第3話 フェンリルさん

「や、ヤバい……」


 正面から戦ったら死ぬかも知れない。

 なんとか逃げないと。

 だが、龍種の正面から逃げれる人間――どころか、魔物が一体、どれだけいるのか。


 視線を逸らさぬまま、ジリリと後退していく。


「集中しろ、良く相手を見るんだ」


 大丈夫。

 龍種と戦うのは初めてじゃない。バニス達と一緒に戦い倒したことだってある。あの時は違い今は一人だ。

 でも、逃げることくらいは出来るはず


 じっと龍種の顔を見つめる。

 頼む。僕の勘よ冴えてくれ。

 祈るように目を細めると、雷竜の頭上に四角い札のようなモノが浮かび上がる。表面には龍がブレスを吐くような模様が刻まれていた。


「見えた!」


 勘とバニス達には説明していたが、実際は違う。

 相手が次に使う魔法を見ることができるのだ。もっとも、これは俺にしか見えないようで、バニス達は誰も信じてくれなかった。

 だから、いつしか勘と濁すようになっていたが――。


「今だ!」


 雷竜の頭に浮かんでいた物体が消える。あのマークは【ブレス系】だ。放つ前に息を吸い込む一瞬の隙がある。

 タイミングを合わせて、道具袋から煙玉を落とす。


「……ガっ!?」


 狙いを見失った雷竜の咆哮は、雷となり頭上を翳めて草原を燃やすに留めた。煙から抜け出して雷竜を見上げる。

 相手の頭上には浮かぶ札が消えている。つまり、雷竜は魔法が使えないということ。魔法を使えない魔物は、撤退しやすくなることは、これまでの経験で分かっていた。


 だから、これは賭けだ。

 グッと弓を構えて威嚇する。

 僕も魔法は使えない。だけど、雷竜はそれを知るすべはないはずだ。仮に僕と同じく魔法残量が見えていたら、容易く喰われるだろうけど――。


『シャアア』


 矢を穿とうとする僕を警戒したのか、雷竜は身体をうねらせ空に消えていった。

 どうやらハッタリが効いたらしい。


「良かったぁ~」


 また、相手の使用魔法が分かる力に救われた。頭上に浮かぶ札の枚数が魔法の残量だと知った僕は、この力を使って皆に攻撃や回避の指示を出していたんだ。


「でも、今の僕には反撃する力はないんだけど」


 逃げることしか使えない。

 僕は弓を背負い草原を駆ける。ここに残っていて他の魔物に襲われたら大変だ。

 今日はこれで帰るのが得策だろう。


 草原を抜けて、街が見えてきた。

 今日はゆっくり休んで明日、また頑張ろうと自分を励ました時――、


「ダーハッハ。喜べ。お前は俺の眼鏡に適ったぞ!! 先人よ!!」





 傲慢に満ちた笑い声に思わず足を止めた。声の主は草むらに埋もれるように突っ伏していた。


「先人って僕ですか?」


「そうだ。お前だ!! 他にこの場に誰かいるか?」


 広い草原には人間はおろか、他の生物すらいなかった。地に突っ伏す声の主は全身が血塗れだ。

 だけど、何よりも僕を驚かせたのは――、


「豚が喋ってる?」

「どう見ればそうなる! 俺はフェンリルだ!」

「フェンリル……?」


 フェンリルは龍種と同じく上位魔物に分類される存在。しなやかな肉体と鋭い牙や爪を用いて獲物を狩る姿は、神々しさがあるというではないか。

 しかし、目の前にいる自称フェンリルは三頭身で爪も牙もなかった。


「訳あって今はこの姿になっているだけだ! それよりも、お前――カードが見えてるのか?」

「カ、カード?」

「ああ、そうだ。雷竜が攻撃するとき、お前は二テンポ早く回避を始めていた。そんな芸当が出来るのは、【手札看破】を持つ人間だけだ」


 上位種の魔物は人の言葉を話すことがある。だから、自称フェンリルが言葉を発することはまだいい。

 だけど、


 カード。

 手札看破。


 と、次々に知らない言葉を出されては話に付いていけなくなる。

 大体――。


「そんな話してる場合じゃないでしょ。ほら、着てた服で悪いけどこの上に乗りなよ」


 身に着けていた上着を脱いで、地面に広げる。服で包めば珍しい魔物が目立たなくなると考えたのだ。


「乗りなよって、何するつもりだ?」

「治療に決まってるでしょ? どうやったら、そんな傷らだけになるのさ」


 傷口は焼け焦げている。

 明らかにこの辺りの魔物と戦って追った傷ではない。


「この傷は、あの雷竜に負わされたんだ!!」

「なるほど。つまり、君を追ってこんな草原に現れたって訳だね」


 魔物が争いに熱中して人里に近付くことはある。流石に雷竜やフェンリルのレベルは初めてだけど……。


「理由も分かったことだし、付いておいでよ」

「駄目だ!」

「なんでだよ!」


 街で治療をして貰おうと思ったのだが、フェンリルは拒否した。


「俺は珍しいからな! 例えどんな人間でも信用しないことにしてるんだ。だから、お前がなんとかしろ!」

「なんとかって……」


 傲慢で大雑把な指示。

 僕は治癒魔法なんて使えないんだけどな。


「分かったよ。取り敢えず、傷薬と包帯で応急処置するから、ウチにおいでよ」

「それなら構わないぞ。優しく頼むな」


 のそのそと身体をくねらせて服の上に寝転ぶ。

 その姿は肥満気味の猫が日向ぼっこしているようだ。雷竜にやられた傷さえなければだけど。

 僕は服に包んで歩き出した。なるべく、振動を与えないように歩く。


「移動してる間、暇だからカードに付いて教えてやるよ。いいか? この世界でお前達が魔法と言っているモノは全てがカードなんだよ」

「どういうこと? 魔法は魔法じゃないの?」

「それが違うんだな~。お前が使える魔法は何種類で何回だ?」


 僕が使える魔法は、【強化の矢】の一種類で回数は二回だけ。


「少なっ!!」

「分かってるよ。それがどうしたのさ?」

「お前はなんで、自分がそれだけしか使えないと思ってるんだ?」

「そんなの僕に才能がないからに決まってるじゃないか」


 魔法は天性の才で全て決まっている。

 僕はつい昨日、改めて実感したばかりだ。複数魔法を覚えることもなければ、何回も魔法を使用できる魔力もない。

 まさに、無能だ。


 フェンリルは服に包まれたまま、「クク」と笑った。


「魔力か……安心しろ。最初からそんなものはない」

「は?」

「回数が決まっているのは持ってる魔法カードの枚数が少ないからだ」

「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」


 フェンリルの言っている意味が分からず、思わず足を止めてしまった。


「だから、そのままの意味だよ。目録でお前は何度も見てきただろ? 頭の上に浮かぶカードが消えると、魔法が使えなくなるのをよ」

「そう……だけど」


 さっきの雷竜もそうだ。

 だから、僕は反撃にでた。


「ま、詳しいことは実戦で教えた方がいいか。拾って貰った礼だ。後でお前に教えてやるよ」

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