り出す。


「またプリンかい! しかも二個。今度は冷蔵には気が回ったみたいね! 消費期限にまでは気が回らなかったみたいだけど!」


 プリプリと文句を言いながらも食べ始める。


「決めた! あたし今日からここに住む! 少しでもあなたの生活状況を改善しないと、これはどうにもならないってわかったわ」


 男が明らかにめんどくさそうな目で彼女の方を見る。


「何よその目は。むしろ感謝しなさい。こんな美少女のサキュバスが一緒に住んで、甲斐甲斐しくあなたの世話を焼いてあげるんだから」


 勝手なことを言うなと言われてしまうが、彼女としてもこんなところで引き下がるわけにはいかない。


「いいえ、勝手にさせてもらうわ。だって私悪魔だもの。悪魔が人間に気を遣うわけないでしょう。だいたい、新人研修の難度Eのあなたの魂が回収できなかったら、あたし見込みなしで消されちゃうんだから」


 そう言って彼女はどうやってかわからないが、エプロン姿…いや、裸エプロンへと変身する。


「ふふふ、そしたらまずは…これよ! 裸エプロン♪ 普通はこれで相手をメロメロにするだからっ。まあ……どうせあなたはふーんくらいにしか思わないんでしょ…って見てないし! いいわよ別に、もう慣れたから」


 そう言いながらエロい仕草で調理を始めていく。どうやってかはわからないが、何もないところから食材を取り出していっているようだ


「どうせ冷蔵庫は空なんでしょう? 悪魔は食材だの調味料だのは全部ご都合主義だから大丈夫よ。本当はこの後ろ姿とか細かな挙動で、見えそうで見えないのを演出して相手を誘惑していくんだけど、あなたのことだから仕事を……もうしているわね」


 呆れ過ぎてため息すら出なくなっていた。


「ちょっとだけショックだわ。自分の容姿には自信あったのに。騙せない男なんていないと思ってた。まあ、あなたの場合は騙す必要性すらないけど。…あなた警察にも捕まっていないんでしょ? 残念だったわね。警察の目は誤魔化せても閻魔様の目は誤魔化せないわ」


 これに対して、彼は心臓を蝕まれたかのように顔が歪む。大方うまく逃げおおせたとでも思っていたのだろうか。そんなことを思いながら、見る見るうちに料理を仕上げていく。


「はい、できたわよ。魔法のような早さでしょ。まあ、実際魔法みたいのを使っているんだけどね。今日も今日とてあなたは死にかけだから、ご飯の中にあたしの魂を混ぜ込んでおいたわ。食べるだけで元気モリモリよ♪ ふふふ、あーんしてあげよっか。………え? やけに素直に応じるわね。じゃあ…はい、あーん♪ …って、仕事しながらするんかい!? 両手が塞がらなくて便利ってどんだけあなたはストイックなのよ!」


 彼は顔をほとんどパソコン画面に向けながら彼女からのあーんを食べていく。


「なんか…思っていたのと全然違うわ。あーんって、する側にももっと満足感のあるものだと思っていた。なのにあなたときたら、どんな甘い展開もすべてを無味無臭に変えてしまうハイパーデオドラントみたいな存在ね」


お前は香水臭いけどな、というツッコみは無視する。そこじゃねぇし。


「……ねえ、あなたどうしてそこまで仕事をかけ持っているの? その骨折って明らかに肉体労働系の仕事でしょ? でも今あなたがやっている仕事は明らかにプログラミングの仕事だわ。職種が全然違うじゃない」


 だが、彼はこれに無言しか返してくれない。

 一瞬事故による骨折かとも思ったが、彼が敢えてスルーしているところを見るに、サキュバスの指摘していることはおおよそ当たっているのだろう。


「ふーん、答えてくれないんだ。まあいいけど。なんにしても早く元気になってよね。最近上司からせっつかれてるんだから。あの超楽ちん研修案件はどうなったのかーって」


「つまるところ、それがこの家に居座る理由なんじゃないのか?」とツッコまれてしまう。


「ち、違うわよ! 別に上司からチクチク言われるのが嫌でここに居座るわけじゃないんだから! あくまであなたに元気になってもらうためよ! そうしないと周囲の目が痛い…じゃなくてあたしの成果が上がらないじゃない!」


 そう言って無理矢理彼のノートPCを閉じる。


「いい? 今日はもう仕事をやめて寝なさい! ダメよ! パソコンはおしまい! あたしがいるんだからちゃんと規則正しく生活してもらうんだから! どうせベッドに誘ったってあなたは睡眠か仕事を優先するんでしょ。ならせめて寝て回復して」


 そう言って彼をベッドに押し倒す。押し倒すの意味が、普通のサキュバスがやるのとはまるで違うが。


「はいおやすみなさい。あたしは掃除とか洗濯とかいろいろやっとくから。あなたの魂回復には抜本的改善が必要だわ。それと…えっと…これ……チュ」


 彼女は隙を見て彼と唇を重ねる。


「お、おやすみのキスよ…。か、勘違いしないでよね! 魂をもう少し分けておいただけなんだから。あなた今にも消えそうだから見ていられないの。さ、もう寝なさい」


 そう言って彼は無理矢理睡眠を取らされることとなったのだった。

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