6話 新居パーティー

 二週間後、アルクトゥス子爵の新居で新築記念パーティーが催された。玄関ホールの前では招待されたお客たちが軽食をつまみながら、談笑していた。私も近親者として髪だけでなく、ドレスも新調してこのパーティーに乗り込んでいた。私がアルクトゥス子爵の近親者ということもあり、招待客が次々と私に挨拶をしにやってくる。ようやく人の波が静まって、一息つくことができた。

 顔も知らない人と話すのは疲れるなぁ。もう喉もカラカラで、近くにあったシャンパンを手にして口につける。


「いらっしゃいヴィヴィ、二回目の私たちの愛の巣の居心地はどう。多種多様な殿方がいて彩が豊かでしょう」

「旦那さんがいる前で口にしたら怒られるよ」

「わかってないわね。私がほかの殿方と楽しくしているほうが、愛が燃えるのよ。恋愛未熟者のあなたにはわからないでしょうね。おっと、婚約者がいるから時期にわかるか」


 にぃと怪しげに口元をほころばせる姉さま。姉様には悪いけど、あくまで絵画の販売と供給保護のための利益のために婚約したものだから、狙い通りにはならないと思う。ある意味私たちの間での政略結婚の形だけど、オブライエン様もそれに同意する形で婚約した。そして約束通りその手腕の成果がホールの奥に飾られている。

 玄関ホールの中央奥に目を向けると、おじい様の絵の一つ『皮をむく果物たち』という皮が剥かれている途中の果物の絵が鎮座されている。先週アルクトゥス子爵がオブライエン様を通じてリースした絵だ。果物の絵にシンプルな白壁が皿を思わせ、一体感を醸し出している。招待客もおじい様の絵を見るや否や、しげしげと絵を鑑賞し、その足でアルクトゥス子爵に声をかける。


「しかし驚きましたな。まさかオルファンの絵を所有しているとは」

「この屋敷もそうですが、あの絵結構したのでは」


 事情を知らない人からすれば、アルクトゥス子爵が屋敷と同等の絵を買ったと思い込むことができる。子爵も格安で借りることができて、権威付けもできる。こちらとしても絵が減ることもなく在庫が減ることを気苦労するのが減る。私には考えつかない上手いやり方だ。


「ところであなたの旦那はどこにいるのよ」

「オブライエン様ですか。同じ馬車に乗り合わせていたのですが、お話ししたい客人がいらしたので先に楽しんでくれと」

「何やってんの。あなたはまだ婚約者とはいえ、奥様になることが確約されている身分なの。ちゃんとあの色男伯爵様の腕にぎゅーっと抱きしめて捕まっていなさい!」


 そんな姉様みたいな大胆なことできませんっ!? しかしその当人は見当たらない、改めてお礼を申し上げないといけないのに。シャンパンを飲み干してオブライエン様を探しに人混みの中をかき分けていく。

 貴族同士のパーティーでは長いスカートを履くのが一般的だが、長すぎてうっかり自分のを踏んでしまいそう。慎重に足元に気をつけながら探し回ると、壁際で子爵たちのやり取りを眺めているオブライエン様を見つけた。手に持っているのはワインだろうか、切り揃えられた黒髪にとても様になっている。しかしその顔は喜ばしい笑みではなく、企みがうまくいったような感じの不敵な笑みに見える。


 突然体のバランスが崩れた。体勢が崩れて赤い絨毯が視界に入る、と同時に私のスカートのすそにヒールが踏まれていた。誰かがうっかり踏んでしまい勢いのまま引きずったのだろう。

 ああ、このドレス高かったのに。せっかくオブライエン様がお膳立てしてくれた姉様のパーティーを滅茶苦茶にしてと次々と走馬灯のように悪いことがぎった。

 しかしいつまで経っても体が地面に叩きつけられないし、ガラスや皿が割れる音もしない。目を開けるとオブライエン様の顔が目の前にあった。背中からはオブライエン様の手が、私の体重を支えていた。服越しでも彼の貴族とは思えないようなふっくらとした手の感触が伝わってくる。

 ようやく自分がオブライエン様に助けられたことに気づき、息を吸い込んで足を地面に戻した。


「……はぁっ。助かりました」

「フィアンセ、危ないですよ。せっかくの絵のお披露目会だというのに」

「子爵様のパーティーですよ」

「絵がある場所ならどこでもお披露目会です。画廊や展覧会だけに絵が飾られるわけではないでしょう。ああして、多くの人の前で見られることで絵の価値が上がるものではないですか」


 失礼な言い方と思っていたオブライエン様の言い分だけど、一理がある。私のモノマネ絵のように自己満足で描いて隠しておくのもあるけど、絵の価値は人に見られることにある。印象派の人も過去の大芸術家と呼ばれた人たちもそのために心血を注いで芸術品を生み出した。おじい様もうまくできた絵を多くの人に見てほしいがために売りに出した。


「素晴らしい名画はあちこちに落ちている。鉛筆のみで描いた絵もある。だが世間で生き残れる絵は常に高い値がつくものだけ。なぜかわかりますか?」

「高く売れればその分生活ができるから?」

「半分。正解は値段が高いから価値があると人々は価値を見出すからだ。絵に明確な価値はない。写実派と印象派とのいざこざもそうだ。一方が価値がないと言えばおしまいになる。それでも一方は価値があると主張する。そうなれば芸術品の価値は無意味な水の掛け合いとなる。だから絵に値段をつけて保証する。絵とは金、金は力だ」


 最後の「金」という言葉は力強く、じっと奥に飾られているおじい様の絵を見つめるオブライエン様の眼は、私やほかの人たちに向けた優しいものとは異なり、今まで見たこともないものだった。この人は本当にオブライエン様だろうか。絵を心から愛しているというものとは違う、何かを垣間見えてしまった。


「オブライエン殿、この度は感謝申し上げます。ヴィルシーナ嬢も絵をお譲りいただき平に感謝を」

「頭をお上げください。私はただ紹介しただけ、絵の力でございます」

「そんな謙遜なさらずに。どうですか今夜ヴィルシーナ嬢がお泊りになるのでご一緒に」


 アルクトゥス子爵が感謝の言葉を述べた時、元の通りの彼に戻ってしまった。本当の彼はいったいどれなのか。

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