ダンジョンクロニクル

くらむぼん。

第1話 ダンジョン

日曜日。


スパゲティを茹でるのに丁度いい音楽を聴きながらケチャップとウィンナーを炒めていた。


音楽の余韻を楽しむと丁度七分だ。

ぽこぽこいっている鍋から麺をあげる。

作っていたケチャップソースに絡めてナポリタンの完成だ。


粉チーズを冷蔵庫から出して席に着く。

親指まで合わせて合掌。


「いただきます。」


ケチャップの味付けがチープでいい感じだ。


「ーー、午後一時をお知らせします。昼のニュースです。ーーー」


つけっぱなしのテレビではコメンテーターが益体もないことをいっている。


「次に、今日のダンジョン予報を見ていきましょう。ーーー」


今日のダンジョン発生確率は全国的に低いらしい。


「レーダーで見てみると、ーーー。

異界元素の流動が今月に入ってからは停滞していてーーーー」


我ながら美味しい味だった。

コスパは最強だと言えるだろう。

合掌。


「ご馳走様でした。」



食器を洗い、ステンレス製の水切りに干しておく。

洗う順番は箸、大皿の順番。


準備をする。

安いジャージに大きめのバックパック。

バックの中にはジャージの替え、救急セットと栄養ブロック、スポーツドリンクにジップロック。


長縄と懐中電灯、その他諸々、、。


最後にまさかりを二丁慎重に入れた。


運動靴を履く。左、右。


「行ってきます。」


沈黙を背に家を出た。


今日はこれからダンジョンに潜る。










一定の歩幅、一定のスピードで歩く。


ダンジョン、異常が通常の非日常。

結構ワクワクしている。


リズムがずれそうだ。

一度立ち止まって、鼻から吸って口で吐く。


また一定のペースで歩き出した。



駅に着くと待ち合わせの五分前ちょうど。


時計がくっついてるオブジェの下、周りの人の視線がその一点に集まっている。


こういう時はわかりやすくていい。

待ち合わせの相手は先に着いていたようだ。



光に透けると青く見える黒髪にスッキリとした目鼻立ち。


柔和な目元。儚げな瞳。

サラサラの髪をハンサムショートのセンターパートにしている。

なんだか呪文みたいだが、本人が言っていたので間違いない。


彼女が僕に気が付いた。

薄く微笑む。

少しだけ垂れた目尻がもう少しさがる。

同級生の女の子たちを骨抜きにする笑顔で言った。


「やぁ、」


ハスキーな低い声で彼女は言った。


「おはよう。待った?」


僕たちの定番のやりとり。

ちょっと気に入っている。


「今きたところだよ。」


僕の親友は笑みを深くした。

小さく黄色い歓声が聞こえた。


仕方ないことだ。シンプルな黒いジャージだが彼女の動作一つ一つがサマになっていた。



「それにしても、楽しみだね。やっとダンジョンに入れるんだからさ。」


彼女は言った。


「ほんとに。何ヶ月かかった?」


「3ヶ月くらいかな。受験が終わった頃からだから。」


言いながら彼女は歩き出した。


「スバルに誘われたのが中学二年の夏だよな。

そこから考えるともっとだよ。」


僕も続く。


「結構楽しみにしてくれてたんだね。

嬉しいよ。」


嬉しそうな笑みがゆっくりと彼女の顔に広がった。


「まぁね。勉強してるうちに。」


改札に端末をかざす。

ホームに降りるとちょうど電車が来るところだった。



電車は混んでいない。

二人並んで座った。

爽やかなシトラス系の匂いが隣の彼女から。


「僕たちの異界技能はなんだろーね。」


「そうだな、なんだろう。私はカッコいいのがいいな。」


「僕も。やる気に直結するし、ロマンは大事だ。」




そんなこんなで雑談をしながら一時間。

渋谷駅に着いた。

目的の場所は渋谷スクランブル交差点。

そのど真ん中にある渋谷ダンジョンだ。


ダンジョンがこの世界に生まれたその日からあり続ける大穴はひとのてによっって、大規模な改装が施されている。

 

大穴に沿って在る螺旋階段には手摺が整備されているし、なんなら吹き抜けの空間を突っ切って降りるための昇降機なんかもある。


出現した当初のおどろおどろしい気配はLEDに照らされて見る影もない。


機動防壁が仕込まれた格納扉が地面に埋め込まれている以外は交差点が残っている。


交差点としての機能はないが観光の観点から当時のままになっているのだ。


しかし周りのビルは変わっている。

ダンジョンに潜り生計を立てている人達「探索者」に向けて展開されている商業施設が多数を占めているのだ。


その中にビル丸々一棟を使った日本探索者協会渋谷ダンジョン前支部があった。



今日の目的の一つであるそこに足をすすめる。

自動ドアをくぐると、清潔な空間が広がっている。

ドア近くのモニターで整理券を発行して整然と並んだソファーに腰を下ろした。



「少し緊張してきたな。異界技能の有用さで今後が大きく変わる。」


スバルはいつものゆったりとした喋り方で言った。


「まぁ、そうだよね。異界由来の超常的な力を体に宿せるのは一人一つまで。あとは異界物質にたよるしかないから。」


「君は落ち着いてるね。」


スバルは微苦笑した。


「まぁ、大丈夫でしょ。僕たちなら。」


何の根拠もないがそう思う。


それに異界技能は結局は道具。使う人次第だと聞いている。


「君に言われると本当にそんな気がしてくるよ。親友。」


「ああ、泰然とかまえてなよ。

 そっちの方が後で有名になった時カッコいいでしょ。」


「そうだね、こんな感じかな。」


昴は長い脚を組み髪をサラサラとかき上げた。

 

挑発的な流し目で僕を見る。


「はは、きまってるね。」


彼女は少しお茶目な部分もある。


周りから感嘆の溜息が聞こえた。

周りには探索者と思われる集団で溢れている。

革鎧の上にパーカーを羽織っていたり、スーツにファンタジックな大剣を背負っていたり。チグハグな感じの人も多い。


きっと効率的だったりするのだろう。

そんな人たちの何人かが昴に見惚れていた。

大体女の人だ。

昴は女子に告白された回数の方が多いらしい。

流石だ。


僕と昴は周りを観察しながら雑談して順番を待った。


電光掲示板に整理券の番号が点灯する。

指定された受付まで行く。


「第一種探索者免許の2次試験を受けにきました。」


僕と昴でいる時は大体昴が交渉役を努めてくれる。


「はい、お名前をお願いします。」


受付のお姉さんは普通のパンツルックだ。

ここにはファンタジーが侵食していないらしい。


「一ノ瀬 昴です。」


「浅野 悠里です。」


「イチノセ スバル様とアサノ ユウリ様ですね。

予約の確認が取れました。」


「2次試験は審査官同伴にてダンジョンに潜っていただき審査官の方による査定を受けて頂きます。」


事前に知らされていることだ。

僕と昴は無言で頷いた。


「2次試験希望の方には、12番の談話室にてお待ちいただいております。」


「わかりました。」


それから12番の談話室の場所を聞いてエレベーターで移動。


談話室には数人の探索者志望と思われる人達が待っていた。

10人くらいだろうか。

後ろの扉から入ると一斉に目線を向けられる。

空気が重い気がする。


「どうしたんだろ?」


「気が立っているんじゃないかな。

これから命の危険がある場所に入るんだ。

しょうがないよ。」


「ふーん?そんなもんか。」


小さな声で話していると集団の中から一人の女性がずんずんと近づいてきた。


後ろには黒服を着てサングラスをかけた屈強な男性を連れている。


彼女はドリルのように巻かれた金髪を靡かせて優雅に微笑んだ。


「ごきげんよう。」


そう言って見事なカテーシーを決める。


「ごきげんよう。」


とりあえず僕も挨拶を返してみた。

挨拶は人間の基本です。


「ふふ、伊集院 凪子ですわ。」


「ああ、こんにちわ。

一ノ瀬 昴です。」


ポカンとしていた昴が復活して僕の代わりに対応してくれる。


「お二人にお願いがあるのです。

ワタクシのギルドに入っていただけませんか?」


伊集院 凪子さんは目をキラキラさせた。


ギルドとは探索者の互助組織のようなものだ。基本的にパーティーがたくさん集まって結成される。

大規模な攻略の時に連携を取りやすくするためのものだ。


大きくで有名なギルドだと、企業的な側面を持つものや軍団的な側面を持つものが多い。


「…気がはやいですね。」


「お二人の姿を見てビビビッときたのです。きっと私たちは運命の赤い糸で結ばれているのですわ。」


夢見る乙女のような表情で手を組んだ。


「…。あなたもこれから試験を受けるように見受けられるのですが。」


「そうですね。ですが、些細なことですわ。ギルドもこれからつくるのですわ。」


たしかギルドの作成要項はそれなりにハードルの高いものになっていたはずだ。


初心者が作ってもそんなに得はないはずだが…。


「どうしてギルドを作ろうと?」


スバルも同じことを考えたらしい。


「それは勿論、カッコいいからですわ!」


よくぞ聞いてくれましたと身を乗りす伊集院さん。


わかる。かっこいいよね。軍団とか。


「…なるほど。楽しいギルドになりそうですね。」


「ええ、必ず。今すぐ決めていただく必要はないですわ。ギルドはまだないですし。ゆっくりじっくり判断してくだされば。」


名刺を渡された。

今時珍しいな。名前と電話番号が入っている。

最後に立ち話であったことを詫びて去っていく伊集院さん。

金髪ドリルが揺れている。

ちょっと面白い。


話の間ずっと石像のように立っていた黒服さんたちもその後についていく。


僕たちは後ろの方の席に着席した。

この部屋は学校の教室のようになっていて前方に大きなホワイトボードがあるのだ。


「ギルドか。君はどう思う?」


「面白そう。ただ縛りがどれくらいあるかだよね。」



「何となく自由そうだ。彼女、個性的だけど、人との距離を測るのがうまいし。」


「そうなの?」


個性的…。たしかにあまり見ない格好と喋り方たった。

僕たち二人から離れたのも彼女の気遣いだろう。まだ話したそうにしていたし。


「そうじゃないか?」


「そうかも。あ、自己紹介するの忘れてた。」


ちょっと失礼だったかも。

今からしてくるか。いや、気遣いを無下にするのもな。


「大丈夫、気にしてないよ。」


知り合いのような口ぶりで言うスバル。


彼女にはたまにこういうところがある。

何かしらあるのだろう。

知ったかぶりをするような人でもない。

まぁ、聞かないしけど。


そのうち話してくれるだろう。


それに彼女には深い微笑が似合う。

ミステリアスなところも魅力的なのだ。



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