あきバアを亡くし、世界から色が消えてしまったような喪失感と孤独感に苛まれていた私は、最期に遺してくれたかけがえのない言葉を一瞬たりとも忘れず一日一日を大事に生きている。

 季節が幾度も巡り、今年もまた命の灯が鮮烈に燃え上がる季節がやってきた。一瞬で燃え尽きることもいとわず、残り僅かな時間を静かに燃え尽きるのかもしれない。


 あの不思議な体験をした日以来、煙蔵商店に訪れる機会は一度もなかった。というのも、高校受験を前に父親の転勤が決まってしまい、私も母も地元に残る選択肢もあったのだが、父についていったのでかれこれ十数年は地元に戻る機会がなかった。

 高校大学と順調に進学し、卒業を機に海外へと渡った。語学力は現地人に首を傾げられるレベルではあったけど、あきバアの言葉通りに「困ったら周りの人に頼る」精神で、案外なんとか暮らすことができていた。のちに職場で知り合った男性と結婚し、授かった女の子は今年で六歳になる。その後シングルマザーとなったけれど、親子二人でどうにか楽しく暮らせてはいた。


 我が子を連れて久しぶりに帰省をすると、日本の夏はこんなにも暑かったかと軽く目眩を覚えた。実家で出迎えた両親は年の数だけシワを増やし、孫可愛さのあまり滞在期間中は母親の役割を私から奪って離さないでいる。

 あきバアが眠っている墓石の前で家族揃ってお墓参りをしたときのこと――娘が突然「お花の匂いがする」と手を引っ張って訴えてきた。


「うん。お花畑みたいな匂い」

「お花畑?」


 墓地の周辺にそのような香りの元となる花畑はない。細い糸のような煙を立ち昇らせている線香も至って普通のものだったが、頬を撫でるそよ風が通り過ぎた瞬間――あきバアを近くに感じ、思わず涙腺が緩んでしまった。


「突然どうしたのよ」

「あのね……信じられないかもしれないけど、ラベンダーの香りがしたのよ」

「あらまぁ、きっと久しぶりに帰ってきたあなたが、無事にやってるか確認しに来たのよ」

「ママ、どこか痛いの?」


 心配して顔を覗き込んでくる娘を抱きしめ、心のなかで「元気にやってるよ」と伝えると、懐かしい匂いは次第に遠退いていき、完全に消える頃には空がオレンジ色に染まっていた。


 時代が変われば街並みは変わる。勝手知ったる商店街はまるで様変わりしていた。

 馴染みのお店は軒並み閉店し、新しい店舗が軒を連ねている。

 かつて両隣を窮屈そうに挟まれていた商店は跡形もなくなり、今では洗練された建物が立っていた。行方も知れぬあの御仁は、元気に暮らしてるのだろうか――。


 帰りの飛行機の中で、白髪のぶっきらぼうな店主の面影を思い描く。花火の季節は過ぎてしまったけれど、きっと何処かの街で見知らぬ誰かを助けているに違いない。

 私の線香花火は、まだまだ終わりを迎えるには早すぎる。

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蕾、花開く きょんきょん @kyosuke11920212

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