運命的な年ごろ

桐生甘太郎

運命的な年ごろ





私たちは、その日、ただの噂話をしていた。


「ねえねえ、先輩ってさ、彼女いるのかな」


「いるんじゃない?あれだけかっこいいんだし。私、別の女の子の先輩と一緒にいたとこ、見たことあるし」


そう言っている私の胸は、初めての痛みに震えていた。


「ええ〜、そうなんだぁ…狙ってたのになぁ…」


世慣れた振りをして見せる真子は、大げさに項垂れながら、ちゅうちゅうとジュースを啜っている。


昼休みの教室は騒がしくて、私は前の席の真子と話していたけど、心は「彼」の元に飛んで行ってしまう。


“わかってるよ”


叶わない恋だと知っていた。先輩は、前に「彼女のためにバイト行ってきます」なんて、部活帰りに私に笑って見せた。


“ひどい人”


そんな風に人を責めたくなったのも初めて。こんなに苦しいのに、友達にさえ言えないのも。


「どしたの」


顔を上げると、真子は心配そうにこっちを見ていた。だから私は首を振る。


「ん、なんでもないよ」



私はその日、部活帰りの先輩を引き止め、ついにこう言った。


「彼女のために、バイト行くんですよね」


彼は、その時初めて私を見た。


“ああ、悔しい”


いたたまれなさそうな顔で私から目を逸らし、先輩は人差し指で頬を掻く。


前髪の隙間に見える目は、もう私を映してくれない。


「ごめん、ね…」


「いいえ」


脇を見ていた先輩を残して、私は校門を目指した。


学校を出た途端、涙が零れる。止まらない。


「う、うああ…」


嗚咽が漏れても私は構わず泣いた。


“だって、私は今、可哀想なんだもの”


エゴにまみれた私の体は、もう幼い妖精では居られなくなったと、分かった。


初めて純情を捧げようとしたのに、彼はそっぽを向いた。


終わった恋を悔やみながらも、私は強く強くこう思っていた。


“私たちだって、小さな運命なのよ。私は初めて思い出になったのよ”


勝手にそう決めてしまった事に気が咎めたし、それがあまりに短絡的だとは分かっていたけど、じっくり考えるほどの時間は私に無かった。



涙が乾いて家が近くなった時、妙に気分が沈んでいった。反動だったのかもしれない。


目覚めたばかりの私は大人の振りをする事しか出来なくて、強がってこう言った。


“わかってる。私たちって、運命的な年ごろなのよ”


“これからこうやって、いつまで翻弄されるのか分からないけど”


“慣れる前に死んでやるわ、絶対”





End.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運命的な年ごろ 桐生甘太郎 @lesucre

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ