第4話 二日目 午前中

 煎餅布団の上で目覚めた。

 外から小鳥の声がする。私は布団に身体を起して、座卓の急須からお茶を注いで一口飲んだ。眠ったことで、これが夢ではないことを確認できた。

 財布を取り出して、座卓に並べてみた。

 伊藤博文の千円札が4枚、岩倉具視の五百円札が3枚、あとは板垣退助の百円札が8枚。小銭がばらばらとあり、聖徳太子はここにはなかった。

 価値観がよくわからず、昨日は親子丼に千円札で支払おうとして、「もっと細かいのをお持ちでしょう」と大将をまごつかせた。板垣で支払って、硬貨のお釣りが来て驚いた。この宿も450円だと言われている。

「起きられましたか?お食事は階下でございます」と襖の向こうで女性の声がした。

 急勾配の階段を降りて、食卓に着くとご飯にお味噌汁、納豆に海苔という簡素なものだったが、ご飯が大層美味しかった。巻き髪で中年の女将さんは割烹着を着て、闊達に話しかけてくる。逆にご主人は唇を結んで、強張った表情をしている。無言で新聞を差し出して立ち上がったが、左足の脹脛からが無かった。大東亜戦争の戦傷で無くしたものだと、察した。

 新聞にはアメリカのメンフィスで、アーサー・キング牧師が暗殺されたことが一面に掲載されている。私は年号を確認して、希望通りの次節に巻き戻されていることを確認した。

「女将さん、私はあの二丁目の金物屋さんのご内儀にお世話になった者なんです。ですが今はご実家と伺っています。御礼の品を持参したのですが、言付けができないもので、誰か人伝に渡せる方法はないものだろうか」

「さあねえ、ご実家はここから十分くらいとは思いますが、ご実家で宜しいので?」

「できましたらご友人などを教えて頂くと有難いのですが」

「そうですねえ。奥様は元々はご士族だったので、ちょっと近寄りがたくて、私どもには」と言って私の茶碗を重ね始めて、この話を締め括ってしまった。

 それで母の実家には石垣を巡らせてあったのだと判った。

 宿泊代を支払い、私はその母の旧家へ向かって歩き出した。

 交差点の一角には石段があり、そこには八幡神社があった。その脇道を通過して国鉄の線路の高架下をくぐる。切り立った石垣が立ち並び、その曲輪の中にいくつもの家があった。どの家々も黒塗りの門をその玄関に立てていた。

 父母は当時としては珍しい恋愛結婚だという。

 私が長じてからこの家を何度も訪った。その年頃に見えたのはただの古屋敷であった。手入れがきちんと為されている今の佇まいを見ると、その家格を察するに古来は家老級の立場だったのかもしれない。

 父母の結婚にも何か曰くがあるような気が、した。

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