21話 オークション

 広葉樹の葉がすっかり落ち切った時期、クリスと共に王都に到着した私たちの目線の先には足元の枯れ葉を踏み締めて人々。そして向かう先はオークション会場だ。今並んでいるのはオークション出品者の列だ。そして事前にオブライエン様が調べてくれた通りレオナルド夫婦がいることが確認できた。その手元には以前見せてくれた『雪原の雪だるま』と同じ大きさのキャンバスを布に包まれた状態で携えて。


「やっぱり来てたね。このオークションは国内外から多くの参加者が来るから売るならこの時期だと思ったけど、ビンゴだ」

「うん。たしか出品者の順番は出品登録したときの先着順だったよね」

「そのはずだよ」


 そのことを確認したのは、レオナルド夫婦より後でないとこの復讐が成立しにくいからだ。復讐の内容は簡単だ。レオナルド夫婦の絵を私たちが落札させて、その後私の絵をレオナルド夫婦に売らせる。この時出品の順番がレオナルド夫婦より後だったら、絵が高騰化して絵を落札させるのが難しくなる。

 オブライエン様の情報では、私たちが登録したときにはすでに登録は済ませているらしいけど、実際にプログラムを見るまでは判明できない。


「四十七番です。こちらがオークションのプログラムとなります」


 係りの人から受け取ったプログラムを恐る恐る開けて、出品者順を確認する。


『ビーネット・レオナルド 三十番』

「やった。私たちのが後ろだ」


 奥様一人しかいないのは、夫のミロカルロス落札者側として参加しているからだろう。原則として出品者が同じオークション会場でオークションに参加してはいけないというルールがある。出品者側がわざと値段を釣り上げることを防ぐためらしいのだが、今回のように夫婦で分かれてオークションに参加するし、出品者が経営している企業が参加して会社の金で大金を使うということもある。機能していないと言えばそうだが、オークション側もこういう規制を厳格にしないこと自体にオークション側も儲けたい考えなのだろう。


「運は味方しているみたいだね。後は『雪原の雪だるま』がそこまで高くならないでほしいんだけど。アトリエ焼失後初のオークションだから、とんでもなく価格になるかも。下手したら城一個分とか」

「怖いこと言わないでよ」


 その言葉がただの冗談で済まされないのは、別の列で並んでいる人たちの声から聞こえてきた。「オルファンの絵出るか」「出るだろ。ある領地の小さなオークションでオルファンの絵が出た時過去最高の金額で落札されたらしいぞ」「もうオルファンは描けないかもしれないから、絶対落札しないと」マネーゲームの様相が渦巻く禍々しい熱気がオークション参加者の列から放たれていたのだ。


 会場に入ると、私たちは出品者席に案内された。場所は舞台の右斜めの座席。作品もオークショニアの席が見える場所だ。出品する作品は別室に置かれて厳重に管理される。見学だけに来た一般参加者が入ってくるといよいよ開始の時間が迫ってくる合図だ。この一回ですべてが決まると思うと膝がブルブル震えてきた。


「オブライエン伯爵来てないわね」

「はい、必ず来るって仰っていたのですけど。まだ見えてないようで」


 この席は舞台を見るには良い席だけど、客席全体となると見えずらい位置だ。オークション参加者席は中央から左端までの場所が確保されている。私たちのいる右端の席は中央座席は見えるものの、端の方は見えにくい。もしかしたらオブライエン様は端の方にいるのだろうか。


「お待たせしました。第百二十回秋の王都芸術祭オークションを開催します」


 壇上に立ったオークショニアが開催の宣言をすると、万雷の拍手が地鳴りのように鳴り響いた。初めてオークションの席に座ったけど耳の鼓膜がそばで打楽器を叩いた可能に響く。クラシックコンサートでも聞いたこともない。


「オークションってこんなに盛り上がるの」

「ううん。こんなの初めて、一般参加者だって立ち見になるなんて前代未聞だよ。これはたぶん」


 おじい様の作品がオークションに出るのが最後になるかもしれないから。さっき列に並んでいた人たちの話でおじい様の作品がオークションに出たとあったけど、火事の一件以降王都で開催されたオークションは今回が初めてだ。人も金も多く集まる王都で開催されれば結果こうなるというわけだ。


 オークションが始まると嫌な予感はすぐに起きた。


「次はエントリーナンバー八番のグレタリー・ボルボ氏。出品いたしますのは、オルファンの『さすらう案山子』でございます」


 早々におじい様の作品が出ると会場が大きなどよめきのさざ波がそよぐ。オークションではいきなり競売に入るわけではない、まずは数人の選ばれた落札希望者の鑑賞から入る。この鑑賞でその作品が本物でいつ頃の作品であるか、いくらぐらいの価値があるか査定する。全員で参加するわけではないので、不公平感や審美眼に問題がある人が出る可能性があるのではと心配するが、クリス曰くオークション側が事前に参加客に名のある評論家や目利きの人物がいる場合、その人を優先して選んでいるため、大きな間違いはないという。


「二十」

「五十」

「百」

「百五十」


 鑑賞の時間が終わると、オークショニアが競売開始を宣言する。初めの金額は金一枚から始まったが、いきなり二十から札が上がった。どんどん札が上がるとともに、金額も上がっていく。物の数分でおじい様の作品は七百を到達してしまった。


「七三二。七三二。オルファンの『さすらう案山子』が七三二で、よろしいでしょうか」


 カーン!

 オークショニアの持っていた木槌が叩かれると、『さすらう案山子』が金七三二枚で落札された。その価格にまたどよめきが鳴る。


「オルファンの『さすらう案山子』が七三二枚。二十三番のお客様あちらの席で移動お願いいたします」

「最高価格までいかなかったか」

「『冬の時代』の作品だからな。評価は下がるだろ、狙いは『秋の時代』か」


 後ろの席で聞こえてきた他の出品者が先の落札価格について話していた。『秋の時代』それはおじい様と私が共に描いた最良の作品。だけどそれがレオナルド家より先に出てきたら、後に出てくる『雪原の雪だるま』も釣られて値段が跳ね上がり、私たちの目論見が潰れてしまう。

 でもやっぱり『冬の時代』って言い方、今になってみれば失礼だ。だってあの絵はおじい様が家族を守るために、私を越えるために精魂を捧げて描き上げた作品なのに。そしてレオナルド家が出す作品の分類はおじい様の初期の作品である『夏の時代』、初期の作品が後年の作品より高くなるなんてことになったら、悔しいよ。そんなの。


 その後二十番を過ぎたが、おじい様の作品を出す出品者は現れていない。


「出たのは最初の八番の人だけみたい」

「うん。出た時ちょっと焦ったけど、このまま回ってきてほしいな」


 そしてついに二十九番のオークションが終わると、オークショニアが三十番の番号を呼びあげた。


「続いてエントリーナンバー三十番ビーネット・レオナルド氏。出品いたしますのは、オルファンの『雪原の雪だるま』でございます」


 数か月前屋敷でレオナルド夫婦から交換を申し出された作品が、舞台に現れた。ビーネットさんはあの時と同じパープル一色のドレスを身に纏っていた。オークショニアが鑑賞の時間を宣言しようとした時、ビーネットさんが腕を上げて止めさせた。


「こちらの作品を鑑賞する前に、お悔やみの言葉を捧げます。一月前、オルファンの絵を保管していたアトリエが不幸にも火災に遭い、絵の大半が焼失したこと誠に残念に思います。オルファン氏には気を落とさず、ゆっくりと心と体を休ませて恢復できることをお祈り申し上げます」


 台本の紙もなく、凛とした態度で臨みながら口頭で祈りの言葉を述べたビーネットさんの言葉に会場は拍手で称えた。なんて図々しいのだろう、自分たちが放火して、絵をすべて台無しにしたくせに。


「あのおばあさんひどいね」

「うん。自分たちがしたのに顔も瞼も厚いことこの上ないわ」

「それもだけど、さっきの言葉。恢復だけで、新しい作品に挑むとか筆を持つとかも入れてない。もう新作は描かないでくれって言ってるもんよ」


 ひどい。作品だけでなくおじい様にまで侮辱するなんて。こんな人に絵を持つ刺客なんてない! レオナルド夫婦に怒り心頭している中で、舞台に上がった客の鑑賞は続いている。


「最盛期と呼ばれる『秋の時代』と比べると色合いは華やかではありませんが、恐れもない若さがある。たしかオルファン氏は今年で七十でしたかな」

「ええ、これは初期の作品ですから『夏の時代』つまり五十後半に作られたと思います。まだ脂が残っている時代で新しいことに挑戦する勇ましさがあるのが見られますわね」


 いずれも高評価で客席からざわめきが聞こえてくる。いくらから入札するか相談しているのだろう。品評が終わって、全員が客席に戻るとオークショニアが入札開始の宣言をする。


「ご着席の皆さま、それではスタートいたします。開始は金貨一枚から。一枚、一枚からです」

「四十枚!」

「五十枚!」

「百三十!」


 あれよあれよと数分もしないうちに一枚でスタートした価格が、百の大台にまで上昇した。


「六百!」

「七百!」

「七百五十!」


 ついに『さすらう案山子』の落札価格を越えてしまった。ビーネットさんのお悔やみの言葉の効果もそうだが、客席の方々は『冬の時代』より『夏の時代』を優れていると評価したんだ。

 金額が越えてもビーネットさんはまるで動じてなく、目をつむりながら直立していた。そしてついに。


「千!」

「千百!」


 四桁!


「平均的な『秋の時代』の作品の落札価格と同じ価格だ」


 クリスが横から教えてくれた。今までおじい様の作品がオークションでどのくらいの値段か抽象的にしか知らなかったが、現場で見ると金が飛び交うというより、金による応酬合戦だ。

 判明している限りでのおじい様の作品最高落札価格は千七百二十。昨日はそれを越えたと聞いたが、その価格すら上回る勢いだ。


「千二百二十四!」

「千二百二十六!」


 入札を上げる人の数が少なくなり、金額も一桁での争いになる。オブライエン様は高くても買い取るって仰ったけど、千二百って屋敷丸ごと建てれる価格なのに用意できるのだろうか。


「千二百二十六。千二百二十六。オルファンの『雪原の雪だるま』千二百二十六でよろしいでしょうか」


 カーン!

 木槌が振り下ろされた。落札したのは十番の人だが、どの人かわからない。どうか落札したのがオブライエン様でありますように。舞台に顔を上げると、ビーネットさんはつまらなさそうな表情をして「こんなもんでしょうか」と小さく呟いていたのを私は聞き逃さなかった。


 絶対に後悔させてやる。


「じゃ、行ってくるね」

「クリス。お願いね」


 オブライエン様のような営業の腕も、クリスのような商売の機敏を感じることもない、私にできるのは自分の描いた作品が評価されることに祈る他ない。

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