03 野良犬

 翌朝、私はすでに疲れていた。

 手続きのために並ぶ冒険者の列の中から、少し離れた位置にある地下へと続くダンジョンの入り口をぼんやりと見る。

「もうすでに帰りたい」

「家ねーだろ。行くぞ」

 ないんだよ、家。欲しいなあ、家。

 昨夜の懇々とした説教で、強く思ったのはこれだ。多分、テオが言いたかった主旨はそこではない。知ってる。

 手続きの順番がきて、たもっちゃんが三人分のギルド証を見せながら係員にお金を渡す。

「俺と、この二人で潜ります」

 ダンジョンに入るには料金が発生し、その料金は個人よりもパーティのほうが得だそうだ。今回、このためにパーティを組んだ。

「パーティ名は?」

「チームミトコーモンです」

 係員の問い掛けに、名付け親のたもっちゃんは真顔で答えた。最高に帰りたい。

 気乗りしないのろのろとした足取りでダンジョンに向かっていると、背後で誰かが大きな声を上げた。

「あっ、姐さん! 待って!」

 その声が聞こえた時には私たちの横を何かがすり抜け、気付けば目の前に男がいた。

「姐さん、オレも連れてってほしいっす!」

 そう言って、私を真っ直ぐ見ている気がする。いやいや、まさか。

 男はしかし、私に顔を近付けて叫ぶ。

「姐さん!」

「姐さんてなんだよ!」

 私に弟はいねーよ!

 そう叫び返す前に、ああ、と両隣から得心したような声が聞こえた。

「あなた、昨日の」

「お前、リコの鞄スッた奴だろ」

「え、あいつなの? 自警団に引き渡されたんじゃなかったっけ」

「一晩牢屋に入れられて、後日罰金ってことになったっす」

 てへへ。みたいな顔をするんじゃない。

 その男は、状況がよく見えない私にもじもじと告げる。

「オレ、感激したんす。姐さんのくれた串肉の味、しみたっす」

「串……肉……?」

「何日も食ってなくて、つい魔がさしちまってスリなんか……でも、姐さんは許して、食いもんまでくれて……。オレ、オレ……」

「ああ……うん。……そっか……そう?」

 ゴミ箱代わりにしたなどとは、とても言えない空気になった。

 全てを察してにやにやしているたもっちゃんも、ただきょとんとしているレイニーも、助けるつもりはないらしい。

 いつの間にかちょっと離れて、あらあらまあまあと完全になりゆきを眺める姿勢でいる。くそう、知らないからな。

「じゃあ……行く? ダンジョン」

「行くっす!」

 あまりに返事が素直すぎて、飼えもしない野良イヌを餌付けしてしまった気分になった。

 ギリギリでパーティメンバーが変更になることもなくはないようで、入り口の係員が対応してくれた。パーティ名は、ミトコーモンウィズヤシチになった。

 地下に広がるダンジョンは、意外に視界は悪くない。意味不明に明るいのだ。どうなってんだこれ。

「一階二階は初心者でもチョロいっす。でもたまに罠とかあるんで、油断は禁物っす」

 きりっとしたビートの注意に、初心者である我々は「はーい」と言って声をそろえた。

 ビートと言うのは、私にスリを働いた串肉男のことだ。どうやら元々は冒険者をやっていて、以前、このダンジョンに入ったことがあるらしい。

「専門はシーフっす!」

 ビートのはきはきとした自己紹介の解説は、変態レベルの課金の民、たもっちゃんがしてくれた。

「平たく言うと忍者」

「説明下手くそか」

 私と会話しながらも、たもっちゃんはモンスターに向けてちゅどんちゅどん魔法を撃つ。まだ二階層だからか、余裕そうだ。

「倒したら消えてしまうなんて! 不思議なものですね」

「それがダンジョンモンスターっす! 普通の魔獣とは違うんす!」

 きゃっきゃとはしゃぐレイニーとビートを尻目に、私はしゃがみ込んでもりもりと草をむしった。同じ種類に分類しながら、ギルド製の袋に詰めてアイテムボックスにぽいぽい入れる。

 たもっちゃんによると、ダンジョンの中の草はどれでも売れる草らしい。階層が深くなるほど高い草が生えているそうだ。

 どれだけ深く潜れるかは、私以外の人たち次第だ。ぜひともがんばって欲しい。

「リコ、ドロップアイテム預かっといて」

「いいけど、自分のアイテムボックスに入れといたほうがよくない?」

 私が預かると、結局あとで渡すことになるから二度手間だ。

「いや、俺アイテムボックス持ってない」

「へっ?」

「リコが持ってるって言うから、いいかと思って。別のスキルにしてもらった」

 てっきり持っているものだと思っていた。アイテムボックスとか、基本じゃん。ゲームとかで。ゲーム好きのたもっちゃんがスルーするとは思ってなかった。

 予想外のことに、アイテムボックスより優先するスキルは何かと気になる。

「別のスキルって?」

「看破スキル」

 説明しよう! 受け売りだが。

 看破スキルとは、気合を入れて対象をガン見するとなにからなにまで看破してしまうタチの悪いスキルなのだ!

「そんな……あんなに攻略サイトを嫌っていた、たもっちゃんが……?」

「ばかやろう! 遊びじゃねぇんだぞ! 死んだらどうすんだ!」

 ゲーム感覚で言うんじゃねえ! と、歴戦の戦士みたいなテンションで言う。これは、本気でごまかそうとしている時のたもっちゃんの特徴だ。ばかめ。

「楽がしたかったって正直に言いなよ」

「違う違う。いやほんとに」

 そんな私たちの言い合いを、遠巻きに、なにか言いたげに見ていた者がいた。ビートだ。

「姐さん、これ……」

 草刈りに戻った私の所へやってきて、ビートは拾い集めた魔石をおずおずと差し出す。

「ん? ああ、預かっとく?」

 ダンジョンの中で、荷物はジャマだ。あとで分配すればいいだろう。

 差し出された魔石をアイテムボックスに収めると、ビートは自分の両手をおどろいたようにじっと見た。

 そうだよな、いきなり消えたみたいに見えるもんな。あれじゃない? 軽いイリュージョンじゃない? とか思ってたら、違った。

「姐さん、ホントにアイテムボックス持ってるんすね……。それ、隠したほうがいいっす」

 アイテムボックス自体はこの世界にも概念はあるし、持っている者もある程度いる。だが、そのほとんどは貴族や大商人にかかえられ、言わば後ろ盾を持っていた。

 たくさんの荷物を身一つで運べるその性質を、都合よく利用しようと考える人間はいくらでもいる。だからこそ、後ろ盾が必要なのだ。盗賊にでも目を付けられたら、死ぬまで解放してはもらえない。

 と言う、大変ありがたいお話を一見軽薄なビートから深刻なトーンで教えられた。

 気付くと私の両隣にはたもっちゃんとレイニーがいて、三人で横並びに正座していた。

 我々は、世間知らずだったのである。

「何それ、おっかねぇ……」

「隠しましょう、リコさん。隠しましょう」

 両側から聞こえるたもっちゃんとレイニーの声に、私は壊れた赤べこのようにコクコクとうなずくことしかできなかった。

 幸い、この場には私たちのほかに話を聞いている者はいないようだ。人のいない場所を選び、話を切り出してくれたらしい。ビート……気遣いがすごい。

 その後、自分たちの無知にしおしおしながらモンスターを倒して進んで行くと、すぐに三階層へたどり着いた。一階と二階は本当に初心者向けらしく、フロアボスもいなかった。

 この三階からはそうは行かないっす! と、私たちを振り返って言ったビートがそのまま消えた。いや、消えたと言うか、落ちた。落とし穴だ。

 先頭はシーフの役目っす! とか言って、一番前を歩いていたのが敗因だった。

「うわああああ!」

「ビートぉぉ!」

「ビートさん! ……あら?」

 私とたもっちゃんはパニックになったが、レイニーは意外と冷静だった。いち早く落とし穴に駆けよると、中を覗いて首をかしげる。

「この穴、そう深くありません」

「あ、そうなの?」

 なんだー。びっくりしちゃったよ。

 ほっとすると、パニックが恥ずかしい。

 たもっちゃんと二人、えへへ、と笑いながら落とし穴を覗き込んだ。

 ――確かに、穴の深さは二メートルと少し。思ったよりは深くない。

 だが落ちかたが悪かったのか、落とし穴の底には血まみれのビートが意識をなくしてぐったりとしていた。

「ぎゃー!」

 再び、パニック待ったなしである。

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