「不気味の谷」連続傷害事件

ふじこ

第1話

「連続傷害事件の捜査ぁ?」と言った自分の声は、出すつもりだったのより数段甲高かった。隣に座る相棒が、モニターの横に立つ上司が、わずかに眉を顰めたのがいい証拠だ。

 いや、そんなことよりも、今し方上司が告げた事件名の奇妙さが問題だ。

「いまどき傷害って、ふざけてます? こないだの国会で、暴行罪と殺人罪の削除のハナシがついに出てきたとこですよね?」

「それは僕も気になります。傷害って……新しく判明したバグか何かですか」

「とりあえず話を聞け」と、上司がモニターの方を向くと、画面が明るくなる。画質が悪い、おそらくは監視カメラの映像から切り抜いたのだろう、写真が映し出される。

 一枚目。歩道の真ん中に倒れている、ピンク色のワンピースを着た女性。落下したと思しき看板で無惨にも頭部が潰されている。

 二枚目。様々な角度から撮影された、女性の顔面の写真。顔面の皮膚用樹脂が溶けて内部の機構が見えている。

 三枚目。二枚目と同じく、様々な角度から撮影された、女性の顔面の写真。こちらは、鼻を中心にして、顔面にクレーターのような凹みができている。

 まだあるのかもしれないが、後も似たようなものだろう。共通しているのは、女性型のボディの顔面が著しく損傷しているという点。なるほど、これならば傷害事件と言われても仕方がない。しかし、一枚目の女性は助かったのだろうか、傷害事件と銘打っているからには死んではいないのだろうけど。

「何件起こってるんですか?」

「七件だ」

「連続と見なされた根拠は?」

「被害者は全員成人を迎えたばかりの女性で、被害箇所は全員が頭部。特に顔面を大きく損傷している。相貌が認識できない程度にはな」

「なるほど、承知しました」

 それぞれの事件は個別に報告があがってきたのだろうが、それらを見た上層部が、あるいは上層部のブレーン御用達AIが、事件の共通点を抜き出して、連続性ありと判断した。更に、これからも事件が続く可能性がある、と判断したから、捜査の指示が出たのだろう。

 ちらりと相棒を見る。相棒は、目を細め、繰り返し表示される被害女性らの写真を睨んでいる。私と上司の会話に割り込んでこないということは、質問はないということでよいのだろう。そして、上司との会話を切り上げるのは私ということだ。

「早速取りかかります。捜査情報へのアクセス権限は」

「すぐに付加する。以降は個別端末から確認してくれ」

 言い終えると、上司は会議室を出て行った。モニターの写真のスライドショーはそのままだ。ブラインドを閉めて薄暗くした会議室では、モニターの煌々とした明かりにどうしても目を引かれる。七枚の写真はすぐに一周する。顔面を損傷した若い女性の写真。この女性達はどんな顔をしていたのだろう。損傷する前の女性達の顔面を想像する。写真にはない女性達の双眸が私を睨んでいる絵面が脳裏に浮かんだ。


 捜査情報を一通り確認し終え、すでに読み終えたのか、被害女性の写真を眺めている相棒に声を掛ける。

「加害者の特定はすぐできそうよね」

「だろうなあ。何件かは任意聴取の範囲を絞るのは手こずりそうだが」

「どうせ視覚メモリから確認できるだろうって監視カメラが減ってるの、どうかと思う」

 相棒は苦笑いして何も言わなかったが、似たようなことは考えているだろう。義体化が義務づけられているわけではないが、公的な調査では九割九分九厘の国民が義体で生活しているのだから、義体を前提とした社会が成立しているのは仕方がない。監視カメラを設置して管理するコストよりも、個々の視覚メモリから記録を抽出するコストの方が総合的に見て安上がりならなおさらだ。

「しかし、よくもまあこんなにまだるっこしい手段をとったもんだ」

 一件目は、看板を固定するためのねじを緩めて自然落下を狙っていた。被害女性は、毎週金曜日の午後二時、当該ビルの一階の店に、ドリンクを買いに来るのが習慣だった。

 二件目は、女性の世話する植え込みのスプリンクラーに、皮膚手術用の溶解剤が仕込まれていた。被害女性は、薔薇の蕾の様子を見るために植え込みに顔を寄せたのだという。

 三件目は、バッティングセンターで、野球ボールが顔面にぶつかった。ただそれだけだ。球速と軌道が、通常ではあり得ないように設定されていただけで。

 残りの事件もそれらと同じように、被害女性の日常の営みの中で、不自然ではあるが、追及されてもぎりぎり偶然の事故とも主張できなくはないような手段で、被害女性の顔面に損傷が加えられている。そのような回りくどい方法をとらなければいけなかったのは、あまねく義体に設定されたリミッター、かのロボット三原則に倣ったとも囁かれる、義体に危害を加えてはならないという制限のためであろう。おかげで、強行犯係の捜査件数は右肩下がりだ。今回だって、一件だけだったら傷害事件として処理されなかったかもしれない。

「公安職なら直接ぶん殴れるけど、リミッターはずれてるし」

「ばれたら即死刑スクラップだぜ。手軽な自殺方法だな」と、相棒が鼻先で笑うが、どうしてもぶん殴りたい相手がいるから公安職につこうとする手合いは、それでもなお存在するのだ。この間も陸自で処分があったという噂は聞く。

 ただ、加害者の特定がすみやかなのであれば、私たちに求められている捜査はそれではない。続く犯罪を防ぐ、一次予防のための捜査。本当に、強行犯係の捜査は様変わりしたものだ。ごく当たり前に義体が使われるようになった昨今、わざわざまだるっこしい方法までとって義体に危害を加えるような犯罪には、明確な原因がある。であれば、その原因を特定し、繰り返されることを防がなければいけない。

 相棒がタブレットの画面を切り替える。名前、年齢、住所。被害女性のパーソナルデータが並んでいる。

「住所は関係ないと思うんだよな。場所で考えるならむしろ犯行現場だと思う。でもそっちも、ぱっと見て分かる共通点はない」

「だから加害者が一緒っていう線は考えにくいのよねえ。加害者はばらばら、共通点のある被害者が狙われた。誰かが裏で糸を引いてる?」

「今どき犯罪教唆がはやるかねえ。仮に糸引いてるやつがいるとしても、動機はなんだ。万が一捕まる可能性をおしてまで、それらを実行に移せるだけの動機」

 犯行方法でなく犯行動機、となるとそれは個人の問題だ。あれこれ想像するよりも、「一人しょっ引いて吐かせた方が早い気がする」と相棒が言ったように、直接確かめてしまった方が早いように私も思う。

「同感」と頷いて見せれば、相棒はタブレットの画面に指先で触れ、被害女性のパーソナルデータのうちの一つをズームする。三件目、バッティングセンターでボールが顔面にぶつかった女性のものだ。

「じゃあ、刑事らしく、成果は足で稼ぐとしますか」

「移動は車だし、車も自動運転だけどね」

 引き出しの一番手前に入れてある車の始動キーと手首用の電子錠をジャケットの内ポケットに放り込み、自分のタブレットだけ持って立ち上がる。窓の外の日射しは眩しく、生身の体だったら外に出るのが億劫なぐらい暑いのだろうなとふと思った。


が、怖かったんだ」

 犯行の理由を尋ねてそう返ってきたのは七回目だった。

 インターホン越しに警察だと名乗ったときからもう諦めたような声色をしていた男性は、居室のリビングで私と相棒を前にして、あっさりと犯行を認めた。被害女性と同じマンションに住んでいる、溶解剤を入手することが容易そうな人物に、ひとりひとり事情を聞く予定だったが、一人目で当たりである。この男性は、薬品工場に勤務している。

 被害女性は、善意からマンションの玄関そばの小さな庭園の世話を請け負っていて、男性は出勤時にその様子をよく見かけていたのだと話した。水遣りにスプリンクラーを使っていることも、近頃は被害女性が薔薇の様子を気にしてか植え込みに顔を寄せていることも、直接自分の目で見て知っていたのだという。男性は、あわよくば被害女性の顔に掛かってくれれば良いと思って、被害の前日の夜に、スプリンクラーのノズルの先端に薬液を注入した。それが、運が良かったのか悪かったのか、見事に被害女性の顔の皮膚樹脂を溶かしてしまったというわけだ。

 男性は、表情や態度、声色の端々に後悔を滲ませながら、ひととおりを語った。なるほど、犯行の方法は分かったし、この分なら証拠品も男性は素直に差し出してくれるだろう。かつてなら、スプリンクラーの指紋を調べて証拠を補強したのかもしれないが、今ではもうできない。特殊なカスタムでもしない限り、指紋は義体のメーカーごとに統一されているから、当てにならないのだ。そんなものより、後で男性の視覚情報メモリを確認すれば、男性がスプリンクラーに薬液を仕込んだまさにその瞬間が記録されているはずだから、何よりも間違いのない証拠になる。

 ただ、犯行の経緯が分かったところで私たちの仕事が終わるわけではない。私たちが分からなければいけないのは犯行動機、犯行の理由であって、それを尋ねて返ってきたのが「顔が怖かった」。

 正直、尋ねる前から予想はできていた。相棒も同じだろう、問い掛ける声にはちっとも好奇心がうかがえなかった。他の六件の容疑者、いや、もう犯行をしたことは確定しているから犯人と言うべきか、ともかく、同じ理由をすでに六回も聞いていたのだから、どうせ七回目も同じだろうと予想するのは当然だ。そして男性の答えで、予想が外れなかったことを知る。

「怖かった、とは」

「だから、怖かったんですよ。あの女性の顔を見かける度に、背中がぞわぞわするような……これは、たとえですけど。とにかく、怖くて、あの女性の顔が。何か、得体が知れない不気味なもののように思われて、それで、あの顔を消してしまわないとと思って……」

「被害者を避ける、という方法もあったのではないですか」

「でも、どこかで偶然会ってしまうかもしれないじゃないですか。あの顔を見なくて済むようにするためには、消してしまうしかなかったんだ」

「もし、今回あなたの犯行が失敗して、被害者が無事だったらどうしましたか」

「……あの顔を消してしまうまで、何度でも繰り返したと思います」

 そこまで、前の六人と同じだった。義体は義体に直接の危害は加えられない。この、直接というのがどこまでを指すのかはまだ議論が成されているところだが、ともかくも間接的な手段をとらざるを得ないということは、ある程度確率に左右される場合が多いということだ。この事件なら、もし女性がその日庭園に来なかったら、もし女性が来るのが数分遅かったら、あるいは、もし雨が降っていたら、犯行は成立しなかっただろう。男性は、そうして失敗したとしても成功するまでやるだろうと言った。他の六人も同じだった。

 何がそこまで男性を追い立てたのか。恐怖だ。そこまで人を追い立てるほどの恐怖とはいかなるものなのか。何故、犯人達は被害女性の顔を底まで恐怖したのか。

 分からない。隣に座る相棒の顔を見ると、眉間に深い皺を寄せて、目を細めている。これ以上私たちから尋ねることはなさそうだった。

「分かりました。じゃあ、続きは署の方でおうかがいします。視覚情報メモリも提供していただくことになりますので、そのおつもりで」

 男性は肩を落としながら、力なく「はい」と頷いた。


 鑑識へ男性を送り出してから部屋に戻り、デスクではなく、応接用のソファに勢いよく腰を下ろす。向かいのソファへ、相棒が同じようにして座った。

「分かったけど分からん」

「同じく」

 犯行動機は「恐怖」。それはよく分かったが、それが全く分からない。

 七人の犯人は、性別も年齢も職業もばらばら、被害者以上に共通点はない。そのくせ、犯行動機だけは共通して、被害者の顔への恐怖。何がそんなに犯人達を恐怖させた?

 タブレット端末の電源を入れて、捜査資料を表示させる。捜査を始めてから今までに、七人分の調書と六人分の視覚情報の動画が加わった。この中に恐怖の理由をひもとく材料はあるのか。見落としたものはなかったのか。もう一度、すべて確認していくしかあるまい。

 最初に上司から見せられた被害女性の写真を表示させる。無惨にも顔が破損した七人の女性の写真。七人とも、プロフィール上はごくごく普通の若い女性だった。理由なく相手を恐怖させるような要素は見当たらない。そもそも、顔を見るだけで恐怖を覚えるような顔とは、どんな顔なのか。破損する前の、もとの相貌。ごくごく普通の若い女性の……若い、女性の。

 何か、無視できない違和感がある。被害女性のプロフィールをもう一度確認する。十九歳、二十歳、十九歳、十八歳、二十二歳、二十歳、十九歳。年齢からすると、彼女らは同じような時期に義体を交換したのではないか。この国では、教育を終えて就職するときや成人を迎えるとき、あるいは初めての賞与をもらうときなどに、記念か通過儀礼のように義体を交換することが多いから。正確なことは、被害女性らに確かめないと分からない。

「被害者に電話する。確かめたいことができた」

「え。分かったのか、恐がりの理由」

「うん。分かったかもしれない」

 被害女性らに確かめて、私が思ったとおりの答えが返ってくれば、だが。

「不気味の谷だよ、相棒」


 不気味の谷とは。かつて、人型のロボットについて提唱された現象である。きわめて人間に似せて作られたロボットに、人間は否定的な感情を覚える。否定的な感情には、おそらく恐怖も含まれていたのだろう。

 学生の頃に歴史か何かの授業で聞いただけの単語だから、私はその概要以上のことは知らない。ただ、現在は日常生活の中でその単語を聞かないということは、義体が浸透していく最中にそれが問題になることはなかったのだろう。あるいは、それが問題にならないような速度で、義体が生の肉体にとってかわったのかもしれない。

 私たちにとって義体はなくてはならない自分の体である。毎日の充電やオイルドリンクでのメインテナンスは欠かさないし、故障すれば丁寧に修理する。それでも保たなくなれば交換する。あるいは、低年齢のうちは適切な時期が来れば。

 この国では、義体市場は寡占状態だ。正確には、寡占状態だった。政府の規制解除もあって、この数年で新規企業も参入してきたが、大手かつ老舗の企業に競争で勝つためには、安価な義体を提供するしかない。

 被害女性らが一番最近に交換した義体は、そうした新規参入した企業の、《同じ型番の》義体であった。つまり、被害に遭う前の七人分の写真を並べてみれば、髪型や髪色、身につけたアクセサリ以外は《寸分違わず同じ顔が七つ》並ぶわけである。

 相棒は、七つ並んだ同じ顔を、険しい顔つきで睨んでいる。百聞は一見にしかず、こうして見れば、なにがこの事件の原因だったかは明らかにもほどがある。犯人らが言っていたとおり、被害者の顔だったのだ。それでもなお、相棒は納得がいっていない様子である。

「別に、怖くねえぞ」というのが、相棒が納得がいっていない理由だろう。

「そうだね」と頷いてみせる。実のところ、私もまったく怖くないのだ。愛らしい顔立ちだなあと思いはすれど、否定的な感情はちっとも湧いてこない。犯人らが語ったような恐怖なんて言わずもがなだ。

「お前が言った不気味の谷とやらは、要するに似て非なるものへの拒否反応ってとこだろう。この顔が原因なら、俺やお前だって恐怖を感じなきゃおかしい」

「うん。だから、この顔だけが原因だけじゃないんだよ。それも今から確かめないといけないけど」

 不気味の谷は似て非なるものへの拒否反応、と相棒は言った。その乱暴なまとめ方の是非は置いておいて、似て非なるものという言い方をするのだから、対象と比較されるべきものがあるわけだ。

「犯人の側にも原因がある。いくら同じ顔だって、それを見てどう感じるかは受け手の問題なわけだから」

「俺やお前が恐怖を感じない理由があると」

「むしろ、犯人が恐怖を感じた理由じゃないかな」

 似て非なるものへの拒否感。似て非なる、というのをどうやって判断するのか。もちろん、相手の顔を見て、認識してだろう。視覚情報は、眼球から入った光が網膜に像を結び、電気信号が視神経を通って、脳にたどり着いてようやく知覚される。私は医学や心理学には詳しくないが、見たものによって感情が生じるとすれば、視覚情報が知覚された後だろう。

「まだ仮説だよ」と前置きを言っておく。もし違ったときの免罪符になれば良いなあと思っているが、まだ険しい顔の相棒は許してくれないかもしれない。「犯人が使っている義体のメーカーと、交換の時期が一致すれば確実だと思う」

「義体のメーカー? 義体に問題があるってのか」

「義体の一部のパーツにね。まあ、これまで類似の事件は起こらなかったわけだから、これで初めて問題になるんだろうけど」

 結局、機械で代替できない人間のパーツは脳みそだけだった、らしい。感情や思考が何故生じるのかは未だ完全には解明されていない。だが、不気味の谷という現象がそうであったように、ある刺激に対して一般的にどのような反応が返ってくるかについては、たいていの場合予想がつく。つまり、個々人の脳みそはおおよそ同じように働いているということだ。

 そうすると、同じ刺激を与えれば同じ感情を抱き、同じ行動に走るということは考えられないだろうか。その刺激が過度に統制されたものであったならば、なおのこと。

「犯人の義体の、視覚情報を伝達するパーツが、被害女性の相貌を、過度に恐怖を与えるようなものに変換してしまったのではないか。絶対排除しなければいけないと駆り立てられるほどの恐怖って、私には想像がつかないけれど」

 想像がつかないけれど、よほどおそろしいのだろう。回りくどい手法をとりながらでも、失敗を重ねながらでも、排除しなければいけないと思わせるほどに、おそろしい顔に見えたのだろう。犯人らはそれがまやかしの恐怖だとは気付かなかった。誰が気付けるだろう、自分の体が送り出してきた信号がまやかしだなんて。

「だから、犯人の義体のその部分のパーツが共通していれば、お前の仮説は立証されるだろうと」

「そう。大手のメーカーはパーツも独占してるから、まずは義体のメーカーが同じかどうかからかなって。それで違ったら、パーツまで細分化して確かめないといけないけどね」

「お前の仮説は分かった……が、どこが不気味の谷なんだ」

「おや、鈍い」

 似て非なるもの、なんていうまとめ方をしたものだから、被害女性らの義体の情報と、私の説明とを聞いていれば、分かったのだと思ったけれど。相棒は、今にも私を罵倒しそうな剣呑な目付きでこちらを睨んでいる。うん、被害女性らの顔なんかよりこちらの方がよほど恐ろしい。

「すごく単純な、資本主義市場のハナシだよ。それまで利益を独占していた市場に、新参者がひょいひょい入ってきて、シェアを奪っていくなんて許しがたいんじゃない?」

「義体市場の話か」と言った相棒は、口元に手をやってしばし考え込み、タブレットに並んだ写真を見る。「被害者の義体は、最近参入した企業のものだった。確か、比較的安価な義体を、若い女性向けに絞って販売している会社だ」

「雑誌の広告でもよく見るよ」と私が言えば、相棒は胡乱げなまなざしをこちらへ寄越す。いや、私だって雑誌の一つや二つ読むさ、書いてあることを実践するかどうかが別なだけだ。そしてそれは今している話と全く関係がない。

「被害者達を見るに、そのマーケティングは成功と言って良かったんだろうね。だから、昔からの、規制緩和前は市場を寡占していた企業には、とてもとても邪魔だった」

「それで、ある相貌についてだけ意図的に刺激を変換するようなパーツを義体に組み込んで、恐怖を誘発した? あわよくば犯罪に走ることも願って」

「そうして起こるのは、似て非なるものの排除だよ。違うメーカーが作った義体のね。同じメーカーの義体が次々に傷害事件の被害者になってるって分かったら、あえてそのメーカーの義体を使おうとする人は減るだろうねえ」

 初めはうまくいったとしても、警察だって仕事が減っても馬鹿ではないのだ、どこかでおかしいと気付いて捜査の手が入っただろう。でも、事実が判明するまでに時間が掛かれば掛かるほど、被害女性らの義体を作ったメーカーへの悪評だけが高まり続ける可能性は高い。

 これは、競争相手を突き落とすことを目的にして、意図的に作られた、非常に俗物的な不気味の谷だ。

 相棒はもう一度タブレットの画面、七つの同じ顔の写真が並んだ画面を見て、天井を仰いで、口を開く。

「この推測が本当なら、大スキャンダルなのでは?」

「私もそう思う。ついでに言えば、潜在的な加害者がまだいることになるし、それが公安職にもいるかもしれない」

「手軽に自殺しようとするやつが出るかも知れないなあそしたら!」

 警察官が若い女性の顔面を、破損するまで殴り飛ばしました。しかも一件じゃありません、連続です、なんてことが起こったら、目も当てられない。企業のスキャンダルじゃなくて警察の大スキャンダルになってしまう。マスコミはどちらも好きだろうけど、後者の方が騒ぎ立てやすいからもっと好きだろう。

 結論、こんな事件、私たちだけでやってられない。

「上司への報連相は大事だから、早く報告しよう」

「さっき居たっけか。居なかったとしても、呼び出し掛けてでも報告したい」

「それが終わったらもう一回加害者を呼び出して、聞き取り調査から」

 それでも、私たちが振られた仕事なのだからできるところまでは私たちがやる。相棒にも異論はないのだろう、私が言ったのに頷いて、立ち上がった。私も、自分のタブレットを持って立ち上がる。画面に映ったままの女性の顔と目が合ったが、私にはやっぱり愛らしいとしか、そうとしか思えないような、ごくありふれた相貌だった。

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