22話 反撃の新作

「続きましてエントリーナンバー四十七番。クリスエス・レナード氏。出品いたしますのは、オルファンの『瞬くアトリエ』でございます」


 舞台に私の作品が姿を現すと、会場がまたざわつき始める。オークショニアが言葉を発しようとした寸前でクリスが止めさせた。ビーネットさんがしたことへの意趣返しの時間だ。


「鑑賞に入る前に失礼します。こちらは十一月十七日に完成されたオルファン氏の新作『瞬くアトリエ』でございます。火災という不幸に苛まれながらも、オルファン氏はここに新たな作品を描き上げることができましたこと、心よりお慶び申し上げます」


 新作と作品の完成した具体的な日付。さっきまで、もうオルファンは新作はでないのではと疑心暗鬼に陥っていた人たちに動揺が走る。


「新作!」

「全部焼けて制作意欲を失くしたと思ったが」


 ビーネットさんの時よりざわめきが大きい。これなら、いけるのでは。会場のざわめきに心臓がバクバク脈の音が大きく聞こえてる。


「ではどうぞご鑑賞くださいませ」


 鑑賞の時間に入ると、舞台に上がった客たちはどこか駆け出しそうな気持ちを押さえているようで、緊迫した面持ちだ。私の武器はおじい様から認められた色の力、評価が高いとされる『秋の時代』を担っている色の部分だ。そこを認められれば、『雪原の雪だるま』を越える価格が出るかもしれない。


「色使いは『秋の時代』に似ているな」

「ええ、筆も走っていて若さも感じられる『夏の時代』を思わせるわ」


 鑑賞のために上がってきた観客の方々の評価も上々、新作の相乗効果があれば勝てる。と踏んでいた。


「しかし、題材が夜更けの中のアトリエですか。題材が印象派と思っていたのだが」

「やはり精神的なものか。写実主義に寄っている」

「そうですか。私はこの絵は『秋の時代』にも劣らないと思いますよ」

「しかしねえ。テーマが凡庸な気が」


 徐々に増えてきたのは、賛否両論の評論。苦手な下絵をおじい様に似せて描きあげたのに、写実主義的なものに見えてしまったなんて。

 ……評価してくれている人がいる、『秋の時代』にも劣らないなら価格は高くなるはず。きっとミロカルロスさんも。


 そして入札の時間になると早々に五百を越えた。後はこのまま値段が上がってくれれば。膝を少し上げて、会場を見渡す。あちこちで入札の札が上がる中、ある人間を探す。いた! ミロカルロスさんだ。客席の中央で、体に合わない椅子に太った体を窮屈そうに沈めて陣取っていたミロカルロスさん、しかし彼の持っている札がなかなか上がらない。


「八百十!」

「八百三十」


 最初に出た『さすらう案山子』の価格を越えた! 間違いない、私の絵はおじい様の絵と認識されて売れるんだ。見えない不安が自信に変わった瞬間再びミロカルロスさんの方を向く。けど、ミロカルロスさんは未だに入札の札を挙げない。その顔にはどこか余裕のような、勝ち誇った表情が浮かんでいた。どうして? 欲しがっているオルファンの絵なのに……会場に目を戻すと札を挙げる人も徐々に減っていた。

 これは……どういうこと。


「九百十」

「九百十五」

「九百十六」


 ついに価格の上昇が鈍くなる。ここで大きい額が入札されない限り、レオナルド夫婦が売った絵の半分にも満たない額で、オークショニアの木槌が降ろされてしまう。いや目的であるミロカルロスさんが入札しない限り、負けが確定する。

 お願いします。入札を、千を超えてください…………

 絵師本人がいるのに、もっと入札してくださいとお願いすることもできない重圧と時間が伸びてほしいという虚しさがねっとりとした汗となって湧いて出てくる。


 カコンッ!


「オルファンの新作『瞬くアトリエ』金九百三十で三十七番のお客様が落札されました。お買い上げありがとうございます」


 無情にも千に満たない額で私の作品のオークションは終了された。落札者はミロカルロスさんではなかった。


 ――終わった。


 すべてが終わり、柔らかいはずの背もたれにもたれかかるがまるで石板のように固く感じる。この日のために費やした時間も、労力も、執念も、金という数値の前に潰されてしまった。

 壇上に立っているクリスは、ハンマープライス後私の方にまったく目を向けていない。私クリスのこと恨んだりしてないよ。それともそんなにひどい顔している? バッグの中にある手鏡を取り出す気力も湧かない。虚しさが私ごと押しつぶしているような感触だ。


 なんで? 題材がダメだった? 技術不足? もっとおじい様の絵にわざとらしく近づけた方がよかった? 高値で売れなかった原因を頭の中で思索するが、まるで答えがでない。

 クリスが舞台裏から戻ってくる。暗い会場の中でも判別できるほど申し訳ないと言いたげな沈んだ表情。違う、悪いのはおじい様の絵をもっと学習できなかった私のせい。


「続きまして、本日最後の作品となります。エントリーナンバー五十番。シュバルツ・オブライエン伯爵氏。出品いたしますのは、オルファンの『蝶の花束』」


 ……『蝶の花束』?

 聞いたこともない題名に起き上がれなかった体が、弾けたように跳ね返りカタログと台帳を取り出して先ほどの題名を調べる。

 蝶、チョウ、ちょう――ない。どこにもそんな作品載ってない。

 壇上に上がった作品の幕が開かれると、私の記憶にはまったく見覚えのない蝶が花束のように羽ばたく様子を描いたがそこにあった。そしてそれを持ってきた人物は、オブライエン様だった。

 ここからはオークショニアが鑑賞の前口上を口にするはずだが、その言葉はなく代わりにオブライエン様が手紙を持って舞台の前に出てきた。


「ご鑑賞の前に、出品者であるオブライエン絵画商会代表オブライエン様より作品の説明がございます」

「まずこの作品ですが、完成したのが十一月であります。そしてその日に私はオルファン氏から直々の手紙を頂戴しております。その内容を会場の皆様にお聞きいただいてからご鑑賞に入らさせていただきたいと思います。

『この絵は私の人生最大にして最後の絵として筆を置きたい。先月の火事によりアトリエが消失した一件は、我が孫を失ったかと思うほどの悲しみに襲われた。とこれが私が筆を置く理由であるかと言えばそうでなく、契機として利用しただけに過ぎない。直接的なきっかけは、近年私の作品が高額な金銭でようやく手に入るような知らせを受けたことだ。絵の本文とは、楽しみ鑑賞すること。価格は実力でしかない、にもかかわらず高いから高くするという積み木のような事態に呆れ果て、昨年の冬ごろ私は戒めとして筆を置いた。ところが、ますますマネーゲームは深刻化し、私の家族にも被害が及んだ。これが私が筆を置く理由である。

 しかし、真に絵を愛する者の勧めで私は最後の二枚の絵を信頼できる二人に託して、どちらが『より良き絵』であるか試してほしいと頼んだ。この『より良き絵』とは、値段の高低差ではない。絵の美麗さ、そして将来があるかを彼らに審議してほしい。

 ただし、気分がよくなったらまた筆を執るかもしれない。なぜなら私は絵を嫌いになったわけではないからだ。そもそも芸術家とは得てして、気まぐれな者だから』以上でございます。どうぞ皆さま、大絵師オルファンの最後かもしれない絵をご鑑賞くださいませ」


 オブライエン様が腕を大きく上げて、一礼して後ろに下がる。そしてオークショニアが声を上げる。


「では、ご鑑賞のお時間に」

「金三〇〇!!」


 席から札が上がり、会場にいた全員が彼に振り向いた。

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