04 爆誕

 し、死んでるー!

 ……か? と思われたビートは、死んでなかった。本当によかった。

「面目ないっす……」

 姐さんには、せめて宝箱の一つでも見付けてあげたかったっす……。

 そう言って、簡素なベッドの上でしおれている。しかしこちらは、そんなんどうでもいいからおとなしく寝てろ、とマジギレだ。

 人間、心配しすぎると腹立ってくるよね。私だけか。

 しょげているビートは、冒険者ギルドの治療室に運び込まれて包帯でぐるぐる巻きにされた。意識はあるし、言葉もちゃんと明瞭だ。いやよかった。

「ホント、頭も舌も無事でなにより……」

 事故当時の情景を思い出しながら、思わず遠くを見てしまう。

 ビートは落とし穴の岩肌に頭を打ち付け、出血していて意識もなかった。それだけでなく落ちた衝撃で舌を噛み、半分くらい千切れていた。

 頭と口から、見る間にどばーっと血があふれてくるのはなかなかのホラーだ。しかも、ノンフィクションなんだぜ……。

 現代っ子の私とたもっちゃんは、パニックである。あんな血まみれの人間、見るの初めて。残ったレイニーは冷静ではあったが、血を嫌って近付こうともしなかった。

 天使ー、ちょっと天使ー。冷静だったらなんとかしてよー。と、思いはするが、我々はもっと使えなかった。

 あわわわ、と動揺するだけの役立たずを見かねて、ビートを穴から引っ張り上げたのは周りに居合わせた冒険者たちだ。

「おい、誰か足持てよ」

「派手に切ってるけど、すぐ治るだろ」

「頭はな。けど、腕と足は折れてるぞこれ」

 とりあえずポーション飲ませてやれ。と言われ、たもっちゃんがあわてて腰にくくり付けたカバンをがちゃがちゃと探った。

 ポーションを飲ませると、血は止まった。しかし、完全には治らない。

 頭の傷は生肉部分を露出していたし、舌はぶらんぶらんしたままだ。骨折部分にいたっては、ピクリともしなかった。

 これは、ポーションの品質による。

 たもっちゃんが持っていたのは冒険者ギルドで買える初級からせいぜい中級の、ほどほどの品質のポーションだった。それだと、このくらいが限界らしい。

 上級やそれより上のポーションならもっと高い効果は出るが、それは商人か医療ギルドで各自価格交渉しながら購入することになる。

 ぼったくられないようにな。と、ビートを運んでくれた冒険者たちに忠告された。

 ビートの骨と舌はギルドの治癒師が魔法でくっつけてくれたが、そのためにたもっちゃんは銀貨を何枚か支払った。恐ろしい。

 ほらー、やっぱ異世界の医療費凶悪じゃんよー。もー。やだー。

 私は自力で銀貨を持ったことがない。草ではムリよ、草では。

 こちらの貨幣は鉄貨、青銅貨、銅貨、銀貨、金貨の順に価値が高くなって行く。日本の感覚に置き換えると、銀貨は一万円くらいだろうか。

 だが鉄貨は五十枚で青銅貨一枚だし、青銅貨は十枚で銅貨一枚だし、銅貨は二十枚で銀貨一枚なので、日本の感覚を持ち込むとちょっと訳が解らない。銀貨は五枚で金貨一枚だ。

 あとから聞くと治療費はビート個人の負債にもできたそうだが、払った本人は「金出さないと治療してくれないかと思った。舌がぷらぷらしてるのがすごい恐くて、思わず払ってしまった」と語った。めっちゃ解る。

 ビートは自分の治療費をたもっちゃんが出したと知ると、だぱっと泣いた。瞬時に泣いた。しかもベッドを下りて土下座しようとするので、いいから寝てろとまたマジギレすることになった。


「乾杯!」

「いや、乾杯じゃねーよ」

 たもっちゃんが疲れたように言うと、酒で満たされたゴブレットをぶつけ合う冒険者たちはきょとんとした。

 夜、私たちは冒険者であふれたギルドの食堂にいた。今日、ダンジョンの中で世話になった面々に酒を振る舞うためだ。

 ビートはまだ治療室のベッドだ。骨はくっついたものの、まだ安定していないので数日は安静にしないと接着面が砕けるらしい。パーティメンバーの脱落に乾杯されても困る。

「生きてんだからいいじゃねェか」

「そうそう。よくあるぜ、あの程度」

 浅い階層にいたからそう高いランクではないのだろうが、我々よりは経験があるようだ。冒険者たちは口々に言って、また勝手に乾杯し直していた。

 軽いのか、明るいのか。

 謝礼の酒は最初の一杯だけで勘弁してもらい、うちのパーティだけでテーブルに着く。夕食をもそもそと食べながら、話し合うのは明日からの方針だ。

「じゃ。明日は各自、くれぐれも落とし穴には気を付けるって事で」

「なぜなの」

 私は反対した。

 もう帰ろうよーって。おめーもめっちゃびびってたじゃんよーって。

 血みどろって恐いよなー。などと、たもっちゃんはのんきにうなずいた。しかし、一ミリも譲らなかった。

「今日の稼ぎは治療費やなんやで吹っ飛んだからなぁ。折角きたんだし、もうちょっとダンジョンに潜りたい。別の町にも行きたいしさ。どうせなら旅費稼ごうぜ」

「賛成です。ダンジョンのモンスターなら、わたくしでも狩りに参加できますし」

 レイニー、お前もか。

「安心しろよ。ポーションの装備なら補強してある」

 たもっちゃんはそう言って、どや、とカバンを開いて十本ほどの小瓶を見せ付けてきた。どうしよう。なにも安心できない。

「いや、それまたギルドで買ったでしょ。あんま効かないってやつ」

「うん。だからこれが効かない怪我はしないで欲しい」

「……たもっちゃん。そう言うむやみに雑なとこ、ホント直しなよ」

 方向性の違いに私がヤダヤダ言っていると、ふと、視界が暗くなった。真っ暗と言う訳ではないから、灯りが消えたふうでもない。

 私たちが顔を上げると、長身の人影がそこにある。灯りをさえぎりながら立っている男は、こちらを見下ろし口を開いた。

「お前達、明日も潜るつもりなのか? 怪我人を出したばかりだろう」

 その口調で思い出す。

 研ぎ澄ました剣のようにきらめく髪に、理知的な灰色の瞳。説教好きが玉に瑕、高ランク冒険者のテオである。

「だから、稼がないといけないんですよ」

 たもっちゃんが答える。

 ここは、ダンジョンの町だ。

 ダンジョンの町は自然に発生したダンジョンを起点に、あとからできるものらしい。

 ダンジョンがあれば、冒険者が集まる。冒険者はダンジョンの資源を持ち帰り、その資源を買い付ける商人を呼ぶ。人が集まれば、それを相手に商売が始まる。そして、いつのまにか町になる。

 だから、ダンジョンの町は往々にしてそれ以外に資源がない。この場所で稼ごうとするなら、ダンジョンの中に入るほかなかった。

「このクラインティアのダンジョンは、階層によってレベルがはっきりしている。だから訓練や腕試し、素材採集には重宝されるんだ。実力に見合った階層さえ選べば、比較的安全だと言われているからな」

 この町は、クラインティアと言うらしい。今知った。元々はダンジョンの名称が、今では町の名前になっているそうだ。

 そんな話をしながら、テオはなぜか私たちのテーブルに着いていた。手には酒。雰囲気としては、クダを巻いている感が強い。

「安全だと言われるせいで、油断する。クラインティアでも命を落とす者はいる。……ましてや、こんなぼやぼやした女を連れてなど。無茶が過ぎる」

 その苦々しいテオの言葉に、深く感心した者がいる。私の仲間たちだ。

「ぼやぼや」

「何と的確なのでしょう」

 そこはフォローしてよ。

「まぁ、大丈夫ですよ。リコはあとから付いてくるだけだし、危なくない様に気を付けますんで」

「人を守りながら戦うのは、手練れでも難しい。お前達のランクは? 今日は三階層に入ったばかりで脱落したそうだが、駆け出しなどとは言わないだろうな?」

 その問い掛けに、たもっちゃんはふっと笑った。あれだね。ぐうの音も出ないんだね。

 たもっちゃんは質問に答えないまま、こちらに向いてひそひそとささやく。

「えー、どうする? この人ちょっと面倒なんだけど。走って逃げちゃう?」

「逃げられるでしょうか?」

「じゃあさ、前後不覚に酔い潰してみる?」

 我々がろくでもない話し合いをしていると、テオが大きく息を吐いた。よからぬ会話がバレたかと、私たちはギクリとした。

「解った。明日はおれも同行する。目の届かぬ所で無茶をされるよりはいい」

 いや、なにも解ってなかった。

 こうして、即席パーティであるミトコーモンウィズヤギューが爆誕した。

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