第2話:タスク
ゆなちゃんとひーちゃんが一緒に暮らし始めて十日が経ちました。
今日は土曜日、初めての落ち着いた週末です。ITエンジニアのひーちゃんは忙しく、ゆなちゃんは慣れない家事、主に早朝に起きてひーちゃんのお弁当を作ることと、疲れて帰ってくるひーちゃんのために晩ご飯を用意することに必死で、自分が疲弊していることにすら気づいていませんでした。
「今夜は僕がご飯作るよ!」
朝十頃起きてきたひーちゃんは、開口一番そう宣言しました。
八時に起きて朝ご飯を用意していたゆなちゃんは朝食の配膳をしてから、是非お願いしますと言いました。本来であれば一緒に作りたいところですが、ひーちゃんはこだわりが強いので、以前おうちデートで一緒にふたりで料理をしてみたら半ば喧嘩に発展しそうになったのです。
夕方まで二人はテレビを見て過ごし、スーパーが混まない内にとひーちゃんはひとりで買い出しに出かけました。
レシピは内緒だそうです。ゆなちゃんは、料理の巧いひーちゃんが、一体自分のために何を作ってくれるのか、本当に楽しみでした。
「ただいま〜!」
大型のエコバッグを肩から提げたひーちゃんは笑顔で帰宅し、サプライズにしたいからと、ゆなちゃんに寝室で待機するよう言いました。ゆなちゃんは素直にそれに従いました。
——私の好物を作ってくれるのかな、お好み焼きかな、ビーフシチューかな?
自分が作ったものを食べてもらうのも嬉しいですが、その逆もまた然りです。
ゆなちゃんは、ひーちゃんが寝室に組み立てた例の五百冊収納可能な文庫本用本棚二つを眺めながら、ふたりで役割分担をして、趣味も分け分けっこして、ふたりの時間を大切にしていきたいなぁ、としみじみ思いました。
異変に気づいたのは約二分後でした。
キッチンの方から、音楽が聞こえてきたのです。しかも、かなりの大音量で。
不審に思ったゆなちゃんは、思わず寝室を出てキッチン兼ダイニングに向かいました。この部屋はキッチンのスペースが広く、壁際のキッチンの真後ろに食卓を置き、二人はそこでいつも食事をしています。
が、ゆなちゃんはひーちゃんの姿を見て驚愕しました。
「ひーちゃん何やってんの?!」
どうやらお好み焼きを作っているらしいのですが、ひーちゃんはスマホからBluetoothスピーカーで音楽を大音量で流しながら小さいフライパンにおそらくは一枚目であろうお好み焼きを置いたまま、食卓にスタンド付きのラップトップPCを置いて猛スピードでタイピングしており、さらにスマホでゲームをしていたのです。
「え、何が?」
「火を使ってるのにパソコン触ったり、音楽はともかくゲームとか、危ないよ!」
「え、普通じゃない? もうすぐ一枚目ひっくり返すし。ゆなちゃんが好きだからちゃんと生えびも入れたよ!」
確かにひーちゃんは、料理・プログラミング・音楽鑑賞・ゲーム、というタスクのいずれにも、支障は来していませんでした。
——でも、でもおおおおおぉぉぉ!!!
ゆなちゃんはにこにこしながらエンターキーを軽やかに押すひーちゃんにとても複雑な感情を抱きました。
「っていうかゆなちゃん、待機しててって言ったじゃん! 駄目でしょ、出てきたら!」
「え、あ、うん、ごめん……」
寝室に戻ったゆなちゃんは考え込んでしまいました。
——料理の時は料理だけ、っていうのは、私が料理下手だからかなぁ……。
音楽を流しながら料理、くらいなら理解できます。
でもプログラミングやスマホゲームも同時、となると、やっぱりタスクが混ぜ混ぜなような気がしてならないのです。
——家事ができる人にとっては、あれが普通なのかなぁ。
ゆなちゃんはため息をつきましたが、その次の瞬間、ひーちゃんが寝室にやってきて、
「お好み焼き、できたよ!!」
と満面の笑みで言いました。
その大好きな笑顔を見ると、ゆなちゃんは、やはり自分の力不足なのだろうと考えてしまいました。
ひーちゃんのお好み焼きは絶品でした。
先日ゆなちゃんも自分のお昼ご飯兼テストとしてお好み焼きを作ってみましたが、出来のレベルが違いすぎました。それがさらにゆなちゃんの、『自分の考えが間違っている』という思いを強化するのでした。
——ひーちゃんの言う『普通』に、私はついて行けるんだろうか。
とっても美味しいお好み焼きを噛み締めながら、一抹の不安に襲われるゆなちゃんでした。
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