第16話 アタッカーの初級指導

朝露が落ちる瞬間を狙って、鋭くレイピアが突かれる。


小さくて捉えるのが難しい露を、正確に突き刺したリリアの剣は美しかった。



「随分と早くから練習をしているんだな」


「先生。ええ、冒険者になろうと思った日から毎日欠かしたことはありません」



その言葉に恥じない寸分違わぬ突きは、彼女の鍛錬がその身に熟練されていることを教えてくれる。



「やっと指導してくれるのかしら?」



セシルに付与魔法を教え。

ガロのダンジョン攻略の準備のため、リリアの指導は後回しになっていた。


中級指導に入っているディーはまだまだ時間がかかるため、他の二人を優先していた。



「ああ、リリアは一番練習熱心だったからな。俺が指導を行わなくても十分に戦えていた」


「ええ。自分でもそう思っているわ。それでも先生には一撃すら入れることができなかったわ」



先ほどと同じようにリリアがレイピアを突き刺す。


俺との戦闘を思い出したのか、少し力が込められていた。



「君の突きは美しい」


「なっ何よ急に」



顔を赤くして照れるリリア。



「だが、それ故に読みやすい。君の肩を見ていれば、どの角度で放たれるのかが分かってしまう。それに初動で肩が動き始めればタイミングを判断することも出来てしまう」



モンスター相手であればそんな読み合いをしなくてもいいことだ。

だが、冒険者とは時に盗賊や、賞金首などの人を相手にすることがある。

熟練の相手ならば、リリアの弱点を見抜くのはたやすいことだ。


「肩?」


「ああ、半身になり突き出される瞬間は見えないように工夫はしている。

だが威力を出すために体を捻り突き出される剣は肩から始動される」



アイテムボックスからレイピアを取り出して構える。


剣を隠すように構えるリリアの構えとは異なる。


身体を半身に剣を右手構えて、あえて剣を突き出すように構えを取る。



「威力を出したいなら足を使え」



剣をリリアの腹に構えた状態で体全体でリリアの後ろにある岩へと突き入れる。


全身のバネを使って放たれたレイピアは岩を貫いた。



「なっ!」


「確かに上半身の捻りを使って隠しながら剣を突き出すのは一つの武器になる。

だが、レイピアの使い方が一つだけでは幅がない。

何より根本的にリリアの体力が無さ過ぎて剣を使いきれていない」


「毎日、練習はしてきたわ」


「ああ。だから効率的な振り方は出来ている。

だが、下半身と体力がついて行っていない。単純な話だが下半身が弱すぎる」



女性である以上、上半身の捻りだけではどうしても威力にかける。

レベルが上がれば自ずと解消されるが、すでに冒険者としてレベル10に達していてその程度ということは基礎的な体力がないということだ。



「下半身?」


「そうだ。お前の剣技は綺麗で応用は必要だが基本は出来ている。

だが、お前自身が剣技についていけていない。だから走り込め。下半身を追い込め。体力をつけろ」



俺は屈んでリリアの足を払う。


地面に激突する前に受け止めてやる。



「なっ!」


「今の足払いに耐えられる程度には鍛えろ」


「わっわかったわよ。だから離して」



リリアが急いで立ち上がる。



「走るだけでいいの?」


「ああ、そうだな一日中走れ。最低6時間ぐらいは続けて走れるようにな」


「いつまで?」


「一週間後。確認させてもらう」


「わかったわ」



一週間、リリアは約束通り走り込んだ。

走り込むだけでなく、毎日の日課にしている素振りをして走りに行って共同生活のルールも守る。

自分の当番の時は食事を作り、みんなと一緒に掃除をする。


人に厳しく当たる人間は、自分に対しても厳しくなる。


ただ、それは自分を追い込むことにもなり、決していい結果になるとは限らない。



「約束の日だ」



一週間前に約束したときと同じ時間。


朝露が綺麗な時間に、レイピアを振うリリアに声をかける。


一週間前よりも険しい顔でレイピアを振っているリリアの顔はやつれていた。



「来たわね」


「随分と疲労しているな。明日にするか?」


「問題ないわ」



強きに問題ないと告げるリリア。


俺は一週間前と同じように足払いをするために屈む。


踏ん張るように力を込めるリリア。


不意を突くように膝を裏に足をかけると、ガクッと膝が折れる。



「なっ!卑怯よ!」


「前にも教えたはずだ。戦いに卑怯は無いぞ」



膝を付くリリアがキッと睨んでくる。



「一週間、リリアはよく頑張ったのは認める。だが、成長が見られない。


アタッカーは敵を倒す役目だ。


シーフが敵を探して、罠を解除して道を示してくれる。

タンクが敵を引き付けて皆を守り倒れずにいてくれる。

魔法使いが魔力を消費して、大火力で大勢の敵を殲滅してくれる。


それでも倒せない。倒しきれない。敵の要を倒すのがアタッカーの務めだ。


だからこそ敵を倒すために必要な攻撃力が必要になる」



膝を折るリリアを見下ろして殺気を放つ。

リリアの身体がビクッと震える。



「アタッカーは負けちゃいけないんだ。


お前が負ければ、仲間がお前を守らなければならない。

敵を倒す奴を守って、誰が敵を倒すんだ?


攻撃力が低く戦闘職じゃないシーフか?

防御力でみんなを守るタンクか?

魔法を使うのに時間がかかる魔法使いか?


お前は簡単に倒れ過ぎる。

綺麗な攻撃?今まで何度もやってきた?

それになんの意味がある?


誰よりも倒れず、誰よりも敵を倒す。


最初から最後まで戦い続ける。


それがアタッカーの仕事だ」



リリアは、己に厳しい。

ルールを守ることに固執して、己が決めたルールの中でしか生きられない。


だが、冒険者はルールからはみ出さなければならないときがある。

予期せぬ出来事に直面することもある。

そんなとき安心して敵を倒してくれる攻撃力があれば、仲間にとって心の支えになる。



「リリア。絶対に倒されない。負けない剣士になれ。今回は不合格だ」



それだけを告げて、リリア自身に考えさせるようにその場を離れた。

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