決して変じゃない



 ――翌朝。ベッドの上で恥ずかしから転がりまわっていたのに、気付くと寝ていた。もう頬は熱くない。寝て覚めても熱かったらそれはそれで嫌だ。体を動かそうとすると「起きた?」と声が。隣? と見るも違う。こっち、と声のする方へ体を向けるとベッドの側で椅子に座るネロが頬杖をついていた。

 昨日のことを思い出し、ネロの顔を見るだけで顔が赤くなっていく。布団の中に潜ったら抱き締められた。短い悲鳴を上げたら布団越しから頭を撫でられているのが伝わる。恐る恐る顔だけを出したら、純銀の髪と瞳が陽光に照らされて眩しさが増していた。



「やあ、良い朝だね」

「う、うん」

「そろそろリゼ君が来る。起きようね」



 体を包んでいる布団を取られ、温もりが消え寒さが襲った。と思いきや、すぐに寒さは消え程好い温もりがリシェルを包んだ。ネロが魔法で温度を調整してくれたのだ。



「ありがとう」

「どういたしまして」

「ネロさんが人間界にいるってことは用事は終わったの?」

「終わったよ。はは、大変だった」



 口では何とも言えるが見目は全然大変だった感じがない。いつも以上に上機嫌だし、綺麗だし、眩しい。今回の悪魔狩追試、ネロが追試を受けた天使を半分黒焦げにしたせいで当然中止となり。責任問題を問われるも、逆に碌に会議もせず強行した何名かの主天使と腰巾着の大天使をその場で殺した。人間の模範となるべき天使が規則を破る事への重大性を説き、役職に就く天使全員に神罰を下してきた。

 と、華やかに語られリシェルは疑問符を大量に飛ばし、気になる言葉があって口にした。



「神罰って何?」

「神が直接天使や人間に下す罰と言っておこうかな。天使の場合は天罰、かな」

「……神?」

「そうだよ」

「…………天使じゃないの?」

「本当の事を言ったら怖がるでしょう? まあ、今は神でもないよ。責任感が強い甥っ子に神の座を押し付けて私は隠居生活を送っているから」

「…………」



 リゼルと妙に仲が良く? 

 エルネストとも知り合い。

 会話の中で上位の天使だと思っていたら、引退した元神。

 天使に対する辛辣な物言いや平気で手を下す姿からは、とても神の座にいた者とは思えない。


 天界の神は悪魔にとって天敵の親玉。

 父リゼルと知り合いだから親し気にしていたリシェルは衝撃的告白で固まってしまうも、すぐに意識を取り戻しネロから物凄い勢いで離れた。

 今度はネロが微笑を浮かべたまま固まった。

 ぎこちない喋りでリシェルは呼ばれるも勢いで離れてしまった為、どうすればいいか自分でも分からなくなっていた。



「やれやれ……」



 我に返ったネロは苦笑し、リシェルと距離を縮めた。あっという間に捕まり腕の中に閉じ込められた。



「あれ? 逃げないの?」

「だ、だって、いきなり天使じゃなくて神だったって言われても。嘘を吐くなんて酷いわ!」

「嘘を吐いたつもりはないのだけど……。リゼ君は私が神だとは明かさなかったでしょう? なら、私も言わなくていいものだと判断したんだ」



 最初に出会った時、リゼルはネロを天使……とは説明していない。リシェルが天使と訊ねたら肯定されただけ。



「馬鹿正直に元神だと話しても良かったのだけれど、あまり必要性も感じられなかったしね。私が元神だと最初に聞いていたら、君はどうしてた?」

「どうしてたって言われても……」



 当時の驚きが何十倍にも膨らむだけで今と大して変わりなかっただろう。天界に知り合いがいた時点で驚愕だったのだし。

 変わらなかったと述べれば、目を丸くされた。



「そう、なの。そっか……変わらなかったか……」

「ネロさん?」

「いや……。今日はリゼ君が来た後は何をしようか?」



 唐突に話題を変えられるも突っ込みはせず、朝食はリゼルと摂ると約束をしている。終わったら何をするか考えていなかった。公開処刑まで九日。父が負けるとは思わない。全員殺される。ネロの胸に顔を寄せてビアンカについての思いを述べた。



「私……一度もビアンカ様に仕返しが出来ないまま終わるのは嫌。嫌がらせをされたらやり返せば良かったのに出来なかった」

「仕返しをしたら、王子様に嫌われちゃうから?」

「……うん」



 ノアールが大事にしている人を傷付けたら、余計嫌われてしまう。初めて二人で目の前に現れて以降、ほんのちょっとずつノアールへの気持ちは薄くなっていった。最後の方はきっと意地になっていた。原因も何も不明なまま、嫌われたから。切っ掛けさえあれば最初に戻れると信じていたから。

 今ノアールはエルネストと選別をしている最中。ビアンカの助命をきっと嘆願しているであろう。

 真っ白な服から視線を上へずらしネロを見上げた。純銀の瞳がリシェルの言葉を待っていてくれる。



「でも、やっぱり仕返しがしたい。殿下にもビアンカ様にも」

「嫌な事をされたら誰だってやり返したくなる。誰がも持つ普通の感覚だ。もっと自信を持って」

「うん」

「で、どう仕返しするの? 王子様はともかく、浮気相手の方は時間が限られているよ」



 考えは既にあった。これについてはリゼルの了承を得ないと実行不可。ただ、リゼルはあっさりと承諾してくれそうな感じがした。仕返しの内容を話すとネロは愉しげに笑った。悪魔らしいと言われ、自信たっぷりに胸を張った。



「そうだよ、私だって悪魔よ」

「可愛さが目立って憎たらしさが全くないとても可愛い悪魔だけれどね」



 褒めてないと頬を膨らませるも、可愛い者を見る目で見つめられ視線を逸らした。「リシェル嬢」と呼ばれたって振り向かない。揶揄ってくるだけだから。

 すると両頬をネロの大きな手が包み、無理矢理ネロに向かされた。文句を言う前にネロの顔が近付き、間近に純銀の瞳が迫った。唇に柔らかくて、温かい感触が触れたのも一瞬。遠くなっていくネロの顔を思考が停止したまま眺めていると笑われてしまった。



「君は可愛いままでいいよ。私の可愛い悪魔ちゃん」



 何をされた理解した瞬間上がっていく体温が現実だと突き付けるも――途端、地の底を這う恐ろしい低音により違う意味で慌てだした。



「誰がお前のだ」



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