第9話 昔の生徒
ルルビアは、アンとガロの話し合いに感動して、アンと年の近いシスターリアを呼んでくれた。
「シスターリアです。今はシスター見習いですが、いつかシスタールルビアのようになりたいと思っています」
まだまだ幼さと大人になろうとする子供ぽさを残す可愛い子だった。
「アンだよ。この子はミア」
ケイは、体調が優れなかったため医務室のベッドで寝かせることになった。
5年前に教会に来たときは、医務室などなく。
ボロボロの孤児院と言った感じだったのに随分と建物も変わってしまった。
「ガロ。三人がどんなところで生活をするのか見学させてもらってこい」
「ああ。わかったよ」
シスターリアの案内で子供たちが、教会内へと入っていく。
残された俺とルルビアは顔を見合わせる。
「本当にお久しぶりです。五年前、突然あなたがいなくなって、多くの方があなたを探しました。ビアンカさん。マチルダさん。エレーヌさん。
マザーも心配しておられましたよ。どうして……どうして何も言わずに姿を?」
悲痛に歪むルルビアの顔は、不安と戸惑い。
そして疑問に満ちていた。
「俺はさ……ここにいる意味がもうないって思ったんだ。
俺がここにいる目的はもう果たされた。目的を果たした俺が出来ることは何もない。後は、生徒たちが成すことだ」
俺はルルビアが入れてくれたお茶に口をつけ息を吐く。
ここには数々の思い出がある地だが、自分の目的はもうここにはない。
「あなたはいつもそうなのですね。
遙かな高みにいて、ずっと孤独に……私もあなたの生徒で、あなたに救われた一人です。
エルフである私が安全に住めるこの場所をあなたは作り上げてくれた。
知っていますか?あなたの生徒たち、皆さんが毎年多額の寄付をしてくださいます」
なるほど、それでここまで立派な教会になったのか、みんな大きく成長してくれたのだろう。
「みんな上手くやっているならよかった」
「セリカさんだけはあなたを探すと言って……この五年、姿を見せていません」
「そうか……彼女こそ一番の功労者として、皆から労われればいいものを」
「……もし、セリカさんに会うことがあるなら。どうか彼女を受け入れてあげてください。シドー先生によって受けた恩は彼女にとって手放せないものだったのです」
セリカはもっとも懐いていてくれた生徒の一人だ。
他の子たちも、商人や魔法使いとして成功してくれているなら、嬉しい限りだ。
俺が教えられるのは冒険者としてのイロハに過ぎない。
「今はどちらに?」
「エラーソ王国で家庭教師を始めようと思っている」
「あんな辺境の小国で?」
「はは、俺のことを知らない奴がいないところがよかったんだ。まぁそれでも数人は俺のことを知っていて職の斡旋なんかしてもらったけどな。クビなってしまったよ」
ふと、エラーソ王国の元ギルドマスターの顔が浮かんでは消える。
良い奴はいつもすぐに逝ってしまう。
「あなたをクビに?どこのどなたがそんなことを?」
ルルビアから何か黒いオーラが立ち込める。
「あはは、まぁ気にするな。俺の問題は俺自身の手で解決しようと思っているから」
「……ハァ~あなたは変わらないのですね。マナブ先生」
「うん?」
「私達の下へ戻ってきてはいただけないのでしょうか?私達はそれぞれ大人になりました。もう子供ではありません。ですから、先生のお力になれます」
ルルビアは大人になったと言いながら、どこか縋りつくような子供が見せる不安に満ちた瞳をする。
「悪いな。お前たちは俺の手を離れ独り立ちを果たした。親や教師がいつまでも子供や生徒に構っていては、そいつらの成長の邪魔になる。そいつらが間違えないように基本や生き方を教えることは出来るが、教えたことをどう使うのか考えさせることも俺は大事だと思っているんだ」
ルルビアの申し出を断り立ち上がる。
部屋へ近づく足音が聞こえてきた。
「ガロ、見学は終わったのか?」
「ああ、ここならアンもケイもミアも安心して任せられる」
「そうか、あとはお前が強くなって迎えに来るだけだな」
「俺は絶対強くなってやる」
ガロが何を見たのか、聞く必要もない。
「ルルビア、君が間違った方向に教えたことを使っていないことは、ガロの顔を見れば伝わってくるよ。君を生徒に持って誇りに思う。これからも君は君の思うように生きればいい」
俺は久しぶりに会う生徒。
ルルビアの頭を優しく撫でる。
大人になったルルビアは嫌がるかと思ったが、俺の手に身を任せるように頭を差し出した。
「ズルい人。そんな顔をされたら何も言えないじゃない」
小さな声で呟くルルビアから手を放す。
「ガロ、別れは済ませたのか?」
「ああ、いつでもいいぜ」
「ルルビア。今度は5年間連絡なしなんてことはしないよ。また会いに来る」
「はい。お待ちしております。我らが軍神様」
ルルビアは神に祈りを捧げるのと同じポーズで別れを告げた。
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