第6話

 柊木柚香と黒板にある。柚の香りがしてきそうだ。


柊木ひいらぎ柚香ゆずかです。みんな、よろしくね」


 そう言って柊木はニコっと笑って、お辞儀をした。


「柊木さんはあそこの席を使ってね。皆、仲良くするように。これで朝のホームルームを終わります」


 先生は教室から出て行った。いつもなら騒がしくなるが、今日はどうしようという空気が流れている。いつもクラスで盛り上がって話をしているグループが早速柊木のところに来た。


「どこから来たん?」


「えっとね……」


 そのグループはさっそく話が盛り上がり始めた。さすがリア充。初対面の人との話し方を心得ている。俺はそれを横目に見ながら、籠野の席に避難した。


「あれがリア充というものだな」


「そうだな。我には無理だ。リア充になれると思うなど、まだまだだな、新見よ」


「なんだと。俺にもまだまだ青春があるはずだ」


「現実を見よ、新見よ。お前の世界にあのような輝かしい者はいない。リアルに充実しているやつというのは、決まってキラキラしている」


「俺もキラキラして……るはず」


「キラキラしたいなら、これを薦める」


 そう言って籠野が取り出したのは、A5判のマンガ本だった。帯にはアニメ化決定!と書かれている。


「ぶれないな」


「この作品はだな―――」


 俺は籠野に生暖かい目を向けた。こいつは一生変わることがないんだろうな、という思いで。


「その顔が腹立つ」


「これが温かい目ってやつだ」


「我がいたいやつみたいじゃないか」


「あー、はいはい」


 籠野がまた何か語り始めたから、俺は意識を柊木に向けた。楽しそうに談笑をしている。


 もうすでにいつも通りの光景感がある。溶け込むのが早すぎだ。教室内にはさっきまでのどうしよう感がなくなっていた。


「我も卓球をしたいのだが…」


 適当に相槌を打っていたから、籠野がしょんぼりとした声で卓球をしたいと言ったことに、どう反応すればいいかがわからない。なんで卓球……。


「卓球? 卓球ならあそこでできるぞ」


「なぬ! どこでだ?」


 俺がその卓球のできる場所を教えると、よし今日卓球をするぞ、っと籠野が言い出した。


「唐突だな。マジで」


「試したい技があるのだ。思い立ったらすぐ動けっていうのが我の信条だ」


 他にいくつ信条がある、と聞こうとしたら一限目の先生が入ってきた。まだ高校生活が始まって間もない。みんなそそくさと席に帰っていった。例外なく俺もだ。


「ねぇ、君はなんていう名前なの?」


 リュックから一限目の用意を出していると、隣の席の女の子から声をかけられた。


「新見だけど。どうしたんですか、柊木さん」


「私の名前覚えててくれたんだ」


「まぁ、さっき言ってましたから」


「記憶力いいんだね。それで下の名前はなんて言うの?」


「修哉です」


「修哉君か。私のことは柚香って呼んで」


 キョリの詰め方が早い。さすがリア充と言ったところだ。


「あと、敬語もなしね。同級生なんだし」


「はい……、いや、OK。分かった。これからよろしくな、柚香」


「よろしくね、修哉君。それでね、さっそくなんだけど、一時間目は何かな。まだ時間割表とか持ってなくて……。教科書は朝来たときにもらったんだけど」


 そう言って柊木はリュックの中を見せてくれた。確かに教科書がびっしりと詰まっている。帰りが辛そうだ。


「えっと、一時間目は現代文B」


「えっと、現代文B、現代文B。あった。それでね、修哉君。いろいろ悪いんだけど、今日の授業終わったあとでいいから、今日の授業の分のノート見せてくれない? 今日までした分のノートをとっておきたくて」


 まぁ、そうなるよな。


「OK。授業が終わったら、ノート貸す」


「ホントに! ありがとう、修哉君、助かるよ」


 俺、もしかしたら、リア充になれるのかも、と心の中でひっそりではなく、大々的に思った。

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